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風の舞う地  作者: ハイファンタジーだいすき
微風
19/63

微風 1


 ジョスタン・エウラリオの婚礼から2ヶ月が過ぎた夏の日──。

 アロイジウス・ロルバッハは、西方長官ポンペオ・アンセルモ・タルデリの招集によりアンダイエの長官府に赴いた。

 この日アロイジウスは、翌日に長官府警護の任の交代──長官直属の竜騎3小隊が月番で1隊ずつその任に当たった…──を控え中隊営地でその準備に追われていたのだったが、いきなりの招集に取りも直さずワイバーン(飛竜)を飛ばしてきたのである。

 第2小隊で最年少の武官であるアロイジウスは、営地の同僚に先駆けて長官府に入り、状況の把握に努めねばならない。

 かつてのアンダイエ一族の館であった長官府に到着したのは正午前だった。

 竜舎である南の搭にワイバーンを降ろすと躍場(おどりば)の端の詰所に上司の姿を認めた。首席武官の竜騎ボニファーツィオ・ペナーティである。視線が合うとペナーティは頷いてみせた。


「何か起こりましたか?」

 アロイジウスは堅物の上司の許に歩み寄り、その表情を窺いながら訊いた。ペナーティは、いつもの通りに苦虫を噛み潰したような表情(かお)であるが、その瞳には、何事かへの更なる憂慮の色を見て取れた。

現状(いま)()だ起こってはいない……、これから起こる」

 それに怪訝な表情となったアロイジウスに応えるより前に、上司(ペナーティ)の目線は北側の開口部の先にワイバーンの姿を認めてそれを追っていた。アロイジウスも振り見遣ってそれを追った。

 密輸船や空賊の取り締まりで(そら)に出ている第3小隊にも同様の招集が掛かっていたと見え、第3小隊で一番若輩の竜騎が到着したところだった。

 無事に躍場へと降りる進路に入りつつあるのを確認すると、詰所の者に行き先を言付け、ペナーティはアロイジウスを伴い階段を降り始めた。


 アロイジウスが遅れまいと後を追ってくるとペナーティは口を開いた。

「タルデリが無理を言い出した。皆それで頭を痛めている」

 ペナーティは周囲に誰も居ないとき、上役である西方長官をこの様に呼び捨てることがあった。が、大抵の場合それを聞いた者もそう呼び捨てたくなるときに限られていた。今回は如何なことが彼をそうさせたのであろう。

「──ルージューの六邦に対する元老院の定める税額が低すぎると言い出した」

「…………」

 アロイジウスは慎重に頷いた。辺境伯(ルージュー)の一族の暮らしを見れば西方長官ならずともそう考える。別段、おかしなことを言い出した訳ではない。

()()()()()()()()は〝正しく〟認識する男だな……」

 ペナーティはまた()()〝苦虫を噛む〟表情になって吐き捨てるように言った。

「しかし、いきなり()などと言えば、ライムンドとて黙って肯けぬ」

 それには、さすがにアロイジウスも驚かされた。

()⁉ 倍ですか……」

 思わず声に出して訊き返してしまった。

「拒めばさらに好都合と申された」

 嫌な感じがした。

「それは……つまり」

 螺旋階段の踊り場でペナーティは立ち止って言った。

「戦の口実ができるであろうと」

「…………」

 呆れて言葉を失ったアロイジウスに、

「このままでは……本当に戦になる」

 ペナーティはそう言って重い息を吐いた。



 午後には西方長官(タルデリ)の前に集うことになっていたが、その前にタルデリの下で武官の肩書を持つ者がペナーティの執務室に集められた。武官の中では最も年少のアロイジウスも末席で話を聞いている。

「そもそも、なぜいま我らだけ(西方軍)で戦端を開かねばならぬ」

 座でペナーティに次する立場の竜騎ロターリオ男爵が腕組みをし、よく通る声で誰にともなく質した。

「俺とて進んで開戦を望むものではないが、もし戦と決まれば中央(シラクイラ)の応援を当てにせずに西方管区の兵力だけで勝ち目があるのか?」

 彼は、先日のジョスタンの婚礼の際にルージュ―へ随行していなかった。そのため現地の繁栄を目にしておらず、本当のところが理解できてい(わから)ない。

 ペナーティが真面目な表情で答えた。


「商館のヴェルガウソの調べでは、8パーチ(※1パーチ≒3メートル)の飛空船が50、3~4パーチの飛空艇が200、とのことだ。大船の保有こそ〈フラガラッハ〉1隻ということになっているが、それも怪しいな…──」

