40.繋がる問題児
♠ ♁ ♠
「今も昔も狂犬ぶりは健在だったわけだ。いや、一応野良犬からはランクアップしてるのか?」
「黙れ。テメェにオレのなにがわかんだよ」
牢屋の前でヴェルナーから話を聞いていた。
彼は育ちが悪いらしい。
いや、育ちは孤児から貴族だ。そう悪いわけではないから、単純に本人の気質だろう。
おおよそ貴族らしからぬ態度と出自、それでいて貴族以上の才覚持ちなら、人の上に立つという自尊心で出来たこの国の貴族たちには彼の存在は目の上のたん瘤だったろう。
「しかし、ウェインリィ家は子宝に恵まれなかったって言ってたな。なんでだ?」
「……知るかよ。貴族様の考えることなんざわかりゃしねぇ。もしわかってたら、こんなことにはなってねぇ」
「そりゃそうだ」
ウェインリィ家か。
その名前はついぞ聞いたことが無いな。
調べたところ、ヴェルナーの姓はシュトゥルムだ。もともと彼は幼い時に両親を亡くしているとは言ってたが記録が無いわけではないらしい。
なんにしろ、彼の話はまだ途中。
ちょうど面白くなってきたところだ。
「ライナー・ネーヴェニクスと出会い、お前の生活は変わったか?」
ヴェルナーは俺を人睨みし、鼻を一度鳴らした。
でも……彼の目はどこか優しかった。
「あのクソ野郎は、初めて会ったときから口が悪かったよ」
♥ ☽ ♥
ライナーが初めてヴェルナーと出会ったのは、学生時代も折り返しに入ったときだった。
ライナーの両親は彼が学校に入学する前に他界したものの、家の使用人たちも特に反対することなく、当主になることを喜び、助けた。
おかげで、ライナーは当主としても錬金術を学ぶ学生としても集中することができた。
悲しいこともあったけれど、十分幸せと呼べる日常だった。
ただ、おしむらくは教授の程度が低かったことだ。
「先生、質問よろしいでしょうか」
「また君か。なんだね?」
講義中に手をあげて講師に質問する。
配られた教材に目を落としながら、ライナーは言った。
「この実験方法では、物質中のマナを取り出す際、わずかに性質を変化させてしまいます」
「だから、それを体感するための実験だと最初に説明しただろう」
「非効率的ではないでしょうか」
「なに?」
ライナーの指摘に、講師は苛立った。
「効率がすべてではない。遠回りも時には必要だ」
「理解できませんね。最初から正しく性質を活かす方法を学べばいいだけのこと。実際には行われない実験をしたところで、この先全く使いません。こんな実験をするくらいなら、僕が提案した手法を実験するのはいかがでしょうか。まずは――」
「ライナーくん。ここは私的な実験を持ち込む場所ではないのだ!」
講師は教卓を叩き、睨んで黙らせようとした。
「君は錬金術を私たちから学びに来たのだ。優秀な学生である君なら、この意味を分かってくれるだろう? だから、授業の邪魔をするんじゃない」
講師の恫喝に似たお説教も、ライナーには理解ができなかった。
だから彼は粛々と頭を下げた。
「では、今後は邪魔をしないように個人的に実験をすることにします。僕は錬金術を学びに来ただけで、あなたから学ぶために来たわけではありませんので」
「なに? おい待て! ライナー! ライナー・ネーヴェニクス!」
制止の声も振り切って、教室を後にした。
講義中で静かな廊下を、ため息を吐きながら歩きだす。
「困ったものです。議論にすらならないとは。あとは独学でやるとしましょう」
受ける講義が無くなり、行き場を無くしたのでどこへ行こうか悩みはじめる。
と、ここで数人の学生が廊下を走って通り過ぎていった。
今は講義中の時間帯。
この時間にすれ違う時点で、走り去っていく学生たちは優等生とは言い難い。
