アウトプット
「無いのよ」
「何が」お兄様まで身を乗り出してきた。
「私とユリウスの間には。お兄様たちのような甘さも、何も」
「なんの進展もないのか?」
「もう、進展したいのかすらわからなくなってしまいました」
「ふむ」
「スカーレット様。そういうときは書くのです」
「何を?」
「ユリウス様の好きなところです」
「え・・・」
「書き出してみてわかることもあります。ちなみに私は自分らしくあるために何が得意で何が不得意なのかひたすら試すために、思いつく限りの言語をみっちり書きました」
「あの呪いの書のようなあれ?」
「はい!その後1年引きこもって実際に試してみましたが」
「あれは辛かった」
「ごめんなさい、シリル様。でもあれがあったからこそ、私はシリル様のことが大好きだと自覚できた面もあります」
「もう私の前からいなくならないでくれ」
「もちろんです!」
「ちょっと!今それ必要?」急にいちゃいちゃの精度を上げてこられても。
「いつだって言葉で気持ちを伝えるのは大事だろう?」
そう言いながらプリシラをぎゅうっと抱きしめて、髪や頬に口づけているのだから
「お兄様は行動も伴っていらっしゃいますけれど」
「行動はもっと大事だ」
「さようですか・・・」呆れつつ、羨ましくてまた切なくなる。
「シリル様のこういうところが好きでたまらないのです」
いつもなら呆れて無視するところだけれど、今日の私の冷えた心には羨ましさがどんどんこみ上げてくる。
「私もユリウスにそんなふうに言われたり抱きしめられたいと思えたら・・」
「スカーレット様」
「なあに?」
ソファに肘をついて遠くを見ていた私の前に、プリシラが紙をひらひらさせた。
「やはり、書きましょう」
時間がかかりそうだと思い、観光計画の相談をしてから、プリシラと二人で私の部屋へと移動する。
お兄様の執務室のドアを閉める直前まで、プリシラの手を離そうとしないお兄様に
『そんなに離れるのも嫌なぐらい、私はユリウスのことを必要としていないかもしれない』
と思ってしまった。
□ □
「どんなことでも構いません。ユリウス様のことが思い浮かばなければ、他の小さいことでもとにかくなんでも書き出してください」
「小さいことって?」
「おやつにあれが食べたいとかでも構いません」
「そんなことまで」
「書き出しても書き出しても答えがないこともあります。だけど、感情がわからなくなっているときは、小さい『嫌』や『嬉しい』を普段から見ないようにしていることもあるんです」
「その見ないようにしている小さい感情こそが大事だと?」
「まずはそこからですね。自分で認識できるようになれば、優先したい気持ちや、捨てられない思い、捨てたほうがいい思いも見つかるようになります」
「・・わかったわ。あなたが言うのなら」
プリシラのことは心から尊敬しているし愛情を感じている。だからこそ、この助言はとても大切なもの。
まずは
『ユリウスの顔が好き。声はそこまででもない』
と書いた。
「声はシリル様が最高です!」
「・・・」
私はプリシラほど声にこだわりなどない。掠れた声も、高い声もそれぞれの個性があって良いと思う。
だけど、言われてみると声質にほんの少し掠れた感じが混ざったような声が好きかもしれない。そこに気がついたので書く。
「そっちですか。なるほど。アニメの犬の心の声ですね」
アニメ・・また知らない言葉が聞こえたけれど、いつものことなので聞き流す。
『鼻にかかりすぎている声はすきじゃない』
こう書き出すと
「具体的に名前も書いて下さい」
と言われ
「名前を書くのも嫌なんだけど」
と答えて
『アから始まるウワキング』と書いた。
「あー!あれね。あれは私も好きな声質じゃないです。あれは中身が悪いせいもありますけど」
「あら大変。悪口みたいなことを書き出すと、つられたようにマイナスの思いがたくさん出てくるわ」
「今日は構いません。王女として我慢なさっていることもどんどん書き出してください。紙は後で大事なことだけ他の紙に書いて、この紙は燃やせばいいのですから」
そうね、気が付かないほど当たり前に我慢しているわ。悪口を言わないように、と。だけど、不満はや不安は口に出してきたのだから同じことよね。
「嫌いな令息を一気に書いちゃいましょう。理由も一緒に」
「わかったわ」
