4.罰ゲーム
♦ ☉ ♦
「あぁ、遅くなっちゃったなぁ。二人とも待ってるかなぁ」
すっかり陽が沈み、月が高く上った時間帯に、とぼとぼと袋を抱えて町を歩くは誰でしょう。
そう、大魔法使いのウィルベルさんです。
え? こんな夜道に女の子が一人、危険じゃないかって?
残念、あたしは大抵の人間なら指一本動かさずに倒すことができるくらい強いのです。もう激ツヨです。最強なのです。
……すいません、嘘です。指一本は嘘です。それ以外はホントです。
「それにしても失敗したなぁ。お姉さん、お金じゃなくて現物だなんて。お礼には違いないけど、思ったのと違う……」
アテが外れたことに少しばかりがっかりする。
まあでも、致命的なものでもないし、ちゃんと稼いでいるのだから、最下位なんてことはないはず。
「ふっふーん、誰が罰ゲームかなぁ、何を罰にしようかなぁ」
足取り軽く宿に着き、鍵を受け取る。
とんとんとんと階段を登って自分の部屋の前に着き、ドアノブに手をかけると――
「いない?」
ノブは回らなかった。
いや、鍵はあたしが持ってるからおかしなことではないんだけど、おかしい。
なんでって? この部屋は二人用だから。
「あ、こっちだよ」
横から声がした。
振り向けば、そこには隣の部屋から顔を出した黒髪を背中まで伸ばした赤目の美少女。
「マリナ! ただいま」
「おかえりなさい。……遅かったね?」
「ちょっとお礼を受けてたら、こんな時間になっちゃった。お土産もあるよ」
「やったっ。……とりあえず、こっちにどうぞ」
ルナマリナ、通称マリナが天使のような笑みを浮かべてあたしを部屋に招き入れる。
といっても、この部屋はあたしの部屋でもなければ、ましてや彼女の部屋でもない。
この部屋を借りているのは――
「遅かったな、ベル。さぞかし稼げたことだろうな」
仮面を斜めに被った、口の悪い黒髪の男。
「ウィル、あんたのほうこそ、人の手柄奪ったんだからさぞかしいい御気分でしょうね」
ウィルこと、ウィリアム・フォル・アーサー。
横柄で傲慢で不遜な、人嫌いが過ぎて仮面を四六時中身に着けているおかしな男。
「奪ったって、金なんて常に動くんだ。速さも勝負の一つだぞ」
「いや、あくどいことして手に入れるのは違うと思うけど。それに比べたら、正攻法であんなに早く窃盗犯捕まえたあたしのほうが上だと思うけど?」
「あくどくねぇよ、俺の懐に手を伸ばしたんだ。あの程度で済んだことに感謝してほしいね。それに――」
ウィルは手をゆったりと上げて、
「マリナがいいことしたんだから、問題ない」
マリナの頭をそっと撫でた。
「……ふふっ」
撫でられたマリナは嬉しそうに顔を綻ばせる。
くっ、マリナがかわいい……。
「とりあえず、集計しよう? ……二人がどれだけ稼いだのか、楽しみ」
ふふん、窃盗犯のお金はとられたとはいえ、あたしだって稼いでる。
「ウィル、負けたときの言い訳を考えておいた方がいいわよ?」
「ベルこそ、負けたときのために心の準備をしておけよ?」
不敵にあたしたちは睨み合う。
この顔が屈辱に歪むときが楽しみね。
♠ ♁ ♠
結論。
ベルが負けました。
「……う、嘘よ……あたしが負けるなんて」
がっくりと膝から崩れ落ちるウィルベル。
いや、彼女も稼いでいるには稼いでいる。だけどそもそも勝負になってない。
「これ価値があるのはわかるけどよ、これなんに使うんだよ」
「それは目玉が飛び出すウシガエル人形。お腹を押すと目玉が飛び出て変な声で鳴くの」
やたら目玉だけは人間味あふれるカエルの人形の腹を押すと、説明通りに目玉が飛び出し、親でも殺されたのかと思うくらいのひどい鳴き声が鳴る。
ヴォエエ~。
カエル人形以外にもおかしなものはいくつもある。
「これは?」
「それはチュー人形。ボタンを押すと、目を抑えてうずくまって呻きだすの。初回限定版らしくて、目が赤く光るのよ。他にも右腕抑えるタイプと全身が光るタイプがあるわ」
「痛い痛い、心が痛い」
このチュー人形は見るに堪えない。
下手に魔法と剣の世界だから、絶対にないと言い切れないのがなお痛い。
さらにもっとひどいのがマリナが手に取った二つのお揃いのお守り。
「あ、これ面白いね……」
