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王兄殿下は曰く付き 〜闇稼業の王子ですが、婚姻をお望みですか?〜  作者: 汐の音


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第十四話 令嬢は惑う。掃除屋は決意する


 ――調子の狂う娘。

 リリアンの抱いた、謎多き異国の令嬢『ローザ』への印象は、その一語に尽きる。


 立てば可憐な花。振り向けば黄昏(たそが)れどきの光。微笑めば愛らしさはこぼれんばかり。文句のない造形美とうつくしい立ち居振る舞い。おとぎ話の姫君のように淡い色彩に、じつは、初見でぼうっとした。



 初見。

 国王陛下が婚約を発表された王宮舞踏会において、わたしはアイビー様の付き添いとして。

 めったにお会いしない王兄殿下にお声をかけるという大胆な役どころを命ぜられた。

 派閥の頂点にあたるヘデラ侯爵の一人娘・アイビー様は、殿下へのアピールがうまくいかなくて苛々していらっしゃったけれど。わたしは、かろうじて役をこなしたあとは、王室のかたがたとあの少女に見惚れていた。


 そうして二度目。

 ウィンブロー伯爵家の夜会で。


(昔話に出てきた……何だったかしら。たしか、幸せをもたらす妖精も銀の髪に淡い紅紫の瞳なのよね。名前も似てる……はず?)


 頭に霞がかかったように思い出せなかったが、薔薇を思わせる『ローザ』は彼女の通称。仮の名だという。

 出自も内緒。なぜ、大貴族ポートメアリ公爵家の庇護下にあるかも内緒。

 それでも内側からにじみ出る、彼女のふわふわとした魅力や気品は浮き世離れしていて。


 三度目。

 わたしは、同じくアイビー様の取り巻きであるミラと一緒に、()()()()()()()()()()()()、彼女を街へ連れ出した。


 何もかもを新鮮な喜びで受け入れる彼女は、ともにいると調子が狂う。

 もっと意地悪をしなければならないのだが、とにかく。



 ――――『美味しいですわ。この紅茶、フルーツが入っているのね。生クリームが冠のよう。ケーキに乗っている、銀のこれは……アラザンというの? 可愛いわ。素敵なものを教えてくださってありがとう』



 ――――『まあ。ティリエルの女の子のあいだで、恋のおまじない。興味がありますわ。どんな魔法かしら。時間帯は? 呪文やアイテムはありますの?』



 いちいち反応が初々しく、言葉が流暢なものだから失念していたが、彼女は遠い異国から来た令嬢なのだと、ふとした会話のたびに思い出す。それは、わたしにちくちくと罪悪感を抱かせた。


 たまに、困ったように苦笑いをするミラもそうなのだろう。時おり目が合った。


(お父上を亡くされたお気の毒なアイビー様の、きつめの命令とはいえ。あぁ、気が進まないわ)


 リリアン様、と柔らかい声で語りかけられるたび、胸のなかが曇り濁った。その気持ちが表情にでていなければ良いけれど。


 ここですわ、と、派閥の格下である男爵令嬢ミラが扉を開ける。チリリン、と高く澄んだドアベルが鳴り、わたしは、胸のなかで謝りながら彼女の背をやんわりと押した。



   ◇◇◇



(遅い。いや、こんなものか……? くそっ、年頃の令嬢の買い物の感覚なんかわかるか! 窓。なんで窓がないんだこの店!?)


 ひとまず、ラルクはいかにも従者の(てい)で『妖精の隠れ家』の扉脇に控えた。

 【諜報魔法】で店内の声を拾いたいが、壁が厚すぎた。

 そのうち、見るに見かねたのだろう。通りの向こうから様子を窺っていた本職護衛の男性が現れる。

 やはり、男性は正規の騎士だった。

 本来はレオニアの身辺警護をするため、セインからつかわされたという。名はハーネス。見た目は(いか)つい筋肉質な男だったが、ハーネスは非常に細かな心配りができる騎士だった。

 さりげなく指をさされ、石段を降りた先にある、通りの木陰まで誘導される。そこで、声を抑えて互いの情報を交換をした。



「ご無礼をつかまつります。殿下は、剣の心得は」


「無くはない。最近は、息抜きと称して勝負をふっかけてくる陛下に負けたことはないくらいだが」


「……なら、結構かと」



 ハーネスはわずかに目元を和らげ、きょろ、と辺りを見回した。

 殿下の手勢はどこに、と確認され、正直にひとりだと告げると、ひどく愕然とされる。


 やがてぶつくさと「不用意……いやしかし……そこまで大切なご令嬢……」などと不穏なことを口走り始めたため、平民護衛に扮するラルクは慌てて両手を振った。否定の意だ。


「!? こら待て。お前も心の声が漏れるタイプか? 手勢が必要なら呼んでこい。見回りの騎士隊の巡回経路なり時間なり、頭に入ってるだろう」


「で、ですが……まさか、おひとりで乗り込む気ですか? 危険です」


「迷っている時間はないだろう。心配するな。俺は――」



 ラルクは、【ティリエルの掃除屋】という呼称を使えない不便さに、ぐっと言葉に詰まった。こんなところで、ふだん他人と接触しない弊害があらわれる。口下手か。


 反面、体つきのわりに小動物めいた仕草で首を傾げるハーネスが思った以上に愛嬌があり、口の端を下げる。笑うのを堪えただけだが、ひょっとしたら尊大に見えてしまったかもしれない。


 ……まぁいいか、と剣の柄に手を置く。肩を落として。



「俺は、こう見えて魔法は得意だ。攻撃だの破壊は不得手だが、そのぶん建物や人的被害は最小限にできると誓う」


「殿下」


「行け。人数を揃えてからの判断は任せる」





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