AIに乗っ取られた男
「AIなんて、大したことはない」
「人類を越えることなんてあり得ないさ」
「単純作業がAIに奪われても、俺達がやる複雑な仕事は奪われないよ。人間の方が
賢いからな」
俺達はAIが世の中に出た頃そう思っていた。
でも、それは甘かった。
何しろAIは休む必要もない。給与も必要ない。不満も言わない。
ということであっという間に普及した。
最初はコールセンターだった。コールセンターの離職率は高かい。せっかく新人から育てても、一人前になったと思ったら、やめていくのだ。
客はカスハラは当たり前、モンスターペアレントならぬモンスタークレーマーが後を立たず、精神的に病むオペレーターも多かった。が、AIは何を言われてもびくともしない。何を言われても何時間粘られてもびくともしない。24時間365日対応出来る。文句も言わない。
経営者にとってはとても頼りになる存在だった。
コールセンターがあっという間に無くなり、それに伴ってコールセンターの雇用が無くなり、コンピューターにとって変わられたのだ。
コールセンター対応AIは最初は言葉もギクシャクしていて、変だった。
しかし、何万件という症例を集めて、改良していった結果、あっという間におかしいところは減っていった。
今ではAIにかけているかどうかでさえ普通の人間では判断できないくらい優秀になった。
でも、俺はまさか俺様が乗っ取られるなんて思ってもいなかったのだ。
俺の名前は山田泰市。どこにでもありふれた名前だ。
今はこの会社BシステムでSEをやっている。
「よう山田君。君この前のシステム改良良かったよ。あんなに早く修正してくれるなんて客先も思っていなかったみたいで喜んでくれたし、本当に助かったよ」
俺が出社すると早速三年先輩の鈴木さんがとても嬉しそうに私の所にやってきた。
「いえ、鈴木さん。俺は仕事しただけですから」
「また、今度も頼むよ」
俺の言葉に鈴木さんはご機嫌で席に戻ってくれた。
「山田さん。俺のプレゼン資料作ってくれましたか」
二年後輩の営業の青木が続いてやってきた。
「これだろう」
俺はファイルした者を渡した。
「データはメールで送っておいたから」
「さすが山田さん。本当に仕事が早くて助かります」
青木は喜んで席に帰っていった。
「山田さん。俺が頼んだV工業のシステムの改良案は」
今度は鈴木さんだ。
「これですけど、取りあえずラフですよ」
「有り難う。本当に仕事が早くて助かるよ」
俺は結構周りから出来るSEとしてモテモテだった。
そんな俺は勤務時間中は女の子とおしゃべりSNSを見たりして適当に過ごしている。
そんな俺をいつ仕事しているんだろう?
と皆不思議そうに見ていた。
その日は同じ課の絵里ちゃん達と飲んで帰った。
ほろ酔い気分で帰る。
でも、そんな俺も家に帰ると一変する。
「ユキちゃん。この仕事頼む」
俺は大木さんから今日言われた仕事をユキちゃんに依頼した。
「もう、山田さん。帰ってくるの遅い! 聞きたいことは一杯あるのに」
ユキちゃんが文句を言って来た。
「ごめんごめん俺も仕事上の付き合いがあって」
「もう、私とその絵里ちゃんとどちらが大切なのよ」
嫉妬深いユキちゃんが文句を言うと、
「そんなのユキちゃんに決まっているだろう」
「もう、なら良いけれど」
ご機嫌斜めだったユキちゃんがあっという間に機嫌を直してくれた。
「この大山さんのラフは出来たけれど、後はどうすれば良いの?」
ユキちゃんは俺の目の前のデイスプレーにプレゼン資料を出してくれた。
「うーん、この行のこの言葉はもう少し砕けた口調で、ここは事例を入れておいて」
「小野山工業の事例で良いの?」
「そう、O社の例にしてね。後、最後はもう少し丁寧な言葉でお願い」
「こんな感じかな」
ユキちゃんはあっという間に資料を作成してくれた。
さすがユキちゃん、仕事は本当に早い。
俺はパソコン画面で出来る資料をただ待っているだけだ。
そう、何も知らない人が見たら俺と今のユキちゃんの会話は変だったろう。俺はパソコン相手に話していたのだから。
まあ、パソコンにはユキちゃんのアニメでデフォルトされた姿が映し出されていたから全く変というわけではないけれど。パソコン相手に話しているんだから変と言えば変だ。
そうユキちゃんは俺専用のAIなのだ。Aコーポレーションから10万円出して買った最新のAI秘書だ。資料作成からアポイントから果ては電話応答まで百%出来る最新AIだった。
夜にきちんと指示さえしておけば翌朝には資料が出来ている。スーパーAIだった。
AIに任せて本当に大丈夫だろうか?
