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風の舞う地  作者: ハイファンタジーだいすき
32/63

凪 2


 そして秋が終わり、冬に入ろうという頃──。

 ルージューの城に一族の主だった者が集まっていた。

 集められた者の顔ぶれは、棟梁のライムンド・ガセトとその5人 (視力を失った長子イポリト・セレドニオの姿はない)の息子。ライムンドの2人の弟。

 マールロキンからは女方伯の息子エドゥアルド・ルフィノ。女方伯の兄イサーク・イシドロ・ベネディートも2人の息子と共に参じていた。

 他にはルージューを支えるカルデラの豪族のうち、とくに大きな家の長らの姿がある。


 これは、普段ライムンドが外向きに見せる〝多頭による合議〟ではない。力ある一門・重臣による〝寡頭の合議〟…──軍議である。



 この夏の終わりの頃より聖王朝は門閥の私兵を繰り出すことで挑発の度合いを強めてきていた。カルデラの南にルージューが秘密裏に築いた〝見附の網〟を一つ一つ潰して廻るなど、あからさまな嫌がらせをしてきてもいる。

 ルージューはその挑発を表だっては無視し、裏に回れば嫌がらせを仕返す──潰された見附はすぐさま再建をし、時には空賊を装って彼らの後背を脅かす…──というようなことをして時間を稼いでいた。

 事の元凶といえる現西方長官ポンペオ・アンセルモ──タルデリ宮中伯にしてアンダイエ伯の任期が明けるのは2年後……。それまでを凌げば事態も好転するとの見通しだった。彼らは西方に配された王朝軍を()なしつつ、金の力を使っての聖王朝の有力貴族への働きかけ、元老院への〝開戦回避〟の工作なども並行して行い、巧く立ち回っていたのだ。


 それが、ルーベン・ミケリーノの率いるマンドリーニ軍が島嶼諸邦を押さえてしまうと状況は一変する。

 当初〝気紛れ〟で(あるいは嫌がらせで)彼の地に留まったと思われたマンドリーニ軍だったが、現在(いま)ではそれが、基本的に3つしかない──しかもそのうちの1つ、アンダイエ航路は聖王朝が押さえているため実質2つしか残らない…──西のカルデラ(ルージュー)の地への航路の最も太いそれを効果的に統制下に置くための措置であったことが判ってきた。

 島嶼諸邦はルージューに臣従することはないが、聖王朝──とりわけ西方長官府──の圧力に対する潜在的なシンパシー(同調)を共にしている地である。ルージューの裏側の動向を目にしたとしても〝見て見ぬ振り〟で(たす)けてくれていた。しかしマンドリーニ軍がそれを取り締まることで、ルージュー軍の〝非正規の行動〟は掣肘を受けることとなった。


「ルーベン・ミケリーノがこれほど切れる男だったとは……」

 場を代表してそう言ったのは友邦マールロキンの御曹司エドゥアルドである。若いながら聡明な武者である彼は、カルデラの地の情報網を構築させた〝周到の人〟アティリオ・マルティを必要以上に責めているようには聞えぬよう配慮しつつも、顰めた顔を横に振ってしまうことを止められなかった。


「それは兄上だけが負う責めではないでしょう」

 まだ声変わりをしていない声でそう話を受けたのは、マルティの〝配慮の人〟、14歳の末弟アベル・サムエルである。

「私も、()の御仁がこのようなことをする人だとは、さすがに気付けなかった」

 そう言って彼が笑えば周囲の大人の苦笑を誘う。エドゥアルド・マールロキンも苦笑を浮かべて頷くばかりとなった。

 このような時、ことさらに深慮を感じさせない物言いで異母兄であるアティリオを庇うのは、それが彼の役目だからだ。若いながら一族と郎党の潤滑油となることが自分の存在価値であることを理解している。


 そんなアベルの言葉に座長のライムンド・ガセトも肯いて返している。

「その理屈で言えばわしも責めを免れんな」

 ルーベン・ミケリーノの軍才については報告は上がってきていた。が、ジョスタンとアティリオが揃って警戒するプレシナ家のアレシオ・リーノの輝きに隠れ、それほどの意識を払っていなかったのだ。また西方長官タルデリが主家筋に連なるルーベンを内心で煙たがっており、島嶼諸邦に居座った彼をいいことに、そのまま遠ざけているとの〝見立て〟もあった。

