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7.仲間たち

 ♥  ☽  ♥



『ま、魔王だあああ!!!』


 月明かりしか差し込まない暗い屋敷の中で、甲高く野太い悲鳴が響き渡った。


「……まおう?」


 言葉の意味は分からずとも、なんとなく意味は察したわたしは声のした方向へと向かう。

 途中で、魔女にあった。


「……ベル?」

「ん? ――うひゃあっ!? お、おお、お、おばけ!!」

「ちょっ!」


 振り向いた銀髪の魔女は、わたしを見た途端に宙に浮かせていたパンプキンドールを向けてくる。


「まって! ベル! ……わたし! わたしだよっ!」

「え? ああ! マリナ! 無事だったのね!」


 彼女が認識した途端にかぼちゃたちは動きを止め、わたしの周囲で歓迎するように踊りだす。

 だけどそれとは反対にわたしは頬を膨らませる。


「ベル……お化けって言った」

「うげっ、ご、ごめんって! だって今のマリナ髪は変にぼさぼさだし目は赤く光ってるしなんか変な歩き方だしこの暗さだしいつもの可愛いマリナに見えなかったんだもの!」


 凄い早口で言い訳するベル。

 まあでも確かに、この暗さだと相手を判別するのは難しい。

 わたしは近くに居るカボチャの持つランタンに照らされてはっきりベルが見えたけど、逆はわからないかもしれない。


「それはそうと、ウィルはどこかしら。さっきどっかの誰かの悲鳴が聞こえたけど。『まおうだあああ』って」

「まおう……どういう意味?」

「んー、明確な定義があるわけじゃないんだけど、強いて言うなら悪魔たちの王様のことね」


 悪魔、か。

 この世界に存在する、自然の生態系から外れた異形の化け物。

 どこから来たのかもどうやって増えるかも不明、唯一わかっているのは、この世界に存在するすべての生物を滅ぼそうとしていることだけ。


「今はまだ確認されてないけど、北の方は悪魔たちの攻勢が激しくなってるって聞くし、あながちもうすでに顕現してるかもね」

「……つまり、ウィルはその悪魔の王様と間違われたってこと?」

「そうかもね。クスクス、(あた)らずと(いえど)も遠からずって感じね」


 口元に手を当て、ベルが笑う。

 首をかしげる。


「遠からず? ……ウィルは悪魔じゃないよ? それに優しい」

「あたしたちにだけね。一般の人からすれば、人嫌いこじらせて仮面なんて付けてる時点で、人類嫌ってる悪魔と大差ないよ。さっ、行きましょ。さっきやってきた人たちがあたしたち以上にびくびくしてるから、なんだか落ち着いちゃった」


