捨てない選択と捨ててもいい選択
1人部屋に残ったユリウス。
大きくため息をつく。
「関心は引けたか・・」
口の中で呟いた声は誰にも聞き取れないぐらい、掠れて小さい。
□ □
「で、お兄様はどうしてまたそんなにぐったりなさっているのかしら?」
「プリシラの寝顔を一晩中見ていたから寝てないんだ」
「なるほど」
「横を向いて少し口をパクパクするものだから、何か食べている夢でも見ているのかと思っていたら、小さくよだれが出て」
「まあ、プリシラったら」
「そのことに気がついて、恥ずかしそうに可愛く拭って・・微笑んでまた寝たんだ」
「それは・・お兄様には」
「たまらない!口づけしたいのにしたら起こしてしまうかもしれないし、もしうっかりうとうとしてしまったらプリシラの可愛い仕草やよだれを見逃してしまうかもしれないって思ったら、まばたきさえするのが嫌で」
「目が血走ってるわ」
「いいんだ。今日は仕事はないし、午後からまたプリシラがやってくるからそれまで仮眠する」
「あ、午後に来るのね。じゃあちょっとプリシラを借りるわ」
「貸さないが?」
「言い方が悪かったのね・・。友達である私がプリシラと過ごします!」
「・・・大事な話か?」
「そうなの。今回はちょっと大事な話。だからその説明をするのに1時間だけ頂戴。そしたらプリシラにお兄様を起こしに行くように言うから」
「!!」
「一瞬で目の充血って治るものなの?」
大きく見開いた目から赤みが綺麗に引いたお兄様にも引いた。
「よしわかった!1時間やる」
「・・ありがとう」
一体何を想像しているのか弾むような足取りでお兄様は出ていった。
□ □
午後の早い時間にプリシラを迎えた。
「時間がないかもしれないから手短に説明するわ」
昨日のユリウスの話を簡潔に伝え、協力して欲しいとお願いする。
「えー、嫌です」
「はい?」
「嫌だと言いました」
「嫌?」
「はい!」
「ノン?」
「なぜ他の言語に変えて尋ね直してるんですか」
「ど、どうして」
「んー・・まあスカーレット様が今もユリウス様のことが好きでいるとかなら協力しますけど」
「・・好きかもしれないわ?」
「嘘ですね」
「・・正直に言うと、よくわからないわ」
「顔は?」
「好き」それは自信を持って頷ける。
「性格は?」
「うーん・・」
「ほら、好きじゃないじゃないですか」
「結局性格なんてよく分からなかったもの」
「そんな程度なのになぜ今さら関わろうとしているのですか?」
「たまたま見かけたから、かしら」
「・・もし、彼がわざとスカーレット様の関心を引くために行動していたとしたらどうします?」
「ええっ?」
「そういうめんどくさい意図があったとして、それを許せますか?」
「・・もう呼んじゃったのよ」
「うげ!」
「お茶の時間に来るわ、たぶん」
「まあ呼んじゃったのは仕方ないとして、彼の企みもしくはなんらかの意図を許せますか?」
正直気になる。少し前まで好きだと思っていた人なんだし。だけどレイモンドの人柄に触れた後だと、確かにストレートではないユリウスの何かを感じ取ってもいる。漠然としていても、ユリウスはぽかぽかと陽だまりのような人格ではないという感覚がある。
「許せるかどうかはわからない。でも、私があの時感じたユリウスの手は、なんというのか・・優しいというか・・」
「気持ち悪くはなかったと?」
「そうね。それにもう関わってしまったし、以前に振り回してしまったのもあるから」
「・・しょうがないですね」
「協力してくれるの?!」
「いいえ。とりあえずご自分で頑張ってみてください」
「ええー・・・」
「ふふっ。スカーレットさまがそんな声を出すのは珍しいですね」
思わずもらしてしまった不満の声にプリシラが楽しそうに笑った。
「まずはシリル様を起こしていちゃいちゃしてから、私なりに協力できる方法を考えてみます」
「ありがとう」
やっぱりどんなに自分に正直だとしても、プリシラは根本的に優しい。
「さて!ではシリル様を起こして差し上げます」
「どんな風に?」
「一番喜んでもらえる方法で」
ニヤリと悪い顔をして笑うけれど、どんなことをしてもお兄様は喜ぶだろうにと少し呆れて私も笑った。
プリシラを見送り、ユリウスが来るまでの間、久しぶりにユリウスのついてじっくり考えてみる。
昨日の様子の全てが演技だったとしたら・・・
何か私にさせたいことがあって企んでいたのだとしたら・・
考えている間に、ユリウスがやってきたと知らせが。
まだ思考でぐちゃぐちゃと何もまとまっていないまま、昨日も歩いた廊下を進む。
今日は雨。辺りは暗くジメジメとしているけれど、ふと目をやった木の葉から垂れる雨に旅行先でみた空の虹を思い出した。
虹だから凄いわけじゃない。この優しく降る雨は木々や大地にとって恵み。あの日見上げた空のように誰もが笑顔になる天気ではないのかもしれないけれど。
なんでもない天気なのに、迷いは薄くなり雨と一緒に流れていく。
もしもユリウスが私を貶めるために動いているのならもう関わるのはやめよう。
だけど
そうじゃないのなら、私ができることをやるまで。
そう決めて、ユリウスの待つ部屋へと向かった。