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風の舞う地  作者: ハイファンタジーだいすき
西の辻風
16/63

西の辻風 4


 5人の息子どもを従え、ルージュー辺境伯ライムンドは聖王朝の西方長官の前へとホールを進んだ。一番年若い息子は今年14歳。他に、この場には居ない視力を失って神官職に着いた長兄がいる。

 アニョロはあらためて息子たちを見た。14歳と言えば立派な働きが出来る年頃だ。それが一番年少なのだ。その末弟を含め息子たちは揃って皆長身でまず大柄と言えた。3番目に並んだ息子の顔は先程の本丸のグリフォン・ライダーの中に見掛けた。そんな自慢の息子たちであればこそ、ライムンドはこうして客人に披露しているのだ。


「諸兄諸姉の皆さま、面をお上げくだされ」

 ライムンドは快活な足取りでホールを進む。

「今日は何れの方々も大事な客人なれば──」

 と、

「──ライムンドさま」

 クストディア女方伯が一歩を歩み出ると同時に、

「本日はおめでとう存じます」

 客たちが声を揃えて祝いを述べた。段取りを決めていたのだろう。典雅にカーテシーをしてみせたクストディアの手を軽く取って、ライムンドはタルデリの前へと進み出た。

 アロイジウスは思わずアニョロの方を見た。アニョロは目線を動かさずに前を向き続けることに苦労している。タルデリの頬は引き攣っていた。確かに今日の座主はルージュー側である。にしても、これでは西方長官とルージュー辺境伯、どちらが上の立場かわからない。そもそも聖王家の代理たる西方長官を待たせることからして無礼であった。

 西方長官附き首席武官であるペナーティがライムンドを睨みつけた。

 ライムンドはそれに構わず、

「これは西方長官閣下…──」

 タルデリの前で大仰(おおぎょう)に両膝をついて跪いてみせた。息子たちもその後ろで同様に跪く。

「支度に手間取り、遅くなりまして申し訳ございません。なにぶん初めてのことなれば平に御容赦のほど」

「苦しゅうない。わしも今着いたばかりだ」

 タルデリはライムンドの器量に抗うよう鷹揚(おうよう)に構えてみせた。跪いていたライムンドを立たせる。


「そなたがジョスタン・エウラリオか?」

 一番年長と思われる息子に、タルデリは確かめるごとくに質した。

「西のカルデラの〝果断の人〟とはそなたであろう。……予の着任の折りには弟アティリオが挨拶に参ったが…──。二つ名と違い腰が重そうじゃの」

 小さく失笑が起こりかけたが、ライムンドが視線をやって黙らせる。

「無骨者なればフォルーノクイラ(宮廷)の仕来りも知らず、かえって失礼かとご挨拶を遠慮させました。今日よりは何卒よしなに」

 ライムンドが代わりに応じた。ジョスタンはただタルデリの前に頭を下げている。

「辺境の地には辺境なりの習慣(ならわし)があろう。無理にフォルーノクイラの仕来りを真似ることはない。これからは臆せずにアンダイエにも訪ねて参れ」

「あり難き幸せ」

 この言葉もライムンドのものだった。

「直答を許すぞ」

 タルデリはジョスタンに拘って質した。

(ちっ……)

 ペナーティが渋い顔をする。聖王陛下であるまいに、いかに相手が辺境貴族とは言え〝直答を許す〟という言い草はない。案の定、客たちの表情(かお)にあからさまな不快が現れた。

「閣下はそなたの婚礼を祝って足を運ばれたのだ。礼を申すがよい」

 場を察してアニョロが割って入った。──完全な貧乏くじである。

「今後はお引き立て願い申します」

 ようやくジョスタンは頭を上げた。

 その顔に何の表情も浮かんではいなかった。


「あらためて息子の紹介を──」

 ライムンドはジョスタンを下がらせて言った。

 父が名を口にするたびに一人一人が顔を上げた。


 次男、ジョスタン・エウラリオ・マルティ・ポーロ ……〝果断の人〟、

 三男、アティリオ・マルティ・アブレウ      ……〝周到の人〟、

 四男、オスバルド・マルティ・ポーロ       ……〝武断の人〟、

 五男、マルコ・マルティ・ポーロ         ……〝礼節の人〟、

 六男、アベル・サムエル・マルティ・シメネス   ……〝配慮の人〟。

 長男のイポリト・セレドニオ・マルティ・ムニティス……〝熟慮の人〟は、この場に居ない。


 他にライムンドには3人の娘がある。兄弟姉妹は一人の女の腹から生まれた者たちではない。正妻アグスティナ・ソフィアはムニティス家、側女の一人アナはポーロ家、同じく側女のラモナはアブレウ家、一番若い側女のバネッサ・レベカはシメネス家の女である。


