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風の舞う地  作者: ハイファンタジーだいすき
34/63

凪 4


 カルデラの南壁の岩肌を左手にかなりの速度でワイバーンを駆るアロイジウスは、視界の右隅のすぐ先を飛ぶワイバーンの上の竜騎が、大きく2度、腕を振るのを見た。

 振った腕の先の尾根の影に石造りの建築物があり、小振りな飛空艇が繋がれている。

 と、視界の中でその竜騎が天頂の方に腕を掲げ、鋭く降り降ろした。

 それでアロイジウスらの小隊──6騎のワイバーンは散開する。

 3騎は下方に、残り3騎は上方へと別れる。

 アロイジウスは乗騎に高度を取らすと、高度を下げて瘴の雲をすれすれに先行した僚騎を視界に収めつつ、建築物の上空を取り巻くようにして接近させてゆく。


 ……が、ほどなく下方から先行した3騎が速度を緩めるのがわかった。

(またか!)

 アロイジウスは竜首を建築物へと向けると、腹立ちまぎれに全速力で乗騎を接近させた。そしてそのまま建築物の乗った尾根の周りを一周し、風の流れに乗騎を乗せて、尾根に繋がれていた飛空艇の1隻の横にぴたりと付けてみせる。

 飛空艇の艇首には、ルージュー辺境伯の軍旗がはためいていた。思わず舌打ちが漏れてしまった。


「──何処(いずこ)の隊の者か?」

 そのどちらかと言えば鷹揚な誰何(すいか)に、アロイジウスは声の主を探す。

 声の主は飛空艇の上に見つけることができた。

 アロイジウスは声を張り上げて名乗った。

「西方軍……長官府附 竜騎アロイジウス・ロルバッハ!」

 若干、内心の苛立ちが声に乗ったかも知れない。が、先方がその声音に過剰に反応するようなことはなく、よく通るバリトンが戻って来た、

「ご苦労! ……此処(ここ)は一足先に我らルージューのテオドロ閣下の手下(てか)が押さえ終えた。西方長官閣下にはよしなにお伝えを!」

「…………」

 アロイジウスはぐっと言葉を飲み込むと、

「承知いたした!」

 とワイバーンの竜首を翻し、その場を飛び去った。



 このようなことが、この20日余り続いていた。

 地勢に疎い西方軍の竜騎が〝空賊〟の根城と思しき施設を急襲しても、そこには必ずと言ってよいほどルージューの一隊が先回りをしている……。

 1度や2度ならば納得もしようが、こう毎度となれば裏を勘繰りたくもなる──。

 この空の空賊はルージューの手下と繋がっている、いや、ルージューの手下そのものなのではないのか? ……と。


 そんな苛立ちの中、アロイジウスはカルデラの南の冬を迎えていた。




 ルージュー辺境伯の軍が〝コリピサの堰堤(ダム)〟を越えカルデラ外輪山の南の隘路に進出してきたのは、〝浮舟の砦〟が本格的に機能を始めるより前の年明けの頃である。


 その陣立ては3パーチ(※1パーチ≒3メートル)の飛空艇40隻に、ルージューの誇るグリフォン・ライダーが16騎。ライムンド・ガセトの直卒であった。辺境伯(ライムンド)の下には実弟のテオドロ、五男〝礼節の人〟マルコといったルージュー一族の直系が名を連ねている。今度ばかりは〝誠意〟を示した形である。

 保有する唯一の大船 (という触れ込みの……)〈フラガラッハ〉は此度は姿を見せなかったが、隘路に潜む空賊を取り締まるのであれば小回りの利かぬ大船は無用、とのルージューの側の言い分に一理がある。ライムンドを責め立てようと(はや)る西方長官タルデリと異なり、西方の軍を差配することとなったルーベン・ミケリーノなどはこれを問題としなかった。