出るわ出るわ、こんなに苦手な令息がいたのかと思うほど紙が名前と理由で埋まっていく。
「プリシラ・・わたくし・・」
「大丈夫です」
何を言いたいのかわかってくれているのだという安心感が私の背中をそっと押してくれる。自分から出てくるマイナスの感情に心が負けそうだった。
気づけば2時間以上経っていて、お兄様が「プリシラを返してくれ」とやってきた。
「では、明後日また来るまで書くことがなくなるまで続けて下さい」
と宿題を出された気分でプリシラを見送った。
□ □
「ひとつわかったことがあるの」
あれから暇を見つけては書き出す日々を過ごし、今日はまたプリシラがやってきている。
お兄様がなかなか離さないので、痺れを切らして強奪してきた。
「どんなことですか?」
ニコニコとプリシラが笑う。すっかり素直の塊となった彼女の笑顔は、嘘がないのでとても綺麗に見える。
「わたくし・・バカが嫌い」
「まあ!」大きな口を開けてケラケラと笑っている。
「知性という意味でも、頭脳という意味でも、人品という意味でもバカが嫌いなの」
「それはそれは」
「例えば、カタニア卿」
「宰相ですね」
「あの方はとても頭が良くてらっしゃるでしょう?」
「それはもちろん」
「知性も人柄もとてもスマートで」
「はい」
「たとえ見た目がああいう感じでも、とても素敵だと思うの」
「私もそう思います」
「・・・」
「スカーレット様?」
「気がついてしまったのかも」
「何をでしょう?」
「・・・」
「随分言いにくそうですね」
「プリシラ、この3枚の用紙を見て」
「はい。すごいです!こんなに書けたのですね」
「これを読んであなたが気がついたことを教えてもらえないかしら?」
「ご自分で気がついたことを口に出す前に、私からの目線で気がついたことを知りたい、と?」
「ええ」
「これはかなり時間がかかりそうなので、今日は泊まっていく許可を取ってきます」
「ありがとう。助かるわ」
1度部屋を出ていく。シリル兄様の許可を貰いに行ったのだろう。
しばらくして戻ってきたプリシラにお兄様がべっとり張り付いていた。
「プリシラが泊まるのは嬉しいが、それなら私もここにいる」
「え。ダメです」
「なぜだ」
「プリシラには私の心情に深く関わってもらうつもりなのです。お兄様にそれを開示するつもりはありません」
「じゃあ泊まることは許可できん」
「なんて心の狭い!」
「せっかく夜もプリシラといられるのになんで我慢しなきゃならないんだ!私は1年も耐えたんだぞ!1分1秒だって貴重なんだ!わかるかこの気持ち!」
「お兄様の熱量だけわかりました」うんざりしながら答える。
「じゃあ、こうしましょう?」真面目な顔でプリシラが言う。
「「?」」
「スカーレット様の文書を読むのは私だけ。読む間、シリル様は同じ部屋にいて構わない。スカーレット様が聞かれたくない話をする場合は退出してもらう。で、私はシリル様の部屋で寝ます」
こんなに最高の計画はないだろうとばかりに得意気に微笑んでいる。
「わ、たくしは・・別にそれで構わなくてよ」
「私の部屋で・・・」
「お兄様、しっかり」
「今宵は生のシリル様の声を聞きながら眠れるなんて・・なんて幸せ」
「手を繋いだだけで我満できる気がしない・・・」
「お兄様、しっかり」
「妹よ、私は耐えられるだろうか」
「知りません!」
「あらシリル様、何を耐えるのですか?何も耐える必要はありませんよ?」
「「プリシラ!」」
二人でプリシラを止めるけれど、そもそも本当にそういうことを言っているのかすらよくわからない。
「まあ、とにかく。わたくしとしてはプリシラの意見が聞ければそれで」
なんとなくうやむやになった部分もありながら、プリシラが泊まることが決定した。
□ □
なかなか出ていこうとしないお兄様の背中を強く押し無理矢理追い出して、プリシラが集中して読む間に、プリシラが好きなお茶やお菓子を用意する。以前は私が好むものを何も考えずに出していた。なるほど自分勝手だったと今なら気づける。
時折、プリシラが紙に直接黄色いペンで丸をつける。あの派手なペン、きっとプリシラが作ったわね。
集中力が高いのか、1時間ほどで読み終わった。
「なんとなく気がついたことがあります」
「ええ」
「まず、ユリウス様について」
「・・ええ」
「浅すぎる!」
読んでいただけることがとても嬉しいです。