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風の舞う地  作者: ハイファンタジーだいすき
西の辻風
14/63

西の辻風 2


 意固地に口を引き結んだ女──いや娘の顔は美しかった。

 年の頃はアニタと同じくらい──16歳くらいか。艶やかなブルネット(褐色がかった髪)は前髪を残して高い位置にホーステールに結んでいた。肌理(キメ)の細かな肌をしている。帯剣して男の出で立ちをしてはいたが、これで男と押し通すには無理があった。

 アニョロは溜息を吐いた。


「〝マトモ〟な船には乗れない理由(わけ)がある、ということか……。何があったか知らないが、船はすぐには戻らんぞ。半月はあのままだ」

 娘はあからさまに落胆した。アニョロの言う通り、何か事情があってルージューに関わりのある船には乗ることができないのだろう。でなければ密輸船や聖王朝の軍船を頼ろうなどとは思わない。カルデラの外に出るだけならば、カプレントの港から船に乗ればよい。

「どういう事情なのかな?」

 仕方なく訊くと、娘は何だか怒ったように、

「私の勝手だ。動かぬ船に用などない」

 そう〝男ことば〟にこだわって応えた。

 アニョロは重ねて質した。

「素性を明かしてくれた上でなら…──」

 娘は、移り気なように見えたが、中々に頑なだった。

「できぬ」

 きっぱりと拒んだ娘は、その次には近くで草を食む2人の乗騎に目を留めていた。

「ワイバーンか……。あれのうちの1頭を私に譲ってくれ。礼ならばコレで…──」

 言うや片方の耳朶からイヤリングを外して差し出してきた。

「……十分であろう」

 小振りだが〝真珠〟だった。これ1つでワイバーンを〝(つがい)〟で求めて釣りがくる。

 アニョロの目がわずかに険しくなった。金の問題ではない。

「飛翔獣では瘴の雲を越えられない。馬鹿にくれてやって死なせるつもりはない」

「わ、私はそれほど愚かではないっ!」

 これには娘も目を吊り上げるようにして言い返した。


 そんな娘に、アニョロは諭すような…──優しい声になって言った。

「悪いことは言わない……。諦めて家に戻りなさい。近くの里の外れまではお送りします」

 それでバツの悪くなった彼女は、今度こそ(かしこ)まった声でアニョロに言った。

「顔を隠したまま、私にだけ素性を問うのは無礼でしょう?」

「名乗りたくともそう出来ぬ場合もあります」

 年上の男の(てら)いの無い言い様に、娘は精一杯の外連(けれん)で応じた。

「ここでいったい何をしていました?」

  〝後ろ暗いところがある〟のはお互いそうである。このまま〝やり込められた〟のでは、面白くないのだろう。そういう表情(かお)を隠して娘はアニョロを質した。

  だが、この場合はアニョロの方が経験もあって上手だった。

「さて……、今宵は月が綺麗でしたので」

 優男にそう韜晦されてしまえば、後は黙る外なかった。


 娘が再び口を引き結んで面を伏した途端、アニョロとアロイジウスの耳に大気を羽撃つ音が聞こえた。ワイバーンが顔を上げて周囲を警戒する中、2人は四方に目を動かした。

「ちっ!」

 気付いたときには遅かった。月の明かりの下、夜風を切って7、8頭のグリフォンがいきなり現れたのだ。…──西のカルデラの地には、フクロウに似た翼を持つグリフォン(大鷲獣)がいるという。彼らは大きな羽音を立てずに飛べる。恐らくそれだろう…──。アニョロとアロイジウスと娘は、何をする余裕もなく囲まれてしまっていた。

(8頭のグリフォンにそれぞれ2名…──15名か……)

 万事休す、だった。



「要らぬ面倒で人を煩わすな」

 首魁らしき男がグリフォン──彼だけは1人で乗っていた──の上から娘に叫んだ。娘は、月明りに目を凝らした。

「叔父上さま!」

 アニョロもアロイジウスも、2人の顔を交互に見やる。

「どうしてここへ?」

「嫌な予感がしたのだ……。姿が見えなくなったと聞き、もしやと思ってこの南壁に当りをつけた」 男は娘の顔に溜息を吐いた。「……まったく、手遅れとならず良かった…──」

 言って陸に上げられた飛空艇を見遣る。男はあらためてその場の人間(ひと)の数とワイバーンの数に怪訝な表情(かお)となって、アニョロらを質した。

「その飛空艇の者か?」

 アロイジウスが〝どう答えたものか〟と素早く視線をアニョロに向ける。アニョロが何か言う前に娘が口を開いていた。

「ちがいます。舟の者は私を女と知ると襲ってきました。ですから…──」

「──それで殺したのか? おまえが逃げねば、死なずに済んだ命だ」

 そう言われてしまい、娘は目線を落とした。不貞腐れたように側らの2人を指して言う。

「其処な者どもに助けられたのです……」

 いきなり〝お鉢〟を回され、そこではじめてアニョロとアロイジウスは男に一礼をしてみせた。

「礼を申さねばなりませんな」

 男は(グリフォン)の上から礼を返した後、あらためて質してきた。

何処(いずこ)の家中の者か?」

 その目付きは、先の言動程に柔らかくはなかった。

 対してアニョロは、

「我らは旅の者……、どこの家に属する者でもありません」

 しれっとそう(うそぶ)くと覆面を取って男を見返す。アロイジウスもそれに倣った。


 隣の少年 (アロイジウス)共々──内心はともかく──〝西のカルデラ〟のグリフォン・ライダーの一群に臆したふうでないのに、男の口許が綻ぶ。

 もっとも、高価なワイバーンに乗って旅する〝平民〟など居ようはずがない。その意味でアニョロの言い分は、先に娘 (男の姪)が〝男と偽ったこと〟ほどにも説得力がなかったが……。