「…──後ろに控えしは我が弟のテオドロとレオ・マリアにございます。それにジョスタンの妻となるオリアンヌの実父、パトリス・エドガール・ド・ユレ殿。……お見知り置きのほどを」

 アニョロは辺境伯の弟たちのうちレオ・マリアの方を見た。レオ・マリアの方は彼の視線に気付かないようだった。

「娘はいくつと申した?」

 タルデリはパトリス・ド・ユレに訊いた。養父となったフィルマン・ド・ユレに訊かぬところが意地が悪い。

「16歳に相成りました」

「似合いではあるな。ジョスタンは22歳と聞いている。さだめし良き子が生まれよう」

「はっ……」

 パトリスは恐縮して畏まった。

 そうこうしていると、花嫁の支度が整ったと神官が伝えにやって来た。ライムンドは頷いてタルデリを促した。

 ジョスタン・エウラリオ・マルティの婚礼はこうして始められた。




 式は先ず新郎が数名の伴の者を連れ新婦の待つ部屋に赴くことから始まる。そして新郎は扉の前に跪き新婦に呼び掛ける。結婚の承諾を乞うのだ。

 新婦に受け入れられれば扉が開かれる。そうして新婦は新郎に手を引かれ祭壇の(しつら)えられた中庭へと向かう…── 古い〝仕来り〟の名残りである。

 立ち合いの客人の居並んだ二の丸の中庭。

 顔を俯き新郎に手を引かれて姿を現した新婦は16歳なりに可憐な横顔だった。新郎と新婦は祭壇の前に進み、祭壇には生贄の小鹿が捧げられる。そうして神官の前で結婚の誓いが行われ誓約は成された。

 その後は主だった客は2人の新居となる二の丸の居館に場所を移し宴となった。



 宴が始まると一族の女たちが姿を見せた。艶やかさに男たちの声が上がる──。

 若い娘たちに先立ちホールの入口に姿を見せたのはライムンドの正妻アグスティナ・ソフィアである。40歳近いはずだったが色香は衰えていない。ルージュー六邦で最も力を持つ女は自分だと承知をしている目をしていた。

 ホールの中を見渡し客の中にクストディア女方伯を認めて目が逢うと、艶然と口許でだけ笑ってみせた。

 アグスティナの後にはライムンドの3人の娘たちが入ってくる。


 初めに長く艶やかなブルネット(褐色がかった髪)を大きく編み込んだ娘が入ってきた。少々キツイ目鼻立ちと言えるが端正で中性的な美しさがある。今年で16歳の長女クロエである。

 次に入ってきたエリシアは先のクロエからキツさを除いてやったふうな優し気な顔立ちをしていた。15歳。下ろした髪は姉と同じ色合いで緩くウェーブ掛かっているのが違った。彼女と姉クロエの母は、シメネス家のバネッサ・レベカである。

 最後に入ってきたのは正妻との末娘ビビアナ・ドゥルセ。14歳である。母の似姿をそのまま引き継いだような美しさだった。14歳とは思えない色気が漂っている。

 3人は先に席に着いていた母親の隣に並ぶと揃って正面を向いた。衆目が集まり、皆が息を呑むようにした。

 あらためて並ぶと3人ともに優劣のつけ難い美しさである。



 その中でアロイジウスはというと本当に息を呑んでしまっていた。信じられないという思いで長女のクロエを凝視している。隣でアニタが怪訝にしたがそれにさえ気付かない。

 どう見ても昨夜に出会った女としか見えない。髪型も衣服もまったく異なっていたが、きりりと結んだ口許と黒い澄んだ瞳は強く印象に残っている。

(いや、だけど……)

 本人のはずがあるだろうか。ルージュー一族の娘ならば密輸船での密出国など有り得ない。やはり〝他人の空似〟か…──。アロイジウスは思わず上座のアニョロを向いた。アニョロはそういうアロイジウスの視線を予想していたのか、具合の悪そうな表情で軽く咎めだてるような視線を返してきた。

昨夜(きのう)言っていたことはコレか……!)

