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【4:冷酷王子の憂い──次なる波乱の前兆】

 王宮の奥まった執務室では、フィリップが文机に向かい、午餐会の出席者リストをしぶしぶ眺めていた。官吏が差し出した書類の中には、「エリーゼ・ハウフマン」の名も当然あった。


 朝から公務に追われて準備に顔を出せなかったが、彼もまた心中でエリーゼのことが気になって仕方がない。


(“悪役令嬢”という噂があるが、本当だろうか。……あの娘がそんなことをするとは思えない。だが、夢で見たあの結末がある以上、何かが起こるのかもしれない)


 傍らに控える従者が、


「殿下、スケジュールが詰まっておりますゆえ、午餐会の直前まで他の用件があるかと」


と報告する。


「分かった。今回は準備の様子は見に行けないな。昼には会場へ行く。余計な者を連れてきて混雑させないでくれ」


 彼の声音は冷たいが、その内心は焦り混じりだ。もしエリーゼが“悪役令嬢”として騒ぎを起こし、周囲に袋叩きにされるようなことになったら──想像するだけで胸が苦しくなる。もちろん、自分が彼女を斬ることになる未来も断じて避けたい。


 従者は内心「相変わらず殿下は無表情だな」と思いながらも、「かしこまりました」と平伏し、部屋を出ていく。


 フィリップは一人になった執務室の中で、意識的に深呼吸して自分を落ち着かせようとする。


(明日、エリーゼ・ハウフマンに何か話しかける余地はあるだろうか。周囲の目を気にすれば気にするほど、うまく接近できないかもしれないが……)


 自身の“冷酷”なイメージを崩せば、王族の権威を落とすと反対派に揚げ足をとられる危険がある。それでも彼女を救いたい思いと、このままでは破滅が訪れるという悪夢の恐怖が、フィリップを突き動かしている。


 執務室の椅子に腰をおろし、窓から見える景色に目をやった。


 仕事は山積みだが、頭の片隅には“エリーゼ・ハウフマン”の名前が消えないままだ。


 彼女を救いたい──何に対してかは漠然としているが、悪夢に見た“自分が彼女を殺める光景”だけは断固として避けたいと思っている。


 しかし、彼女がどう動くのかも分からないし、自分が手を差し伸べれば彼女を逆に危険に巻き込むかもしれない。冷酷王子として王位継承に関わる政治闘争の最中にいる身で、下手に私人の感情を出すわけにはいかないのだ。


 窓の外に広がる青空を見つめたフィリップは、ごく短く息を吐いた。


(午餐会で彼女はどうするだろう。俺がいても近寄らないかもしれない。むしろ悪評を恐れて余計に逃げるかもしれない。だが、このままでは夢が現実のものになってしまう)


 自分にできるのは、会場に姿を現し、万が一エリーゼが危機に陥るようなことがあれば助ける──それだけだろうか。あるいは先手を打って「彼女を守る」と宣言するなど、かえって周囲に疑念を招くかもしれない。そんなリスクも頭をよぎる。


「……どうしてこんなに面倒なのか」


 低く呟き、苦い笑みを浮かべる。彼女のことを思うだけで、冷酷な仮面がいつも以上に揺らぎそうで怖い。それでも、何もしないで結果が“あの夢”通りになったら後悔どころの話ではない。


 フィリップは机に向かい書類を処理するという姿勢を取りつつ、思考がまとまらずにいた。


 この国を脅かす陰謀を警戒し、また彼女が“悪役令嬢”として王国に仇なす存在になるかもしれない可能性を消したい──それが本来の立場としての考え方だろう。けれど本音は、純粋に彼女を失いたくないという個人的な感情が混ざっている。


 苦悩としか言えなかった。


 執務室にこもって午前中ずっと公務を進め、午餐会の前に少しの仮眠をとろうと寝台に体を預けたが、やはり淡い夢のなかではエリーゼが苦しむ姿を目にしてしまう。


 冷たい石壁、絶望に染まったエリーゼの表情、そして自分が振り下ろしている剣──現実なのか悪夢なのか、明確な境が曖昧なまま、フィリップは飛び起きて重い息を吐いた。


(どうして俺が彼女を斬る必要がある? そんな運命、信じたくはないが……この悪夢は度々、俺を苦しめる。それを放置すればあの通りになる可能性が高いということか)


 思い返すほどに、胸をえぐる痛みに似た感覚が広がる。王位継承に関わる争いなら、まだ覚悟がある。しかし何の罪もないエリーゼが巻き込まれてしまうのなら──黙ってはいられない。


「……俺が何とかしないと」


 フィリップは眉間に皺を寄せながら、昼の強い光を感じ取る。諦めて、さっと身支度を始めた。

 午餐会には出席する義務がある。だが、そもそも王族としての表向きの務めだけでなく、自分に課された“彼女を救う”ための策を考えねばならない。


 息が乱れる。もし本当に彼女が“悪役令嬢”として宮廷の誰かに利用されるなら、その裏を暴かなければならないし、何としても彼女を守ることが必要だろう。


 しかしこの想いは、あまりにも“冷酷王子”という肩書きとは相容れず、周囲には到底明かせるものではなかった。


 午餐会の資料を再度確認する。


 胸の奥でまた不安が湧き上がる──(今日、ちゃんと接触できるだろうか? あるいは会話どころか、顔を見ただけで彼女が逃げてしまうかもしれない……)。


 それでもフィリップは無表情のまま、冷たい表情を崩さず「何かあればすぐ報告を」と従者に告げる。そして身支度を整え、午前の会議をこなしてから、午餐会に遅れずに姿を現す計画を固めた。



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