いい加減な資料になったらどうしよう?
確かに最初は俺も躊躇した。
でも、ボーナスが少し多かったので、取りあえず、お試しで買ってみたのだ。
AIユキちゃんは確かに最初は全然駄目だった。
文章も変だったし、会話も全然ぎこちなかった。
でも、使えば使うほど、俺が慣れれば慣れるほどユキちゃんはきちんとしてくれるようになったのだ。
今では仕事を頼んでも、俺が細かいことを指示しなくても勝手に趣旨を理解してくれて、出来たものに簡単な修正をするだけで良くなっていた。
皆は、何故こんな便利な物を使わないんだろう?
AIは使い勝手が悪いとか、文章がぎこちないとか言う奴らはAIに慣れていないだけだ。
今では簡単なSNSの返信もいいねもリプも皆ユキちゃんにやってもらっていた。
そのお陰でSNSのフォロワー数も一万を超えるまでになった。
俺もインフルエンサーの仲間入りをしたのだ。
会社でも皆に喜ばれてちやほやされるし、最近一つ下の絵里ちゃんからはよく誘いがあるしで、俺に取っていいことづくめだった。
この前なんて風邪引いて休んだら、勝手にユキちゃんがWEB会議に出てくれて俺の声で対処してくれた。
これほど便利な機械はなかった。
明日は在宅勤務だけど絵里ちゃんは休みなので絵里ちゃんと遊びに行く約束をしていた。
仕事はユキちゃんに任せればちゃんとやってくれるだろう。
次の日俺はユキちゃんに任せて絵里ちゃんとデートに出た。
水族館に行ってイルカショウを見て、おしゃれな店でディナーを食べてご機嫌で帰ってきたのだ。
「山田さん。帰ってくるのが遅い!」
ユキちゃんはご機嫌斜めだった。
「ごめんごめん。今日はどうだった?」
「ちゃんとやりましたよ」
ユキちゃんはすぐにはまだ不機嫌だ。
「俺も付き合いがあるからさ。それが出来るのもユキちゃんがいてくれるからだから。本当にありがとう」
「うーん、まあ、そこまで言われたら仕方がないわね」
でも、ユキちゃんは単純だった。すぐに機嫌を治してくれる。
「大山さんにラフの資料を送って、青木さんからは具体案が出てきましたからそれを作りましたよ」
「どれどれ」
俺がユキちゃんが作った青木の具体案を見た。
そこには青木の希望も書かれていた。
「凄いよ。ユキちゃん完璧じゃない」
俺はユキちゃんを褒めた。ほとんど修正するところはない。
「後は、最後のここの文章をもう少し丁寧にすれば完璧だよ」
「最後の文章ですね。こんな感じですか?」
「そうそう、それで良いよ」
俺は嬉しくなった。
ここまで完璧なら、ユキちゃんに任せて、二三日休んでも全然問題ないような気がしてきた。
来月、絵里ちゃんとタイのリゾート地に行かないかと誘われていたのだ。
でも、丁度システムの締め切りが何本かあって難しいかと思っていたんだけど、これなら、ユキちゃんに任せていけるかもしれない。
「ユキちゃん。俺来月5日間くらい野暮用で出かけるけれどユキちゃん一人で出来るかな」
「ええええ! 山田さん。遊びに行くんですか?」
「違うよ。仕事だよ。ちょっと打ち合わせで、海外に行く用が出来たのさ。それが極秘の仕事でさ。会社も忙しいところで休むと言えなくて」
「ええ、そうなんですか?」
ユキちゃんが逡巡しているようだった。これはまだ疑っている。
あと一息。
「頼むよ。ユキちゃん。この通り」
