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9.ナルシストと地味娘

 ♥  ☽  ♥



 ……なんでこんなことになってるんだろう。


「美しき姫君よ! どうかこの僕と付き合ってはくれまいか!」


 青髪で紺色の制服の首元を着崩した恰幅のいい男子が目の前で片膝ついて手を差し出してくる。

 今日はベネラクス錬金大学校に編入してから最初の登校日。

 わたしが一人で正門をくぐった直後に、門の横で誰かを待っていただろうこの人は、わたしを見るや否やこの態勢をとったのだ。


「えっと……だれ?」

「僕はルイス! ナサニエル伯爵家跡取りで君と同じ軍術学部、そのトップを張っている者だ! そして君のチューター、つまり騎士でもある!」

「チューター……騎士?」


 チューター制度は知ってるけど、騎士?


「……どうしよう」


 周囲にはいつの間にか人だかりができていて、囃し立てる声が聞こえる。


「見ない顔だな。誰だ? あの超絶可憐な美少女は」

「あの制服からして軍術学部だ。もしかして、噂の編入生?」

「あの問題児のルイスが一目ぼれとは」


 どうしよう、ウィルとベルはここにいないし、一生懸命に勉強した学力試験にもこんな問題は出てこなかった。

 ……いや、確か、ベルに教わったことがある。


 困ったときは――


「……お金欲しい」


 こう呟けと。


「なんだって! それなら僕が君にいろんなものを買ってあげようじゃないか! 編入祝いだ! 今日の昼食は僕と一緒に、好きなものをいくらでも頼むといい! 講義のときも君の傍でなんでも教えてあげようじゃないか!」


 おお、ウィルの言う通り、困った振りをしたら助けてくれた。

 これでお昼の心配をせずに済む。

 お金は一応貰っているけど、いつもウィルがベルの浪費癖に頭を抱えているのを知ってるから、あまり使う気になれない。

 もともとあまり使う気もなかったけど、彼のおかげで一銭も使わずに済むならとても助かる。

 それはそうと、早く教室に行かなきゃ。


「じゃあね」

「ああ! 待ってくれ! 僕と同じ教室なんだ! 一緒に向かおうじゃないか!」


 なんだか暑苦しい。

 軍術学部はみんな軍人になるのだから、暑苦しいのが普通なのかもしれない。


「確か名前はルナマリナといったね。君にピッタリの綺麗な名前だ。僕はルイス。よろしくね」


 綺麗な、名前……。


「ありがとうっ!」

「「「はぐわっ!!」」」


 名前を褒められたことが嬉しくて、ルイスって人に笑顔を向ける。

 すると、彼の後ろにいた人たちまでもいきなり胸を抑えてうずくまった。


「なんと可憐な。まさしく戦場に咲く一輪の薔薇、戦士を癒す至極の宝石。僕たちの聖女の誕生だ!!」

「いええええええ!!!!」

「やふうううううう!!!!」


 一気に興奮に満ちた声を上げる男子たち。

 ……ナニコレ。


「……わたし、この学校でやっていけるかな」


 天を仰いでため息を吐く。

 まだ一日が始まったばかりなのに、不安だよ。




 ♠  ♁  ♠ 




 むかつく。

 朝っぱらから嫌なもん見た。


「なんだよ軍術学部の連中、マリナ見て変な気を起こしやがって。全員下半身ごと切り落としてやろうか」


 校門前で見た人だかり。

 なんだなんだ喧嘩かと、ちょいとのぞき見したのが運の尽き。

 マリナに手を出そうとしてる野郎を見て俺の気分は急降下。

 普段であれば全員即座に斬り殺していたが、この学校では俺たち三人は赤の他人として過ごすと決めている。

 何故かって?

