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風の舞う地  作者: ハイファンタジーだいすき
西の辻風
15/63

西の辻風 3


 アロイジウスとアニョロが、西方長官附きの供廻りの兵士らにルージュー辺境伯が(あて)がった〝仮の館〟に戻り、主人である西方長官ポンペオ・タルデリの許に合流したのは昼近くだった。今回は盛装したアニタも同乗している。

 道中、聖王朝の国章とタルデリ宮中伯の紋章を掲げた3隻の飛空艇に分乗した彼らを地上から多くのカルデラの民が手を振って見送ってくれた。辺境伯の第2子と〝西方の名家〟ユレ家の一人娘の婚礼に招かれた〝聖王朝の特使〟の一行であることを、土地の誰もが知っているふうであった。なるほど、この縁組は領民に(こぞ)って祝福されているらしかった。


 〝仮の館〟を出てからは、十数頭のルージューのグリフォン・ライダーが先導をした。

 ──昨夜見た〝ウルラ・アラス(フクロウの翼)〟のグリフォンではなく、一回り大きく長距離を飛べる種のグリフォンである。

 それは壮観ではあったが、ポンペオ・タルデリに附けられた武官らにとっては面白い眺めではなかった。タルデリに理解できていたかは疑わしいが、これだけの数の能く訓練された〝戦大鷲(グリフォン)〟が揃えば、西方長官の座乗船〈ハウルセク〉とて危うい。それをこの様に見せつけられれば、軍役のプロ(専門家)としては威圧を覚えるしかなかった。

 もっとも、タルデリ当人は昨夜の〝仮の館〟での歓待にすっかり気を良くし、グリフォンの放つ獣性に本能的な恐怖を嗅ぎ取りはするものの、至って暢気(のんき)にこのデモンストレーション(示威)を見遣っている。


「いい気なものだ……」

 そんな上司に、竜騎ペナーティは周囲の数名にだけ聴こえる小声でそう漏らした。その表情(かお)は、苦虫を噛み潰すようなものとなっている。

「声が大きい」

 年長の竜騎をアニョロは(たしな)めた。と言って驕るふうではない。むしろこの場の言動が〝我が殿〟──最初に呼び掛けた際のこの古い言い回しをタルデリが気に入ったので、引き続きアニョロはそう呼んでいた…──の耳に伝わらぬようにする配慮である。

 ペナーティは口を噤んだ。


 しばらく進むと、このカルデラの六邦を治めるルージュー辺境伯の居城、マルティ城の青い大屋根が見えてきた。

 先導役のグリフォンが高度を下げると、それを追って3隻の飛空艇も高度を下げる。残りのグリフォンはむしろ高度をとって歓迎の意を表してみせた。同時に、周囲を警戒してもいるのだろう。その動きの無駄のないことにペナーティら数人の竜騎は更なる警戒の念を強くした。

 ワイバーンと比べ体の重いグリフォンは飛行時間が短いが、陸を遠く離れ瘴の雲の上で戦うのならいざ知らず、ここカルデラの大地の上で戦うのならそれもハンデとはならない。ここはルージューの地である。


 そうこうしていると飛空艇はマルティ城の本丸へと着地した。城には飛空艇用の空中桟橋搭も在ったが、敢えて本丸に迎えるのはむろん意図があってのことだろう。本丸には60騎からのグリフォン・ライダーが整然と控えていた。

 艇からタルデリ一行が降り立つや、グリフォン・ライダーは一斉に腰の剣を抜いた。鞘(ばし)る鋼の音が響き渡る。

 ……圧巻であった。その60騎の出迎えに、西方長官府一行の誰もが言葉が出ない。

(見事なものだ……)

 すでにカルデラの地に着任し、こういったルージューの状況を見知っていたアニョロは、さすがに表情(かお)に出しはしなかった。が、心中のルージューへの警戒の念はペナーティらと同じである。


 本丸居館の前にはルージュー一族の者が並んで出迎えた。場を代表して前に歩み出た若者にアロイジウスがわずかに反応した。辺境伯の第3子アティリオ・マルティ・アブレウだった。