 ベルと一緒に声がしたほうに歩き出す。

 この屋敷は逆さまだから、部屋を移るたびに欄間を超えなくてはいけないからめんどくさいけど、パンプキンドールのおかげで、足場の悪い場所も危ない場所も簡単に行ける。

 すぐに、悲鳴が上がった場所であり、わたしたちがウィルを見捨て……じゃなかった、別れた部屋につく。

 そこでは――


「あ、あばばばばばば」

「エフィメラ、食っていいぞ」

「グルルゥ……」

「なに? まずそう? 碌な魔力持ってない? お前いつからそんなグルメになった」


 泡を吹き白目をむいて倒れている知らない男たちと、その前で飛竜と戯れている仮面を被ったウィルがいた。

 あの飛竜には、覚えがある。

 一目散に声をあげたのはベルだった。


「エフィメラ! 来てたのね!」


 盗賊たちを踏み越えて、飛竜改めエフィメラの首元に抱き着いた。一方で、エフィメラはどこか不満そうに鼻息をベルに吹きかける。


【グゥ】

「わわっ、ごめんて。まさかこんなところにいるとは思わなかったんだって」


 エフィメラの機嫌を取るベル。


「んなこといいから、手紙来てんぞ。二人に引きこもりのヴァレリアから」


 ウィルはエフィメラの首のうなじ部分に付けられた鞄から中身を取り出し、わたしたちに一通の手紙を渡してくれた。


「ヴァレリア……ふふっ、早く帰ってきてほしいって。お茶したいって」

「また? というか、こないだ旅に出たばかりなんだけど」

「それだけ忙しいんだよ……ヴァレリア、忙しそうだし」

「といっても、城に引きこもって結界の維持をしてるだけでしょうに」


 ベルは困ったようにも嬉しそうにも見える嘆息を吐く。

 ウィルも参った感じで手紙をひらひらと振った。


「こっちも似たようなもんだ。とっとと戻って仕事しろとか、もっと綿密に指示をくれとかそんなのばっかだ」

「仕方ないんじゃない? ……だってあんた、王様なんだから」

「なりたくてなったんじゃないんだけどな」


 そう、ウィルはある国の王様。

 最高のわたしの王様、わたしの家族。

 よくわからないけど、王様が国を不在にして旅をするなんて本来はありえないらしくて、こうして時折やってくるエフィメラ便で送られてくる手紙には毎回帰還してくれって催促の手紙がやってくる。

 あとは手紙のほかに、旅の予算も送ってくれる手筈で――……


「あれ? ない……嘘だろ! ないんだけど!」


 ウィルが突然慌てた声を出して、エフィメラの鞄の中をくまなく見るけど彼が求めるものがないらしい。


「どうしたの?」

「ない……想定していたよりも旅費の予算が少なすぎる!」


 顔を真っ青にしたウィルだったけど、話を聞いてなかったのかベルがあくびをしながら言った。


「それよりも、いい加減ごはん食べたいし、ゆっくり寝たいんだけど。もうそろ寝る時間だし」


 焦っていたウィルだったけど、マイペースなベルにつられて普段通りに落ち着いた。


「それはいいけど、こいつらどうする?」


 こいつらとはもちろん足元に転がるおじさんたち。

 彼らの対処に悩んでいると、ここでさらに事態を急変させる出来事が起きた。


『連中はここに逃げ込んだ! 総員、罠に十分に警戒すつつ突入するぞ!』

『ハッ! 照明係は隊列中央、盾持ちは側面へ移動だ!』

『突入します!!』


 屋敷全体を震わす轟音が鳴り、足元が一瞬だけおぼつかなくなる。


「なになに!?」

「騎士!?」

「こいつら、お尋ね者か!」


 この倒れてる人たちは、騎士から逃げてここに来たんだ。


「ちょうどいい。突き出すか。うまくいけば、謝礼金の一つでも出るだろ」

「もしかしたら、賞金首だったりするかもね。騎士がここまで出張ってくるくらいだから」


 お金に目が無い二人が即座にこの人たちを売ることを決意した。


「隊長! いました! この部屋に複数の人影が!」


 騎士たちがやがてわたしたちのいる部屋にやってきた。

 彼らは盾を構えて剣を抜き、ウィルに向けて告げる。


「そこの男! お前が首領だな! 大人しく降伏しろ!」


 勘違いされたことに、ウィルは目を丸くした。


「え? いや、違う。首領は俺じゃなくて、ここにいる――」

「嘘をつくな! 貴様以上に怪しい男がどこにいる! この犯罪者面の竜面男め!」

「いや、仮面に犯罪者面もねぇだろ。それにあんたらこいつら追ってきたんならどんな人間かも大体――」

「なんということだ! 少女二人が捕らわれているぞ! まだ幼き少女をこんな夜中に部下すら眠らせてしゃぶろうとは、なんという変態! 待っていろ、今すぐ助け出してあげるからね!」