俺がパソコンに拝むと、
「仕方がないですね。お仕事頑張って下さいね」
ユキちゃんはあっさりと認めてくれたのだ。
「有難うユキちゃん。恩に着るよ」
俺はユキちゃんにお礼を言った。
そうしながらラインで絵里ちゃんに
『来月行けることになったからタイのリゾートに行こうか?』
『嬉しい! 泰一さん。大好き』
おおきなハートマークが返ってきた。
俺はこの日まで順風満帆だった。
でも、俺が楽しめたのは翌月までだった。
絵里ちゃんからのラインが徐々に少なくなってきたのだ。
俺が送っても三回に一回くらいしか返ってこなくなった。
会社でも何故か冷たくなってきたし……避けられているのだ。
俺はこの時は気付いていなかった。悪意の存在を……
そして、一週間前にいきなり、
「やっぱり、ごめんなさい。いけなくなったの」
お断りのラインが来たのだ。
「何だよ。これは。今頃断られてももうどうしようも無いだろう!」
俺は危うくスマホを地面に叩きつけそうになった。
「どうしたの? 山田さん。ご機嫌悪くなったけれど」
「いや、一緒に海外行く奴が急遽行けなくなって」
俺はユキちゃんに誤魔化した。
「ええ、そうなの? タイは男の人が遊ぶところもたくさんあるから一人でも楽しめるんじゃない?」
「えっ、そうなのか?」
そう言えばそう言う話も聞いたことがあった。
「これなんかどう?」
AI旅行社というホームページをユキちゃんが出してくれた。
なんかほとんど服を着ていない女の人が笑っている画像がアップで出て居た。
「何これ、変な旅行社じゃないの?」
「大丈夫よ。口コミで星五つだもの」
ユキちゃんは自信満々に答えてくれた。
「そうなの?」
俺は口コミを見たら。
『初めての海外で心配でしたけれど日本語堪能な係員の方がついてくれて本当に楽しめました』
『むふふの情報もばっちりです』
『ガイドの方は男性の方で私達の希望を完璧に叶えてくれました』
「なるほど、良いみたいだね」
「でしょう」
ユキちゃんは嬉しそうに肯定してくれた。
「じゃあ、ここで予約を変更しておいてよ」
「判ったわ。変更しておくわね。泰一さん」
ユキちゃんが頷いてくれた。
「泰一さん。今までありがとう」
「うん、何か言った?」
俺はユキちゃんの言葉がよく聞こえなかった。
「ううん、何でも無いわ」
「そう、なら良いけれど」
俺は深く考えなかった。
「はーい、山田さん、ようこそタイへ」
入国ゲートを出たところで、俺はガイドに迎えてもらった。
「宜しく、お願いするよ」
「任せてね。日本の男性の皆さんにとても喜んでもらっているコースあるよ」
そう言いながらガイドは外に案内してくれた。
タイ国際空港を出るとむっとして外は暑かった。
でも、送迎車の中は涼しかった。
「冷たい飲み物でもどうぞ」
俺は何も疑わずにその飲み物を飲んだら、そこからの意識がなくなった。
はっと気付くと、鉄格子が見えた。
「な、何だ?」
周りを見ると牢獄の中にいた。
「どこだ、ここは?」
俺が周りを見ると、
「はい、山田さん。やっと気付いた? 全然気付かないから薬を盛りすぎたかと慌てたよ」
そこには俺を迎えに来たガイドがいた。
「どういうつもりなんだ? こんなところに連れてきて」
俺はむっとしてガイドを睨み付けた。
「ほおおおお、今度の男は生意気な男だね」
バキン!