 対する西方長官隷下の飛空船団は、長官の座乗船〈ハウルセク〉をはじめ全長が10パーチを越える大船が4隻あるものの基幹となる8パーチ船は15隻に過ぎず、戦場で小回りの利く4パーチ程度の飛空艇すら60隻に届かない。加えてルージューの側には多くの砦があり、侵攻する我が方は糧食を運ぶ輸送船に8パーチ船を何隻か割かねばならない。近隣の諸侯、自由島の船を動員してもカルデラ軍の6割にもならないだろう……。


「──…飛翔獣も能く鍛えられていた。私が見ただけでもグリフォン・ライダーは70~80騎。これだけで我がアンダイエの常備大隊180騎の手に余る」

 ルージューの主力騎であるグリフォン(大鷲獣)ワイバーン(飛竜)と比べ大柄で力が強く、2人以上の兵を乗せた上に速く飛ぶことができた。同数で(まみ)えるのであれば聖王朝軍のワイバーンには分が悪い。カルデラの南壁でアロイジウスが羨んだように、個々の能力でグリフォンにはワイバーンに劣るところがない。

 ではなぜ王朝軍がグリフォンを用いないのかといえば、それは王朝軍が基本的に『外征軍』として整備されてきたからである。他の島々に侵攻し、常に〝攻め手〟として翼獣を飛空船の上から飛び降りさせなければならないため、肉食のグリフォンよりは草食のワイバーンの方が好まれた。大量の生肉を保存するよりも乾草の方がまだしも扱いやすかったからだ。また、グリフォンのその巨躯は母船1隻当りの運搬数の確保を難しくさせる。

 さらに、体の重いグリフォンが長く空中に留まれず、遠くまで飛べないことで攻撃範囲を狭めていることも嫌われる理由の一つであった。

 がしかし、これら聖王朝の竜騎から見た欠点の数々は、地表から飛び降りさせるのであれば然程の問題にはならない。


「──実際はこの数倍も居ような……。さらにマールロキンをはじめ〝彼の地(カルデラ)〟諸邦の翼獣が(こぞ)って脇を固めることになる」

 ロターリオが腕組みを解いて言った。

「とても戦にならん」

 先のルージューでの婚礼に際して留守居組だった面々が、そのロターリオの言葉に互いの顔を覗き合う。〝商館〟の報告とペナーティの言葉しか判断材料のないことが、彼らを慎重にさせているようだった。


 (しば)しの沈黙が有って後、

「アーロイ、貴様はどう見てきたのだ?」

 留守居組であった竜騎の一人がアロイジウスに訊いてきた。

 アロイジウスは素直に応じた。

「ボニファーツィオ卿の云った通りです。(くに)は富み兵は()く鍛えられている……そう思いました」

 (もと)より報告書の一部はアロイジウスが書いて提出した。ルージューが強国であることは周知のことだし、その国が戦いの準備を怠っていないことも書き記している。

 それに先の竜騎は納得がいかないとばかりに声を上げる。

「しかし、それは〝アンダイエ攻め〟のときとて同じだったろう」

 上司であるペナーティには言えなかったから彼に言った訳だが、そう言った竜騎は、長机の正面に坐した同僚から目線でだけ咎められた。

 アロイジウスが〝アンダイエ攻め〟の戦利奴隷であったことは、西方長官が事あるごとに吹聴するため、この場の誰もが承知している。


 アロイジウスは感情を殺して応じた。

「アンダイエのときとは違います」

「何が違うのだ?」

「あの戦は周到な準備の末に仕掛けられたものでしょう?」

 その正しいモノの見方に一同押し黙る。

 ペナーティが静かに言継(ことつ)いだ。

「その〝周到な準備〟が必要ということが閣下にはお解りにならない。それが問題だ。開戦となれば直ぐにでもシラクイラから征西軍が編成されると思っておられる」

 ふん、とロターリオが鼻で嗤って言う。

「結局〝本国頼み〟ではないか。 ……しかし援軍が来るにしても、その前に我々全てがこの世から消えていることになりかねんぞ」

 皆が苦り切った表情となった。

 そうすると従僕が扉を開けて告げたのだった。

「時間です。閣下がお出ましになられます」

 ペナーティは頷くと思い腰を上げる。後に全員が続いた。




 かつて歴代のアンダイエ太守が政庁として使っていた居館のホールは、ルージューのそれと比べても遜色のない華美なものであった。飛行石を扱う工房都市として多くの邦々と取引きがあった関係上、(おの)ずと質素であるわけにはいかなくなったからだ。だが、それも〝今は昔〟である。

