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第一話 掃除屋は妻を欲さない



 きらびやかな上層階級に特化した暗殺稼業。通称【王家の掃除屋】。

 ティリエル王室のそれが、いわゆる外部委託(そとづけ)でないのは。


 厳重に、厳重に秘されている――



   ◇◇◇



「兄上、お願いです。そろそろ身を固めませんか」


「……意味がわからないのだが? 陛下」


「ラルク兄上。ふたりっきりのときに『陛下』はやめてください」


「そうは言ってもなぁ〜」



 背伸びをした拍子にキシリ、と椅子が鳴る。灰銀の前髪をかき上げて背もたれに寄りかかったラルクは、不機嫌そうに紫の瞳を流した。

 視線の先には生真面目な表情の弟ぎみが立っている。なお、造作はあまり似ていない。


 弟――セインは、混じりけのない金髪に澄んだ青眼。天使の風貌を少年のころから讃えられ、国民にも絶大な人気がある。その面差しがそのまま大人になっているのだから。


 窓の外では大気がびょうびょうと唸っている。風に合わせてしとど窓を打つのは大粒の雨礫(あめつぶて)。時おり閃く雷光は不定期に室内を照らした。状況だけを切り取れば不穏なことこの上ない。場所は王宮。なんの変哲もない自室であるもの、時刻は深夜。こんな場面で、何を。


 ティリエル国王セインはラルクの異母弟だが、とある事情により王冠は彼の手に渡った。およそ二年前だ。ラルクは当時二十二歳。セインは十八歳。病気で夭逝した父王の遺言だった。


 とはいえ、ラルクは冷遇されていたわけでも、母の身分が低かったわけでもない。セインの母が謀略を張り巡らせたわけでもない。

 ふたりの妃たちはおだやかに良好な関係を築いていた。「ティリエルにおいて、王の長子は王にならない」と、深く理解していただけで。


 だからラルクは弟陛下に『さっさと帰れ』の意図を込め、ひらひらと手を振った。



「セイン。悪いが今夜は忙しい。お前の寝言に付き合う暇はないんだ。じゃな」


「ま、待ってください兄上! ほら、釣書だけでも」


「おっと、手が滑った」


「ああぁ!? なんてこと!」



 ラルクは弟が差し出した釣書をつまみ、容赦なく暖炉に放り投げた。決して滑ったわけではないだろう。金縁装丁が施された薄い冊子は、あえなく炎の舌に舐め取られた。ぱちぱちと火花を散らし、紙の燃える匂いがする。


 セインはうらめしそうに兄ぎみを睨んだ。



「まったく……。でも、明日の夜会は必ず出てください。いいですね? 王命ですからね!?」


「はいはい、おやすみ陛下」



 反応が擦れておらず、家族思いで素直な国王陛下をラルクは嫌いではない。扉が閉まり、ひとりになった部屋で徐々に遠くなる弟の足音と弱まる雨足に耳を澄ませる。それから立ち上がり、壁に掛けておいた真っ黒な外套を手に取った。従僕を呼ばず、軽々と袖を通す。



「どんな夜会だろうと、先に不穏分子を洗い出しておくのが俺の務めなんでね……っ、と」



 フードを被ると、備え付けの黒髪の(かつら)がこめかみを流れた。目の周りを覆うタイプの仮面を着ければ瞬く間に別人だ。


 もとい、【王家の掃除屋】。

 ラルクは雨が止んだのを確認し、バルコニーから音もなく夜の虚空へと身を踊らせた。



   ◇◇◇



「遅いよ、マスター! 夜が明けちゃうじゃん」


「シェイド……。お前、ときどき俺を人間扱いしないよな。なんで?」


「なんでって」



 バルコニーの真下。まるで待ち合わせたような塩梅で駆け寄った従者が、こてん、と首を傾げた。

 月のない夜色の髪。くせっ毛はやんちゃな獣のよう。ただし明らかに人外とわかる整いすぎた顔立ち。

 シェイドは見た目こそ十代半ばだが、昔からティリエル王室と契約関係にある、力ある闇の精霊だ。

 大きな瞳は瞳孔も虹彩も神秘の金。主に視覚的な威力抜群の長い睫毛をしばたき、少年はしれっと答える。



「マスター・ラルクは、人間にしとくには惜しいよ。抜きんでた魔力があるもの。契約がなきゃ眷属にしたいな」 


「おお怖い」



 眷属って、つまり手下かよと毒づきながらラルクは木の茂る庭を抜ける。

 ここは、王宮の離れであり外れ。ひいては敷地の外へも出やすい。雨にぬかるんだ地を蹴り、ひらりと塀の上へ。苦も無くシェイドは着いてきた。

 真っ暗でも加護持ちのラルクには、はっきりと街並みが見える。


(明日は……セインの誕生日を兼ねた婚約発表だったか。義妹どのの実家と反目する家探しかな。とりあえず)



「了解。ネサドラ侯爵家あたり?」


「――こら。勝手にひとの心を読むな」


「ごめんごめん」



 ジト目で流し見れば、シェイドは愛嬌たっぷりに両手を合わせてウィンクしている。毒気を抜かれたラルクは、諦めたように手を差し出した。



「ネサドラ侯爵家の前に、まずは子飼いの下級貴族だろうな。南に飛ぶぞ」


「仰せのままに」



 恭しくラルクの手を額に押し戴いたシェイドは、次の瞬間、漆黒の翼を背に生やしていた。

 しっとりと露をふくむ風に乗り、猛禽に似た翼がなめらかに王都の上空を滑りゆく。


 悠々とした翼は二対。

 かりそめの翼は、彼の守護するこの国の王兄にも与えられていた。




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