愛ある行為と物理的接触の違い
「まず、ユリウス様について」
「・・ええ」
「浅すぎる!」
「・・・はい」
「なんかもっとこう・・・幼い頃に優しくされた思い出があって好きになったとか、そういうのないんですか?」
「ないわ」
「では顔だけ・・・」
「顔はとても好きだわ」
「顔に付随して、こういう仕草やこういう性格なとこも可愛くて、とかそういうのないんですか?」
「・・性格なんてよくわからないもの」
「小さい頃に多少の交流があったと聞いてますが」
「いつもお兄様たちと遊んでいるか、令嬢に囲まれているかで」
「スカーレット様は近づく機会がなかったと?」
「・・私は王女だもの。かっこいいからと不要に近づくのは恥ずかしいことだと思っていたの」
「では、ユリウス様以外に気になる方もいなかったのですか?」
「そうね、人となりがわかるほどの接触はなかったし、ユリウスはあの顔だからつい見てしまうことがあったというだけで」
「顔が好きなら自然と中身にも惹かれていくと思うのですが」
「初めてまともに知ったのが『遊び歩いている』ことだったのよ」
「ウワーですね」
「ええ。衝撃的だったわ」
「そもそもユリウス様はなぜあんなに遊び歩いていたのでしょうね?」
「お兄様によると『簡単に手に入るのは興味がない』らしくて。・・たんなる恋愛ゲームか何かだと思ってたのかもしれないわ」
「簡単に手に入るのは興味がないのに、相手をその気にだけはさせるのは下衆なのでは?」
「そういう面もあるからこそ、シリル兄様にリストに入れられたのでしょうね」
「くっそ興味ないんですけど、スカーレット様のためにユリウス様について考えてみます」
「プリシラから久々に聞いたわね、その言葉」
「私が興味あるのはシリル様のことだけですから」
「よくわかっているわ」
「ユリウス様が口づけをしようとしてきたとします」
「・・・」
「すっごく口が臭かったらどうします?」
「ぐ」
危ない。何かが口から出そうになったわ。必死に耐えた。王女人生の全ての技を今、集約して耐えたわ。
「なんてことを尋ねるのよ」
「スカーレット様には想像力が足りません」
「想像力・・」
「例えば、ユリウス様とそういうことをする想像力、ユリウス様に優しくされる想像力、ユリウス様と未来を過ごしている理想を想像する力。そういうものが無いのです」
「・・・王女だもの」
「王女だけど恋をしようと思われたのでしょう?」
「そうね。そうだったわ・・」
「正直に言うと、そんなに王女としての結婚などを意識しなくてと大丈夫だと思いますよ?シリル様からもそう聞いてます。今は平和ですし、隣国とどうしても結ばなければいけない縁もない、と」
「そう・・そうね」
「もしかしたら・・・スカーレット様が、王族でいたいのかもしれませんね」
「え?」
「今はまだ、好きな人と描く未来よりも、王族として生きていたいという気持ちのほうが強いのかしら・・」
ボソボソと早口で呟くから
「プリシラ、聞こえないわ?」
もう一度言ってほしかったのに
「先ほどの質問に戻ります」
唐突に戻るのね。あなたのそういうところにはだいぶ慣れたけれど
「ええ?」
少し不満な気持ちは滲んだかしら。
「ユリウス様と口づけを交わすときに、ものすごく臭かったらどうしますか?そのまましますか?それとも避けますか?」
「・・・さ、避けてしまうかも?」
「なるほど」
「・・あの」
「はい?」
「・・・プリシラは」
「はい?」
「いえ。なんでもないわ」
「だめですよ。ちゃんと口に出してみないと。大体何を訊きたいのかわかるので、あえて口に出してみてくだい」
「・・その・・」
「はい」
「シリル兄様が臭かったらどうするの!?」
聞きたかった。だけど知りたくないとも思ってしまうし、こんな踏み込んだことを聞いていいのかしら。
「物語の中だと匂いなんて描かれないし、なんなら行方不明になって数日後に助け出していきなり口づけをして愛を確かめ合ったりしてますけど、あれって実際はとても現実的にきつい気がしますよね?小説を読んでいると私はつい気になってしまうんですよ!・・・興奮してしまいましたわ。そうですね・・色んなパターンがあると思うんです。食べ物の影響で匂うときもあるでしょうし、何か病気が原因で匂うときもある。で、それを愛ゆえに臭いと感じないパターン。これはたぶん力技みたいなものです、もしくは生まれつき鼻が鈍感なタイプ。臭いけれど耐えるパターン。これも力技ですが、鼻の機能を止めておくことは可能かと。病気かもしれないような匂いなら、まず指摘して検査なりなんなり改善策を相談するパターン。そして、我慢ならないパターン。ここがきっと何かの境界線だと思うんです」
「境界線?」
「はい。相手がしたがっているのだから、なんとか我慢できる範囲で応える。これは愛情を感じるでしょう?」
「そうね、確かに」
「耐えられずに顔を思わず背けてしまったり、鳥肌が立ってしまったりっていう辺りから愛情が薄いと感じたりしませんか?」
「・・・そうなのかしら」
「シリウス様を臭いと思ったことはないのですが、もし世界一臭い食べ物をお召しになって恐ろしいほどの匂いをまとってらっしゃった場合、おそらく私も同じものを食べて同じ匂いになろうとするかもしれません」
「!!」臭い話なのにうっかり感動してしまったじゃない。
「なので、口づけしてみればいいのです」
「ん?」
「想像できないのですから試してみればよいのです」
「な、何を?」
「口づけを」
「誰と?」
「ユリウス様と」
「なっ」
「口づけですよ?」
「くっ」
「減りません大丈夫です。物理的接触です」
「減るとか減らないとかじゃないの!」
「えーー」
「じゃ、じゃあプリシラはお兄様以外とできるの?」
「あ、それは無理です」
「プリシラ!」
ダーンと扉が開いてお兄様がプリシラをぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「お兄様、盗み聞きが趣味ですの?!」
「たまたま聞こえただけだ!」
「嘘おっしゃい!」
「シリル様も私以外としないでくださいね」
「もちろんだ。考えたこともない」
二人でくっついたままお兄様がプリシラに頬ずりしている。
「お兄様、出ていって」
「いやだ!プリシラがこんなに可愛いことを言ってくれているのに離れるなんて無理だ」
「シリル様のことは気にしないで話を続けましょう」
「気になるわ!」
「もう諦めて男性の意見も取り入れましょう?」
「男性というよりお兄様なんだけど」
「わかった。今日から私はお兄様じゃないぞ」
「馬鹿なんですの?」
「よし、お馬鹿さまと呼んでも構わない」
「はあああ・・・」
「冗談はここまでにしましょうね」
「どこからどこまでが冗談なのかわからないわ」
「口づけしてみましょうの辺りからです」
「そこからなのね・・」
年末って気持ちも忙しいですが、どこか楽しい。ぼちぼちマイペース更新です。