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風の舞う地  作者: ハイファンタジーだいすき
禍つ風
29/63

禍つ風 4


 王都メツィオの上空を飛ぶ飛空艇がある。その艇首にはプレシナ大公家の紋章と『近習衆』の〝(しるし)〟が掲げられていた。

 船上には2人の竜騎の姿があり、艇がアルタノン(神殿広場)の石畳の上空に差し掛かるや、体躯の勝れる方が眼下のアルタノンに目線を遣っていま1人の竜騎に訊いた。

「憶えているか? 昔あそこでアレシオ様の御前に立ち塞がった娘のことを」

「ああ」 と、細身の方が応えた。「──憶えている。我らの〝美しくない〟行いの事もな」

 シラクイラ第2大隊のポリナーロ・アルベリーニとオンツィオ・リオーネであった。

 巨躯のポリナーロが、再び口を開いて訊いた。

「あの娘はいま、どうしているのであろうな」

「さて、な……」

 オンツィオは応えつつ、追憶の中にあの日の少女の姿を思い起こしていた。

(オレとてあの〝薬膳でのこと〟は、無かったものとして仕切り直したい)

 そうオンツィオが思っていると、彼らの艇が揺れた。


 すぐ先の空に8パーチ(※1パーチ≒3メートル)の飛空船が風を巻いて進んでいた。そのマストにマンドリーニ公の紋章がはためいているのを認めて、ポリナーロは舌打ちをした。

 オンツィオも目線を上げ、王都の上空を行く飛空船を確かめる。

 マンドリーニ公の私有の飛空船が、各地の荘園や町から金で集めた兵を西岸の港町オーヴィアへと送っているのだろう。

「マンドリーニの奴ら……よくもこの王都(メツィオ)の上空に戦船を進められるものだ」

 そう忌々し気に言うポリナーロに、オンツィオは応じた。

「元老院の空気を変えたのは、やはり|非戦の算段の出来る人物《ランプニャーニ宮中伯》を失ったことだな。一度引き絞った手綱が仇となったか…──」

 ここメツィオでも、マンドリーニの私兵団に応募する者が増えていた。


 自身、小さな荘園を預かるオンツィオ・リオーネは感じていた。

 いまメツィオ(王都)はすっかり出兵の空気に逆上(のぼ)せている。

 西方の雄たるルージューの実力を知らず、10年前のアンダイエのときのように──その後の収支はともかく…──戦利に(あず)かれると浮かれているのだ。

 プレシナの武人であるオンツィオにとり、戦そのものは否定されるものではなかった。

 が、マンドリーニのやるような敵を侮り恫喝をするための出兵には、同僚のポリナーロのような憤りよりも、冷笑の方が先に立つ。

 西方長官府附のペナーティから提出されてきた報告書の内容を知るオンツィオには、このような〝雑な〟出兵では緒戦で膠着し、戦費が嵩んでいくだろうことが容易に想像できた。

 こうした失政は民からの搾取で補われるが、すでにシラクイラの貴族の荘園も荒れ始めている。この分では、あの日のアルタノン(神殿広場)の娘のようなへロット(下層民)が更にシラクイラに増えることになるだろう。

(だがそれも仕方あるまい。これが元老院の選んだ道だ……)

 オンツィオがそう考えをまとめているうちに、飛空艇はプレシナ大公の館の広大な敷地へと降下を始めていた。



 メツィオの西の端──プレシナ館の杜の中に拓かれた調練場に、ポリナーロとオンツィオを乗せた飛空艇は降りた。

 板が架けられると、アレシオ・リーノが船上に上がってきた。

 艇首の2振りの旗のうち『近習衆』の〝(しるし)〟が降ろされ、替わってアレシオ・リーノの〝御印(個人記章)〟が掲げられる。

 ポリナーロもオンツィオも軍の礼式で一礼をした。膝を折って迎えることはしない。他ならぬアレシオ自身がそれを禁じていた。軍の船上で、誰も彼もが一々貴人に対してそのようなことをしていては効率が悪いというのが理由だった。


