8.チューター制度
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錬金術を中心とした学術都市として栄える国ベネラクス。
この国は悪魔と対抗するために、小国だった三つの国が併合して出来上がったという歴史を持ち、今もその名残として地方によって特徴があるらしい。
といっても、どの国も小国なために三つ全部併合したとしても大国であるレオエイダンやアクセルベルクの国土の五分の一にも満たないほどの小さな国だ。
だから、ベネラクス国の中心である首都ネーデルはすべての国の特徴があつまっているらしい。
さて、このベネラクスに来た目的は前にも言った錬金術を学ぶことだ。
「錬金術を学べる学校はいくつかあるみたいだな。レベルはピンキリみたいだが、レオエイダンに留学できる学校は大学と呼ばれる最高級の学校だけらしい」
無事に入国を果たした俺たち三人は、ひとまず情報を集めてカフェで話をしていた。
「大学ねぇ。それって、誰でも入れるものなのかしら」
コーヒーに砂糖をばんばん入れ、マドラーでかき混ぜながらベルが言った。
「年齢は不問だけど、学力試験があるみたい……学費も高いから、一般には貴族が入るばかりで旅人とか庶民はランクが下の学校にいくみたいだよ」
ベルと同様に甘いコーヒーを飲みながらも、まだ眠たげな瞳をしたマリナが言う。
「貴族ねぇ。この国の政治はよく知らないが、あまり関わりたくないな」
「賢明ね。基本的に貴族とか金持ちなんてみんないけ好かないわ。選民的な思想が強いし、そのくせ自尊心が強いから扱いづらいことこの上ないわ」
目の前にいる金持ちにたかり続ける旅の魔女はいうことが違う。
自尊心が強いのはお前もだろうに、と思ったが、言うと百パー面倒なのでお口チャック。
「一番位の高い大学はそのまんまベネラクス錬金大学校。学科は特進学部、錬金術部、軍術学部の三つ。特進は一際優秀な学生ばかりで好き放題学べる学部、錬金術部はその名の通り錬金術、軍術学は軍人に必要なことを錬金術含めいろいろと学ぶ学部らしい」
「……みんな一緒の学部に入るの?」
マリナの言う通り全員一緒の学部に入ってもいいんだが、どの学部からでも留学自体は可能らしい。
三人いて同じことを学ぶのも味気ない。
「せっかくだから、別々にしたほうがいいんじゃないか。互いに教えあえば同じクラスになるよりコスパいいだろ」
「さすが、ケチンボはお金の計算ばっかりね」
「ゼニゲバに言われたくねぇんだよ」
二人とも特に異論はないようなので、別れて大学に入ることにした。
今は時季外れですでに春は過ぎ、入学試験はとうに終わっているものの、ちょうどよく秋学期の編入試験がもうすぐだ。
「それにしても、あたしはともかく二人は試験平気なの? 大学よ大学。大国ほどじゃないとはいえ、大陸でも屈指の名門校だよ?」
ベルの心配はもっともだが、まあ何とかなるだろ。
「これでも一応高等教育までは優秀な成績だったんだ。大学もいいとこ行く予定だったし、まあ対策できれば平気だろ」
「あいかわらず、あんたの頭の中は意味不明よね。でもマリナは?」
「……頑張る」
胸の前でこぶしを握るマリナの愛嬌と言ったらもう。
「落ちるのは男どもね」
「違いない」
俺も落ちないように気を付けなくては。
いや、試験にだよ? マリナにじゃないよ?
■ ␣ ■
ベネラクス錬金大学校、学生指導室にて。
「わたくしたちが編入生のチューターを?」
分厚くかっちりとした制服の上からでもわかるメリハリのある体つきをした金髪碧眼の少女が、片眼鏡を付けた三十代頃の教師に疑問の声を投げかける。
教師はクイと眼鏡を直し、満面の笑みを浮かべる。
「だって君達、友達いないだろ?」
「たった今、友達より貴重な宿敵が出来ました」
金髪碧眼の少女の恨み言もなんのそのと、教師は他の二人にも声をかける。
「君たちも構わないかな?」
「わ、私がそんな役目で、だ、大丈夫でしょうか? が、がっかりされるかも……」
「君にはちょうどいいよ。だけど僕がそんな面倒なことをしなければいけない理由がないね。編入生と言っても、どうせ頭が足りなくて今頃になってようやく入れるような無能だろ?」
眼鏡をかけ、びくびくと身を縮こまらせたピンク髪をおさげにした少女と、青髪をアップバングにした恰幅のいい少年が顎を上げて言った。
「さて、それはどうだろうか」
教師は尊大な少年を見やると、新たにやってくる編入生の簡単な情報が書かれた書類を渡す。
「今期やってくる編入生はすごいよ? いろんな意味で」
「というと?」
「まず筆記試験だけど、全員歴代トップタイだ。つまり満点だ。各クラスに一人ずつだけど、全員専門も満点だ」
「なっ!?」
教師の言葉に三人は目を剥き、渡された資料に穴が空くほど見つめる。
「あと、特進と軍術の二人は身体能力も非常に優秀。錬金の学生も既にハイレベルな道具を作り出せるほどの腕前だ。コミュニケーション能力すべてを学力に割り振った欠陥人間である君達にはとてもいい相手だと思うんだが」
「コミュニケーション能力を悪口すべてに割り振った先生の方が適任だと思います」
「ほめるなよ」
「褒めてません」
皮肉も通じない教師に金髪の少女はため息を吐きながら、一礼して部屋を後にする。
残った眼鏡の少女は何度も礼をしてから低姿勢で、青髪の少年は一礼をすることもなく部屋を後にした。
残った教師は、眼鏡をはずし、目頭を揉む。
疲れたようにも見える仕草だが、その口は笑っていた。
「フフッ……。この編入生、面白いね。特に――」
目頭を揉みながら、視線だけをちらりと隅にある机の上に向ける。
そこには、一人の少女の情報が書かれていた。
「ウィルベル・ソル・ファグラヴェール……これ以上の材料は他にない」
一人になった教室に笑い声が響き渡る。
「はーはっはっはっは!!!」
そこに――
「ふふはああっはっは!」
「先生、忘れ物を――」
「はっはっは――あっ」
金髪の少女が戻ってきて、一人笑っていた教師を侮蔑の眼差しで見た。
「……失礼しました」
「まて! 今なにも聞いてなかっただろうな!?」
「なにも聞いてませんし聞きたくありません。先生にはわたくしには見えないものが見えるんですよね? チュー人形みたいな」
「あれと一緒にするんじゃない!!」
♦ ☉ ♦
あたしたちは無事にベネラクス錬金大学校に編入することができた。
え? もっと経過を詳しく説明しろって?
