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38.最悪の錬金術師

 


 ♦  ☉  ♦ 




 んあ~。

 いやだ~。

 こんなじめっぽいところにいたくな~い。

 お日様に当たりた~い。

 ……はぁ、仕方ない。

 さっさと終わらせて、外に出よう。


「にしても、監獄ねぇ……」


 ここはヴィーネンダール第二監獄。

 アルクマールの第一監獄とは違い、第二監獄は女囚人が収容される場所。

 第一監獄と同様に錬金術を用いた重罪人が入れられるこの監獄には、囚人がほとんどいない。

 そもそも、錬金術を学ぶ女性は少ない。

 いたとしても、大抵は出世コースで犯罪なんて犯す暇もないほど忙しいか順風満帆な生活を送っているのが大概。

 あ、あとは軍関係者で規律をしっかり守っているからってのもあるのかも。

 今、あたしは魔法で姿を隠してこっそりと監獄内に忍び込んでいる。

 人払いの魔法でも使おうかと思ったけど、ここは人が多くないから必要なさそうだった。あたしは事前の情報通りに、監獄の地下深くにゆっくりと足を進めていく。

 こんな風に身も心も足取りも憂鬱になりながら、憂鬱な監獄を進んでいくと、やっと目的地にたどり着いた。

 そこは、薄暗くちかちかと揺れるランタンの明かりしかない、ある1人のために建てられた特注の区画。

 目的の牢屋の前に辿り着いたけど、牢屋の中は暗くてよく見えない。

 あたしは魔法を解いて姿を現す。


「はぁい、ご機嫌はいかがでしょうか?」


 努めて明るく声をかけた。

 返答はない。

 寂しい、ため息が出そう。

 それでもめげずにあたしは声をかける。


「もしも~し、生きてますか~?」


 声をかけ続けると、暗い牢屋の奥でのっそりとベッドから起き上がる影が見えた。


「……誰だ?」


 その声は久しぶりに出したみたいにガラガラで、力が無かった。


「おやまあ、思ってたのと違うわね。もっとこう、ガラの悪い感じだと思ってたんだけど」

「……冷やかしか……帰ってくれ……そんな気分じゃないんだ」


 その人は再びベッドに横になろうとしていた。


「ちょいちょいちょい! ちゃんと用があってきたのよ。冷やかしじゃないよ」


 うーん、気難しい。

 これだから囚人ってめんどくさいのよね。人格に問題があるから相手するのは骨が折れるのよね。

 ま、とにかく早く用を済ませよう。


「ひとまず挨拶しましょうか。【最悪の錬金術師】さん?」


 ぴくりと、影が動きを止め、ゆっくりとあたしの方を見た。

 落ちくぼんだ目元に、釣り目気味でうろんなみそら色の瞳。青みがかった銀髪は伸びきって傷んでいて、体は細かった。

 ストレスか疲れているのか、彼女の肌は荒れていた。


「……私のことを知っているのか」

「ええ、もちろん。あんたの友達のこともね」

「友達か……」


 彼女は嘲笑した。


「私には友達なんていない。笑いに来たなら帰ってくれ」

「まさか。こんなところに来てまで笑いたいと思うほど暇じゃないのよ。あなたにちゃんと用があってきたの」


 随分と卑屈ね、思ってたのと違うわね。

 囚人ってもっと乱暴で下品な感じかと思ったけど、それどころか自信も覇気もない。

 なぜこんな牢獄に入れられているのか不思議な状態だけど、罪状だけ聞いたら不自然じゃない。

 ただやっぱり、目の前にいる彼女を見てここまで厳重に隔離されるほどの人間とは思えない。

 ま、それを確かめに来たんだけど。


「いくつか聞きたいんだけどね。やっぱり一番は……どうしてあんたは父を殺したの?」


 聞いた途端に彼女は目を細め、笑った。




 ♦  ☉  ♦




 牢の中、傷んだ体で暗い笑みを浮かべるのは【最悪の事件】の主犯の一人。

 いや、事件の始まりといってもいい。

 彼女の名はシャルロッテ・ヴァン・グリゼルダ。

 別名【最悪の錬金術師】。

 元は《美しき希望(カルミア)》の大幹部だった父を持つ、錬金術の超名門一家グリゼルダの一人娘。

