新しい出会い
本日二回目の更新です。
「我が国へようこそ」
お昼過ぎに到着した一行を迎え、一旦お休み頂いてから、晩餐をご一緒することになった。
両親と兄妹全員揃った食卓は久しぶり。会話もあちこち飛んだりしつつも楽しくできている。
食事が終わった後も、まだまだ話せそうという雰囲気で、リチャード兄様とシリル兄様と私でワインやお茶を飲みながら遊べる遊戯室へと移動した。
ビリヤードをしたり、ボードゲームをしたり、ただ会話をしたり。
レイモンド殿下はとても物腰が柔らかく、終始穏やか。丸い眼鏡をかけていて、度がきついのか輪郭がかなり窪んで見える。見た目は至って普通だけれど、学者肌の割に日焼けしていて筋肉質な印象。
シリル兄様が将棋を持ち出してきて、自慢を始めた。
「私の婚約者のプリシラが作ったんだ、面白いだろう?」
と得意げに披露する。
「これは珍しい模様ですね、文字ですか?」
『桂馬』と『角行』を持ちあげて見比べる。
「文字らしいよ」
「どこの国の?」
「頭の中の国だから説明できないと言われる」
「それはとてもユニークな答えですね」
「彼女は特別だからね」
「そうね、たしかにプリシラは特別ね」
「こうやって遊ぶこともできる」
シリル兄様と私とで「将棋崩し」を始めた。
私が勝って「殿下もなさいますか?」と尋ねたら、とても嬉しそうに笑って「ぜひ」と。
最初こそ私が勝ったけれど、2回目からは殿下が勝ってばかりになった。
「お強いですのね」
「普段から土を丁寧に削ったりしているもので」
「なるほど!とても繊細な作業ですものね。殿下の本は全て読ませていただきましたのよ」
「全部?」
「はい。全てを理解できたわけではありませんが、私の知らない世界のお話でとても面白かったんですの」
「どの本が面白かったかな?」
「『宝石と地質』です」
「宝石がお好きですか」
「何に価値を見出すかは人間次第ですが、宝石ができる地質の違いや不思議を読んでいると、今持っているものにとても愛着がわいてきて、さらに大切にしようと思いました」
「あなたにとっての価値とは?」
「より澄んだ宝石が価値あるとされていますが、中に色々と含まれているのも傷があるものも個性があって、大好きになりました」
「ほう」
「輝く前の貴石を人間が手間をかけて磨き、それを職人が加工して美しい宝飾品になる。それを見せびらかす顕示欲は褒められたものではありませんが、美しいものを追求しようとする職人の技と美しい石を生み出す地質にはただただ感動いたします」
「石に埋もれた原石をお見せしたら、さらに興味が湧きますか?」
「まあ!ぜひ」
本に写真が載っていたけれど、やはり実物を見るのが1番だろう。
「わたくし、そもそも地中深くの中心から土ができたのか、表面の土からできていったのかがわかりませんの」
「それはとても説明しがいのある質問ですね」
「知性のかけらもない質問でごめんなさい」
「いいえ、むしろ地学好きの私を刺激する素敵な質問ですが」
「お兄様、わたくし珍しく褒めていただいたみたい」
「まるで普段は褒められることがないみたいな言い方だな」とシリル兄様が笑う。
「宝石だなんだと浮ついているように見えたかもしれないが、スカーレットは女性を守るために『ウワ委員会』を立ち上げて、法改正も成し遂げたんだ」
リチャード兄様がまるでレイモンド殿下に私をおすすめしてるかのような口ぶりで言うので、いたたまれなくなった。それに関しては、プリシラとシリル兄様の力が大きく、私がやり遂げたことだと自信があるわけでもない。頑張ったのは、あの気持ち悪い男に気持ち悪いセリフを言わせたことだけ。
だけど・・
ここで「わたくしなんて」と謙遜しようものなら、それぞれ慰めてくれるのだろう。けれど私は慰められたいわけではないわ。いつだって取り繕うことなく毅然としていたい。そうプリシラから学んだの。
こういうときは、少しだけ困ったように淡く微笑む。この話が早く終わるように。
「お噂は我が国にも届いてますよ。ところで『ウワ』とは?」
「隠語ですの。とても口には出せない言葉の代わりに」
「なるほど。では女性のいない場で改めて問うことにしましょう」
レイモンド殿下が優しい顔で頷いたので、
「滞在中に、ぜひ先程の土の質問の答えを教えてくださいませ」
どうやら先程の話題は変わったようで、さらに軌道修正を願う。
「それは是非に」
そう微笑んでくれたのでほっとした。
私に特別好意的な視線を寄越すわけでもなく、穏やかに会話ができるレイモンド殿下は一緒にいて疲れを感じにくい人だった。
□ □
数日後
ようやくユリウスと二人で過ごす時間を得た。
久しぶりに会ったユリウスは、顔も形も何も変わっていないのに、なんだか輝きが失せたような気がする。
「あなたはどう過ごしていたの?」
会えないひと月の間、たまに夜会に顔を出しているという報告を委員会から聞いていた。
「仕事が立て込んでいるため、ほとんど外出せず、たまに妹に頼まれてウワの実態を掴みに夜会行きました」
「そう・・」
ユリウスのことが好きだと思っているのに、もっとこうしてほしいという気持ちも、もっとこうしたいという気持ちも見当たらず、心が止まる。
私・・好きなのよね?
恋愛に憧れていただけ?
他愛もない話を続け、帰り際に手に口づけを受けたけれど、見目がいいという印象だけが強く、違和感を覚えた。
私、どうしたいのかしら?
□ □
レイモンド様の観光計画についての相談があるからとシリル兄様の執務室に行くと、プリシラが来ていた。
お兄様が書類を読む傍らで、何かを書いている。
隙間なくピッタリくっついて別のことをしている光景に
「よくもそんなにくっついていてお互いに集中できるわね」
と呆れて文句を言うと
「お互いにアイデアなどに詰まったとき、話すのに便利な距離だが」
と言われ、
プリシラは
「いつもくっついているのでもう慣れました」
という。
二人の理由が一致していないのに、何が楽しいのか二人で笑って楽しそう。
こういうのが私とユリウスの間には無いのだと思い知らされる。
少し寂しそうな顔をしてしまったらしい。
プリシラが
「どうかしましたか?」と尋ねてきた。
次回更新は週明けになる予定です。たぶん。