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5.さかさまの家

 ♠  ♁  ♠ 


 金稼ぎ勝負をした翌日。

 俺たち三人は町を出て、空飛ぶ絨毯に乗りながら地図を手にうんうんうなっていた。


「レオエイダンに行っても錬金術を学べない?」

「そうよ、錬金術はドワーフの秘術。そう簡単には学べないわ」


 そう語るのは、尖がり帽子に黒系のひらひらした服をまとい、つま先がとがりあがった靴を履いた銀髪の少女。

 一見して、ザ・魔法使いといったいでたちのウィルベルは、外見こそ幼く見えるものの、三人の中では最も世情に詳しい。

 無駄に。


「今失礼なこと考えたでしょ」

「うん」

「むっかー!」


 さて、なぜ俺たちが絨毯に乗ってレオエイダンに向かっているのか。

 その発端はさかのぼること昨日の夜。


『ベルのもらった物が高いのは錬金術で作られたからか』

『そう、錬金術は簡単に言えば道具を使って魔法を再現する技術よ。難しい技術だから、どんなに簡単なものでもあの国から出てくるものは高価なのよ』


 というやり取りがあり、魔法が使える俺とベルにとってはいい勉強になるだろうと思い、レオエイダンに行こうとしたのだ。

 あんな死合わせのお守りやらカエルのおもちゃやらがアホみたいな金額で売れたから、いったいどれだけの技術が使われているのだろうと興味がわいた。

 金稼ぎ以外にも、錬金術を学ぶメリットが一つ。


「錬金術……学べば、二人が魔法を使ってもごまかす言い訳になるね」


 と、三人の中で唯一魔法が使えないマリナが言った。

 そう、先にウィルベルが言ったとおりに、錬金術は魔法を使えない人間が魔法に似た現象を引き起こすことができる夢のような技術。

 自在に魔法を使える俺たちのイレギュラー性を隠すいい隠れ蓑になる。

 まあほかにも俺個人の目的があるが、今のところはこんなところだ。


「レオエイダンで錬金術を学ぶには、まず隣国のベネラクスっていう国の大学に行かなきゃいけないわ。そこで優秀な成績収めて、留学って形じゃないと他国の人間が錬金術を学ぶことはできないよ」

「ふーん……。え? てことは、俺ら一回学生やらなきゃいけないの? もしかして、数年間?」

「さあ? それは行ってみないとわからないわね」


 なんてこったい、そりゃまあ魔法に近い技術がそう簡単に学べるわけないか。

 知れば誰もが望むだろうし、レオエイダンとしても錬金術の総本山としての優位性を保ちたいなら誰彼構わず教えるなんてことはしないだろうし。

 ……いっそ、錬金術に詳しい人間を引き抜くのはどうだろう。

 お、悪くない気がしてきたな。


「ベネラクスで学べるなら……そこで十分なんじゃない?」


 寝てんだか起きてんだかわかんない瞳をしたマリナが言った。

 それもそうだと思ったものの、ベルがちっちっちと舌を鳴らして指を振る。


「さすがに本国と一緒にしちゃだめよ。他国に流してることなんて、本場からしたら遅れに遅れて流しても問題ないとされた技術だけなんだから。それこそ、ウィルが求めてるような技術なら、本国に行かないとないよ」