案の定、学生たちからは野蛮な会話が聞こえてきた。
「あの野良犬め! こっちが優しくしてやれば付け上がりやがって!」
「軍術系倉庫なら広さも防音も文句ねぇ。全員でやっちまうぞ!」
ガラの悪い学生たちが走っていく先は、比較的遠い軍術系の設備倉庫。
「ふむ、軍術系の倉庫か……」
行くあてのなかったライナーは不良たちの後を追った。
追った先は普段はいかない軍術学部系の使用設備が集まった棟。
中でもほとんど使われない倉庫では――
「オラァ! 飛び蹴り! 縦拳! まだまだ行くぞオラァ!」
一人の白髪男が大勢の人間を相手に大立ち回りを見せていた。
背後から殴りかかってくる相手を投げ飛ばし、横合いから来た蹴りを引き込みまわし、正面から来る相手には速攻で顔面を殴り飛ばす。
荒事は嫌いなライナーでも、彼が優れた武術を修めているようには見えなかった。
荒々しく我流。
いくつかの地方の武術をちぐはぐに組み合わせた、そんな印象を受ける野蛮な男に、多くの教育を受けた貴族たちがなぎ倒されていく。
残ったのは――野良犬ヴェルナー・ウェインリィ。
「カァ~、歯ごたえのねぇ野郎どもだぜ。貴族ってのはもやしばっかか?」
倒れた不良たちの上を歩き、ヴェルナーは道具の入った箱で作った簡素な寝床に横になった。
ライナーは部屋の中を見渡し、この部屋が実験に耐えうることを確信した。
「ここなら人目もつかずに実験できそうだ。野良犬が棲みついているようですが」
「あぁ?」
ヴェルナーがライナーを睨む。
寝ようとしていた体を起こして、威嚇した。
だがライナーはそれを無視して、実験をするために周囲に散らばった本や道具を手に取った。
(軍術で使うような木剣や銃はまだいいとしても、本のほとんどは武術や兵法の指南書、悪漢小説、魔物や悪魔図鑑。……見事なまでに偏っているな)
ふと、ライナーの視界に銃撃用の標的が転がっているのが目に映る。
標的は、竜に食いちぎられたかのように酷い損壊ぶりだった。
ヴェルナーはここで、授業にも出ずにずっと武術や錬金術の勉強をしていたのだ。
「テメェ、何見てやがんだ?」
ヴェルナーが苛立ちながら聞いた。
「いえ、僕はちょっとした個人的な実験をするためにここに来ました。ここはマナに満ちているようですから、魔法陣や錬金術の実験には最適なんですよ」
「んなことどうでもいい。とっとと出ていけ」
「ここは君の所有地ではありませんよ」
「テメェのでもねぇだろ」
至近距離で威嚇してくるヴェルナー。
ライナーはため息を吐いた。
「埒があきませんね。出直してくるとしましょう」
「二度と来るんじゃねぇ」
「そうですか、ではまた明日来ることにしましょう」
僕はおとなしく倉庫を後にしました。
「二度と来るなっつったろうが」
♠ ♁ ♠
あくる日もあくる日も、ヴェルナーは喧嘩に明け暮れていた。
正しくは彼は彼なりに、ちゃんと錬金術と軍術を学んでいたのに、厄介ごとが向こうからやってくるのだ。
例えば、彼とか。
「一人でできる実験をわざわざ協力者を募ってやる。……非効率的だと思いましたが、確かに効率化のためには異なる視点と試行錯誤は必要ですからね」
「誰も聞いてねぇよ」
ヴェルナーがいる倉庫に宣言通りにライナーはやってきた。
それどころか、勝手に実験の準備を始める始末だった。
「テメェ、ライナーっつったか? なんでここにくんだよ」
「前にも言ったでしょう。ここは実験にはちょうどいい環境だと。それにちょうど君に用があったんです」
「んだ? テメェも喧嘩売りに来たのか?」
「まさか、そんな非生産的な行為に浸る時間はありません。君と違って」
「ああ?」
ライナーの口の悪さにヴェルナーは噛みつくも、ライナーは気にすることなく話し続けた。
