第十二話 掃除屋は護衛騎士もこなす
人生には、『どうして』と『なぜ』を、まったく取り合ってもらえないときがある。
(それにしたって最近、多すぎやしないか……?)
ラルクは天を仰ぎ、唇を引き結んで瞑目した。
◇◇◇
ローザリッテの見舞いを受けた夜。
ラルクは当面の問題を【ティリエルの掃除屋】として、シェイドとふたりで解決するつもりでいた。
昼間は本当に度肝を抜かれた。盲信にせよ、まさか、あそこまでラルクを『粛清の騎士』と言い張るとは。
「……スター。マスター? 聞いてる? ねえ」
「はっ!? あ、すまない。もう一回頼む」
「もー。仕方ないなぁ。よーく聞いといてよ?」
すっかり人払いした宵の口。
もともと余人が立ち入らない旧城は一階の入り口のみを番兵が守る。よって、最上階にあるラルクの部屋は、きらびやさの欠片もない。王宮における孤島のような有りさまだった。ただただ広い部屋に魔法灯火がひとつっきり。ラルクとシェイドが向かい合うローテーブルの上だけにあった。
べつに質素を強いられているわけではない。光は少ないほうがシェイドが落ち着くからだ。
とはいえ、闇の精霊と特殊な契約を結ぶ【掃除屋】としては、ひと気はないほうがいいし、夜目が利くので暗闇も問題はない。
いまの隠遁生活に、ラルクはさしたる不満はなかった。
なのに、あまりにもイレギュラーな出来事が続いたための放心状態。
非を認め、素直に謝るラルクに、シェイドは口ぶりのわりに機嫌よく話し始める。
――それは、人間との付き合いが伝説級の長きに渡る彼ならではの提唱。
契約の核として譲れない、シンプルな一線だった。
「第一。僕たちの役目はティリエルの敵や老廃物、反乱分子なんかを見極め、確実に排除すること。排除の基準は王室に仇なす者。国境線を脅かす者。民を虐げる者の三種類だ」
「そうだな。だから、ネサドラ侯爵麾下のカーネス子爵も懲らしめた」
「先代から、その辺りの加減はやさしいよね。まあいいけど」
「……で? 第二は?」
「よくぞ聞いてくれました! 偽物を許さないことだよ」
「ああ……ローザリッテ嬢にも言われたな。濡れ衣というやつか」
「そう。マスター自身が人の法に裁かれる心配はなくとも、俗的な二つ名だろうと、君が国家以外の理由で利用されるのは我慢ならない。これは僕の――――契約精霊としての性だと思っていい。仕える相手は君ひとりなのに、同じ呼び名を騙ってるクソ野郎が他所にいる。そのことが気持ち悪くて、むかむかするんだ。到底許せない」
「な、なるほど。そういう……」
精霊らしい色彩と存在を露わにしたシェイドの怒りは周囲に漆黒の火花を散らし、卓上の魔法灯火を点滅させるほどだった。ラルクは慌てて手をひらめかせ、それらを霧散させる。
――闇の精霊の、巨大なちからの暴走を抑えられるのも契約者だけ。
これは【ティリエルの掃除屋】として、人間側の心得でもある。
そもそも王宮敷地内は厳重な魔封じが施されており、生活魔法程度しか使えない。
それらを無視して魔法を発現できるのは、術を施した本人のシェイドだけだ。
(或いはシェイドと同等か、それ以上に強い精霊なら可能……とか、先代は言ってたっけ。ないよなぁ〜、ないない)
怒りで目がくらんだ精霊をいなし、ラルクは話し合いの軌道修正をする。
諭され、はっと金の瞳を瞬いたシェイドは、唇を尖らせて淡々といつもの口調に戻った。はぁ、と、人間くさい仕草でため息をつく。
「――昼間、小姓姿で探った段階でわかったのは、ロディタ男爵を襲ったのが黒づくめの騎士ってこと。銀の仮面だったらしいし、完全アウトだよね。万死に値する」
「あとはヘデラ侯爵の殺害犯か」
「そう。こっちは、人間の騎士たちだけで調べるのは骨が折れそうだった。じっくり魔力の痕跡を調べたいから、再潜入したい」
「わかった。いまから行くか?」
「ううん。やめとく」
パチン、と指を鳴らし、シェイドは小姓姿に戻った。室内の照明も通常の夜間仕様に戻る。ベッドサイドと、壁に備えられたやわらかな暖色系の明かりが。
「魔力枯渇って、精霊なら死活問題なんだよ。僕ならめざめるのに半世紀はかかっちゃう。今夜は休んでてよね」
「…………わかった」
ラルクはにこりと笑んだ。
つっけんどんな物言いが、昔、伯父に引き取られた夜、寂しくて寝付けなかったときに渋々現れたシェイドを思い出させて目を細める。
シェイドは、ほんのりと頬を赤くさせて一礼し、部屋を出た。
もろもろ、ふつうの小姓だった。
◇◇◇
(だからっ、春の雹並にめずらしいあいつの厚意で朝から動けているのであって!? それは、こんな……こんな茶番に真っ昼間から付き合うためじゃ……!!!!)
ラルクはげんなりと肩を落とし、目深に被った帽子のつばを掴んだ。
内心、なんでこんなに晴れてるんだバカ野郎、と、天気をけなすのも忘れない。情緒と胸中が忙しい。
なまじ真っ黒な装束では悪目立ちするため、仕立ての良い平民らしい服装を着ている。つば広の茶色い帽子。同色のベスト。生成りの綿シャツに濃いグレーの細身ズボン。飴色のブーツ。長い灰銀の髪は帽子のなかに隠した。帯剣もしている。
目の前には、少し離れたところで横並びに歩く三人の貴族令嬢。――――胃がキリキリする。真ん中が隠しもしない、みごとな銀の巻き毛だった。ほぼそれだけを目印に、等間隔に立つ魔法灯火柱に金青の王国旗はためく、メインストリートの雑踏を進む。
「どうして、こんなことに」
何度目かの呟きをこぼし、不機嫌そのもののラルクは、気配を殺して令嬢がたの護衛に徹した。