 ホールに置かれた大きな卓の上にはルージューの絵図──軍の扱う詳細な地図とは違っていた…──が広げられ、それを取り囲むように10人ばかりの西域諸豪族の長らが顔を揃えていた(その中には島嶼諸邦の代表の顔もある)。皆一様に表情が重い。


 ペナーティら武官がホールに入って間もなく、反対側から文官と側近らを引き連れた西方長官アンダイエ伯タルデリが姿を現した。

 そのまま側近らと卓の上座に立った。文武の官はそれぞれ首席と次席が卓に進み、残りは脇に控える形を取る。

 タルデリは頷くと口を開いた。

「皆に話は伝わっておるな?」

大凡(おおよそ)のところは伝えております」

 座を代表してペナーティが慎重に返した。

「わしは婚礼の翌日より彼の地に留まり、〝商館〟のヴェルガウソに命じてカルデラの情勢を秘かに探らせた。ライムンドめは長官府の目を盗み、届け出のない見附(みつけ)や砦を秘かに築いておる疑いがある。これだけでも由々しき事ぞ。戦の備えと見做(みな)して間違いなかろう」

「それはほぼ間違いないのでしょうが、いまは疑いがあるだけで動かぬ証拠がありませぬ…──」

 ペナーティが表情を消しつつ言った。この場合の〝証拠〟とは、秘密裏に整備された見附をルージューの手下(てか)共々検挙できていなければならない、と言っている。ただ見附や砦があるというだけでは、密輸の商人や山賊・空賊の根城と言い逃れられる。

 そんなペナーティにタルデリは面白くなさそうに頷くと、矛先を転じた。

「ライムンドは貢賦(こうふ)(※)も怠っている」  (※税を納めること)

 これには次席文官が声を上げた。

「怖れながら何を()って怠ったと申せましょう? 税額については閣下も了承したはずでございます」

 この場合、彼とて〝貧乏くじ〟ではあったが、この話の行き着く先に戦となるよりは……と、敢えて口を開いたのだ。


 ……が、

「ルージューの言い分を信じ込まされたせいだ。貧しき土地ゆえと許したが聞くとみるとでは大違いぞ。あれ程なれば話は違う」

 タルデリのあからさまな言い訳には、その場の誰もが呆れた。飛行石をはじめ金銀玉を産する邦が貧しいはずがない。それを承知しながら代々の西方長官は、徴税請負人たる辺境伯と結んで〝辺境の地の貧しさ〟を演出してきたのではないか。10分1税は自分のものにはならないが、差額を生み出せばそれを受け取って利益を得られる。なのにルージュー辺境伯が仕事を怠っているとは、よくもまあヌケヌケと口にすることができる。


 だが、当のタルデリはまったく気にするでなく言葉を続けた。

「これまでの見せしめとして今年の税は倍としようと思う」

「倍などと……、どこの邦にも前例のなきこと。それを行えば──」

「──恐らく戦となろうの。だが……我らには400隻の飛空船団がある。いかにライムンドが愚かと言えど、聖王朝の軍勢に歯向かいはしまい。あるいはわしの要求を受け入れるやも知れぬぞ」

 タルデリは舌なめずりするような表情を浮かべた。

「倍は理不尽と言うが、いまのルージュー六邦なれば3倍でもおかしくはないとわしは見ておる。今までが低すぎたとは思わぬか? 思えば我らがルージュー一族を甘やかし過ぎたのかも知れぬ。税が3倍となったところでカルデラの地はびくともせぬ」


 場の空気を代表してペナーティが言った。

「たとえ払えるとしても辺境伯(ライムンド)は認めますまい。必ず拒んで参ります」

「払えぬと申せば、次の手がある」

 タルデリは薄笑いを浮かべた。

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