「おお! それを気にいるとはお目が高い! それは二つで一つの幸運のお守りで、片方に幸せが訪れるともう片方にも幸せが訪れるものなのよ」
「お、それはいいな。売ってもいいし、持ってても良さそ――」
「でも代償に幸せが訪れた瞬間に爆発するわ」
「お守りの意味!! 幸せっつうか死合わせの間違いだろうが!」
なんて危険なお守りなんだ。
人の不幸は蜜の味、とでもいうのだろうか。
だとしたら、このお守りは周囲にいる人を幸せにします、という文言に変えた方がいい。
というか、これを人にあげる人間の神経も疑わしいぞ。
まあこんな風に、ベルは金もそれなりに稼いではいたが、それ以上に現物支給で稼いできたようだ。
荷物の大半が材料ばかりがいいものでそれ以外にいいところなんてろくに見つけられないようなガラクタだ。
「ベル……お前、いじめられてないよな?」
「? そんなわけないじゃない」
ベルがあっけらかんと言った。
まあ、彼女がいじめられる姿は想像できないが、細かいことは気にしない彼女の性格だと陰湿なものは気づかない可能性がある。
気づいたらたぶん、烈火のごとく怒りだすから、できればそうなる前に抑えたいものだ。
「それはそうと、ベル。お前が最下位だ。……わかってるよな?」
「う……」
「楽しみだね……。ベルに何をお願いしようかな?」
「マリナまで!」
ふへへっ、いたいけな少女にどんな罰を与えようかなぁ?
♦ ☉ ♦
く、屈辱だわ……。
「というわけでちゅね、この町は内地にあるからぁ、悪魔との戦いが少なくて平和なんでちゅ!」
こんなバカみたいなしゃべり方しなきゃいけないなんて……。
「おい、赤ん坊がそんな難しい言葉しゃべるのか、もっと簡単な言葉でしゃべれ。でないとパパはわからんぞ」
「誰がパパよ……」
ウィルがにやにやしながら言ってくるのが本気で腹立つ。
「よちよち……ベルのお世話するのは、新鮮で楽しい」
「マリナママーー!!」
「わーっ……よしよし」
……でもマリナに甘えられるのはちょっと悪くないかも。
普段ならともかく、今なら二人の罰ゲームで甘えるのは不可抗力、むしろ甘えることが推奨されているのだから、今だけは思う存分マリナに甘えてしまおう――
「おい、マリナにばっか甘えんな。こっち来いこら」
マリナに抱き着くあたしに醜くも嫉妬したウィルが、あたしに近寄ってくる。
あたしは彼を指さして――
「あのおじちゃんきらーい。あたち反抗期」
「誰がおじちゃんだこら! 赤ん坊に反抗期なんてあるか! マリナを独占するなんて許さんぞ! こっちこいこら! 思う存分にかわいがってやらぁ!」
「やーやー!! DVよDV! 赤ん坊のあんよにはきをちゅけなきゃいけないってこちょ、おちえこんであげりゅ!」
そして始まる家庭内暴力。
どったんばったんスラップスティック。
「はーいあんよはじょうずー!!」
「ゲハッ!!」
あたしのこぶしがウィルのボディに炸裂!
「赤ん坊が自分でいうか! おら! 哺乳瓶ですよ!!」
「ムグッ!?」
哺乳瓶ならぬ牛乳瓶を口に突っ込んでくる。
あらおいしい。
でも――
「モガモガ!!」
「ほらたんとお飲み!!」
口に入りきらなくなった牛乳が口の端からあふれ出し、こぼれていく。
必死に抵抗し、瓶から口を外した瞬間、
「ぶーっ!!」
ウィルに向かって吐き出した。
「わっ! バッチィ!!」
どんどんと、部屋の中が汚くなっていく。
それでも喧嘩は止まない。
だけど、やがて――
「二人とも、落ち着いて」
マリナが一言制止する。
途端に喧嘩は止まる。
「掃除しよう?」
「……そうだな」
「……ばぶ」
マリナママのいうことは素直に聞きます。
だって今、あたし赤ん坊だから。
♥ ☽ ♥
「こほん、えー、この町は確認されている中では大陸最南端に位置する辺境って扱いね。町ができたのも最近だから、今はまだ見るものは特にないよ」
結局、罰ゲームは仕切り直しで、この町で集めた情報をベルが説明するってことで落ち着いた。
赤ん坊になったベルがじゃれてくるのはちょっと可愛かったから、残念。
彼女が立って説明してくれている最中で、わたしとウィルは床に座って道具を広げる。
じゃらじゃら。