「……そっか」


 つまり、俺たちはレオエイダンに行くためにベネラクスで数年間過ごさなければいけないわけか。

 ……俺の事情に二人を拘束することを、少しだけ申し訳なく思う。

 特にウィルベルには。


「……悪いな、お前の旅を止めることになる」

「気にしないでいいわよ。錬金術を学ぶことはあたしにもいいことだし、学生生活を送ってみるのも悪くないわ」


 にかっと、ベルが笑う。

 つられて俺も笑う。

 やっぱり、この二人は良い奴だ。


「それにあんたがいれば、旅費も食費も学費もタダだし?」


 ……前言撤回、質悪い。

 やらしい笑みを浮かべて人差し指と親指で輪を作るウィルベルに対して、間に一泊置く話し方のマリナが言った。


「もうすぐ日が沈むよ? ……どこで休む?」

「そういえばもうそんな時間か。このあたりには町がないし、野宿かな」

「野宿かぁ。言っとくけど、湯浴みの時のぞかないでよね」

「誰が覗くか、ちんちくりんども」

「あにー!?」


 頬をつまんでくるベル、その手を払いのけ、ベルの鼻を押す。

 結局どこであろうと俺たち二人は喧嘩する。

 軽口叩くのを止めればいいじゃないかと思うかもしれないが、こればかりは性分だ。


「ねぇ……あれ、なに?」


 唯一穏やかな清涼剤ともいえる癒しのマリナが眼下に広がる森を指さした。

 暗くなってきてわかりづらいが、確かにそこには何かがあった。


「あれは……屋敷? でも、なんか変だな」

「なんかあれ、逆さまじゃない? 屋敷がそのままひっくり返って落ちて来たみたいな」


 ベルの言う通り、それは摩訶不思議、珍妙奇天烈な光景。

 富豪が住むような屋敷が上下反転している。天井が床に、床が天井になっている。


 ……なんとも興味をそそられるじゃないか。


「いくか」

「ええ」

「楽しみ」




 ♠  ♁  ♠




 森の中、ポツンと逆さまに鎮座する屋敷は、近くで見れば非常に不気味なものだった。


「うげっ。ホントにここに泊るの?」

「この時間帯から他行くのもなぁ」


 ベルが嫌がるのもわからんではない。

 夜の森の中、鬱蒼とした屋敷の周囲は暗く、窓ガラスは割れ、時折隙間風のせいかおかしな音が聞こえる。

 上下反転している不気味さも相まってまさしく幽霊屋敷といったところか。


「ここはあれだね。……お化けがでそう」

「お、おおおばけ!?」


 マリナの何気ない呟きにベルがわかりやすくきょどりだす。


「どうする? お化け怖いなら他所行くか?」

「ば、馬鹿にしないでよ! お化けなんていないし、いたとしてもあたしがやっつけてやるんだからね! あんたたちは黙ってついてくればいいの! ほら、さっさと行くわよ!」

「あ、待ってよ、ベル! ……ウィルも行こっ」


 ずんずんと屋敷の中に入っていくベルとマリナの後を追って、屋敷の中に入る。

 といっても、上下反転なので、本来の玄関は上の部分に在り、普通には入れない。なので、二階部分の割れた窓から無理やり入る。


「逆さまなのは外装だけかもと思ったけど……本当に中も逆さまなんだね」

「それも、もともとはちゃんと上下は正しかったみたいね。信じられないけど、本当にひっくり返って地面に叩きつけられたみたいな悲惨な有様ね」

「飛散だけに」

「ぶっ飛ばすわよ」


 二人の言う通り、屋敷の中は惨憺たる有様だ。

 天井にあるシャンデリアはまるで壊れた噴水のように山なりになっているものの、ガラスは割れて周囲に飛散している。

 他にも机や棚といった家具がひっくり返っていたり、頭上を見上げれば吹き抜けの空間に突き出た廊下に椅子が引っかかっていたりする。


「ねぇ、ウィル。ちょっと屋敷の中に変なのいないか調べてよ。空間魔法はあんたの十八番でしょ?」

「へぇへぇ」


 目を瞑り、息を吐く。


「《空間支配(レクス・スパチウム)》」


 呪文を唱えると、途端に感覚が拡張され、手の中に屋敷があるかのように全体の様子が把握できる。


 ……はずだった。


「……できない」

「はい?」

「この屋敷の状況が把握できないんだ」

「え――」


 ベルとマリナの顔が固まった。


「この屋敷全体に強力な魔力が宿ってるみたいで、ノイズが多すぎてサーチが効かない。考えてみれば、円形である天井に屋敷全体の重さが乗っても壊れてない時点で、おかしなことに気づけばよかった」

「もともと逆さまの屋敷は不自然だらけなんだから……一つや二つおかしなことがあっても気づけないよ」


 マリナのいうことはもっともだが、どうしてこんな誰もいない屋敷にこれだけ強力な魔力が宿っているのか。


「気になる……」


 面白くなってきた、これぞ旅の醍醐味!


