滞る悩み
「あなたはどこに出しても~」のスピンオフでスカーレットの恋模様を描いています。
ある日、友達のプリシラがおかしくなった。
歯に衣着せぬ物言い、乱雑に見える手の動き。乱雑なはずなのに、可愛らしく見える不思議。
元々少し変わったところのある子だったけど、「何か」に進化してしまった。
戸惑うけれど嫌じゃない。むしろ圧倒的な清々しさを感じてしまう。
彼女に「綺麗です」と褒められれば、言葉の通りそう見えているのだと感じられる。
1年も会えない間に心配して出した私の手紙を読んでいないと彼女が言う。
「どうして?」と尋ねたら
「え、長文読むのだるい」
と言われた。
ごめんなさい、たしかに長い文章を書いたわ。あなたは読んでないから知らないのよね?じゃあなんで内容を知っているのかしら?
答えを聞くのが怖くて尋ねていない。
会いたい会いたい会いたいと文字通り震えたり悶えたり転がったりしながら耐えていたお兄様は、素直化したプリシラに負けないぐらい素直な溺愛を辺り構わず撒き散らすようになった。
それを見ていると「また始まった」と少々うんざりするものの、見ていて羨ましくなる。
しばらくするとお兄様は持っている爵位を使わず、平民として暮らして行きたいと言い出した。王族であることにも貴族であることにもなんのこだわりもないらしい。
わたくしはそうはいかないわ。隣国に嫁がされるかもしれないし、降嫁したとしても王女の矜持やプライドを捨てられる気がしない。
それでも、ずっと胸に秘めていた小さい思いがあった。
それを出すつもりもなかった。
だけど素直なプリシラに影響を受けたのか、私だって恋をしたいと思ってしまったの。
□ □
「はいどうぞ、スカーレット様」
「・・プリシラ?」
「はい」
「これは何?」
「将棋です!」
つんと鼻を高くして胸を張りながら自慢気なプリシラ。でもね、名前を答えるだけじゃこっちは何も理解できないわ。
「ショウギとは?」
「・・・私が頭の隅のほうで知っていたボードゲー厶です」
「ボードゲー厶・・」
「ルールは少々複雑なので、ユリウス様と一緒のときに説明させてください」
「わかったわ」
「見て下さいこの艶と照り!文字を彫ってから丁寧に磨いて、これを盤に置くときのパチンという音もたまらないんです」
「あなた、これ作ったの?」
「はい。かなり上手くなりました」
「飛車」と書いてある小さい木を持ち上げてじっくり見てみると、たしかに字も滲まず屋根のようなフォルムもつるつると手触りが良い。
「木の香りがするでしょう?」
少し顔に近づけてもわからなかったので首を傾げていると、プリシラがペタンと駒を鼻にくっつけてクンクン嗅いでいる。その鼻には『香車』と書いてあった。
「このぐらい近づけてください」
「・・え・・」
それは王族として優雅に見えるのかしら。プリシラは可愛いけれど。
戸惑いながらかなり鼻に近づけて、手で仰いで嗅いでみる。残念ながらそれでもわからなかったので、プリシラのようにはできないけれどギリギリまで鼻に近づけて嗅ぐとやっとほんのり木の香りがした。
「本当ね。どこかほっとする香りだわ」
「では、これを使って少し遊びましょうか」
「どうやって?」
「こうやって積み上げて山にしたものを一つずつ、崩さないように取っていくんです」
器用にそっと指先で一つ駒を取る。
「はい、スカーレット様の番です」
真似してそっと取る。カチッ
「スカーレット様の負けです」
「どうして?」
「音を立てないように取るんです」
「難しいルールなのね」
「ではもう一度」
想像以上に楽しくて、おやつのチョコレートを賭けて3回戦った。
「なぜ制作者の私が負けたんでしょう・・」
大して悔しくもなさそうに呟くプリシラを後ろから抱え込むようにして座っているシリルお兄様。
「後ろに兄がくっついてるからだと思うわ」
「でもシリル様は何もしてませんよ?」
「その状態で何もしてないって言うのね」
「プリシラが作った駒が可愛くて仕方ない」
プリシラが作った物はなんでも可愛く見えるのね、お兄様。干からびた悪魔も大事に飾っているものね・・・枕元に。うなされないのかしら。
この二人に何かを指摘しても無駄なので、そっとお兄様にもお茶を出したら、くっついたまま器用に飲んだ。ちゃんとプリシラが火傷しないように横を向いて。
□ □
「来月早々に隣国の第二王子が我が国に来ることになった。約3ヶ月の滞在予定だ。お前達が中心となり、丁寧にもてなせ」
珍しく国王であるお父様に呼ばれて執務室に来れば、王太子であるクラウス兄様と第二王子リチャード兄様、王妃であるお母様までいた。
「了解いたしました」
さっそくどんなことが喜ばれるのだろうかと考える。確か、頭の良い方だと聞いたことがある。必要な情報は後でシリル兄様にお願いすれば出してもらえるだろう。
「ご用はそれだけでしょうか?」
「いや、なに・・」
お父様が言葉を濁すようにお母様を見る。
「あなた、最近誰か親しくしている人がいるでしょう?」
「プリシラですか?」
「プリシラとは昔から親しいじゃない」
ではユリウスのことだろうか。親しく・・
「さあ、どなたのことでしょう」すまして答える。
繊細な状態なのに触れられたくないわ。
「お前が女性を守る活動していることは評価しているんだ」
無口なクラウス兄様が珍しく褒めてくれた。
「ありがとうございます」
あの気持ち悪い男の音声を録音するために、鳥肌立てながら頑張ったのは是非評価していただきたい。
「・・だからな」
「はい」
「・・・」
皆黙ってしまった。
これはもしかして、来月いらっしゃる隣国の第二王子との婚姻でも考えられているのだろうか。
そうだとしても、あと少し頑張らせてほしい。
ユリウスの心を手に入れたいと宣言したものの、大して変化などおきていない。
「・・いや、やめておこう」
「父上?」
「全てはスカーレットに任せよう」
「・・わかりました」
お兄様とお父様でなにか話が決まったようだ。触れられずに済んだことに安堵して体から少し力が抜けた。もう一度隣国王子のもてなしを念押しされてから退出した。
王族として、1人の人間として、大きな決断をしなくてはいけないのだろうか。転機はそこまでやってきているのかもしれないのにいまひとつ実感は沸かない。
□ □
「では、レイモンド殿下は特に地質学に造詣が深くていらっしゃるんですね?」
「そうだ。本も何冊か出しているらしい」
「その本は手に入るのかしら?」
「ここに用意しておいた」
「さすがですね、シリル兄様」
「この程度のことはさすがと言われるほどのことではない」
あの場にいなかったのは、すでに必要なものを準備していたのだろう。
「最近のお兄様を見ていると、仕事ができるということを忘れてしまいそうになるんですの」
「プリシラといると仕事のことなど重要ではないからな」
「まあ・・そうでしょうね」
兄が特別なのだ。仕事よりも婚約者を大事だと示せる男性はおそらく少ない。
少ないと思わないと耐えられないでしょう?
ユリウスが私に心を預けてくれる日が想像できないもの。ましてや私だけを大事だと示してくれるなんて夢のまた夢。
ただただ悶々と考えるだけで、あっという間にレイモンド殿下を迎える日になってしまった。
ぼちぼちマイペース更新します。