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第十一話 未来の王妃は苦悩する



「おかえりなさい、ローザ様。ラルク殿下のご容態はいかがでしたか?」



 ポートメアリ公爵家に戻り、滞在中の客室に入ると、軽やかなノックの音。入室したのはこの家の長女、レオニアだった。

 ローザリッテは、にっこりと微笑む。



「ただいま戻りました、レオニア様。ラルク様は、思ったよりもお元気そうでした。お見舞いのお品や登城の許可をありがとうございます」


「どういたしまして。あなたは我が家の大切なお客様ですもの。ラルク殿下も、いずれ義兄になられる方。お気になさらず…………あら? それは」



 レオニアは、きょとんと目を瞬いた。


 振り向いた銀髪の少女は帰邸したときの服装のまま、手に小籠を下げている。

 往路では滋養のある果物を入れていたそれに、いまはピンクの薔薇がいっぱいに活けられていた。


 ローザリッテは相変わらずにこにことしながら花籠を持ち上げ、両手でそっとレオニアに渡す。



「お土産ですわ」


「え……でも。殿下が持たせてくださったのでしょう? それならあなたが」


「いいえ。レオニア様。こちらをくださったのは陛下です」


「セイン様が? なぜ」


「途中、お見えなりました。退出の際に『籠だけ持っておいで』と。そのまま庭園にお連れくださったのです。王太后様から許しを得て、手ずから薔薇を切られて。レオニア様に、と」


「まあ」



 理知的な目元をほころばせ、レオニアはうれしそうに微笑む。

 ローザリッテは、それを幸せそうに見守り、内緒話のように声をひそめた。



「ところでレオニア様。少し、お伺いしたいことが」


「? 何かしら」


「わたくしは理由(わけ)あってティリエル王国に……。ひいては国王陛下や未来の王妃殿下であられる貴女に保護していただきましたが、本当に『こちら』の事情に疎くて。このままでは大切なかたのお力になれそうにありません。よろしければ、勉強をかねて、いろんなかたとお話してみたいのです。何か、適切な方法はありますか?」


「方法……ですか」



 レオニアは薔薇籠を抱え、うーん……と、灰緑色の瞳を宙に向けた。口元に片方の指を添え、思案げに視線を客人の令嬢に戻す。



「……慈善活動で平民街に降りることもできますけど。ラルク殿下のためなら社交がいいかしら? さいわい、今夜は招待を受けている夜会があります。同伴者としてお連れしましょう」


「ありがとうございます!」



 両手を胸の前で組み、今度はローザリッテが喜色で頬を染めた。



   ◇◇◇



 その夜、ふたりは着飾り、幅広い交友関係を持つことで知られるウィンブロー伯爵邸に赴いた。

 国王の婚約者となったレオニアは、どこへ行っても引っ張りだこだった。

 未婚女性はたいてい婚約者か父兄のエスコートを受けるが、レオニアの場合は父公爵が忙しく、よほどでなければ夜会に間に合わない。弟はいるが、まだ幼い。

 よって、同伴者として謎めく美少女のローザリッテを連れて行くのは可能であり、場はいっそう華やいだ。



(大丈夫かしら。たしかに、覚えはものすごく早いけれど)


 先日、王太后の茶会で引き合わされたお喋り好きなカロライナ夫人に捕まり、レオニアは鷹揚に話を合わせつつ、視界の端でローザリッテを追う。

 流石というべきか、主催者のウィンブロー伯がやって来て、さりげなく彼女に付いてくれた。

 ウィンブロー伯トレヴィスは三十路前半の好人物。愛妻家の子煩悩なうえ、セインの親しい友人のため信頼度が高い。


 安心のはず――――だが、目が離せなかった。



 ローザリッテはふしぎな娘だ。

 群がる貴族を片端から紹介してしまったのは申し訳ないが、彼女はそのたびに大きな紅水晶の瞳で相手を見つめ、数秒後に復唱。合点がいったように、こくりと頷く。その繰り返しで完全に覚えてしまった。


 しかも、話題になった地方の特産や位置関係、流通の難所におすすめ保養地、果ては主力事業や親戚まで記憶するのだから恐れ入る。

 いまは、ちょっと面倒くさい同年代の令嬢たちに囲まれていたが、本人はどこ吹く風。笑顔とやわらかな雰囲気でみごとに切り抜けていた。


 それでも心配で、ちらちらと扇をひらくふりで向こうに意識をやっていると、夫人に気づかれてしまった。おや、と、彼女の二連橋のような両眉が上がる。



「あのかたですわね。目下、王兄殿下の唯一の花嫁候補は」


「そうなんですの?」


「ええ。だって、こう申し上げては何ですが、先日まではヘデラ侯爵令嬢のアイビー様が有力だったのですよ。より良い婿を探して、ずっと婚約者不在。今年二十歳ですからね。亡くなられたヘデラ侯爵オーレン殿も、どれだけ心残りか」


「……そうですわね」



 レオニアも憂えて、広げた扇で口元を隠す。


 ざっと見たが、やはりヘデラ侯爵家ゆかりの者は誰も見当たらない。葬儀もだが、爵位相続で揉めているのかもしれない。


 ――他家のこととはいえ、御家騒動はつらいもの。


 居合わせた夫人たちは頬に手を当て、ほう、と息を吐いた。まことにご愁傷さまである。


 しかし。


(あら? アイビー嬢の取り巻きだったリリアン・ミスト伯爵令嬢と、ミラ・ロディタ男爵令嬢ならいるわ。ローザ様のところに)


 てっきり、いないものと思っていた。

 ふたりは小柄な銀髪の令嬢に詰め寄り、盛んに話しかけている。それを、ウィンブロー伯がやんわりと止めに入っていた。





 帰路、レオニアは馬車のなかでローザリッテに尋ねた。



「ねえ、リリアン嬢とミラ嬢にずいぶんと絡まれていましたね。ひどい無礼を働かれたのではなくて?」


「大丈夫ですわ。お二方から、街遊びに誘われただけですから」


「街遊び」


「はい」


「……そう」



 レオニアは黙り込み、“疑うことを知らぬ競技会”があれば、まず間違いなく代表選手になれそうな異国の令嬢を眺めた。

 表立って諫めるのは簡単だし、裏から手を回すのも容易だ。が――



「…………」



 やめた。

 ここは、老婆心ながらかなりの変わり者で、かつ奥手らしい王兄殿下を焚き付ける絶好の機会ととる。彼に何とかしてもらおう。


 それに、頭ごなしにローザリッテの交友範囲を狭めるのも良くはない。彼女は、あくまで『いろんなかたとお話してみたい』と言ったのだ。


(大丈夫、大丈夫――! いちおう、念のため、屈強な護衛はつけるわ)




 かなりの間を空け、「楽しみですね」と笑いかけるレオニアに、ローザリッテは、「はい」と可憐に頷いた。



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