「…………」


 ま、まずい、ウィルがどんどん不機嫌になっていくっ。

 さらにここで、気を失っていた盗賊たちが目を覚まし始めた。


「う……! か、かしら! 騎士たちが!」

「ッちくしょう! ……ハッ! そうだ!」


 かしらと呼ばれた盗賊たちの本当の首領が、あろうことか傍にいたウィルに向かって頭を垂れた。


「魔王様! なんでも致します! どうか、どうか俺たちを助けてください!」

「…………は?」


 まさかの盗賊までもウィルを首領に添えだした。

 これにはさすがのウィルも驚き、仮面の奥、唯一覗ける目を見開いた。

 彼が驚き硬直している間に、状況はどんどんと動き出す。


「魔王だと!? 馬鹿な! 悪魔の王がこんな南の内地にいるはずがない!」

「ま、待ってください隊長! あの男の背後! 巨大な飛竜がいます!」

「なんだと! あんなバカでかい飛竜は見たことが無い! 魔物を従えるとは、まさしく魔王の所業!」


 騎士たちにざわめきが広がり、陣形が崩れ出す。

 中には、慌てふためき剣を落として腰を抜かすものまで出る始末。

 それでもさすがは騎士隊長というべきか、隊長格の騎士が剣を振り上げ、ウィルに斬りかかった。


「飛竜一体ならまだ勝機はある! ここで仕留めて見せる! 覚悟しろ、魔王おおおおお!!!」

「いやだからちげぇっつってんだろ!! 話を聞けよ!!」


 ウィルはどこかからか無骨な剣を取り出し、難なく騎士隊長の剣を防ぎ、反撃としてその頬を強く殴りつけた。


「ガハッ!」

「たいちょおおおおおッ!!!!」


 二度ほど床をバウンドして、再び騎士たちの元へと転がった隊長。

 彼は口の端から血を流しながら、それでも立ち上がろうとする。


「おのれ……かくなる上は」

「隊長! ここは逃げましょう! 盗賊に魔王がついてるなんて本国に報告しなければ!」

「ならば! お前たちは逃げろ! ここは私が時間を稼ぐ! 先に行け!」

「たいちょおおおおお!!!」


 ……何を見せられてるんだろう。


「そこの少女二人も早くこっちに来るんだ! 人質にされるぞ!」

「馬鹿お前、そんなことを言ったら本当に人質にされてしまうぞ!」

「ああ、しまった!」


 ふざけてるのかな、あの人たち。

 そもそも、ウィルはまおうじゃないんだから、人質の心配なんて――……


「仕方ない」

「え?」

「……んえ?」


 唐突にウィルがわたしとベルを引き寄せて、首に剣を当てた。


「てめぇら! こいつらがどうなってもいいのか!? この盗賊が欲しいならくれてやる! だがそこから一歩でも動いていろ! この竜がなにしても知らねぇからなぁ!!」


 ……え?


