悩みたくないのに悩むことを選んでる矛盾
私が好きになったユリウスは、あんな感じだったかしら・・
□ □ □
「で。何考えてるんだ?」
「結婚はできたらいいなと思ってる」
「あいつは可愛い妹だ。一緒に幸せを作っていけるような男じゃないと、うちの家族全員許可なんてしない」
「できたらいいなとかぼんやりした言葉で全然愛情伝わってこないです。ねえ・・」
「どうした?」
「まさか、スカーレット様を人に取られそうになって惜しくなった、とか」
「ありえるな」
「『簡単に手に入るものには興味がない』なんていう迷言吐くぐらいだし、スカーレット様が簡単に手に入らない存在だから結婚したくなったなんていう理由じゃないでしょうね」
「・・・」
「私もわかってはいるんです。シリル様みたいに私のことだけを好きでいてくれる男性は稀有なのだと。モテることがアイデンティティの人もいるし、一人の人を愛するより大勢の人と交際した方が幸せな人もいるかもしれない。それはそれでいいと思うんです」
「うん」
「でもね、それがスカーレット様の相手だというのなら、話は違います」
「・・・」
「あなたは感情を抑えつけて自分がわからなくなったという感じじゃないんですよねえ」
「プリシラ?」
「なんていうか・・人の期待に応えることが自分のアイデンティティだとでも思っているような・・それとも、自分が演じている自分に酔っているのかしら・・」
「プリシラ?」
「それとも・・・」
「プリシラ!」
「はい?シリル様」
「他の男のことを考えるなんて、耐えられないんだが」
「あ、そうですね!やめます」
「・・・!」
「なんだ?ユリウス」
「いや、なんでもない」
「ではひとつだけ」プリシラが人差し指を顔の前に立てた。
「なんだろうか」
「あなたは令嬢たちの気持ちを弄んで楽しかったですか?」
「・・いや。ただ、本当にそんなつもりはなくて・・」
「はい30点!言い訳がもうほんとカッコ悪い!」
「そうか。そうだろうな」
「・・・」
「・・・」
「はあ・・。しょうがないですね」
「?」
「自分がどんな趣味嗜好かわからなくても、『楽しい』や『好き』を追いかけてみてください」
「楽しいや好き・・」
「これはスカーレット様にもやって頂いた方法ですし、私もやりました。今まで生きてきて、知らず知らず人の価値観や概念に侵されていると自覚するんです。人が求める自分を演じるのはきっと、楽でもあり、本当の自分を狭くて四角い箱に無理やり詰め込んでいるようなものでもあるんです。本当の自分は丸いかもしれない。そんな箱に入るような大きさじゃないかもしれない。それどころか箱を燃やしてしまうほどの熱を持ったものかもしれない」
「熱か」
「はいそこ!四角四面に捉えない!そうですね・・例えばシリル様はこの世界を丸ごと包んでしまえるような大きな銀色のものだと思うんです。私にとっては温かくて柔らかくて、私の全てを包んでくれるようなとても心地の良い何か。そんな愛しいものを、周りの目や自分で決めつけたサイズの小さい箱に無理やり詰め込もうなんて思わないんです」
「プリシラ・・」
「私の言葉通りじゃなくていい。この世界にあるものじゃなくてもいい。必ずある自分の本来の姿みたいなものを探す努力をしてください。私からは以上です。これ以上質問は受け付けません。だってシリル様が」
「プリシラ!」
さっと彼女を抱き上げて嵐のように去っていった後の部屋に沈黙が満ちる。
「これでわからないようなら、きっと終わりなんだろうな」
またひとり、口の中で呟いた。
□ □
翌日、プリシラがユリウスに何を指示したのかをお兄様から聞く。
「もう一度訊ねるけれど、本当にユリウスにはこう不幸な生い立ちとか手酷い失恋とか、心に傷が、とかは無いのね?」
「無いね。そりゃ嫡男として厳しく教育されてきただろうし、多少はやりたいことを我慢したりはあっただろうが、そんなことは誰にでもあるだろ?」
「そうね」
「お金にも恵まれ、教育も充分、見た目はあの通り整っていて、女性からもモテる。それで何かひどく不満を抱いているのだとしたら、それは本人の資質だな」
「不満を抱いているのかしら?」
「自分自身への不満はあるんだろう。だから変わりたいって叫ばされたんじゃないか」
「くっ」
危ない、まだ今日も少し笑えるわ。
それにしても。毎日毎日自分について悩んでいたのに、今度はユリウスについて悩みそうになっているとか、なんかおかしくないかしら。
ユリウスは悩む必要ある?
まあ、それは私が決めることじゃないわね。私だって地位や環境に恵まれていて悩んでいたわけだし。
でも悩むより行動したほうがより早いわよね。
・・悩んでいるユリウスに釣られるように私まで悩み始めてる。恐ろしい。悩みが伝染するなんて、バイ菌のようね。
しっかり自覚しましょう。悩んでいるのは私じゃないわ。結婚に応じるかどうかは今決めることではないし、悩む必要もない。私がやることはユリウスの手助けのみ。
除菌完了かしら。