 すらりとした貴公子然の外見に違わず、洗練された立ち居と振舞いで西方長官ポンペオ・タルデリの前に立つ。

「六邦を預りますライムンド・ガセト・マルティが三男、アティリオでございます」

 涼やかな笑顔で挨拶をした。21歳の若者の笑顔は輝かんばかりであった。

「遠路はるばるお越しくださり恐悦至極にございます。父は公務にて、代わりに私がもてなすよう言い付かりました。ようこそ、ルージューの地へ」

 グリフォンに囲まれぎょっと立ち竦んでいたタルデリは、安堵の色を浮かべて鷹揚に笑いを見せて言った。

「辺境伯は息子の婚礼当日も公務か。熱心なことよな」


 考えようによってはルージュー側のこの対応は無礼なものである。聖王朝の軍政務の代行者たる長官を(〝大国〟とはいえ)一辺境伯が婚礼に招くことからして前例がない。ルージュー辺境伯も西方長官の傘下に置かれる立場である。そういう状況で、家長が長官を出迎えずに代理が迎えるなど避けるべきであった。

 が、マルティ家の三男は、持って生まれた〝人懐こさ〟で、見事に場を収めてみせた。


「それだけが取柄の父なれば、平にご容赦を。 …──昨夜のこと、夜陰に乗じてカルデラ外輪の南壁に密輸船が紛れ込みました。それへの対処でございます」


 その言葉には、アロイジウスとアニョロだけが内心でだけ肝を冷やしたものの、昨夜の歓待に呆けていた主人を知る部下等は、むしろ自らの主人に〝その二十分の一ほどの勤勉さ〟でも持ち合わせて欲しいものだ、と失笑を堪えねばならないくらいであった。



「──西方長官閣下の御成りである」

 本丸居館の大ホールに入るや、アティリオ・マルティは声を張り上げた。

 ホールには客たちが待ち侘びていた。彼らはアティリオの声に促され、タルデリに向かって佇立すると、男は一礼し、女は膝を折って挨拶した。ホールには7~80人は居ただろうか。

 タルデリはホールの奥に設けられた席に着いた。

「アニョロもこれに」

 タルデリは(かたわら)の席を示した。アニョロは辞退した。下座に席が定められている。

「婚礼までは構わぬであろう」

 余程アニョロの見識を頼りとしているのか。そんな上司たるタルデリに、ペナーティが冷笑を浮かべるのをアロイジウスは見た。

 アニョロは、アティリオに肯かれることでタルデリの側に収まった。


「西方長官閣下にはご健勝の御様子にて」

 早速に1人の男が前に進み出た。恰幅のいい年配の男だった。

「フィルマン・エヴラール・ド・ユレにございます」

 名乗られる前にタルデリは頷いていた。──今宵の花嫁の伯父である。

「直々のお運び、恐悦至極にございます」

「〝新婦の父〟として参ったか」

 タルデリは口許に意地の悪い微笑を浮かべて言った。

 フィルマンは〝ユレの2つの浮き島〟を取り纏めている太守である。今日は一族の中のパトリス・エドガール・ド・ユレの娘オリアンヌが、ジョスタン・エウラリオ・マルティ・ポーロの妻に迎えられるが、オリアンヌは形式上フィルマンの養女という立場で送り出されている。フィルマン自身に子がないが故の仕儀であったが、フィルマンにはこれが面白くなかった。

 フィルマンとパトリスの仲の悪いことは有名であった。


 その後は次々と挨拶に来る者をアティリオが捌いていった。

 〝ルージュー六邦〟と一口に言うが、カルデラの内には6つの領邦ばかりが在るのではない。有力な6つの伯領の他にも多くの中小豪族が居り、カルデラの外には幾つもの浮き島を保護領としている。在郷の諸侯、諸邦の領主の数は、聖王朝直轄の3つの〝浮き島〟──〈シラクイラ〉〈エスティクイラ〉〈アルビクイラ〉──中の諸侯の数を合わせたほどは居る。