「物質に宿るマナの効率的な運用法に関する実験がしたいんです」
「知るか、失せろ」
ライナーの頼みをヴェルナーはにべもなく断った。
「そうですか、では失礼します」
ライナーも気にすることなく、地面に座った。
「次にオレの場所に来やがったらぶっ飛ばすからな」
ライナーは座って道具を取り出し並べだした。
「っておい! テメェなんで魔法陣床に描いてんだよ!」
「実験ですよ。一人でやろうと思いまして」
「そういうことじゃねんだよ!」
「まずはこの物質の中に宿るマナを取り出して――……」
「聞けゴラ!」
自分の部屋と決めた場所の中で好き勝手するライナーに抗議するヴェルナーだったが、ライナーは意にも介さなかった。
「よし、無事抽出完了。……気に入らないならいつも通り殴ればいいじゃないですか」
「んなことするか。手ぇ出す気もねぇやつ相手にしても仕方ねぇ。余計腹が減るしな。購買でなんか買って来たらぶん殴ってやってもいいぞ」
「やるわけないじゃないですか」
ヴェルナーはライナーに絡むのをやめ、彼の手元を覗き込んだ。
そこでは、様々な鉄や宝石といった物質が並べられ、機材の中で何かを測定し続けていた。
「勝手な野郎だな。なんでこんなことすんだ?」
「僕はただ真理を追究したいだけです。誰にも媚びず、自由に」
「……」
「確かに学内の秩序や気風に従うことは大事ですが、それは決して教授に盲従することではありません。気に入らないことがあれば僕は言います。気になることがあればためらいなく聞きます」
ライナーは実験から目を離し、ヴェルナーを見た。
「君がなにを追及しているのかは知りませんが、似たようなものではありませんか?」
「……」
「聞いていますか? 人に尋ねておいて勝手ですね。まあ僕は君と話をしに来たわけではないので別に構わないんですが」
「うるせぇ!」
「はぁ、やれやれ」
ライナーは肩をすくめ、再び実験に取り掛かる。
ライナーは黙々と実験に取り掛かるも、やはり複数人推奨の実験のために記録と実測に手こずっていた。
「チッ……手伝ってやるよ」
「え?」
ヴェルナーはライナーの横に座り、実験器具を取り上げた。
「手伝ってやるっつってんだよ。好き勝手やんのはオレも好きだからな」
「ヴェルナー……」
「退屈だったらすぐにぶん殴りに変更だからな」
ライナーは驚き、そして笑った。
「退屈かどうかは、君の学力次第ですよ」
「ケッ、なめんじゃねぇぞ」
「フフッ、ご協力に感謝します。ヴェルナー」
こうして、ヴェルナーとライナーは時々実験に興じることとなった。
次の日も。
「あっぶねぇ! おい! 剣が飛んできたぞ!」
「君が変なボタンを押すからですよ!」
また次の日も。
「今日こそは爆発しねぇだろうなぁ!」
「君が変なことをしなければ大丈夫ですよ。マナは人の精神に影響を受けるのですから、穏やかな心で――……」
「おい! 服燃えてるぞ!」
「え? ホントだ! なぜ!?」
またその次の日も。
「ようし! これを使えばもっとすげえ武器ができるぜ!」
「武器以外に活用方法はないんですか? それにまだ実験は終わっていませんよ。氷のように心を落ち着かせて――……」
「ライナー、服燃えてるぞ」
「だからなんで僕が燃える!?」
彼らは意外にも意気投合し、実験という名の遊びに没頭した。
充実した環境と尖ってはいても優秀な仲間のおかげで、彼らの実験はどんどんと進化し、やがて学生の域を飛び越え始めていた。
ウィル「拘束中ってどうやって飯食ってるんだ?」
ヴェル「そりゃこのまま手足しばられたまま食ってんだよ」
ウィル「つまり、看守にあーんしてもらってるのか。青春だな」
ヴェル「吐き出してぶっかけるぞ馬鹿」