 俺たち全員目立ちすぎるから。

 朝、マリナが校門前で耳目を集めていたように。

 そして――


「貴様が編入生か。挨拶にも来ないとは何様のつもりだ。それになんだその仮面は」

「成績トップだか知らねぇが、この特進科にはてめえみてぇなのは山ほどいる。調子に乗るな」

「今度練武場に面出せや、コテンパンにしてやるからよォ!」


 今、俺の席の周囲にチンピラどもが集まっているように。

 そんでベルとマリナにチューターという世話役が付いたように、俺にも世話役がいる。

 といっても、自分の世話もできんのか怪しい頼りなさげなピンクのおさげ髪で眼鏡をかけた、百人に聞けば百人が地味だと答える目立たない少女が俺のチューターだ。


「あ、あの、みなさん、この人はきょ、今日からなので、その……」

「黙ってろ陰険眼鏡。机にかじりついてお勉強でもしてやがれ」

「で、でも……」


 現に今、女の少ない特進科では女子生徒は多少は目立つはずなのに、歯牙にも掛けられておらず、そしてそれはある種いじめにもつながりかねないものだ。

 事前に成績は優秀だと聞いていたから、僻みも多少あるのかもしれない。

 まあ、俺は人が嫌いだ。

 誰が誰にいじめられようが興味がない。

 だが、俺に絡んでくるなら話は別だ。


「雑魚は失せろ。お前らに俺に話しかける権利はない。次に汚ねぇ口を開いたら地面に挨拶させてやる」


 チンピラどもは何を言われたのか理解できなかったのか、一瞬間抜け面を晒した後、みるみる顔を真っ赤にした。


「んだとコラ!! テメェこのクラスのトップを誰だと思ってんだああん!?」

「侯爵家レヴィ様だぞ!? 逆らったらどうなるかわかってんだろうなぁ!?」

「今謝れば許してやるぞ! いいか、さん、にー、いちでひれ伏せ。いいか、さん、にー、いち――」


 ぜろー。

 はい、目の前に三つの人型オブジェができました。


「…………え」


 ふっ、見たか俺の早業を。

 横にいる地味眼鏡秀才少女も何が起きたかわからずに唖然とするほどの早業よ。


「ようやく静かになったか」

「え、えと、あの……今なにしたんですか?」

「あ?」

「ひぃ! す、すいませんすいません!!」

「?」


 地味少女はいきなり平謝りしてきた。

 ……うーん、反抗的だったり従順だったりする手合いは何度もあるが、こんないきなり腰が低すぎる相手は初めてだ。

 悪くはないが、面白くない。


「別に怒ってないから謝るな。悪いことをしてる気分になってくる」

「う、あ、すいません! あっ、また! 本当にごめんなさい!」

「次謝ったら殺す」

「ひぃい!! ご――」


 また謝りそうになったところで、自分で口をふさぎだした。

 しばらく待って落ち着くと、涙目になりながら話しかけてきた。


「えと……この人たちに何をしたんですか?」


 地味少女が指さしたのは、オブジェもとい俺の机を囲うように伸びている三人のチンピラたちだ。


「なにしたって、普通にノしただけだ」

「え、でも、全然、見えなかったです……」


 そりゃもちろん俺の早業なのだから、常人には見えなくて当たり前だ。


「それに、あの……本当なら私が止めなくちゃいけなかったのに、その、止められなくて、えっと……」


 少女は俺の方を向いてはいるものの、その視線はあちこちに泳ぎまっている。

 その泳ぎ方はもはやバタフライだ。視線だけで百メートル世界記録だ。

 チューターとして止めなくてはいけないのに止められなかったことを謝りたいのに、謝ったら殺すという誰かさんからの命令を律儀に守って困り果ててるらしい。

 これに関しては、いらない気づかいだ。


「別に止めなくてもいい。不愉快だがこの程度困りもしない」

「いえ、その……今の人たちは、レヴィ・ユトレヒトというユトレヒト侯爵家の嫡子の取り巻きなんです。手を出したら、その、大変なことに……」

「ふーん」


 侯爵ねぇ。

 随分と地位の高い奴がいるもんだ。

 ま、俺王様だから関係ないね。


「雑魚じゃん」

「え」


 こんなチンピラを部下にしてる時点で器が知れるというものだ。

 俺の国にはもっと優秀な人材が何人もいるんだぜ。

 引きこもりに堅物、お調子者に正義感ゴリラ等々。

 ……あれ、碌な奴いなくね?


