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身もだえ

いつもの晩餐の後、レイモンドと二人でお茶を飲みながら状況を話した。


「というわけなの」


「それは厳しい課題だな」


レイモンドの顔が引きつっているように見える。


「レイモンドなら何を思いつくかしら?」


「そうだな・・例えば、君が見てみたいものがあると仮定して、それを叶えようとしてみるかな」


「私が見てみたいもの?」


「何かない?」


「そうねえ・・」


レイモンドに叶えてもらえるようなことって何かしら。


「あ。アリの巣を見てみたい」


「そんなことか」


楽しそうに笑うけれど、そもそも人の気持ちに寄り添えるレイモンドに、何かして欲しいと思うことも無い気がする。


「相手の好みや、どのぐらいの気持ちで叶えて欲しいと思っているのかというニュアンスを把握していないと、贈り物だって難しいよ」


「そうよね。私がレイモンドに何かプレゼントをしようと思っても、例えばどんな本を既に読んでいて、これから読みたい本は何なのかを尋ねていない限りは把握できないものね」


「その彼、ユリウスだっけ。どんなことをするんだろう」


「そもそも私、口説かれたことが無いし、唯一の記憶がもうおぞましい相手だったから。本当はどんな口説き方でもあれよりは良い思い出になりそう」


まあ、心のこもっていない口説かれ方をされるのも苦痛かもしれないけれど。


レイモンドの国の貴公子のエピソードを聞きながら、楽しく夜は更けていった。


本当に。レイモンドとなら燃え上がるような恋はできなくても、穏やかでお互いを尊重し合える結婚ができそうだけど、縁というのは自然と繋がることもあれば、必死に繋がないと切れてしまうようなものもあるのだろうと考えながら。



□  □


「スカーレット様」


ぷるぷると震えているこの見た目は恐ろしく整っている男性は本当にユリウスなのだろうか。


「ユ、ユリウス?」


金曜、念の為にユリウスの名誉を守るためとも言えるけれど、人払いは済ませてある。


その代わり、窓は開け放して私たちの姿は遠くから護衛が見守っている。

だから万全とはいえ、このユリウスの様子はどうしたことだろうか。


もしや何か肉体的接触でもされるのかと身構えていると


「・・・・ら〜」


ん?


虫でも入ってきたのかしら。羽音が聞こえたような。


「・・と・・あ・・を〜」


んん?


「ちか・・はなさな〜い」


ひっ


まさかまさかユリウスがか細い声で歌っていいいるの?!


小さく唇が動いているわ!


目線は斜め下!何を見ながら歌っているの!?


聴いたことのない歌のような気がするわ。まさか自作!?


この状況をどうしたらと私も小さく震えてしまう。


あ、羽音が止んだわ。


え、喜ぶべき?ま、まず私も恥ずかしい気持ちになっているのをなんとかすべきかしら・・


「ユリウス?」


「し」


「し?」


「死んでしまいたい」


腕で顔を隠してしゃがみ込んでしまった。


隠しきれていない耳が真っ赤で、そうねこんなのユリウスも恥ずかしくてたまらないわよね。なんて思っていたら


自分の中にあるとすら思っていなかった扉が大きな音を立てて開いたような感覚で、ぶわりと気持ちが溢れ出る。


ユリウスが。あのユリウスが、こんな恥ずかしがりながら、蚊がなくような頼りない声で、何の歌かさっぱり聞き取りきれなかった歌を歌って、頑張ってくれた。


その感動に涙が溢れ出て止まらなくなってしまった。


ユリウスにバレる前に早く涙を止めなきゃ。そう思うのに次から次へと溢れて止まらない。泣いているわけじゃない。単に目から涙が溢れるのを止められない。


止まるまでは声をかけられないしと無言でいると。


「お恥ずかしい姿を見せて申し訳ありません」


と、ユリウスが立ち直ってふらふらと椅子に座った。

大丈夫、まだこちらを見る元気は無さそう。


「意外だったわ」


「そうでしょうね」


「なんの歌だったのかしら?」


「そのう・・作りました」


やっぱり自作!!


「歌詞も、曲も?」


「いえ。曲は既存のものを使わせてもらい、歌詞は自作です」


なんの曲?!


「実は・・私はとても音程がおかしいらしく。ですが、せっかく頂いたこの機会、一番恥ずかしいと感じる方法を最初にやってみようと」


「そう、そうなのね」


「私の決意だけでも伝わればと」


「ええ、しっかり伝わったわ」


「本当に!?」


がばりと身を起こし、初めて私をしったりと見た。


「泣いて・・?」


「これは気にしないで。勝手に溢れてきて止まらないの」


「悲しい想いをさせましたか?」


「いいえ、してません。泣いているわけではないの、涙が止まらないだけで」


「そう・・ですか」


「ふふっ」


「?」


「わたくし、初めての感情を知ったかもしれない」


「それは私への嫌悪感でしょうか?」


「いいえ」


「では」


「初めての感情でこれが何かまだよくわからないけれど、とても心地良い感じ」


「嫌われたのではない、と?」


「ええ」


「では、また方法を考えてきます」


「ふふ。楽しみにしてるわ」


その後、初めてお互いに好きなものを尋ね合った。今まで、こんなことすら正直に会話したことすらなかったのかもしれない。


次話、明日更新予定です。ユリウス迷走・・かも?(予定は未定)

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