 事実上の独立国…──いや、グウィディルンの世界における二強の一角と言えた。

 だがカルデラの地とて、そもそもは6人の方伯がそれぞれの領地を治めていたのだ。それがいつの間にか1つの家に権力が集中し、現在(いま)では世襲の慣わしとなっている。


 タルデリの前に黒いドレスの女が立った。まずまず美しい顔立ちの中年の女だった。

「マールロキン女方伯クストディア・マールロキン・ベネディートでございます」

 紹介するアティリオの声が一段と高まった。

 西方長官府附きの誰もが女の顔を凝視した。むろんアニョロも目線を向けた。


(これが……マールロキンの〝黒狐〟)

 西のカルデラでは六邦のルージュー辺境伯と並ぶ巨魁…──いや、〝女傑〟であった。クストディアは女性ながら十数年前に死別した夫の『方伯』を継ぎ、カルデラの北西部、外輪山の〝外側〟に拠点を構えて勢力を保っていた。以来、ずっと喪服の色の服で通している。

「ご着任の折りにはご挨拶に伺いもせず、ご無礼申しあげました」

 クストディアは艶然と笑い、西方長官に膝を折って深々と頭を下げてみせた。

「山の()()奥から出向いて参るのは大儀であろうな。赦そう」

「飛空船を持たぬ〝田舎貴族〟故の不調法です」

「此度は山を越えて参ったか?」

「マルティは我らの縁続きなれば……翼獣でも山なれば越えられます」

「ほぅ……。縁続きであったか」

 タルデリは意外そうに目を細めた。


「遠き血筋に過ぎませぬが。領邦も近ければ、いまはこうして行き来もしております」

 クストディアは言い訳のように口にした。年齢は45。動じない気位を備えている。

「親族付き合いなれば無理もしてみせねばな」

 タルデリは頷くと笑いを繕った。

「隣に従っておる者は──」

 クストディアは自ら紹介役を果たした。

「息子、エドゥアルド・ルフィノでございます」

 聡明そうな男が一礼した。

「我が兄のイサーク・イシドロ・ベネディート・ペイロと、その子、ルシアノ、レオン…──」

 クストディアが名を言うごとに1人1人が前に出て頭を下げた。後でアニョロは知ることになるが、クストディアの息子エドゥアルド・ルフィノは30歳の働き盛り、クストディアの実家の兄イサークは48歳、その2人の息子はルシアノが28歳、そしてレオンが22歳であった。何れも今を盛りとする男たちである。


 タルデリは何度も頷いて言った。

「マールロキンとルージューが手を携えてくれればカルデラの地の平和も続く。安心したぞ」

「お心に添えますよう努めますれば」

 クストディアがそう言って引き下がった。

「──…存じておったか?」

 タルデリはアニョロに小声で訊いた。

「マールロキンとルージューが手を結びしことについては」

 とくに報告は受けていないとアニョロは応えた。──諜報活動は〝商館の機能〟の一つである。タルデリは不快そうに口許を歪めた。

「〝我が殿〟…──参りました」


 アニョロがホール入口の両開き扉に目を動かして囁いた。

 その動きに、ペナーティとアロイジウスも視線をそちらに向けた、

 ホールのざわめきが急に静まった。客たちは居住まいを正してルージュー辺境伯ライムンド・ガセト・マルティを待ち受けた。足音がホールに聴こえると一斉に膝を折って迎える。

 タルデリとアニョロ、そしてペナーティだけは頭を上げたままライムンドの登場を待った。

(これはもはや、宮廷だな……)

 ペナーティは微動だにせず辺境伯を迎えるその場の男女を眺めて溜息を吐いたが、それをアロイジウスは横目に見上げた。

 アティリオが父ライムンドを迎えに立った。

 ライムンドは一族を従えてホールを真っ直ぐに正面からやってきた。ライムンドのすぐ後ろに従っているのはジョスタン・エウラリオであろうか。婚礼を控えた身らしく、一際豪華な服を纏っている。

 ジョスタンの後にアティリオが入った。恐らく生まれの順に違いない。後ろに3人の男子が続く。合せると5人。壮観だった。

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