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第十八話 掃除屋は祈り、美姫は招かれる




 今日が晴れていて良かった――……

 と、ラルクは思った。



 いつもより早くに目覚め、寝間着にガウンを羽織ったのみの軽装でバルコニーへと踏み出す。

 朝の微風はつめたく、頬と額、鼻筋をひゅうと撫でる。寝間着姿の体はきん、と冷え、垂らした灰銀の髪が幾筋か揺れた。


 城下の神殿からはおごそかな鐘の音が響き、ごおぉぉん、と空気を震わせる。

 白く細く煙がたなびく。

 ティリエルでは、ごく早い時期から魔法による聖火葬が主流であった。


 きゅ、と唇を引き結んだラルクは胸に手を当て、心を凪にして黙祷を捧げた。



「……殿下。風邪ひきますよ。きのうはあのままお休みになったでしょう。湯浴みなさいますか?」


「ああ」



 どこからともなく現れたシェイドの勧めに従い、(きびす)を返す。風に乗り、高く低く鳴る鐘は間断なく耳朶を打つ。

 ラルクは、その音をすべて背中で受けた。


 世間的に“謎の死”を遂げたヘデラ侯爵オーレンの葬儀は、春の女神月十二日、王都大神殿において慎ましやかに執り行われた。



   ◇◇◇



 昼下がりの庭園に白い円テーブルと優雅な透かし模様のテラスチェアを運ばせる。濃い緑の陰影と光が遊ぶ木漏れ日の下だ。やわらかな芝にそれらはひどく似つかわしかった。


 「ローザリッテ嬢を招くなら屋外がいい」と提案したのはラルクだ。茶会の準備に働くシェイドを眺めながら、ラルク自身は先に席に着く。


 ふだん引きこもりがちな王兄の珍しい開放的な指示に、メイドや王宮侍従たちは一様に首を傾げたが、やがて颯爽と現れた人物に納得した。



「ただいま、兄上。準備をありがとうございます」


「おかえり陛下。すまないな、公務に穴を空けさせて」



 いえいえ、と微笑むセインは慣れた仕草で手を払い、シェイド以外の全員を下がらせる。

 これで兄弟と守護精霊、三人きりの茶席の出来あがり。セインは兄の真向かいに座り、卓上で指を組んで(あご)を乗せた。



「王としては当然です。我が国の行く末が『これ』で決まるんですから。この、極秘会談で」


「そこまでか……? たんに、事件の裏の洗い出しだろう」


「それほどですよ。あ、美味しそうですね。私にもいただけますか」


「もちろん。俺が用意したわけじゃないが」


「食べてもいいですよ。セイン王」


「ふふ、どうもありがとう」



 アーモンドの香ばしい色が食欲をそそる焼き菓子に手を伸ばし、国王セインは少年のような笑顔になった。





 国葬とまではいかなかったが、ヘデラ侯爵ほどの大貴族が王都滞在中に身罷(みまか)った縁で、セインは葬儀に参列していた。北方の忠臣の死を悼む、と、ひと言弔意を述べるだけで遺族の悲しみが減るならと。


 遺族――奥方は葬儀で泣いたり、人事不省に陥ることはなかったが、終始あやうく、ぼうっとしており、古くからヘデラ家を切り盛りしている老執事が見かねて奔走していたそうだ。



「急きょ、遠縁から養子を迎えていました。今日見た限りではしっかりした様子でしたし、侯爵家は大丈夫でしょう」


「養子。……アイビー嬢は?」



 シェイドお手製のフロランタンを手に紅茶で一息つくセインは、咀嚼後、こくりと頷く。その顔はもう為政者だった。



「表向きは心労による病気療養としましたが、ミラ嬢ともども貴族籍の剥奪を。手配はこれからです。できれば領地と縁のない土地で、神殿暮らしが望ましいですね」


「そうか」


「「……」」



 たいして減りもしない紅茶に視線を落とすラルクに、シェイドとセインはこそりと目配せを交わす。

 その唇は音もなく「朝からか」「はい」と動いていた。


 ラルクが落ち込むのは、何も今日が初めてではない。言うなれば【掃除屋】を継いでから多々あること。

 それは、やむにやまれず誰かを手にかけたあと。決まって自身を責めるのだ。


 今回は、それも不当な死であったと悔やんでいた。

 ――と、シェイドは心を読まずともわかる。


(口じゃあ強がるんだけどね。ばか素直なんだから、マスターは)



「あ」


「どうした、シェイ――――あっ」



 さく、さくと庭園の下生えを踏み、ちらちらと華奢な爪先がデイドレスの裾から覗く。

 シェイドがこぼした驚きは、即座に国王とその兄に伝わった。

 腰を浮かせ、席へと導こうとするラルクを制するように、現れた令嬢はうつくしく礼をとる。



「本日はお招きに預かり、光栄にございます。ティリエル国王セイン陛下。王兄ラルク様。それに」


「……」


「?」


 姿勢をゆるりと直した少女は顔を巡らせ、最後にローズクォーツの瞳を小姓の少年へと向けた。

 シェイドは黙り込み、ラルクは怪訝そうに眉をひそめる。


 ラルクがローザリッテ嬢、と呼びかけようとしたとき。少女は、ふと口調を強めた。



「擬態がへたくそね、常闇の君。あなた、よくもまぁそんな風体(ふう)で、わたくしの大事なかたを護れるわね?」




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