 ライムンドは、タルデリにルーベン・ミケリーノの軍才は活かせない、と判断したのだ。

 それが蓋を開けてみればタルデリの下でルーベン・ミケリーノはその才を遺憾なく発揮し、ルージューにこれほどまでの奇禍を招こうとしている。


 ライムンドは苦笑の浮かんだ顔をあらため、いったん和んだ席をもう一度引き締めるように続けた。

「だが、もはや笑ってばかりもいられなくなった」

 その言に、一同の表情もあらたまる。



 事態はさらに悪化をしていた。

 島嶼諸邦を掌中に収めたルーベン・ミケリーノは、次なる一手として西方長官府のタルデリにこう献策をしたのだ。


 ──カルデラ南壁に哨戒の起点となる砦を築いてはどうか、と。


 カルデラの南壁は言うまでもなく険峻で〝見附〟程度のものならともかく、飛空船や飛空艇が寄港できる規模の砦を築くとなれば膨大な手間と時間が掛かる。まして西方長官府の在るアンダイエから遠く、ルージューとの関係が悪化している現在(いま)、十分な資材や作業に当たる職工を送る事ができる状況にない。

 にも関わらずこのような献言をしたルーベン・ミケリーノの真意を、ルージューの一族は推し測ることができなかった。

 だから作業に当たる職工らを乗せた船を風から守る船溜(ふなだまり)の提供を求められたときには、(もちろん〝表だって〟拒否のしようはないわけだが……)おとなしく応じたのだ。

 そうすると聖王朝側は、ルージューとの取り決めでいう大船に当たらない飛空船5隻 (その全てをマンドリーニ軍が供出した)をルージューの提供した船溜(ふなだまり)に入れると、鎖を張って岩場に繋ぎ固定しまった。

 そして飛空船同士を鎖で繋ぎ板を渡すや、その上に次々と櫓や橋を組んでいっては楯板を置き、見る間に砦としてしまったのだった。


 こうなってしまえば、最早ルージューと言えどカルデラの南側でこれまでのように振舞うことはできなくなった。

 カルデラ外輪に遂に橋頭保を得た聖王朝軍は、これまでのように最小限の戦力をアンダイエから懸軍長駆(けんぐんちょうく)させる必要がなくなり、まとまった戦力──飛空艇とワイバーン──をいつでも展開できるようになったのだ。


 ルージュー一族の誰一人として、こうなることを予想することができなかった。



 カルデラ南岸の地におけるルージューの優位は失われつつある。

 それを突き付けられた現在(いま)、ルージュー一族は〝大きな二つの選択肢〟から、カルデラの地の未来に繋がる道を選ぶ必要に迫られている。


 1つは〝これまで通り西方長官に対しては面従腹背を貫き、戦の名目を与えずに調略を以って元老院に働きかけ、マンドリーニの私兵を引き上げさせる〟こと──。

 直近ではマンドリーニの兵を率いるルーベン・ミケリーノだけが問題なのである。襲い来る嵐と諦め、嵐をやり過ごしさえすれば再び空も晴れよう……そういうことである。

 しかしながら状況はより切実となっていた。

 西方長官(タルデリ)とルーベン・ミケリーノの間柄は、当初の〝不仲〟との見立てと異なり、少なくとも軍の采配に関してはタルデリはルーベンを頼っている。誰が知恵を付けたのか、ルーベン・ミケリーノもまた必要以上にタルデリ個人と関わり合うようなことをせず、島嶼諸邦のムランに引き籠って西方長官の面子を潰すようなことをしていない。

 その結果、いまでは長官府附の大隊を含む西方軍の全てを、タルデリの横槍なしにルーベン・ミケリーノが動かしているといっても過言ではなかった。

 2人の利害は一致を見ており、これを裂くにはかなりの時間を要するだろう。

 そしてこの場合、時間が進めば進む程、状況は相手の側に有利となってゆく……。


 であれば、いま1つの選択肢──〝ここで腹を括り、事態がこれ以上進展する前に開戦に踏み切る〟ことで死中に活を求めようとする者も現れる。

 聖王朝がカルデラの地を狙っていることは最早誰もが知ること。何れ雌雄を決することを避けられないのだ。であるなら、このままむざむざとカルデラの南側の地の利を失うのを待つことはせず、先ず一戦してこれを破り、その勝利を以って和議に持ち込む。

