思いがけない申し込み
部屋に入ると既に来ていたユリウスが振り返る。
本当に、ため息をつきたくなるほどに顔は好み。客観的にそう思える程には私も成長したかしら。
「座りましょう」
そう声をかけても返事はない。
この部屋は3部屋が繋がっていて、内側の扉は開けてあるので2人きりになることはないけれど、使用人が控える部屋は閉ざしておく。ユリウスに向きあうなら聞かれたくない話もあるから。
「プリシラは来るか来ないかよくわからないの」
「そうですか」
静かにお茶を飲みながら。何を話そうか、どうすれば話してくれるのかを散々考えてきたのに今は何も浮かばない。
もうユリウスに嫌われたくないとも、ユリウスに気に入られたいとも思っていない。それなら、もう本音でぶつかるしかないわよね。ユリウスを助けたいわけじゃないし。
プリシラ風に言うなら
困っていようが演技だろうが、本人に変わる気も変わりたいという気持ちもないのに時間だけ奪われるなんて馬鹿らしい
かしら。
「ユリウス」
「はい」
「あなた、何がしたいの?何が望み?」
「・・・」
「私が短い間とはいえ見てきたあなたの印象は、ちゃんとしている自分が好きだという感じなの」
「自分とは・・?」
「みんなが期待するユリウス像、いつもキリッとしていて、女性にモテて、弱いところなどなくて、理想の男性を表現することが自分の使命だとでも思っているかのよう・・つまりユリウスは完璧に見えるユリウスを好きだ、という感じかしら」
「・・・」
「間違ってたらごめんなさい。あくまで私からみたユリウスだから」
こんなことを言うつもりはなかったけれど、意外と的を得ている気がする。もちろん決めつけたりはしない。
「そんなあなたが弱っているフリをしている、その目的はなに?」
「・・」
「振り回したお詫びに、何か私で協力できることならするわ。もちろん誰かを困らせるようなことは協力できないけれど」
「参ったな」
ユリウスにしては行儀悪く椅子にもたれて天井を仰ぎ見ている。
「誰かの気を引きたいの?」
「その誰かがあなただとは思われませんか?」
姿勢を戻して私をしっかり見てきた。あら、ぼんやり演技はやめたのかしら。
「思わないわ」そんなうぬぼれを抱くような2人の時間を過ごした覚えがない。
「でも、あなたが誰かを焦がれているのならそれはなんとなく嬉しいかも」
「・・・」
「あなた、枕を濡らすほど夜が辛くて泣いたとこある?」
「まさか」
「無性に誰かを殴りたくなったことは?」
「ありません」
「嬉しくて走り出したくなったことは?」
「ないですね」
「ユリウスは幸せ?」
「・・・」
「私は幸せだわ。あなたがいなくても、誰かと結婚しなくても、ただ生きているというだけで幸せだと思うの。でも最近、何かこう・・私の思う幸せを誰かに渡して、それを受け取ってくれた人が幸せだと思えることを見つけて、その幸せをまた誰かに渡すことができたなら、もっと私は楽しく生きることができるかもしれないって思い始めたの」
「・・・」
「理解に苦しむ?」
「いえ」
「私はプリシラに色んな『楽しい』をもらった。彼女の『楽しい』は私も楽しくなるの。私はプリシラのように人を楽しませることはできない気がするけれど、私ができることもきっとある」
「・・・」
「あなたの目的はよくわからないけれど、あなたが嫌だと思わないならこのサロンに来なさい。そうね、火曜と木曜、あなたが望むなら毎日でも前日に言ってくれれば調整するわ」
「・・・」
もしかしたら、私よりあなたのほうが重症なのかもしれないわね。
カサリ
「プリシラ?いるの?」
隣の部屋で少し衣擦れの音がした気がするので声をかけてみる。
「バレましたか」
そろそろとドアの陰からもちろんお兄様と一緒に現れた。
「ふふ。来てくれたのね」
「で、この煮え切らない生き物はなんなんでしょう?」
「ふふっ」
思わず笑う。さすがプリシラ、容赦ないわね。
「気持ち悪いよな」
お兄様も容赦ないですわね。
「お前、今まで生きてきて楽しかった思い出とかないわけ?」
「多少はある」気持ち悪いと言われて多少は動揺しているのかしら。
「えー、なんかすごくつまらなさそうですね」
すごい決めつけね、プリシラ。
「何をしているときが一番楽しいの?ユリウス」
「・・・」
「うわあ、無いんだ・・」
「無いのか」
そこの2人、追い詰めないであげて。
「思い浮かばないだけかもしれないでしょう?・・そうね、レイモンドは小さい頃にアリの巣がどうなっているのか知りたくて夢中で穴を掘ったらしいわ」
「いいですね!そういう興味を追いかけていけば、本当に好きなことは見つかると思います!」
「あなたはいまだに色んなものを追いかけているものね」
次から次へと名作と迷作を生み出しているプリシラ。
「プリシラが作るものは全て最高だ」
言いながらさりげなく抱きしめてこめかみにキスを落としている。
「あー、これこれ。これがないとね」
この二人がいちゃいちゃしている光景は、うんざりしながらも無いと寂しい。
微笑みながらまたお茶を飲む。ユリウスは黙っているけれど、話したくないなら話さなくていい。
「旅行も楽しいわよ」
「旅行?」
「ええ。身分にも囚われず、誰かと話したり絵を描いたり、心がとても自由になれて楽しかった」
「では、私と旅行してもらえますか?」
「は?嫌よ」
「は?何いってんの?」
「は?狂ったか」
すごい、3人で「は?」が揃ったわ。だてに普段一緒に過ごしてないわね。
「では、私と結婚してもらえますか?」
「えっと・・」
「耳になにか異物が」
「大丈夫か?!プリシラ」