「──…アレシオ様、御一門の長らの判断は?」

 ポリナーロに一門衆の合議の行方を質されると、アレシオは苦笑と共に答えてやった。

「父は頑なだな。マンドリーニ公の主導する出兵には(くみ)しないと……此度、プレシナは兵を出さぬことに決した」

「ではマンドリーニ公の私兵と西方軍だけでルージューと事を構えることになると?」

 今度はオンツィオが、事態を客観的に確認するように訊いた。

「うむ……。アロイジウス・ロルバッハには済まないが、西方の民には迷惑な事となったな」

 それにはアレシオの若い顔が曇った。


 非戦派を纏めていたランプニャーニが没したいま、元老院と宮中で権勢を揮うマンドリーニ公とその勢力がこうまで戦 (というより〝戦利〟だろう……)に前のめりとなれば、プレシナとてそれを上手くいなしてことを進めるのは難しかった。シラクイラの貴族や富裕層が〝西方の状況を憂いて〟私財を投じて義勇の兵を送る、という動きは〝正しい〟といえば正しく、もはや止められないだろう。

 であれば、せめてアロイジウスが説いたように、我らプレシナの武威を以って一気に西方を鎮めるのが〝次善〟の策ではないか。アレシオはそう父を説得したのだが、聞き入れてはもらえなかった。


 苦くなりがちな表情を押し払い、アレシオ・リーノは飛空艇を大隊の営地の在るメツィオ郊外へと戻すよう指示した。

 遠からず戦端は開かれるだろう。

 それまでに、配下の兵に十分な戦の備えをさせねばならなくなった。




 そのアレシオが話題に上げたアロイジウスが、カプレントの商館を経由してアンダイエの西方長官府に戻ったときには、西方にもそろそろ秋風が立とうという頃になっていた。

 商館でアロイジウスはアニタとの婚約を乞い、〝成る様になったか〟と満足気な表情から改まったアニョロから、ランプニャーニ宮中伯の死と、その後の元老院の動静を聞いている。


 ランプニャーニの死に関してはその別れ際の様子から病死を思い描けないアロイジウスは、事故かあるいは〝何者かの意志〟を疑ったのだが、コレオーニから伝えられた情報にはそこまで立ち入った詳報はなかった。

 元老院がマンドリーニ公の三男ルーベン・ミケリーノを〝アンダイエ事案〟の監察官に指名したことにアロイジウスは、只々言葉を失うばかりであった。事前にランプニャーニから聞かされた人事案とはもちろん違っており…──選りにも選って、()()、ルーベン・ミケリーノである。


 アニョロほどに公平な視点でルーベン・ミケリーノを評価する気のないアロイジウスにとって、この人選は元老院の知性と良識を疑うものであった。──が、しかし、元老院の側にも言い分はある。

 問題となっている現西方長官のタルデリ宮中伯は、マンドリーニ公爵家の後見で現在の地位にある。仮にタルデリが監察官──()いてはそれを任命した元老院…──と意見を違えたとしても、マンドリーニ家の男子であるルーベン・ミケリーノであれば長官の暴走を抑えることが容易であろう……と、そういう触れ込みである。


 だが、それが建前でしかないことを元老院の誰しもが承知していた。

 ルーベン・ミケリーノは少なくとも軍事の才覚を持ち、この男の元にマンドリーニの一門は武威に優れた者を(こぞ)って送り出すという。事実上の出兵──戦力の増強なのである。

 それはプレシナ一門には及ばずとも、西のカルデラにとって十分な脅威となる。

 武威による恫喝には、ルージューは武威を()って応えるだろう……。



 この2ヶ月余りが結局は徒労であった事実(こと)を知り、アロイジウスは再びシラクイラに渡るべきかをアニョロに(はか)っている。が、今さらシラクイラに戻ったところで〝時間(とき)〟の方は戻るわけではなく、元老院のこの決定が覆るとは考えられなかった。

 アニョロはアロイジウスに、西方長官府(アンダイエ)に戻ることを命じた。

 この上は長官府附きの武官としての勤めを全うしてもらうしかない。

 そうすることで、この無謀な出兵によって失われる兵の命を少しでも減ずる措置を講じるべきであったし、もうこれ以上、彼の〝武人としての面目〟を西方長官のタルデリ辺りに咎められるような動きをさせられなかった。妹の夫となる男である。