 そう考えることも、別段、おかしいことではない。



 現方針を堅持したいと考えるのはライムンドとその五男〝礼節の人〟マルコ、エドゥアルド・マールロキン、イサーク・ベネディートといった顔ぶれである。

 対して早期開戦も已む無しとは、アティリオとオスバルドの2人のマルティに、その叔父テオドロ、それにベネディートの2人の息子どもといった面々で、〝武断の人〟オスバルドはともかく、アティリオが主戦論に傾いていることに座の誰しもが〝意外との表情(かお)〟を隠せないでいる。


「このまま外輪南部の監視網が機能しなくなれば、アンダイエからの兵站が確立することになる。そうなれば我らは東と南とで二正面を戦わねばならなくなる」

 腕を組んだオスバルドが〝武断の人〟らしい視点からそう述べると、隣からアティリオも言添えるべく口を開いた。

「実際には有利な戦場を失うだけに止まらない。情報戦の主導権を失いつつある。すでに情報の伝達に支障が生じています」

 座の彼方(あちら)此方(こちら)で溜息が漏れる。

 エドゥアルドがライムンドの末弟レオ・マリアの顔を見る。レオ・マリアは黙って肯いた。


 アティリオの懸念は、このままカルデラの外に繋がる主要な情報の経路を塞がれてしまうことでルージューがカルデラの外の世界の情勢から切り離され、単独で聖王朝と相見えねばならなくなることである。

 島嶼諸邦を押さえたルーベン・ミケリーノの〝遣り口〟は徹底しており、港を行き交う者に少しでも不審を感じれば人知れず拘束し始末をしていた。アティリオの手下の者も、既に幾人もが黙って斬捨てられ、闇の中に葬られている。

 カルデラの地は正しく〝袋小路〟である。これをやられてしまえば、ルージューは目と耳を失ったも同然だった……。


ジョゥス(ジョスタン)……お前はどう思っている」

 ふとライムンドが、ジョスタンに視線を遣って質した。

 ジョスタンとライムンドの末弟レオ・マリアは、この時点では自らの考えを表明していなかった。


「戦えば勝つのは容易(たやす)いと存じます」

 父伯の視線に、ジョスタンは向き直って、どうということもない、と言うふうに言い放ってみせた。

「マルティの〝果断の人〟は大層強気だ」

 その強気な言に年嵩(としかさ)のイサーク・ベネディートが応じた。

 ジョスタンは、ふん、と鼻で嗤って見せ、自信に満ちた表情(かお)で言う。

「我らは〝プレシナ〟と戦いこれを撃ち破るための兵を鍛えてきたのだ。ルーベン・ミケリーノ如きに後れを取ろうか。──ただ……」

 その〝補足の接続詞〟に、座の視線が集まる。

「……ただ?」

 直ぐには答えないジョスタンにエドゥアルド・マールロキンが合いの手を差し挟んだ。

「ただ…──」

 ジョスタンはエドゥアルドを見返して言った。

「いま勝っても、その後に勝ち続けられるかどうか……それはまた別問題となる」

 その言葉に、座の全員が押し黙る事となった。


 ジョスタン・エウラリオこそが、ルージュー軍の軍制を〝火薬〟や〝科学の力〟を多用する現在の形に改めた先導者である。それは同様の改革に着手しているプレシナ公子アレシオ・リーノに4年ほど先駆けており、エドゥアルド・マールロキンなどは、仮想敵である聖王朝軍との実力差を推し量るのに最も適した人物と見ている。

 実の所、先に火薬に着目した先覚者は他ならぬエドゥアルドであったが、現実にそれを正しく育てたのはジョスタン・エウラリオの〝戦争道楽に入れ込む《うつけ者》〟の気概であったと、そのように彼は認めていた。

 そのエドゥアルドにジョスタンは、〝際限なく寄せて来る聖王朝の軍勢を斥け続ける程〟には未だルージュー軍は育っていない、というのだ。


〝勝ってもその後を勝ち続けることが難しい〟

 そのジョスタンの言葉を、少なくともこの軍議の場に加わることを許された者は理解している。

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