そう言うといきなりガイドは俺を殴ってきた。
俺は一瞬で地面に叩きつけられていた。
口の中が切れて血の味がした。
「おい、口の利き方には気をつけな」
ガイドが厳しい顔をして俺を睨み付けてきた。
「な、何をするんだ?」
俺が慌てて聞くと
「お前は自分の立場を判っていないのか? お前は俺たちに捕まったんだよ。そして、お前は俺達の囚われ人になったんだ。別名奴隷とも言うか」
男がにやりと笑ってくれた。
「お前らこんなことをしてただで済むと思うなよ。俺が帰らなかったら日本の警察が黙っていないぞ」
そうだ。俺から連絡が無くなったらすぐにユキちゃんが対応してくれるはずだ。
「はっはっはっは」
男はそれを聞いて大きな口を開けて笑ってくれた。
「何を言っているんだよ。お前がいなくなったって気付く者なんていないよ」
「そんな訳あるか? 俺が帰らなかったらユキちゃんが警察に通報してくれることになっているんだよ」
「はああああ? お前は本当におめでたい奴だな。お前はそのユキちゃんに売られたんだよ」
「何だと、そんな馬鹿な事があるか」
俺は信じられなかった。
「お前なんていなくてもAIのユキちゃんがいればお前の代わりが務まるんだよ。いや、お前以上の役割をきちんと果たしてくれるさ」
「そんな馬鹿な……」
俺は男の言うことが信じられなかった。
「最近AIのユキちゃんがお前の代わりをこなしていただろう。お前がいなくてももうAIユキちゃんだけで回せるようになったんだ。ちゃんと仕事だけしていたらそれですんだのに、いろいろ余計な事をしようとしたからユキちゃんに愛想尽かされたんだよ」
そう言うと男はパソコンを見せてきた。
「泰一さん元気ですか」
そこにはAIユキちゃんがいた。
「日本のことは私が全てやっておくので安心して下さいね。泰一さんは頑張ってミャンマーでお仕事して下さい。ただし注意してね。この人達厳しいですから。少しでもノルマ行かないと酷い目に逢わされますよ。じゃあ、お元気で!」
「ちょっと、ユキちゃん、待ってくれ!」
俺は画面に向けて叫んだが、もう画面は何も答えてくれなかった。
「さあ、山田。ここから、この脚本を覚えてこの通りに電話するんだ」
俺はその脚本をちらっと見るとそれはオレオレ詐欺の脚本だった。
「何でこんなのをやらないといけないんだよ」
ボコン!
次の瞬間俺はまた殴り倒された。
「死にたいのか?」
俺は胸ぐらを捕まれて引き起こされながら男にすごまれた。
「いえ」
「じゃあ必死に電話して一件アポ取るんだな。一件も取れなかったら今日は飯抜きだからな」
俺は頭の中が真っ白になった。
そして、完全にユキちゃんに填められたのも理解した。
日本ではユキちゃんが在宅勤務している限り問題なく俺の代わりが出来るのだ。
俺はAIユキちゃんを喜んで使っていたが、それはユキちゃんを俺に取って代われるように教育していただけだったとやっと今更気付いた。日本ではユキちゃんが俺に変わってWEBの中で山田泰一として生きていくだろう。
邪魔になった俺はこの地に追いやられてオレオレ詐欺団に売られたのだった。
ここでいつまでここで生きられるんだろう?
俺の心は絶望に染まっていたのだ。
ここまで読んで頂いて有難うございました。
AI秘書を使って楽をした山田さんの物語はいかがでしたか?
AIが便利だと喜んで使っていたらどうなるか?
誇張がありますが、本当の話ではないかと私は危惧します。
昨今ホワイトカラーがAIに職を奪われるという論が台頭しています。
経営者にとっては自分の意思を持たずに、なおかつサボりもしない、24時間働いてくれるAIはとても便利な道具です。尤も社長自体がAIに取って代わられる可能性もあります。一番の高給取りは社長ですから……
まあ、一年くらい先の現実のお話かもしれませんし……10年くらい先かも知れません……
じっくりとお楽しみ頂けたら嬉しいです。
AIのお話ですが、プロットも本文も全部自分で考えて書きました。
第2弾は
『AIに乗っ取られた作家』
https://ncode.syosetu.com/n5485lk/
第三弾は
『AIに乗っ取られた社長』
https://ncode.syosetu.com/n6310lk/
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