 ……替わりに、能く訓練され使い勝手の良いルージュー軍をただ走狗として使ったのである。


 ライムンドは、この西方軍の〝人使いの荒さ〟にも良く堪えた。


 むろん、使われるルージューの側にも〝事情〟があれば〝目論見〟もある。

 反乱の軍を起こす、とルージューは腹を括ったが、直近においては西方長官とその下で軍を実質的に動かしているルーベン・ミケリーノに対し面従腹背で油断を誘うと決めている。その彼らがこの段階で最も恐れたのは、西方軍による()()()()()()()()〝捏造〟であった。

 カルデラの南で起きていることについては、それが限り無く真実に近いことだとは言え、ルージューの関与した明瞭な証拠が挙がるような不始末はしていない。が、これまでのタルデリとルーベン・ミケリーノの振舞いを考えるに、何かしらを証拠として突き付けてくることくらいは十分に警戒すべきだろう。

 それをさせぬため、ルージュー軍が先頭に立ち空賊討伐を主導しなければならなかった。

 少なくともタルデリに叛意を悟られてはならなかったし、ルージューの赤心を示すことがこの段階で優先される事柄である。

 そしてもちろん〝空賊〟を演じさせてきたカルデラの者共が逃げ(おお)すことのできるよう、西方長官府の目を逃れつつ援けてやることも必要であった。


 ルージューのグリフォン・ライダーが西方軍に先んじて駆け巡るや、カルデラ南壁の〝空賊〟の根城は次々と放棄され、〝空賊〟共は何処(いずこ)へと姿を消した。



 そういう状況の中ルージューは西方長官のタルデリに対し、ライムンドの示す〝表立っての献身〟とは違った目線からの〝赤心〟を示す試みもしていた。献上物による篭絡である。

 タルデリの強欲に付け入ることで、むしろルージューの〝厚顔さ〟や〝甘さ〟といったことを印象付け油断させようというのである。

 これにはライムンドの末弟レオ・マリアが当たっている。



 そして……このカルデラ情勢の裏には、ルージューの看過できぬ動きも隠れてある…──。


 あれよあれよのうちに姿を現した〝浮舟の砦〟であったが、そこに運ばれた多量の水や食料、武器の類いは何処から湧いて出たものか……。

 ルージューとて政商ピエルジャコモ・コレオーニを使い西域の物資とそれらを運ぶ船腹を自由にさせてはいないはずであったが、〝浮舟の砦〟には十分な物資が瞬く間に集められた。5隻の船が船溜(ふなだまり)に入った翌日には、早くも第1陣の船団が物資を満載して追い付いていた。


 ルージューの〝周到の人〟アティリオは、いまだ機能している手下の情報網を使ってその出処を探り、程なく明らかとなった事実に言葉を失うことになる。


 出元は『ユレ』であった。


 表立っての兵站への協力ではなかったが、太守フィルマン・エヴラール・ド・ユレは、マンドリーニの船団が浮き島を経由してカルデラに向かうことを黙認していたのだ。

 しかもその事実をルージューに隠し、現在(いま)も隠し続けている……。


 いまから思えば、その予兆はあった。

 秋の半ばにジョスタンの妻オリアンヌの実父、太守フィルマンの弟であるパトリス・エドガールが突然死している。流行り病との公表であったが、あるいはユレの浮き島に政争があったのやも知れない。