ただ勉強しただけなので説明すること特になし。
そもそも錬金術は魔法を道具で再現する技術であり、直接魔法を扱えるあたしやウィルからすれば、新たに学ぶべきことはそう多くない。
唯一魔法を使えないマリナだけが心配だったけど、彼女も彼女で決して馬鹿じゃない。
それどころか世界で一番頭が良くて可愛くて純粋で愛嬌がある。
あたしに匹敵するくらいの子だから、魔法の有無なんて些末なこと。
さあ、この大学でいったいどんなことが起こるのかしら。
――と、楽しみにしてたんだけど。
「なにこれ、あたしの監視?」
「? 何の話ですの?」
目の前には、錬金術部を示す黒のブレザーとストライプの入ったスカートといった、この大学では一般的な制服を身にまとった金髪碧眼の少女。
少女、ではあるのだろうけども、高身長でスタイルが厚手の制服の上からでもわかるくらいにメリハリがあるから、少女というより女性と言ったほうがいいかもしれない。
いや、彼女の見た目はどうでもいい。
問題は彼女があたしのチューター、いわゆる世話役ということ。
「ただの編入生にチューターなんて必要なの?」
「聞けばウィルベルさんはこの国の生まれではないということでしたので。それに他の編入生の方々も他国の方ということで、優秀なわたくしがあなたのお世話をしてあげることになりましたの」
大きな胸を強調するように胸を張り、鼻から息を吐く少女。
思ったことは一つだけ。
「え、いらない」
「……え?」
お世話なんてされたくないし、こんな馬鹿みたいな胸を垂らした子に偉そうにされるのは嫌だ。
「き、聞き間違いかしら? わたくしのお世話がいらないと?」
「うん、いらない」
「……わたくし、これでも名家の出ですのよ?」
「ふーん」
名家ねぇ、なら余計に嫌。
「じゃね」
「ちょちょちょっ!? 待ってくださいまし! せめて、せめて校舎の案内だけでも!」
「別にそれもすぐに把握できるからいいよ。あいつがいれば――」
あ、ダメだ。確か一個約束したんだった。
「あいつ? もうすでにお友達が?」
「う、ううん! いない! ……仕方ない、校舎、案内してもらえる?」
「ええ、もちろん! 感謝するといいですわ!」
「そっちこそ、あたしに物を教えられることを感謝してよね!」
一転して、彼女の後について大学内を散策しだす。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたわね。わたくしはアリータ。あなたと同じ錬金術部のエリ~トですわ!」
「あらそう。知ってるみたいだけど、あたしはウィルベル。あんた以上のて~んさい錬金術師よ」
負けじと互いに胸を張る。
なんだろう、この感じ。
彼女からはどことなく似た匂いがする気がする。ウィルとは違う意味で負けたくない。
負ける要素なんてどこにもないけど。
アリータに案内されて、大学内の錬金術部が良く使う施設を一通り見て回る。
やっぱり貴族じゃないと通えないような名門校なだけあって、どの施設もとても大きくて新品同様にきれいなものだった。
錬金術は理解していてもじゃあ世俗のレベルはどれくらいと聞かれると困るあたしだけど、ここにあるのはどれも一級品だというのはすぐにわかった。
「道具や機材自体も錬金術で作られてるのね」
「よくおわかりですのね。その通り、ここにある機材は全てレオエイダンから購入した新鋭機材ですの。庶民には一生かけても稼げない金額ですわね」
「ふーん、ま、あたしならすぐにポンと出せるけど」
「もしかして、名家の出なんですの?」
「いえ、実力ってとこかしら?」
まあ、出すのはウィルなんだけど。
でもウィルからお金を引き出せるのはあたしの実力のおかげといってもいいから、嘘は言ってない。
一通り案内が終わると、最後はあたしたちが普段過ごす教室に戻ってきた。今日はもうすでに講義は終わっていて、部屋には誰もいない。
窓辺に背を向けて、夕方の光を一身に浴びてアリータは満面の笑みを浮かべてあたしに手を伸ばす。
「ではこれからよろしくお願いいたしますわね、ウィルベルさん。思う存分、頼ってくれてよいのですよ」
頼る未来が全然見えないけど、まあいいか。
「そっちこそ、わかんないことあったら何でも聞くといいわ。この学校のトップが誰なのか、すぐに教えてあげるから」
あたしはアリータの手を握り、笑った。
べ「くぅ、学校にある錬金術の設備使おうと思ったら変なのに捕まっちゃった」
ウ「こすいこと考えてるからそうなんだ。自業自得だ」
マ「そういうウィルは何してたの?」
ウ「……路地裏でカツアゲ」
べ「こっす!!」