 娘はアニョロの横顔を凝視した。

 あまりの遠慮のなさにアニョロは困惑し、居心地悪そうに横目を遣る。

 娘は不満そうに口を尖らせた。

「……私が訊いたときには、その覆面を外しませんでしたね?」

「貴女と〝叔父上〟殿とでは、()()()()()でしょう……」

「…………」

 娘は明らかに気分を害したふうであったが、〝叔父上〟の手前かすぐに息を呑み、プイと顔を背けてしまった。


 グリフォン上の男は咳払い一つで、そんな娘の意識を向けさせた。

 娘は反応し、不承不承(しぶしぶ)と男の乗騎まで歩み寄っていくと、差し出され腕を掴んでグリフォンの背に引き上げられた。

 アロイジウスの思ったよりも、ずっと素軽い身のこなしだった。


「──…旅人なればこの地に不案内のこと、致し方なしとしよう……」

 言いつつ男は手綱を操り、月明りの下に2人の姿を求めるように、アニョロら2人の前にグリフォンを進めた。

「……だが、カルデラの南は〝コリピサの堰堤(ダム)〟より先は許可なく立ち入ってはならぬが定め。(しか)と心に刻み、早々に立ち去られよ──」

 グリフォンの男にそう言われ、アニョロとアロイジウスは黙って一礼を返した。

 男は肯くと手綱を引いてグリフォンの向きを変えた。有翼獣が翼を振ってその巨躯を浮かす。風圧がアニョロたちの顔を打ったが、その一度の羽搏きの後は驚くほどの静かさで、2人の人間を乗せたグリフォンは夜闇の中に滑り出したのだった。

 アニョロとアロイジウスの目がそれを追う。と、周囲のグリフォンが次々と羽搏いて後に続いた。


ワイバーン(飛竜)ではああはいかないな……。)

 始めて実物を見た〝ウルラ・アラス(フクロウの翼)〟のグリフォンの飛行能力に感嘆したアロイジウスは、一方でさり気なく息を吐く傍らのアニョロへと目線を遣った。

 その視線に気付きアニョロが言う。

「どうやら見逃してくれたよ……」

「素性、知れたかな?」

「間違いなく…──シラクイラの竜騎であることは隠せなかっただろうな……。その上で、お互い〝見なかったこと〟にして忘れちまいましょう、と言ってくれたということさ」

「先方には〝こちらを赦す理由〟はないと思うけれど……?」

 そういうアニョロの解釈には同意しかねたアロイジウスは、独り言ちるふうに言ってみた。

「…………」

 アニョロは〝弟分〟の的を射た洞察に目線を返した。それから頼もしそうに眼を細めた。

「──…〝お眼鏡に適った〟のさ……、おそらく」

「……? ──何の?」

「交渉の窓口役にさ」

「交渉……。あの男をアニョロは知っているのか?」

「知らんけどね。おおよその見当はできてる」

 それは誰か? と問うアロイジウスの目を無視したアニョロは、それには応えずに自分のワイバーンに向かった。


「もう戻るぞ。さすがにもうこれ以上はいいだろう…──」

 ここで折り返すことを宣言する。いまから取って返せば〝第4夜警時〟の終わる頃までには商館に戻れる。ふとアニョロはアロイジウスを振り返って言った。

「あー、それから……、明日の婚礼の席…──今宵見た顔に()っても表情(かお)には出さないでくれよ」

 怪訝な目線を返すアロイジウスに、アニョロは悪戯っぽく笑ってワイバーンの背に乗った。




「よろしいのですか?」

 グリフォンの背で、娘は〝叔父上さま〟に訊いた。

 その声が不満そうだったのは、〝カルデラを出る〟という自らの目論見を止められたからか、それともあの無礼な優男を叔父が見逃すと決めたからか……。おそらくその両方なのだろう。

「構わん。知れたところで痛くもない……」

 〝叔父上さま〟は応えてやった。この場合の〝知れる〟とはカルデラ南側の備えのことである。

「いやむしろ都合が好かった…──こういうことは、幾らかを相手に明かしてやった方がよい」

「適当な人物でしたか?」

「おそらく…──これ以上望めぬ人選となったかも知れんぞ」

 まだ懐疑的な声音(トーン)の娘に対し、応じた〝叔父上さま〟の方は確信めいた声音だった。

 それに娘が怪訝になった。

「叔父上さまは、あの御仁を存じておいでか?」

「いや、実は知らぬ。……だが、いくらか心当たりはある」

 考えようによっては甚だ無責任とも取れるその言葉に、娘は目を丸くした。


「……何だかいい加減なのですね」

 言って溜息を一つ吐く。〝叔父上さま〟は苦笑した。

「ま、そんなものだ。それはそれとして、明日の婚礼には出るのだぞ」

 途端に娘は押し黙ってしまった。


「我が儘は通らぬぞ。それを通せば、お前の兄の立場とてあるまい」

「…………」

 目線を眼下の瘴の煌めきへとやった娘は、しばし黙る。やがてぽつりと言った。

「──…血の繋がりはありません」

「そんなこと、周囲は知らぬ」

 そう突き放され、娘は少し泣きそうになって言い募った。

「どうしても出なくてはなりませぬか?」

「──…出なくてはならぬ」 叔父は(ほだ)されることはなかった。「……もう16歳だ。立場を(わきま)えよ」

 娘はくっと口許を引き結んでみせたが、結局、諦めたように目を瞑り、小さく息を吐き出した。

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