 彼女もとっても優秀でベネラクス錬金大学校の特進術部首席で剣も錬金もそりゃあ凄いもんだったらしい。

 犯した罪は父の殺害。

 国でも公爵の次に凄腕の錬金術師――いえ、爵位が無いことを考えれば、この国で最も腕の立つ錬金術師を殺害した彼女は公爵家と王家の両方から追及された。

 ヴェルナーもシャルロッテも本来なら死罪になってもおかしくない。

 だけど事件から3年もたっている今でも二人は生きている。

 尋問も済んだ二人を拷問もせずに拘束し続ける理由はないはず。

 ウィルがこの事件を調べている理由は、自国に優秀な人間を引き込む以外にこの事件になんらかの引っ掛かりを覚えているからでしょう。

 あたしも少しばかり興味が出てきた。

 でもやっぱり、監獄にくるのは嫌だなぁ。

 太陽のような輝く存在であるあたしだけど、監獄の中には陽の光が届かないので、今日ばかりは笑顔も曇り、ため息の嵐が吹いてしまいそう。

 息を吸い、溜めて吐く。


「「はぁ~~」」


 盛大なため息が重なった。

 重ねてきた相手は誰?

 そう、本日のお客さん、シャルロッテさんです。


「お客さん、今日は一段と疲れてますねぇ」

「お客さんじゃない。それにどちらかと言えば来たのは君だ。お客さんは君の方だろう」


 生真面目に訂正してくる彼女――シャルロッテは自嘲気味な笑みを浮かべていた。

 彼女は罪人と聞いていたけど、さほど悪人には見えない。

 彼女が普通に接してくる分には、あたしも彼女に普通に接しよう。


「疲れてるときはさぁ、一杯やりなよ? 嫌なこと、忘れられるよ?」


 鉄格子の隙間からそっとかぼちゃの煮つけを入れた。

 するとシャルロッテは疲れた目を向けてきた。


「……なぜかぼちゃ? こういうのは大抵酒が出てくるものじゃないのか? いや、出てきたところで飲まないが」

「そうは言うけど、あたしまだ未成年だからお酒買えないもの。あ、でも飲みたかったら次買ってくるけど?」

「いらない。そんな気分じゃない」


 カビが生えてきそうな辛気臭い顔をして、シャルロッテはまたため息を吐いた。

 あたしは食べないかな~と思って、牢屋の中に差し入れたかぼちゃの煮つけをじっと見つめるけど、シャルロッテは煮つけには手を出さずにずっと俯いて虚空を見つめていただけだった。

 ……なんで手を着けないのかしら。

 あ、そっか。


「はい」


 煮つけの入った皿にフォークを乗せる。

 シャルロッテは顔をあげた。


「なんだこれは」

「なにって、これで食べられるでしょ?」

「なぜ食べる前提なんだ。いらないと言っただろう」

「そうだったっけ?」


 彼女はいらないとばかりにお皿を牢屋の外に押し出そうとしてくるけど、あたしは皿を抑えつけ、出さないようにした。

 かたかたと、お皿が両側から押され、わずかに震える。


「……何をしている。いらないと言っただろう」


 お皿を押してきながら、シャルロッテが言った。

 あたしもお皿を押し返しながら言った。


「いるいらないじゃなくて、食べなさいって。元気出るよ?」


 じりじりと押し合う。

 わたしは笑い、シャルロッテは訝しむ。

 うんうん、感情が出てきた。いい兆候ね。


「あたしがここに来たのはね。あんたのお友達のことを聞きたかったの」


 シャルロッテが息を飲み、手から力が抜けた。

 かぼちゃのお皿が一気に牢屋の中に入っていく。


「私に友達なんていない。……私に、生きる価値なんてない」


 ぼそりとこぼれた言葉。

 その言葉から、深い後悔と悲しみ、絶望があった。

 ……正直、どうして彼女が父を殺したのかわからなかった。

 ウィルが向かったヴェルナーとは違って、気性が荒いわけでも癇癪持ちというわけでもない。

 こうして、本題に入る前に彼女の人となりを知るために冗談を言ったりしたけど、話せば話すほど彼女が生真面目ということだけが伝わってくる。


「君が何のためにここに来たのかは知らない。だが、私には関わらないほうが身のためだ。わたしは大罪人だ。なぜいつまで経っても死刑にならないのか不思議だが、だからといって許されたわけでもない」