「んで、この町の北にはちょっと大きなアクセルベルクって国があって、その周囲を囲うように小国がいくつかあるわね。悪魔の襲撃はアクセルベルクが一番少ないんだけど、周囲の小国はアクセルベルクに悪魔撃退の助力を願っているから、結果的に一番影響力があって軍事力を持っているのは、直接的には争いに縁のないアクセルベルクね」
「……最初の所持金はどうするの?」
「みんな一律5000コール。順番はマリナからどうぞ」
わたしとウィルの間には、小さな四角いマスが道のようにいくつも分岐して伸びている大きな盤。
わたしはサイコロを手にして放る。
「アクセルベルクは軍事国家として有名だけど、侵略ではなくて武力を提供することで他国より優位に立ってるみたい。アクセルベルクと並ぶほどの国力を持つのは、このあたりだとレオエイダンとユベールかしらね」
「えっと……六出た」
「いい目が出たな。……お、株に成功だって。所持金三倍だ」
「おおっ」
「……」
手元にあったお札が一気に増える。
仮想通貨だけど、お金が増えるってやっぱりうれしいね。
背景音楽代わりの説明が止まった気がするけど、きっと気のせい。
次はウィルの番。
「……レオエイダンは錬金術の総本山でドワーフの故郷、ユベールは自然にあふれた芸術に優れるエルフの故郷よ。どっちも東西に位置していて正反対の位置ね……」
「三だ。……なにっ、後ろから刺されて死ぬ? 金を払って蘇生して振出しに戻る? なんて縁起の悪い物騒なボドゲだ!」
「ウィル、落ち着いて」
再びスタート地点に戻ったウィル。
次は――
「ちょっとー! あたしが説明したげてるのになんで遊んでんの! 説明してっていうからしたげてるんでしょっ」
わたしの番というところで、ベルが白い頬を赤く染めて怒りだす。
ウィルが顔をベルに向けて厭味ったらしく笑う。
「今言ったことはもう知ってるから、聞かなくても平気だ」
「じゃあなんで説明させたのよ」
「無駄なことさせて仲間はずれにする罰ゲームだ」
「陰湿すぎる!! 罰ゲームって普通もっと盛り上がるもんじゃないの!?」
ベルの言うことはもっともだけど、盛り上がる罰ゲームをすると十中八九喧嘩する。
それはそれで楽しいけど、宿でやるとシャレにならない。
「ていうか、なにその道具」
「盤上遊戯。……サイコロ振って出た目の分だけ進むの。お金を稼ぎながらどれだけ早くゴールできるか競うんだって」
「暇があればやろうと思って持ってきたんだ」
聞かれたからウィルとやっている遊びについて説明すると、ベルが溜息を吐いた。
「ほとんど運じゃない。実力がいらないゲームの何が面白いのかしら」
鼻を鳴らして下らなげにかぶりを振った。
「それよりも、次に行く目的地を決めようよ。北に行くか、東西に行くか」
「あ、また六出た」
「なんてこった! また振り出しだ!」
「こらー! 無視すんなー!」
またしてもベルが怒り出す。
彼女は表情がコロコロ変わるから、話していて面白い。ウィルがベルにちょっかいをかけたがる気持ちがちょっとだけわかる。
わたしがちょっかいかけても、ベルは笑ってくれるだけ。
それはそれでうれしいんだけど、ちょっとだけ物足りない。
だから、ウィルがベルをからかうのをわたしが止めることは基本無い。
「無視すんのが罰ゲームなんだって。それにこのゲームを面白くないって言ったベルはやる気ないんだろ? じゃあ仕方ないじゃないか」
「うぐっ」
ウィルの意地悪にベルが言葉に詰まる。
その間にわたしの分身が盤上を進んでく。
「あ、わたしもうすぐ結婚マス」
「なんだと! マリナが結婚!? どこのどいつだ!! ぶっ殺してやる!!」
「……ウィル、落ち着いて」
ベルとは反対に、ウィルは遊技なのに熱くなりすぎ。
ゲームも進み、徐々に白熱するわたしとウィル。
すると――
「……」
ベルがそわそわしだした。
わたしはそっと笑って――
「やる?」
ベルに問いかける。
すると、彼女は少しだけ赤い顔で、
「……やる」
小さくうなずいて参加した。
――赤ん坊じゃなくても、ベルはやっぱり可愛いね。
「じゃあこれで負けたやつはまた罰ゲームな」
「ふふーん、いいよ。このウィルベルさんの豪運を見せつけてあげるわ!」
「遅れて始めたベルが圧倒的に不利だけど……」
「やっぱなし! 罰ゲームは金輪際禁止にします!」