循環するもの
「意外と嫌な目に遭っていたということがわかったな」
「でも、レイモンドは・・客観的に捉えているわ」
「思い出しても感情的になることはないかな」
「淡々と合ったことを書き出しているものね」
「役立たずだとか、無駄な知識だとか、容姿が冴えないだとか、今言われても傷つかないからかな」
「強いのね・・」
「慣れかな」
「でも私の意見を言わせて」
「?」
「レイモンドはとても穏やかで、知性と思いやりがあって、一緒にいるのがとても楽しく感じるし、容姿もすごく素敵だと思う」
「それは嬉しい・・な」
「客観的に見ると、これらの言葉は嫉妬からきているのかもしれない」
「嫉妬してもらえるようなところは持ち合わせてないけどな」
「いいえ。少なくとも私は、レイモンドが地学に夢中になれるところも、追求していけるところも羨ましい。尊敬しているから嫉妬とまでは言わないけれど、似たような感情だわ」
「君からそんな風に言われると、嫉妬も嬉しいもんだな」
「それに、客観的に書き出せるのもとても羨ましいわ。私なんて・・あんなの悪口でしかなかったもの」
「例えばどんな?」
「あの伯爵令息はじっとりと上から下まで舐めるように見てくるのが気持ち悪い、とか」
「ふはっ!」
「あのご令嬢と会話していてもちっとも楽しくない、とか」
「話していて楽しくない相手はいるよね」
「次から次へとあれもこれもそういえば嫌だわってたくさん出てきたもの。客観的になんて書けなかった」
「じゃあ、『客観的に』という面ではなかなか優れていると自負しておくよ」
「是非そうして」
大きく頷いてからふと時計を見ると、もう0時を回っていてびっくりした。
「ごめんなさい、明日もあるのに遅くまで」
「こちらこそ。続きはまた明日」
「明日も書き出せるようなこと、まだ持ってるの?」
「うん、まだまだ書けそう」
「王族って大変よね」
「本当だよ」
お互いに辛い立場について弱音を吐けるのって、ほっと一息つけるのだと気がついた。
「じゃあまた明日、お休みなさい」
「お休み」
気軽に会話と挨拶をかわせる。少しの緊張と少しの安心感。こわばった部分を伸ばすように背伸びをしてから、リラックスした気持ちで眠りについた。
□ □
雨上がりの土がまだ調査に向かないとのことで、私は1日好きなように過ごせることになり、護衛はこっそりと付いているものの自由に街歩きができている。足りなくなった画用紙と短くなってた色の鉛筆を買い足し、お昼ご飯は護衛の二人に希望を訊いて三人で食べた。
ふらっと入った雑貨屋で、キリっと済ました顔の猫の置物を見つけた。すまし顔なのにステッキを逆さまに持っていて、それがとても可愛らしく思えて購入することにした。完璧な人間などいないのかもしれない。完璧であろうと努力してきたけれど、今の私は自分の気持ちすらよくわからないような人間になってしまった。プリシラのおかげで自分の気持ちを探すようになり、デレデレと溶けかけのお兄様を見ることで、完璧である必要性はないのだと思うようになった。
あの二人はお互いの個性を補い合うように親密で、二人でいることでさらに楽に生きていけるのだろう。
伴侶がいようがいまいが、だれかに愛を注ぎ、誰かに愛を返してもらえる。そんな人生なら・・
相手から返ってこない愛を注ぎ続けるほどの愛は持ち合わせていない気がしていた。ユリウスと私が何も進まなかったのは、どちらも愛情を渡そうとしなかったから・・?だけど国民からの愛は返してほしいわけじゃなく、みんなが笑顔でいてくれるだけで嬉しい。
浮かびかけた想いに釈然としないまま空を見上げると、綺麗な虹が浮かんでいて。護衛の二人が佇むところに行って、空を指さした。
ああ!というように笑顔で頷いてくれた二人。これだけでもとても幸せな気持ちになる。
そう、笑顔も愛なのね。
嬉しい、楽しいという気持ちが返ってくる。それなら私はこの国とこの国の民に惜しみなく愛を注いでいける。だから王族でありたかったのね。
自分の奥底に沈んでいた想いを見つけ、なんだかとてもすっきりした。
だけど・・
この想いを手放してもいいのかもしれない。
ぎゅっと頑なに握りしめていなくてもいいのかもしれない。
そんな風に思いながら薄く消えていく虹をもう一度眺めてから車に乗り込んだ。
□ □
調査を手伝い、仲間と気ままに過ごす旅がもうすぐ終わってしまう。
もう一晩泊まれば、半日かけて城へと戻る。
「レイモンドのおかげでとてものびのびと過ごせて楽しかった」
「こちらこそ、作業に専念できて捗るし、こうやって夕食の後にのんびりとお互いの話ができて楽しかったよ」
「帰国するまでまだあと少しあるし、手伝いが必要ならいつでも言って」
「ありがとう。帰国はもう少し伸ばしてもいいんだけど・・」
「帰国したほうが早く本が出来上がる?」
「・・たぶんね」
「じゃあ本のためにも早く帰国しなきゃ!出来上がったら絶対に送って。あ、でもシリウス兄様に頼めば送ってもらうより早く手に入れられるかも」
「まさか」
「いいえ。そのまさかができるのがお兄様なの。普段はあんなにプリシラのことしか考えてないのにね」
「彼女のことで頭がいっぱいなのは伝わってきたよ」
「本を楽しみにしてる」
「この旅行を思い出してもらえるような本にするよ」
「本を読まなくてもとても大切な記憶になったわ」
「今度はこっちに遊びにおいでよ」
「私が、レイモンドの国へ?」
「そんなに戸惑うようなことかな」