43.不良×優等生=青春
♥ ☽ ♥
受けるべき講義が無いライナーはこの日、なんとなく構内を歩いていた。
すると、どこからか講師の声が廊下にもれて響き渡っている。
(講義中は扉を閉めなければ、廊下に響いて他の部屋に迷惑がかかるでしょうに。仕方ありません。ここは静かに閉じてあげましょうか)
ライナーは気まぐれで、声が漏れている講義室を探した。
扉が開いている講義室を見つけたライナーは、閉める前に興味本位で講義室内を覗いた。
すると中に、見覚えのある青みがかった銀髪を見つけた。
(ん? あれはシャルロッテ? ということは特進の授業ですか?)
講義室に見知った人間を見つけたライナーは、扉は閉めずにそのまま講師の話に耳を傾ける。
「~~以上のことから、人間にも魔力は存在し、その強弱に個人差がある。そして魔力は人の感情に影響を受けることが明らかになっている。このことから、錬金術を使用する際は必ず平静で行わなければならない。道具を使う際も同様だ。心が乱れた状態で使えば、大事故の元だからな」
講師が板書をしながら流れるように説明しているのを見て、ライナーはなるほど、と心の中で頷いた。
(特進術部の授業進度は錬金術部とほぼ同程度ですか。軍術も同じだとすれば、かなりのハイレベルのはず。そのすべてで満点を取るなんて……)
ライナーは、真剣に話を聞きながらノートをとっているシャルロッテを見る。
他の学生が時折小噺をしていたり、眠気にいざなわれたりしている中で、彼女は図抜けて集中していた。
(……彼女が実験に協力してくれれば、面白いかもしれませんね。さて、どうやって引き込むか……)
ライナーが講義室を真剣に覗き込んでいる時、背後から声をかける者がいた。
「何してんだ? ライナー。覗きなんて、口悪野郎から変態にジョブチェンジしたのか?」
ガラの悪い話し方。
ライナーが若干不機嫌になりながら振り返った先にいたのは、案の定ヴェルナーだった。
「覗きなんて心外だ。声が漏れていたから、勝手に耳に入ってくる不法侵入音を捕まえようとしていただけだよ」
「不法侵入音を捕まえる前に覗き魔を捕まえろよ。んなことより、んな面白いもんがあんのか?」
ライナーに続いてヴェルナーも講義室を覗き込む。
するとすぐにシャルロッテを見つけて、ヴェルナーは眉をしかめた。
「ゲッ、あの優等生がいんじゃねぇか。見つかったらやべぇだろ」
ヴェルナーは覗きを止めてライナーを見た。
声が中に聞こえないように、ジェスチャーでどこか行こうぜと合図を出す。
しかし、ライナーは首を横に振った。
「んだよ、なんかあんのか? もしかして惚れたのか?」
「まさか。一日追いかけまわされただけで好きになるなんて変態だけだ。単純に講義の内容が気になっただけさ」
「へぇ~、覗きをした変態さんが言うと説得力がちげぇな」
ヴェルナーは興味なさそうに講義の内容に耳を傾ける。
「――感情が錬金術に与える影響は計り知れない。そこで感情の危険性を確かめる実験をしてみよう。ここに《愚者の石》がある。この石はあえて不安定に作られており、人の感情の影響を大きく受ける。全員、これを持って善悪の感情を抱いてみるといい」
講師が学生全員に石を持たせ、順番に感情の変化を促していく。
人によって、炎が出たり、風が出たり、水が出たりと確かに危険な現象が起きていた。
その危険性を見て、ヴェルナーは目を輝かせる。
「ありゃいいな! なあライナー、次はあれを実験しようぜ!」
「それはいいけど、あの《愚者の石》は危険だから教授に頼まないと貸してもらえない。信用のない僕たちならなおさら難しいだろうね」
「くっそ~、あれで遊びたかったのにな~」
ヴェルナーが残念だとばかりに肩を落とす。諦めて講義室から目を切り周囲を見渡すと、その目は途中で止まった。
そして徐々に、ニヤリと顔を笑みでゆがめた。
「なぁ、ライナー。この講義室ん横に準備室っつうもんがあるんだけどよ」
「え? ……まさか」
ヴェルナーの考えていることを理解したライナーが目を丸くした。
ヴェルナーは驚くライナーを無視して、すぐに静かに走って講義室横の準備室に忍び込んだ。
しばらくして、ヴェルナーが手のひらサイズの石を持って戻ってきた。
「ほら、あったぜ。これでできんだろ?」
驚いたままのライナーの手に《愚者の石》を乗せる。
その石は濁っていて、いろんな絵具を手当たり次第パレットにぶちまけたかのような色をしていた。
危険を顧みないヴェルナーを見て、ライナーはため息を吐く。
「君のそういう無鉄砲なところは尊敬に値するよ」
「へへっ、だろ?」
「褒めてないよ」