「こ、侯爵って知ってます?」

「王様より下の奴だろ」

「え、ざっくりすぎる……」


 悪いな、地味少女。

 俺には階級なんてあまり縁がないもんで。


「ユトレヒト侯爵は、ベネラクス国の首都ネーデルにほど近い広大な領を任せられているこの国で二番目に大きい大貴族ですよっ? その大貴族の子息なので、影響力も実力もあります。て、敵に回すと、その、大変なことにッ」

「へぇ~」

「わ、私も謝りに行きます! なので、その、早いうちに、ご挨拶に伺ったほうが――」

「いらね、めんどくせ」

「ええええええ!!!」


 地味少女が今日一番の叫びをあげた。

 うるせぇ。普通に話す分には声が小さいから、余計に耳に来たぞ。

 まだ朝礼前なのに元気なもんで。

 こんな風に地味少女と話していると、だんだんと教室に人が入ってきた。


「おったまーす」

「おはやいざーす……んえ!?」

「んだよ、どしたあああああ!?!?」


 勝手知ったるという風に入ってくる学生諸君は、俺作の三つのオブジェを見て腰を抜かしだした。

 何故か横にいる地味少女まで知っているはずなのに慌てだす。


「な、ななな、なーー!?」

「なんつうことだ!? 誰だあの仮面男!?」

「レヴィ様の舎弟をのしちまうとか、死ぬ気かおい!?」


 特進科というから全員肝が据わった優秀な学生と思ったが、朝から元気な小学生みたいだ。

 登校してきた学生たちは広い教室に入るやいなや、顔を青ざめさせて自分の席につくこともせずに、教室の前、俺から一番遠い位置に逃げるように固まっていく。

 それを見て俺は満足げに頷いた。


「うん、いい景色だ」

「え、どういうことですか?」

「俺は一人がいい。編入生だからって囲まれるよりはこの方がよっぽどいい」


 いやあ、学生生活と聞いて少しばかり心配だったが、このクラスならやってイケそうだ。

 なーんていい気分に使っていたのもつかの間――


「失礼、これをやったのは君かな?」


 目の前に一人の男がやってきた。


「誰?」

「俺を知らないだと?」


 やってきたのは白髪を眉のあたりで切りそろえた、少しおしゃれになった優等生みたいな感じの顔のいい男。

 来ている紺と黒が混じった制服は程よく張っており、なるほど、それなりに鍛えてはいるようだ。

 でもだれ?


「(今言った、レヴィ・ユトレヒトさまです……)」

「ほーん」


 地味少女が耳打ちで教えてくれる。


「俺の舎弟を可愛がってくれたようだな。それがどういう意味かわかっているのか?」

「知らねぇよ。むしろ俺に話しかけることがどういう意味か、わかってんのか?」

「なんだと?」


 俺は椅子にふんぞり返りながら、レヴィとやらは机を挟んで仁王立ちしながら、互いに睨み合う。

 間にいる地味少女はもはや泣きそうだ。


 ……あぁ、マリナに会いたい。ベルの軽口の方がよほど楽だ。

 やっぱり学生生活は俺には厳しいらしい。



ウ「ゼニゲバのせいでマリナが金に汚い子になっちゃっただろ」

べ「何言ってんの、全部あんたに甲斐性がないせいでしょうが」

マ「喧嘩しないで? 今日貰ったお金で美味しいもの食べよう?」

ウ・べ「マリナ様ーー!!」

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