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どうありたいの?

バタン!と慌てて本を閉じる。



「え?」


今見えた文字と挿絵に驚いて混乱する。


「どうかなさいましたか?」


何冊もの本を抱えてレイモンド殿下が戻ってきた。


「いえ」


そっと『雪の結晶』の下へ『振り向かない』を差し込む。

心臓が駆け足で拍子を刻んでいるけれど、顔に出さない自信はある。


大丈夫。とんでもない破廉恥な絵が見えた気がするけれど、私がこれをそんな本だと知っていて読もうとしていたかどうかまではわからないはずだもの。


息をそっと深く吸って、ゆっくり細く吐いて、深呼吸で鼓動を整えようと口をほんの少し開けたとき


「ふ」


レイモンド様の方から息を吐く音が聞こえた。


どうしたのかしら?と顔を上げて見てみると

口元を手で隠して、窓の方を見ていた。


「どうかなさいましたか?」


「んんっ」


変な声。ますますわからない。


「失礼」


そう言いながら真顔にもどる。


なんだったんだろう?と思いながらもそれ以上追求はせずに荒野令嬢を読み進み、どこも共感できなくてため息をつく。


無理!わたくしには無理。野性的な男性に惹かれる気持ちにも共感できないし、砂埃だらけの荒野でお風呂に入ることもできないような暮らしを想像しただけで気持ちが落ち込んでしまう。


お互い埃まみれなのに口づけをかわす?そんなの衛生的に嫌だわ。相手が臭いのも嫌だけど、自分も臭いかもしれないなんて耐えられない。


甘い内容の本を読んでも、これというときめきもなく、記憶にも残らない。荒野に貯水湖でも作って水を配給する方法はないのかしら?とか、荒野というからには植物が自生しない土ということ?とか、そういうことばかり考えてしまう。


深呼吸はうまくできたのに、ため息は大きかったようで、


「なにか悩み事でも?」


とレイモンド殿下が踏み込んできた。


「いえ」


一旦は誤魔化そうとしたけれど、自分にうんざりしていて自暴自棄な心が抑えられなかった。


「・・レイモンド殿下は恋をした経験がございますか?」


ためらいがちに尋ねた瞬間から後悔してしまう。隣国の王子に気安く尋ねるのではなかった、と。


けれど


「あります。失恋しましたが」


と答えが返ってきた。


「今もまだ、その方を?」


まだ辛い傷を抉ってしまっただろうか。


「いえ。幸い、彼女の幸せをちゃんと見つめることができて気持ちも整理できています」


「そう・・ですか」


「何を悩まれているのですか?」


「・・わからないのです」


何も言わず、ただ待っていてくれる。


「恋をしていると思っていましたが、自分でも何がどうなりたいのかよくわからず、親友から想像力が足りないと言われ、ロマンス小説を読むという宿題を出され、読んでみたのですが・・・」


「どうでしたか?」


「治水が気になってしまい絶望したところです」


「本のタイトルは?」


「『荒野令嬢』です」


「なるほど」


くっくっと笑うレイモンド殿下。


「やはりおかしいですよね」


天を仰いでしまう。


「いいえ。私も同じようなものです」


「例え同じだとしても、すでに恋愛を経験なさっているレイモンド様には敵いません」


「恋愛をしたことがあるから偉いわけでもありませんよ。成就もしてませんしね」


「・・・」


「それで?」


「・・・?」


「どのような治水が思い浮かびましたが?」


「そうですね・・このお話の舞台は荒野でも、付近に大きな川があり、爆薬も使える設定でしたので、支流を作って流したいところですが、そのことでどの程度本流に影響がでるのかしらと考えていました」


「爆薬で壊せる地盤かどうかも重要ですね」


「確かにそうですね」


「小さい貯水池を作って貯めて、まずはその池の近くで取水できるようにして、環境にどれだけ影響が出るのかを調べてから貯水池を広げるもしくは数を増やすというのはどうでしょう」


「貯水池から土壌を潤すことができるでしょうか」


「まずは保水性を高める改良が必要になるでしょうね」


「そうまでして荒野に住もうとする利点はなんでしょうか?」


「利点より、優先したいものがあるのでしょう。誰もいないところで暮らしたい人も、自分の手で開拓したい人もいるということです」


「・・・」


「どうしましたか?」


「やはり、このような話題や思考に色っぽさも可愛げもありませんよね」


「それを決めるのはあなた自身ではなく、相手だと思います」


「私が決めない・・?」


「同じこと言う二人の人間がいたとして、すべての人間が右側の人が可愛いと好むわけではない」


「より多くの人に好まれる人というのは存在するわ」


「そうですね。しかし、自分が好む人から好まれるとは限りませんから」


「?」


「多くの人から好まれる人物でも、自分が好んで好きになった人から同じように好まれて思いが通じるとは限らないということです」


「なんだか余計にわからくなってしまいました・・」


「それは・・・困りましたね」


二人で困ったように眉を下げてため息をついた。


□  □


「二人でため息をついたの」


自室でプリシラに報告する。


「ロマンス小説を読んで治水工事について考えるのか、お前は」


今日も背後にお兄様がくっついている。


「破廉恥な本を手にとってしまって動揺していたせいって言えたらまだマシなのに」


「破廉恥な本ってどれですか」


「この『私は振り向かない』よ」


「持ってきたのか」


「レイモンド様が返却を手伝おうとおっしゃるんですもの・・渡せなかったの」


「どれどれ」


弾む声でプリシラが本を開いた。


「シリル様!この絵のように口づけしましょう、今度」


「プリシラ!」


はいはい。プリシラが何を言っても結局強く抱きしめるんだから、お兄様は。目の前で試し始めるよりはマシね。


「プリシラにかかると、自分が恥ずかしがっていたのがバカみたいに思えるわ」


「そこに愛があるかどうか、ですね」


「どういうこと?」


「これを例えば浮気相手としていたとしたらどう見えますか?」


「破廉恥極まりないわね」


「では、ユリウス様とスカーレット様がしていたら?」


「なっ!そんなことしないわ!」


「・・・なるほど。では私とシリル様がしていたら?」


「好きにすればいいじゃない」


「お気づきですか?」


「何を?」


「単なる破廉恥な行為と、愛ある行為の違いを」


「・・・」


「これでわからないなら相当だぞ、お前」


「・・・」


「では私が選んだ本を読んでみてください。数冊ありますので、今回は面白くなくても頑張って読んでみてくださいね」


「わかったわ」


□  □


プリシラに勧められた本はとても面白く、愛する騎士のため悪女としてふるまう王女の苦しみに共感でき、苦難を乗り越えて結ばれた二人に涙した。


もう一冊はなんと娼婦の物語で、仕事の内容もあけすけに書いてあり、目を背けそうになるも、ぐいぐいと惹きつけられる内容にだんだんと夢中になる。


心を殺して娼婦として生きて


「それでも、私はこの人生を最後まで全うします」


愛した人に真っ向から宣言する強さに胸が震えた。

同時に、自分にこの熱さも強さもないことを痛いほど実感した。


□  □


私はユリウスの心を手に入れたとして、その熱さや強さはあるのだろうか。


それを確かめるために会わなければ。

久しぶりにユリウスへ手紙をしたためた。


「今年は精度と頻度を上げる」 マイペースなりに。

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