 アロイジウスは再びクロエに視線を戻した。すると真面(まとも)にクロエの目と逢った。

 が、クロエは一瞬だけアロイジウスに視線を止めただけで、直ぐに何事もなかったかのように逸らして他の姉妹と共に着席した。


 一方でアニョロは、この場に昨夜の()()〝男装の姫君〟の姿があったことで、自らの〝見当〟が間違っていなかったことを確かめた。あらためてレオ・マリア・マルティの姿を捜す。上座のうちでも目立たぬ席に居たレオ・マリアは、アニョロの目線に今度ばかりは小さく頷いて返した。

 昨夜、アニョロが〝見当〟を付けていた人物とは(まさ)辺境伯(ライムンド)の末弟レオ・マリアであった。


 その〝見当〟に至るまでを順に追っていけば──

 昨夜の〝男装の姫君〟がルージュー一族の出自であろうことはすぐに判った。裕福な身の上でありながらカルデラを出るのに〝マトモな船には乗れない〟となれば、逆に〝ルージューの側から監視される身〟ということだろう。

 加えてワイバーンの代金として躊躇いもなく〝真珠〟を差し出そうとしてきた。…──真珠を育む海の上を〝瘴〟が覆って久しい。もはや新たに入手することの叶わない代物である。そんな高価な石を身に付けることの出来る年若い娘となれば限られてくる。例えば辺境伯の3人の娘だ。

 その娘が、彼女を保護しに現れたグリフォン・ライダーの首魁をこう呼んだ…──『叔父上さま』と……。

 辺境伯(ライムンド)の弟は二人──末弟レオ・マリアは、ルージュー辺境伯の弟にして〝カルデラ(この地)において決して表には出ぬ交渉事〟を(ライムンド)の影として担っている人物だった。それは、カルデラの地の情報を束ねる〝周到の人〟アティリオと同様に、商館の裏側の〝相手方(カウンターパート)〟ということである……。




 アニョロは宴席を中座して中庭へと出た。先に宴席を離れたレオ・マリアを追ってきたのである。宴は夜を通し、明日の昼過ぎまで続けられる。中座するのは自由だった。

 アニョロは、中庭に出ると視線を遣ってレオ・マリアの姿を捜した。

 が、彼を見つけることは叶わなかった。あっさりと見失ってしまった、ということである。

(てっきり誘われたと思ったがな……)

 溜息を吐くしかない自分に苦笑しながらホールへと戻ろうと踵を返ししなだった。視界の端に人影を捉えた。

 澄んだ夜空に浮かぶ月を険しい表情で見上げている娘は、(さなが)ら〝戦いに敗れ月の女神に復讐を誓う盾の乙女〟のようである。

 乙女が、ふと気付いたようにアニョロを向いた。辺境伯(ライムンド)の娘──クロエだった。

 アニョロはしばし躊躇ったが、周囲に人影がないのを確認すると静かに寄っていった。


「今宵も月が綺麗ですね…──。〝ディアーナ(月光の化身)〟も自らの凛と透き通った似姿を見上げたくなるものらしい……」

 我ながら〝酷い外連だ〟と自覚しつつも笑顔を向ける。

「──…()()()お目にかかります。アンダイエの商館長代理、アニョロ・ウィレンテ・ヴェルガウソ子爵です……()()、お見知り置きを」

 聞き手の〝ディアーナ(クロエ)〟の方は、そんな芝居がかったアニョロに付き合うことをしなかった。

「ヴェルガウソ子爵……。偉い方だったのですね」

 フッと小さく笑みを浮かべると。可笑しそうにアニョロを見返した。

「──叔父上さまにはフラれましたか」


 笑うと、印象が変わった…──。

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