 そうしてアロイジウスは、カプレントを後にしてアンダイエに戻った。



 アニタはというと、カプレントの商館で兄に〝頼まれごと〟の首尾を伝えた後、再びロルバッハ砦へと渡航している。

 アロイジウスは、ヴェルガウソの家長であるアニョロに、アニタとの婚約の許し(※この時点では結婚の許しではない)を乞うた後は彼女を商館に戻す気でいた。アニタもそのつもりでいたのだったが、義姉(あね)となるクロエが古い仕来(しき)たりの通りに嫁ぎ先の家に入ってしまうことを薦めたのだ。

 このまま商館に残ったとして、アロイジウスと離れ離れとなっていてはアンダイエ伯がどう扱うか知れたものではない。アティリオが辞退するのなら他の兄弟に……などと言い出し兼ねないのではないかと真剣に案じるクロエに、アニョロは〝我が殿〟(タルデリ)であれば言い兼ねないと納得させられた。

 それにまた、アニョロには〝しっかりとした女性〟の下で妹には花嫁修業をさせねば、との想いも別にあった。そう考えたとき、ロルバッハ砦にならユリアを育てたノルマが居た。

 そういう事情で、アニョロは事情を(したた)めた手紙を(アニタ)に持たすと、ロルバッハ砦へとアニタを遣ってしまった。

 半月の後のロルバッハの砦では、奥向きを預かるアロイジウスの養母(はは)ノルマが、笑顔で嫁となるアニタを迎えたのだった。


 (いささ)か式例に外れてはいたが、こうしてアロイジウスとアニョロはこの件を収めたのだった。




 一方アロイジウスは、3ヶ月ぶりのアンダイエに居た。

 西方長官府の首席武官の執務室に戻ってきたアロイジウスは、部屋の主であるボニファーツィオ・ペナーティに迎えられた。

 執務卓の前に立ちこの3ヶ月のことを報告するアロイジウスの表情に明るさは無い。

 アロイジウスの報告の間、ただ黙って聞いていたペナーティは、報告者(アロイジウス)が語り終えるや溜息と共に言った。

「どうやら〝藪をつついて蛇を出す〟結果(こと)になってしまったな……」

 アロイジウスが目を伏せる。

「申し訳ありません」


 ことはパウラ・アルテーア・アルソットとアロイジウスの出会いに端を発しており、(皮肉なことに)(はか)らずも(まさ)に〝藪をつついた〟結果なのであったが、神ならぬ身のペナーティにはそんな真実(こと)はわかりはしない。


「いや、卿を責めているのではない。原因を作ったのはむしろ私の方だと言えるしな……」

 ペナーティは年若い部下の努力を(ねぎら)うと、片手の書面を持ち上げてみせて言った。

「こうなれば卿が集めてくれたこの船腹が役に立つ。船脚は遅くとも積載量のある幅広で底の深い船を見繕ってくれたのは重畳(ちょうじょう)(※)だ」 (※たいへんに満足であること)

 言ったペナーティの表情には、事ここに至れば武人として恥ずかしくない〝戦仕度〟をしてみせる、と心を定めた赴きが見て取れた。

 アロイジウスは複雑な表情で肯いた。

 こういう形で戦の仕度に入ろうとは思っていなかったが、大戦(おおいくさ)となれば兵站 (※2)の確保こそが大事とペナーティのみならず養父ファリエロからも薫陶を受けていた。シラクイラでの表向きの仕事も、抜かりなく取り組むのが長官府附きの武官の仕事なのであった。

(※2 兵の展開に係る物資の配給や手入れ、仕度、衛生管理、施設の構築や維持など)


「戦ですね……」

 沈む声で訊いたアロイジウスにペナーティはわずかに頷いて答えた。

「ルーベン・ミケリーノがマンドリーニの私兵団を率いてくる前に、我ら西方軍でカルデラの南壁に進出する」

「カルデラの南……」

「カルデラ南の隘路に出没する空賊の取り締まりを理由に、彼の地に点在する()()隠し見附を〝しらみつぶし〟にし……そうしてルージューを挑発する」

「…………」

「ルーベン・ミケリーノが西方に到着するまでに、何としても戦端が開かれるのを西方長官はお望みだ。そう仕向けるよう我らは動かねばならん」

 要は〝ルージュー一族の地〟の目先に出向き、一々難癖を付けて回る、ということである。

 気の重い仕事になる。

 執務卓越しのペナーティの表情が、酷く疲れたものにアロイジウスには見えた。

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