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【プロローグ】

悪役令嬢の起源は百年近い昔に遡ると言われている。


だいたい、「悪役」という言葉が令嬢に対する属性としてつけられるのが不自然である。役」である、百歩譲って「悪令嬢」であれば、ああ悪い令嬢なのだと納得できるのだが、「役」となると、その令嬢は悪という属性を演じていることになる。


そこで、今となっては広く使われるようになった「悪役令嬢」という蔑称について、その歴史を研究してみると、なかなかに興味深い結果が浮かび上がってきた。


時は1255年に遡る。


大陸で強大な力を持っていた、エルトリア王国において、王位継承の争いが勃発した。


貴族であるモンテスキュー家の次女であったイザベラ・モンテスキューは、次期国王候補の婚約者になった。完全なる政略結婚であった。


イザベラは戦う女性であった。


自身の立場を守るため、陰謀を巡らせ、周囲の人間を排除し、その夫は見事に国王を継承した。しかし、その原動力となったイザベラの行動は、民衆の間で「冷酷な貴婦人」「王位簒奪を企む悪女」として噂されることとなった。


それから数年後、吟遊詩人たちが、イザベラの悪行を題材にした歌や物語をつくり、各地で広めるようになった。吟遊詩人は旅をする。王国の主要都市だけでなく、小さな町や村なども渡り歩き、イザベラの物語を歌い上げた。この中で、イザベラは「悪徳の令嬢」と呼ばれていた。


悲しいかな、イザベラは、この時すでに病に侵されて伏せっており、吟遊詩人たちの歌を禁止するだけの行動も起こせなかった。


そして、王国中に「悪徳の令嬢」の名が知れ渡ったころ、イザベラは早逝した。


その翌年、とある劇作家が、イザベラの生涯を題材にした悲劇「薔薇の棘」を上演した。この劇は、イザベラの悪役としてのイメージを決定づけるとともに、「令嬢」というそれまで当たり前に使われていた言葉にすら、否定的な意味合いを付加することとなった。


加えて劇作家はその脚本を書籍の形式にまとめた。この写本は娯楽を求める修道院に広まった。修道士たちは、物語を教訓として解釈し、若い女性たちへの戒めとして語り継ぐようになった。これにより、「悪徳の令嬢」という言葉が、道徳的な堕落を象徴する言葉として定着した。


これに対して王室は黙っていたのかと言えば、時は既に次期国王の継承権の争いになっており、現国王の血筋を弱体化するために、むしろ一部の貴族の間では「悪徳の令嬢」の噂を積極的に流布させていたのだった。


それから三〇年が過ぎ、王室は世代交代し、「悪徳の令嬢」もすっかり馴染んだ言葉になると同時に、元からあった毒気は薄まっていった。


そこに目をつけたのが、当時波に乗っていた劇作家のアンドリュー・J・Jだった。「薔薇の棘」の写本を入手した彼は、イザベラの物語を再解釈し、彼女の悲劇的な側面を描いた歌劇「白薔薇の嘆き」を上演した。当時の売れっ子劇作家の手によるこの作品は、大成功をおさめ、多くの観客の間にイザベラに対する同情を生み出し、「悪徳の令嬢」という言葉の持つ否定的な意味合いは弱まっていった。


そもそも「悪徳」ではないのではないか、イザベラは国王のためにあえて「悪役」を買って出ていたのではないか、そんな言説が広がっていった。


「悪役令嬢」という言葉が一般に浸透したのは、この時期である。


時代は変わっていた。


女性の社会進出が進み、若い女性たちの間では、イザベラを古き慣習への反逆の象徴として捉える動きが現れた。彼女たちは、自身の権利を主張し、社会的な束縛から解放されることを求めていた。


こういった変化を、吟遊詩人たちは見逃さなかった。各地の情報伝達網を担っていた吟遊詩人たちは、悪役令嬢を自由で強い女性を賞賛する用いるようになった。


その一方で、王族貴族の間ではイザベラを賞賛する声は小さく、悪役令嬢はやはり悪役という扱いのままだった。


時がたった。


王族貴族の社会は続いていた。


幾人もの悪役令嬢が、名前を表に出すことなく暗躍し、時代を動かしていた。時代は動き、社会も動き、それでも王族貴族はその権力を維持していた。


エルトリア王国は、このままの栄華を悠久に保ち続けるのだと、誰もが思っていた。



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