 シャルロッテが自嘲気味に笑って、落ちくぼんだ目をあたしに向けた。


「看守ではなく、わざわざ正式な手続きをしてまでここに来るくらいだ。相応の価値を私に見出しているのかもしれないが、私にそんな価値はない」


 彼女の言っていることに違和感を覚えて、あたしは首を傾げた。

 しかし彼女は、気にせず続けた。


「私はもうかつての【優等生】でもなければ、【秀才】でも【天才の娘】でもない。ただの【殺人犯】だ。もう面倒なことをする必要はない。私に価値はないと、君をここに送ってきた人に報告するといい」


 ここまで言って、ようやく違和感に気づいた。

 この子、あたしが正式に手続きを踏んでここに来たと思っているらしい。

 まさかそんなめんどくさいことするはずもないのに。


「シャルロッテ。あたし、手続きなんて一切してないよ?」

「そうだな。そんな面倒な手続きをしてまで会うほどの価値は私にはない」

「いや、あの、そうじゃなくてね?」


 とてもまじめに後ろ向きになっているシャルロッテは、あたしの話をどうしても否定的に捕えてしまうらしい。

 なればこそ。あたしはそっと、かぼちゃパイを牢屋の中に差し入れた。

 シャルロッテは口を止め、またか的な目をあたしに向けてきた。


「なんだこれは」

「落ち着くには甘いものが一番よ。ほら、あたしが焼いたパイ。美味しいわよ?」

「いや、そうではなくてだな……なぜこんなところにパイを持ってきた? そもそもどこから持ち出した?」


 固い床で膝を抱えていたシャルロッテは姿勢を崩して、あたしの身の回りを首を伸ばして観察しだした。

 当然だけど、どこにもパイを入れられる様な場所はない。


「錬金術? ……いやしかし、空間系は非常に高度な……」


 ぶつぶつ言いだしたシャルロッテ。

 あたしは少しだけ笑った。

 こんな風に長年牢屋の中に入れられても、彼女はやはり錬金術師らしい。

 それはそうと、せっかく持ってきたパイなんだから食べなくては!

 あたしはかぼちゃパイをナイフで切り分け、フォークで取り、シャルロッテの方へ向けた。


「はい、あーん」


 鉄格子越しに彼女にパイを差し出せば、彼女は困ったように眉根を寄せた。


「なんだこれは?」

「かぼちゃパイ」

「いや、それはわかる。しかしなぜまたかぼちゃだ? それに自力で食べれる。いや、そもそもいらないが」


 生真面目が過ぎる彼女の言葉は無視して、あたしは無言で笑ってパイを差し出し続けた。

 すると観念したように、シャルロッテは仕方なくといった顔でかぶりついた。


「……おいしい」


 彼女の顔が明るくなった。

 少し落ち着いたみたい。やっぱり甘いものは女の子の味方ね。

 牢獄暮らしじゃ、甘い物なんて食べる機会なんてありえないだろうし。

 落ち着いたところで、本題に戻る。


「さっきも言ったけど、あたしはここに手続きなんてしてないわ。普通に忍び込んできたのよ」

「そうか、忍び込んで――……忍び込んで!?」


 シャルロッテがぎょっと目を剥いた。


「こ、こんなところに忍び込んできた、だと? だがここはこの国有数の監獄だ。そう簡単に忍び込めるはずが……」


 頭を抱えるシャルロッテ。

 生真面目すぎて頭のお堅いシャルロッテに、あたしが滔々と語ってあげよう。


「あたしはここにあたしの意思で来たのよ。確かにチョーっと人に頼まれはしたけど、でも結局あたしがここにくると決めたのはあたしなんだから、頼まれたわけじゃないわ」


 堂々と彼女の目を見て言った。

 すると彼女は下唇を噛みながら、俯いた。


「……わたしにそんな価値はない」


 自分の体を抱きしめて、辛そうに。


「あんたに価値があるか、あたしには決められないわ。あたしはただ知りたいだけ。この国とあんたのことを」

「私のなにが知りたいんだ」

「あんたがしたこと。あんたの友達のこと。あの事件が起きたときのこと」


 シャルロッテの体は震えていた。

 目はぎゅっとつぶられ、自分の体を抱きしめる手には力が入っていた。


 そして、彼女は少しずつ、話してくれた。

 事の始まりとなった、3人の出会いを。


 


ウィル「今回は見分けるの簡単だな。あの怪しい顔が犯罪者だ」

ベル 「それあたし!!」

マリナ「顔で判断しちゃダメ……服で判断しないと」

ウィル「じゃああっちの怪しい服着てる奴だな」

ベル 「それもあたしだぁあ!!」

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