といいながらも、ライナーもヴェルナーと共に実験の準備をする。
講義室内から見えないように、扉のすぐ近くの死角に移動し、実験を開始する。
危険な行為であることは重々承知しているライナーはヴェルナーには預けず、自分から扱った。
「まずは少しづつ。イメージをしながら感情を漏らす……」
口に出し、冷静を意識しつつ少しずつ感情を昂らせる。
すると――
「おぉ……すげぇ、だんだん手が凍ってきてんぞ」
ヴェルナーが感嘆の声を漏らす。
ライナーが目を開けると、自身の手に霜が降りており、手が上手く動かなくなっていた。
「なるほど、少し感情を揺らしただけでこうなるのか。確かに安定性を求める場合は感情の制御は必須かもしれないね」
ライナーは石から手を離し、ポケットに手を入れて手を温め、霜を溶かしていく。
そしてヴェルナーが次は自分の番とばかりに嬉々として石を手に取った。
「っし! 次はオレだな!」
感情の制御が下手なヴェルナーを見て不安になるライナー。
「頼むから本当に少しだけにしてくれ。すぐ横で講義をしているということをお忘れなく。間違っても火をイメージなんてしないでくれよ」
「わぁってらぁ。被害も出ないし目にも見えねぇやつにするから平気だよ」
ヴェルナーもライナーに倣って、目をつぶり、深呼吸して集中する。
ヴェルナーがイメージするのは風。
高原に吹く柔らかな風。
(込める感情は少しだけ。ちょっと今の感情を表に出すだけだ。……つっても、感情を表に出すってどういうことだ?)
自分から言い出しておきながら、どうすればいいのかわからないヴェルナー。
込めすぎないように注意する気持ちはあるが、そのせいで思うように石を使えないでいた。
そんな、静かな時間がしばらく続いたとき。
――彼女がやってきた。
「そこで何をしている?」
「うをっ!?」
集中していたヴェルナーが驚きの声をあげた。
その驚きを《愚者の石》は拾った。
突如突風が吹き、彼らの髪を激しく揺らす。
揺らしたのは、髪だけではなかった。
「はぁ……ヴェルナー。やってしまったね」
ライナーのため息。
ヴェルナーは慌てて周囲を見るも、めだった被害はない。そのことにヴェルナーは一安心しつつ、笑ってライナーに言った。
「何言ってんだ。周囲に被害なしだ。安心安全優等生の実験だ!」
勝ち誇るヴェルナー。
しかし――
「ほう? 優等生の実験? 優等生で実験の間違いではないのか?」
ヴェルナーの背後にいるシャルロッテが憤怒の表情で彼を見下ろしていた。
理解できず、ヴェルナーは目を険しくした。
「はぁ? どこからどうみても完璧な実験だったろうが。欲しい結果は得られたし、オレは大満足だ」
「ほう? 欲しい結果は得られた、俺は大満足だ、とな?」
ヴェルナーが喋るたびに、シャルロッテの笑みは深く、機嫌が悪くなっていく。
ヴェルナーは理解できず、ライナーを見る。
すると、ライナーはそっぽを向いて、知らんぷりをしていた。
「おい、ライナー。お前からも何かいってやれ。何も問題なかったってよ」
「残念だけどヴェルナー。ここは素直に謝った方がいい」
「はぁ? なんでだよ。謝ることなんか何もねぇぞ。オレたちは誰にも迷惑かけなかったんだからな!」
ライナーは諦め、深いため息を吐いた。
「ヴェルナー。君が起こした風でシャルロッテのスカートがめくれたんだよ」
「……は?」
ヴェルナーが間抜けな声。
再びシャルロッテの顔を見ると、彼女の顔は怒り――ではなく羞恥で赤くなっていた。
ヴェルナーの背中にぶわっと汗が噴き出した。
「い、いや、まさかそんなわけねえよな? 冗談だよな? そんな冗談言うなんて、ライナーくんったらむっつりなのね。やっぱり変態だな!」
「冗談で済ませられるのであれば変態の汚名くらいはかぶってあげたよ。ちなみに僕は彼女のスカートが動いた瞬間に目を逸らしたので見てません」
「……嘘だろ?」
ヴェルナーは精一杯笑ってシャルロッテを見た。
シャルロッテも笑顔を浮かべて――
「貴様、さっき望む結果は得た、オレは大満足だ、と言ったよな? つまり、私のスカートをめくるのは望んだ結果であり、貴様はそれを見て大満足したのだな?」
「い、いや、そんなわけ――……」
ヴェルナーが言い終える前に――
「この変態が!」
「ゲフッ!!!」
廊下に乾いた音が響き渡った。
ベル 「なんで感情に左右される石は愚者って名前なの?」
シャル「それは感情に支配されるのは愚か者ってことでは?」
……
ウィル「愚者ってことは賢者の逆か」
ヴェル「確かにあんときの賢者は無欲だもんな」
ウィル「……変態め」
ヴェル「テメェもだろ」




