第十四話 掃除屋は決意する
――調子の狂う娘。
リリアンは、謎多き異国の令嬢『ローザ』に、結果としてそんな印象を抱いた。
初見でこそ、目を惹きつけてやまない造形美や、うつくしい立ち居振る舞いに、ぼうっとしたけれど。
(昔話の……何だったかしら。たしか、幸せをもたらす妖精も銀の髪に薔薇色の瞳なのよね。名前も似てるような)
『ローザ』は、彼女の通称。仮の名だという。
本名も出自も謎。大貴族ポートメアリ公爵家の庇護下にある理由も内緒。通常なら、すわ亡命かと思うほどだ。
それでも彼女から流れる、内側からにじみ出る魅力や気品は浮き世離れしていて、そんなきな臭い予想は打ち消された。
けれど、今日。
リリアンはミラと一緒に、アイビーの指示に従って、彼女を街へ連れ出した。
寄親である、ヘデラ侯爵家令嬢アイビーの命令は絶対だ。
当主亡き今、アイビーは女侯爵として爵位を引き継ぐ身。王兄殿下を婿に迎え、いっそう一門を栄えさせるのだとも奮起していた。そのためにはローザ嬢が邪魔とも……
なのに。
――――『美味しいですわ。この紅茶、フルーツが入っているのね。生クリームが冠のよう。ケーキに乗った銀色のこれは、お砂糖? アラザンというの? 素敵なものを教えてくださってありがとう』
何もかもに新鮮な喜びを示す彼女は愛らしく、案内のし甲斐があり、とにかく調子が狂う。
本当は、彼女が故国に逃げ帰りたくなるほど意地悪をしなければならないのに。
――――『まあ。ティリエルの女の子のあいだでは、恋のおまじないが流行っていますの? 興味がありますわ。どんな魔法かしら。……え、魔法ではありませんの?』
反応のいちいちが初々しく、嫌味を返すのは至難の業だった。時おり困ったように苦笑いをするミラもそうなのだろう。時おり目が合った。
(アイビー様の命令とはいえ、ああ。気が進まないわ)
指定された店にたどり着き、ミラが扉を開ける。チリリン、と高く澄んだドアベルが鳴り、リリアンは胸のなかで謝りながら、ローザの背をやんわりと押した。
◇◇◇
(遅い。いや、こんなものか? くそっ、年頃の令嬢の買い物の感覚なんかわかるか。窓……ッ、なんで窓がないんだ、この店!?)
お忍び姿でもあるラルクは、いかにも従者の体で『妖精の隠れ家』の扉脇に控えた。なるべく気配を消して通行人たちに怪しまれないよう、もの言わぬ壁と同化する。
【諜報魔法】で店内の声を拾いたいが、壁が厚すぎた。
そのうち、見るに見かねたのだろう。
遠くから様子を窺っていた本職護衛の男性が現れる。
男性は、やはり正規の騎士だった。
本来はレオニアの身辺警護のためにセインからつかわされた近衛騎士という。名はハーネス。
ハーネスは、見た目は厳つい筋肉質な男だったが、非常に細やかな心配りができる騎士だった。
さりげなく指をさされ、階段を降りた先の木陰まで誘導される。そこで、ぼそぼそと互いの情報を交換した。
「ご無礼をつかまつります。殿下は、剣の心得は」
「無くはない。息抜きと称して勝負をふっかけてくる陛下に負けたことはない程度だが」
「……なら、結構かと」
ハーネスはわずかに目元を和らげ、きょろ、と辺りを見回した。
殿下の手勢はどこに、と確認され、正直にひとりだと告げると、ひどく愕然とされる。
やがて、ぶつぶつと「不用意な。いやしかし、そこまで大切なご令嬢……」などと不穏なことを口走り始めたため、慌てて両手を振った。否定の意だ。
「!? 待て。お前も心の声が漏れるタイプか? 手勢が必要なら呼んでこい。見回りの騎士隊の巡回経路なり時間なり、頭に入ってるだろう」
「ですが……まさか、おひとりで乗り込まれるつもりですか? 危険です」
「そんな危険な場所に賓客を連れられて、長く迷う時間はないだろう。案ずるな。俺は――」
ラルクは、【ティリエルの掃除屋】という呼称を使えない不便さに、ぐっと言葉に詰まった。
ふだん他人と接触しない弊害はこんなところに現れる。口下手か。
おまけに、体つきのわりに小動物めいた仕草で首を傾げるハーネスは思った以上に愛嬌があり、とっさに口の端を下げる。微笑むのを我慢しただけだが、ひょっとしたら尊大に見えてしまったかもしれない。
……まぁいいか、と剣の柄に手を置く。肩を落として。
「俺は、こう見えて魔法は得意だ。攻撃だの破壊は不得手だが、そのぶん建物や人的被害は最小限にできると誓う」
「殿下」
「行け。人数を揃えてからの判断は任せる」




