34.錬金公爵
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背の高い紺色の長い髪を後ろに流した公爵様――レンブラント・フォン・アムステルダは、あたしたちが入ってきた塔の出入り口に迷いなく進み、出口の扉へと手をかけた。
「ん?」
手をかけて、ドアノブがすんなりと回ったことに違和感を覚えた公爵。
ちらっとあたしを見るけども――
「んん?」
すっとぼけてみせればあら不思議。
「最後に入ってきたものには勧告せねばならんな」
「おやまあ」
あたしの仕業だとは思わずに、公爵は整った眉を少しひくつかせるだけで何も言わずに外に出た。
「ベネラクス錬金大学校には、私の一族も代々通っていてね。この結社にも卒業生が多くいる。ぜひ仲良くしてくれると嬉しい」
「へぇ~、そうねのねぇ~」
確かに、元学生はいるみたいね。
建物を出た後は別の建物に入り、そこで公爵様は歩きながらいろいろな説明をしてくれた。
してくれたのだけれども、なんかマリナがいなくなった途端にやる気がなくなっちゃった。
あたしのやる気が伝わってしまったのか、公爵様はあごに手を当てて考え込んだ。
「ふむ、聞いているだけでは退屈かね? 聞いた話では、君は錬金術部の中では珍しい実戦派だとか?」
「え? そうねぇ、確かに机にかじりついてお勉強よりは好きかしらね」
「そうか、では――」
公爵は足を止め、思わぬ提案をした。
「私と一つ、手合わせをしよう」
なんだってー。
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「遠慮は無用だ。胸を借りるつもりで来ればいい」
目の前で楽しそうに公爵が言った。
今は結社にある一つの実験場のようなもの――らしいけど、ぱっと見では大学にもあるような練武場みたいな味気ない整地された土色の地面が広がっているだけの場所。
周囲は壁に囲まれていて、防音でも気にしてるのか、とても分厚い金属でできていた。
「うーん、今日はホントに見学に来ただけだったんだけどなぁ」
そんな実験場の真ん中で、大柄なザ・イケてる大人の男みたいな公爵と向かい合っている美少女ウィルベルさんが本音をぽそり。
めんどくさいとはいえ、とはいえよ?
ぶしつけに入ってきて公爵様のいうことにも従わずにぶーたれるのはなんか違うよね。
ここでもやる気を出さないのは失礼なので、あたしはやる気を見せて公爵様に一礼した。
「そんじゃ、お手柔らかにお願いします」
「ああ、先手は譲ろう。君の叡智を見せてくれ」
公爵様はあたしに手の平を見せて譲るジェスチャーをした。
ならば見せてあげましょう。
はいはいござーい、帽子を杖でぽんぽんと。
「《かぼちゃ人形》」
帽子からポコポコ出てくる色とりどりの水晶を携えたかぼちゃ人形たち。
さあ、いざ目の前にいる金持ちを潰してきなさい!
と、念じるも――
「ハブリエルの報告通りだな」
人形が動き出すよりも前に、白い光が一瞬閃き、人形たちを両断した。
「……あれ?」
人形たちは爆散して、あたしの長い髪を激しく揺らした。
あたしは何もできずに呆然と立ち尽くした。
けたたましくなる心臓の音を落ち着ける。
公爵を見ると、いつの間にか彼の手には羽の装飾が付いた漆黒の剣が握られていた。
その剣は光沢があり、刀身には先ほどの一撃と同じ淡い白い光を帯びていた。
「いま、何したの?」
「錬金剣さ。剣に錬金術の力を付与したものだ。君が人形に水晶を持たせているのと同じ理屈さ」
いやいやいや、そんなもんじゃなかったよ。
明らかに剣の間合いの外からあんな威力と攻撃範囲を誇るなんて反則でしょ……。
「少し大人げなかったか。すまない、有望な子が来てくれて嬉しかったんだ」
「そ、そう? あたしも公爵様の実力が見れてうれしいわ」
ちょーっと心臓の音がうるさいけども、大丈夫、このくらい、予想の範囲内範囲内……。
公爵はふむ、と呟いて剣のつばの部分をいじくった。
「これでよし、さあ仕切り直しだ。今度は邪魔したりしないから、もう一度かかってくるといい」