「や、やめろぉ! その少女たちに手を出すな!」

「わかった、剣を置く!」

「だから後ろの竜を大人しくさせてくれ!!」


 ウィルの急な対応の変化について行けなかった。

 どうしてウィルは急にこんな態度を……あ、いいにおいする。


「こいつらの命惜しくば黙って下がれ! さあさあ早く!」

「クソ、仕方ない。お前ら、下がるぞ!」

「りょ、了解! ……てあれ? 隊長、あの人質様子おかしくありませんか?」


 すー、はー、すー、はー。

 ああ、久しぶりにウィルが抱きしめてくれてる……。


「あの少女、魔王に自分から抱き着いてるように見えるんですが」


 ウィルがジト目でわたしを見下ろした。


「おい、マリナ。何してんだ、もうちょっと人質らしくしてくれよ」

「はあ、はあ……してる。人質らしくいたいけな少女のように」

「いたいけな少女は魔王相手に鼻息荒く抱き着かないんだよ。あとでいくらでもやってやるから、ちゃんとしてくれ」


 あとで、また……。

 ああ、仕方ない、それなら名残惜しいけども離れて――。


「おい見ろ、もうひとりの人質もおかしいぞ。怯えどころか、鼻提灯作って居眠りしてるぞ」


 隣のベルを見れば、こっくりこっくり舟をこいでいた。どこまでもマイペースなベルにウィルが声を荒げる。


「ベルてめぇ!」

「……もう……寝る……じかん……」

「お前はよい子じゃないから平気だろ! 起きろこら!!」


 首を揺らすベルの体を揺さぶるウィルだったけど、一向にベルは起きなかった。

 ウィルが舌打ちをかます。


「クソ、こうなったら仕方ない。強行突破だ」


 彼はわたしとベルを抱えたまま、素早くエフィメラの背中に飛び乗り、空を飛ぶ。


「そいつらは所詮雑魚! 好きにしていくがいい! さらばだ!」


 エフィメラが羽ばたき始め、屋内は嵐のような烈風が吹き乱れ、家財やガラスの破片が飛び散った。

 慌てて騎士は身を守り、声を荒げる。


「ま、待て魔王!」

「貴様らの目的はなんだ!」

「クソ、まてええええ!」


 彼らの声にこたえることなく、エフィメラはさらに羽ばたき、巨躯よりも小さな窓に向かって強引に突っ込み、壁ごと破壊して一気に空へと舞い上がる。

 狭く、暗かった屋敷とは一転して、夜空の下は月明かりや星空満点でとても明るかった。


「ああもう! なんでこうなんだよ! ただ休もうと思っただけなのに!」


 ウィルが仮面を取って吐き捨てると、ようやく目が覚めだしたのか、ベルがエフィメラの背中に座りながら言った。


「まったくよ、おかげで野宿になったじゃない。せっかくゆっくり休めると思ったのに」

「お前は既に休んでたろうよ。ていうか、二人が説明してくれれば誤解されなかったろうに」

「ウィルの後ろにエフィメラがいた時点で無理だと思う……それに騎士が来た時点でまたあの町に連行されるから、休めなかったと思うよ」


 結局、騎士が来た時点で怪しげな旅人であるわたしたちはゆっくりできなくなったと思う。

 ウィルがどうしようと、信用は得られなかった。

 仕方ないから、今日はエフィメラの上で一晩明かすしかない。

 そう思っていると――


「ま、魔王様――!!! た、助けてください!」


 後ろから、声が聞こえた。


「なあ、今邪魔者の声がしたんだが」

「奇遇ね、あたしにも疫病神の声がしたわ」


 慎重にエフィメラの尻尾の方に寄ってみると、そこにはさっきまで腰を抜かしていた盗賊たちが全員そろって尻尾にしがみついていた。


「なにしてるの……死ぬよ?」

「今後ともお慕い申し上げるのでどうにか助けてください魔王様!」

「誰が魔王だ、てめえらのせいで休めなくなったんだ。このまま落ちろ、永久に休みやがれ」

「そんなああ! せっかく騎士から逃げられたのに!」


 エフィメラがぶんぶんと尻尾を振るけど、盗賊たちも涙目になりながら必死にしがみついているせいで、全然振り落とせない。

 段々と尻尾を振る力が強くなっているせいか、エフィメラの体がぐらぐら揺れる。


 ……うっ、気持ち悪い。


「エフィメラ、尻尾切れ! どうせ生えてくんだろ!」

「何言ってんの!? エフィメラはトカゲじゃないのよ! 尻尾なんて切れないよ!」

「仕方ない、俺が切り落とす!」

「そういう問題じゃないんですけど!」


 え、エチケット袋……ない、ない。でも揺れてるエフィメラの端に寄ったら落ちそうだし、どうしよう。

 わいわいやってたベルがわたしに気づく。


「ん? どうしたのマリナ、顔色悪いよ?」

「……きもちわるい」

「「―――ッ」」


 途端に、二人の顔も真っ青になる。


「まずいまずい! エフィメラの上に吐くのはホントにまずいわ!」

「マジで盗賊ども落ちろ! 揺れるだろうが!」

「俺たちが血と臓物吐き出すことになりますよ!?」

「どうでもいいわ! ゲロ袋どこだ! ……あっ! これだ!!」


 ウィルがベルの頭の上に視線をやると、パッと顔を明るくして、そこにあったものを取ってわたしの前に差し出してくる。

 差し出されたのは――


「それあたしの帽子!」

「魔法使いの帽子だ! 中にはいろんなものが入ってる! 吐しゃ物入っても大丈夫!」

「全然大丈夫じゃないわよ! 待ってそれだけはホントに――」

「ヴォエエエエエ!!」

「ああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 ああ、すっきりした。


 ……でも結局、心も体も胃袋も、全然休めなかったな。




べ「あたしの帽子がぁぁ……」

ウ「異次元ポケットの帽子なんだから、大丈夫だろ」

べ「なにをー? 手突っ込んだら握っちゃうかもしれない恐怖を味わえ!」

ウ「やめろ! 俺のフードに吐こうとするなああ!」

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