41.蟻地獄の主
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シャルロッテから昔話を聞いた。
昔は、ヴェルナーとライナーの二人はいがみ合ってはいても仲が良かったらしい。
「本人たちは絶対に認めないだろうが、あの二人は親友と呼ぶにふさわしい間柄だったと思うよ」
力無くシャルロッテは言った。
「それがどうして、今はこんなにいがみ合っているの?」
「私のせいさ」
自分を抱きしめる手に力が入る。
「あんたはどうやって二人と出会ったの?」
「もともと、私は二人と関わる気はなかった。そんな余裕はなかったから」
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シャルロッテ・ヴァン・グリゼルダ。
長年公爵家に滅私奉公し、国に数々の貢献を果たしてきたグリゼルダ家の一人娘。
彼女の父、ノアブライト・ヴァン・グリゼルダは国一番とのうわさを持つほどの錬金術師だった。
母は錬金術には縁のない軍人出身で厳格ではあったものの、その分彼女を愛してくれていた。
シャルロッテ自身、両親のことを誇りに思っていた。
しかし、母は悪魔との戦いで彼女が10歳の誕生日を迎えた数日後に亡くなった。
だから彼女には、父親しかいなかった。
「父上、聞いてください。ベネラクス錬金大学校の特進術部の主席になりました!」
彼女はそんな父に認められたくて、必死に努力した。
錬金術も軍術も委員会活動も何もかもで彼女は必死に努力した。
そうすれば、母のように父も自分を愛してくれると。
「よくやった。シャルロッテ。それでこそ私の娘だ」
そして、それだけ努力した先に父が言ってくれる一言が、彼女の心の支えだった。
自主的な努力だけじゃなく、時には父から課題が出されることがあった。
「シャルロッテ。次の剣錬技大会で優勝しなさい。軍術、錬金術の両方でだ」
普通の人には困難と言える課題を与えても、彼女は素直に従っていた。
「はい、父上!」
そして彼女は父の指示通りに、剣錬技大会で両部門で優勝――するはずだった。
だが、結果は――……
『錬金術部門の優勝者はライナー・ネーヴェニクス! 軍術部門はヴェルナー・シュトゥルム!』
結果、彼女は惨敗した。
両方とも準優勝。
通常であれば、それだけでも素晴らしい功績だった。
だが、彼女の父は納得しなかった。
「なんだあの結果は! あんな不良と弱小貴族に後れを取るとは!」
父は彼女をぶった。
容赦なく拳で顔を殴った。
「お前は我がグリゼルダ家の娘である自覚がないのか! 娘がこの程度だと、私に恥をかかせる気か!」
暴力を振るわれても、それを彼女は受け入れた。
自分が全て悪いのだと。
自分が頑張れば、父に恥をかかせることもなく、自分もまた名門の、父の娘として胸を張れるはずだから。
たった一人になってしまった家族を失いたくない。
頑張れば、母のように父も自分のことをちゃんと愛し続けてくれるはずだから。
「すみません、父上。次こそ優勝して見せます」
「当然だ。我が一家に役立たずなどいらない」
「はい、父上。精進してまいります」
彼女は一言も文句を言わずに、父に従っていた。
彼女の心の中にあるのは、父の期待に応えること。
ただ、それだけだった。
学校で上を目指し続けていた彼女は、学園の隅で噂になる不良と関わることになるなど、思いもしなかった。
「おい聞いたか? 軍術施設に不良どもが居座ったって話」
「どうやら錬金術部主席のライナーまで協力してるらしい」
「ライナー・ネーヴェニクスが? あの口の悪い合理の塊が? 冗談だろ」
廊下を歩けば聞こえてくる不良たちの噂。
いま、学校中が学校一の不良と秀才が手を組んだという話題で持ちきりだった。
特進術部で首席かつ委員会などの活動にも積極的に活動しているシャルロッテの耳にも、彼らの噂は届いていた。
(絶対に関わってなるものか)
他の学生たちと同じように、いやそれ以上の覚悟を持って彼女は彼らに関わらないと決めていた。
覚悟を決めていたシャルロッテの元に数人の女学生が駆け寄ってきた。
「シャルロッテさん。このあとお茶会でもいかがですか? 美味しいお菓子のお店を見つけたんですよ」
「ああ、済まない。このあと風紀委員の会議があるんだ。また機会があったら誘ってくれると嬉しい。では、ごきげんよう」
少女たちに謝りながら、彼女はその場を後にした。
残された少女たちは陰口を叩きだす。
「なにがごきげんようよ。優等生ぶっちゃって、名家の生まれがお高く留まって」
「秀才だなんだ言われてるけど、がり勉なだけでしょう?」
背後から聞こえた声にも、シャルロッテは意にも介さなかった。
(なんとでもいうがいい。私は家の名に恥じない実力を身に着け、父に認められなければならないのだ。学業も軍術も委員会も部活動も行い評定をあげなければならない。不良どものなれ合いに首を突っ込んでいる暇などない!)
廊下を一人、毅然と歩く彼女に声をかける者はそう多くない。
いや、話しかけたい者はいても、他を寄せ付けない彼女の雰囲気がそれを拒んでいた。
もちろん、彼女に話しかける者が一人もいないわけではない。
「グリゼルダ。少しいいか」
廊下の向こう側からやってきたのは、片眼鏡をかけたまだ若い男性。
講師である男がやってきたことで、シャルロッテは姿勢を正す。
「ハッ、ハブリエル教授。何用でしょうか」
「君に頼みたいことがあるんだよ」
シャルロッテの目の前にやってきた講師は、柔和な顔をして彼女に告げた。
「君に離れの倉庫にいるヴェルナーとライナーの二人のお目付け役を頼みたい」
「なッ!? なんですってぇ!?」
覚悟を決めた矢先にそれを裏切る頼みに、シャルロッテは驚きの声をあげた。
「わ、私がヴェルナーとライナーのお目付けを!?」
「あの二人は危険でね。特にヴェルナーには関してはウェインリィ家から時折苦情が来ている。我々講師の言うことは彼は聞きたがらないからね。そこで軍術と錬金の首席である2人と張り合えるのは、君しかいないんだ」
「ですが……」
普段であれば二つ返事で頷いていた彼女だったが、今回ばかりは渋っていた。
ヴェルナーとライナーは、一年次の剣錬技大会で彼女を負かした張本人だ。
必死に努力しているシャルロッテに対して、自由奔放な二人。
複雑な気分を抱くのは当然だった。
「頼む。君のように澄んだ心を持ち優秀な生徒と交流を持つことは、彼らの自制心を養うために必要な事なんだ。君が多忙なことも事情も知っている。負担を減らせるようにこちらからも講師陣に働きかけよう」
シャルロッテは考え込む。
(あの不良コンビとは関わらないと決めていたが、やるしかない! ハブリエル教授は父と同じ《美しき希望》の幹部の一人。父に認めてもらうには――……)
「わかりました。お目付け役、喜んでお引き受けいたしましょう!」
こうしてシャルロッテはヴェルナー、ライナーのお目付け役をすることになった。
早速二人の元へ向かおうとするシャルロッテを、ハブリエルは見送った。
そして、僅かに笑う。
「シャルロッテ・ヴァン・グリゼルダ。あの父の娘にしては随分と人間らしいな」
ベル 「ん? なんかハブられてる人の名前に覚えがあるような」
シャル「あの人は昔からだ。あることをするとよくハブってると言われていた」
ベル 「ハブってる?」
シャル「悪役ぶって独り言いうところだな」
ベル 「うわぁ、ハブられてるわぁ」