「は、はーい」
んー、今のはきっと出力か何かを調整したのね、手加減なんて屈辱だけど、この際は仕方ない。
あたしはもう一度、帽子を杖でたたいて、《かぼちゃ人形》を呼び出した。
かぼちゃたちを指揮するように、杖を振り回す。
「さあさあ、人形たちの悪戯の時間です、小粋ないたずら仕掛けましょう」
歌いながら指揮すれば、かぼちゃたちが列になって次々と公爵様に向かって行った。
赤い水晶は輝いて周囲の空気を揺らめかせ、青い水晶が煌めいて透明な刃を作り出す。
「ほう! これは見事な連携だ」
陽炎によって攻撃のタイミングや出所をわからなくしたにもかかわらず、公爵は軽々と剣を振るって、氷の刃を砕いていった。
「では、これはどうかな?」
そして、剣の鍔に何かを宝玉を挿入したと思うと、今度は距離があるにもかかわらず大きく袈裟斬りした。
その瞬間、剣から見えない風の刃が吹き荒れた。
「わわっ!」
あたしは急いでほうきに乗って上昇するけど、ほうきの穂先が斬られ、すぐに地面に不時着してしまった。
「あべしっ!」
「ここまでかな?」
地面についてしまった顔をすぐに上げるけど、目の前に公爵様がやってきていて、微笑みながらあたしをみていた。
あたしは座り直して、こほんと一つ咳払い。
「おみそれしました」
「ふふっ、畏まることはない。その年で独力でここまでの力を身に着けたんだ。天才といっても差し支えない」
公爵は黒い剣を腰の鞘に納め、そういった。
あたしは立ち上がり、土ぼこりを払いながら平然を装うけど、内心はすねにすねまくった。
今のはあたしの距離じゃなかったし、開始の時点でちょっと近かったし、そもそも向こうはハブられた先生のせいであたしの手の内知られてるし、マリナがいないからやる気もなかったし。
……でもたしかに、あたしには全然及ばないけど、この公爵様の錬金剣とやらもなかなかにすごかった。いや、ほんのちょっとだけね!
自分の剣よりも遠い間合いにも攻撃が届く上に、カートリッジみたいなのを交換すれば、属性とか攻撃手段を変えられるっていうのは、なかなかに面白い。
錬金公爵っていうくらいだし、剣の他にもいろいろ手札はあるんでしょう。
公爵はあたしに片手を差し出した。
「今日から君もこの結社の一員だ。存分に学んで高みを目指してくれ」
「え?」
さも当然のように、あたしがこの結社に入ると言っていることに違和感を覚えた。
「あたし、入らないよ?」
「……なんだって?」
公爵は浮かべていた笑みを引っ込め、一転して鋭い視線を向けてきた。
でもすぐに公爵は咳払いして、元の穏やかな顔に戻る。
「どうしてだ? この結社のどこが気に入らなかった?」
「いや、気に入らないとかじゃなくって、単純に今日は結社がどういうものか見に来ただけなんだけど……」
「見に来たということは、興味があったということだろう? この結社のどこかが期待に沿えなかったのか?」
「うーん……」
確かにこの結社は凄いと思う。
ここに来るまでの途中で、いくつか研究室とか研究成果が書かれた資料を見せられたけど、どれも有用だと一目でわかるものばっかりだった。
普通の人からすれば、この結社に入っただけでも人生安泰ってところでしょう。
「ただ、あたしに結社に入る意思がないだけで、この結社が悪いとかじゃ全然ないわ。だから、ごめんなさい」
「……そうか、残念だ。だが私たちはいつでも君を歓迎しよう。見学でも何でもいつでもここにくるといい」
頭を下げれば、公爵は柔和に笑ってそういった。
……でも気のせいかな、目は笑っていなかった。
あたしは嫌な予感がして、もう一度頭を下げてから実験場を後にした。
途中、肩越しに少し振り返るけど、公爵は一歩も動かず、じっとあたしを見つめていた。
うーん……。
早く帰りたい。
マリナ「デザートのプリンが一つ余った」
ベル 「じゃんけんで決めましょ! じゃーんけーん……」
ウィル「ぽん! ……畜生! 負けた! 嫌だ認めない! もう一回だ!」
ベル 「見苦しいわ、負けたら潔く認めなさい」
マリナ「……ベルも人のこと言えないでしょうに」