 これでは何のための情報の網だったのかわからないではないか……。

 アティリオとしては痛恨であった。


 確かにアティリオは自らが取捨した情報の中で、次の事実を振るい落としていた。

〝西域をお忍びで外遊していたアルソット大公家の末娘の飛空艇が、ユレの浮き島を表敬訪問した──〟

 この情報を手にしたのがフォルーノクイラ(聖王宮)の宮中貴族の端くれであるアニョロ・ヴェルガウソ辺りであったなら、また違った〝意識の向け方〟をしたかも知れない。

 パトリス・ド・ユレの死は、この艇首に大公家の紋章と末娘──パウラ・アルテーア──の〝御印〟を掲げた白い瀟洒な造りの飛行艇が空中桟橋に繋がれていた間のことである。




「──ではタルデリは、まんまとルージューの奴らにノセられ、上機嫌で南壁に向かうワケだ……」

 ほくそ笑むわけでなくルーベン・ミケリーノは言い捨てると、正面にフードを下ろした長衣の女を見据えた。女は(おもむろ)に肯いてみせたが、その顔に表情はない。

 ルーベンは、女に反応のないことに、結局は嗤うしかなかった。


 ポンペオ・アンセルモ・タルデリは〝空賊〟の取り締まりに成果を上げ始めたルージューの招きで、最前線であるカルデラの南の空に出向いて行こうとしていた。

 これまでもルージューからは、辺境伯の弟レオ・マリアを通して様々な献上の品が〝平身低頭〟の態で送られてきていたのだが、此度のルージューからの打診は、タルデリの決して高い水準にない〝功名心〟を刺激したらしい…──。


 すなわち…──、


〝カルデラの南壁に砦を築き睨みを利かせる、という閣下のご慧眼によりカルデラの南一帯は鎮まることと相成りました。

 当に閣下と聖王朝のご威光の成せる業と申せましょう。

 しかしながら急造の砦では、この偉業が未来永劫に語り継がれてゆくことに不都合と存じまする。

 就いては我がルージューが彼の地に私財を投じ、新たな砦を造り献上致し、完成の暁にはその名を閣下の恩名より〈ポンペオ・タルデリ砦〉と致したく……〟


──…との建白をしてきたのである。


 併せて、砦の建設予定地に於いて西方軍とルージュー軍との〝豪華絢爛〟たる連合観兵式の挙行を当主ライムンド自らが申し込んで来るのに及んで、ポンペオ・タルデリはこれを受けた。



 ルーベン・ミケリーノには、そんなことは笑止なことだった。

 カルデラの南壁に砦を(しつら)えるのは、あくまでカルデラの南の空でのルージューの動きを一時的に掣肘し、挑発するために過ぎない。

 あのような場所の砦は長い兵站の維持が難しく長期に渡る維持など望めない。そもそも維持が難しいからこそ、これまで彼の地に砦を築かなかったのだ。

 が、兵站線の短い相手側にしてみれば〝出城〟として機能する。これまでルージューに一定以上の規模の砦を築かせなかった理由がそれである。

 であればこそ、今回ルーベン・ミケリーノは、〝仮初(かりそめ)の〟砦として築いてみせたのである。一朝事ある時は、最悪でも火を放った上で引き払ってしまえばよい。


 それをタルデリは、〝自ら(タルデリ)の名を冠する砦〟をルージューの財で築かせる、という表面上の体裁に納得し許可を与えるという……。

 もはや本末転倒の上に利敵行為に値した。敵に奪われれば、それは敵の拠点となる。

 しかしタルデリは、この申し出にご満悦なのだ。

 島嶼諸邦のムランに居たルーベン・ミケリーノにも、来たる観兵式に出席するよう命じてきたのだった。その上〝島嶼諸邦の共同支配権3割の話〟まで期待してよい、との内示まで添えてきた。大盤振る舞いである。


 とりあえず、軍制上の上司に当たる西方長官の命である(とは言えルーベン・ミケリーノは公式には文官たる監察官の肩書なのであったが……)。ルーベンは麾下の船団に一両日中の出帆を指示し、座乗船〈ミアガルマ〉の船上に上がっている。



「これほどの馬鹿だとは思わなかったがな……死にたいのか? ヤツ(タルデリ)は」

 そう言って手酌の杯を口元に運ぶルーベン・ミケリーノの側に、さすがに〝遊び女〟の類いはいなかった。出帆を前にした軍船の上でのことである。

「タルデリさまがどうあろうと、御三男(ルーベン)さまには好都合なこととなったのでは?」

「…………」

 女のその言に、ルーベンは今度こそ〝ほくそ笑ん〟でみせた。

じじい(タルデリ)が死ねば〝戦〟になるな……」

 その表情を見逃さず、女は浅く肯いて返した。

「──〝()()()〟の望みも()()なれば……」

 女の表情に、今度はルーベンの方が無表情に肯いて返した。



 月の淡い蒼い空に、すっと雲が薄く引かれるような、そんな夜だった……。

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