「ね、ねぇ、ホントにここに泊るの?」


 怯えた様子のベルが聞いてくる。

 俺としては泊まりたいが、彼女はあまり乗り気じゃない。

 ……仕方ない。


「怖いのか?」

「そ、そんなわけないでしょ! 床が湾曲してるから住みにくそうだと思っただけ! ほら、さっさと周囲を確認しに行きましょ!」

「あ、待って!」


 意地っ張り大魔法使いはマリナの手を引いて、そそくさと歩いていく。

 俺は立ち止まったまま、息を吸い――


「ワッ!!」

「――ッ!?!?!?」

「……っ!!!」


 脅かせば、二人は腰を抜かして震えだす。


「大丈夫か?」

「だ、だだ大丈夫にきき決まってるでしょ!? ていうか何すんのよ!」

「いや、そこに段差があるから気を付けろって言おうと思って」

「ホントにダメ……心臓止まるかと思った」


 二人に手を貸して立たせるも、二人の足は震えたまま。

 ちょっとやりすぎたか?

 まあでも――


「あまり不用意に歩き回るなよ。なんでこんな強力な魔力が宿ってるのかわからないんだから。もしかしたら、本当に幽霊がいるかも――」

「いたとしてもあたしがやっつけるから問題なし! さっさと探索して夜半の準備して――」


 ベルがまた歩き出そうとしたとき、


【グルルゥ……】


 何か声がした。


「……ねぇ、今のなに?」

「……多分、隙間風だ、うん」

「……どこもかしこも壊れかけてるからね」


 うん、気のせいだ。


【グルルルゥ】

「なあ、なんだかぬるい風が吹いてる気がするんだが」

「あらそう、冷気じゃないなら幽霊じゃないわね」

「ここは南の地方だから温かいのは自然だね」


 なら安心、温風が吹き込んできてるだけだ。

 安心したのか、ベルとマリナが同時に後ろを振り向く。


「ねぇ、もういっそここで休まない? 朝になってから見回れば――」

「たしかに少し疲れた……まずはご飯を――」


 振り向いた二人の言葉が途中で止まる。


「? どした?」


 声をかけても、二人は何も言わない。

 顔の前で手を振っても、二人の視線はまったく追わない。

 それどころか――


【グルルゥ】

「で……でたぁあああああ!!」

「ま、まってええええ!!」


 2人そろって駆け出した。

 まったく、ただの熱風が吹いてるだけだというのに。

 子供な二人に、肩をすくめてため息を吐く。


「さっき脅かした仕返しか? 今更そんな手に引っかかるかってんだ」

【グルルルゥ】

「お、なんだか熱風の温度が上がった気がするな。これなら風邪ひく心配はなさそうだ」

【ガウルルル】

「……なんか変な臭いするな」


 むわっと湿った生臭さが鼻を満たし、俺の髪を前に揺らした。匂いが不快で斜めにしていた仮面をしっかりと被りなおす。

 隙間風は後ろから吹いてるのか?


「仕方ない、ここは戻って確認を――」


 振り向いたその先で――


【フシュルル…】

「…………」


 鋭く禍々しいねじくれた角を持つ縦に裂けた金色の瞳が二つ、こちらをじっと見詰めていた。

 ソレはゆっくりと口を開け、粘ついた唾液を垂らす牙をむき出しにうなる。


【グルル】


 ナニかが唸るたび、強い風が体を揺らし、俺の全身にむせかえるような異臭と唾液をまき散らした。


「あー、これは、あれだ。うん」



 …………Oh my death。



【グルルアアアアアアアア!!!!】

「あああああああああああ!!!!」



べ「悪趣味な奴が痛い目見るのを見るのは気分がいいわ!」

ウィ「あ、ベルの後ろに黒髪の女が……」

べ「いやああああああ!!」

マ「……どっちも悪趣味」

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