32.策略攻略公爵領
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わたしたち3人は昼間のことなんてなかったかのように、いつも通り夕食を食べていた。
いつも通りのかぼちゃ料理だけ。
「なぁ~もうかぼちゃに飽きたよ。そろそろ他の食おうぜ。《かぼちゃ人形》だって、わざわざかぼちゃから錬金術で作るんじゃなくて、普通に魔法で作れるんだろ?」
うんざりした表情を浮かべながらも、次々とかぼちゃ料理をぱくつくウィル。
なにもわかってないウィルにあたしは舌を鳴らして指を振る。
「いやいや、この《かぼちゃ人形》はオリジナルの《魔女の悪戯》と違って誰でも使えるのよ? これが無かったら、マリナが危なくなっちゃうよ?」
「くっ……仕方ない」
ウィルがものすごく苦い物でも食べたかのように顔をしかめた。
「もうちょっと美味しそうに食べられない? あたしのかぼちゃ料理が食えないっていうわけ?」
「こんだけ毎日食ってりゃ好きなもんも嫌いになるわ。朝昼晩加えて三時のおやつもかぼちゃチップスだぞ。口内炎出来てきたわ」
辟易したウィルだけど、箸はちゃんと進んでいる。
ふっ、素直じゃない奴め。
内心で笑いながらあたしもご飯を食べる。一通り食べ終わったところで、マリナが口を開いた。
「それでこれからどうするの? ……おおよそウィルの予想通り、ルイスが動いたけど、わたしの神気もばれちゃったよ?」
昼間のことを申し訳なさそうに体を縮こませるマリナだったけど、あのときはあたしも彼女のそばに入れなかった責があるから、マリナは何も悪くない。
悪いのは全部あの青髪。あ、あとハブられてる先生。
なんにしろ、マリナの力がバレた今、周囲の人たちは今まで以上に彼女を放っておかなくなる。
あたしがつきっきりで守ってあげてもいいんだけど、そもそもそこまでするほど学校に行く必要があるわけでもない。
「マリナはしばらく学校をお休みしたほうがいいんじゃないかしら。この家なら安全だし、しばらくゆっくりするといいよ」
「でも二人は勉強とかいろいろしてるのにわたしだけ家でゆっくりなんてできないよ……家事も人形たちがやってくれるし、わたしも何か役に立ちたい」
「マリナがおかえりって言ってくれるだけであたしは幸せなんだけどなぁ」
このあたりは本気で思うんだけど、マリナを家に閉じ込めておくみたいなのもまた事実。
「あいつがマリナの神気に気づいてたのは意外だったけど、ちょうどいい。休みの間に考えてたことがあるんだけど、2人にはそれを頼みたいんだ」
「二人? あたしも?」
ああ、とウィルは頷いた。
「マリナが学校に来ないのに、屋上でマリナを守ったベルが普通に学校に通い続けるのも危ないだろ?」
「なーに? 喧嘩であたしが負けると思ってんの?」
「気にしてんのはベルじゃなくて相手の命だよ。あぶないのはひたすらベルだ。学校を更地にする気か?」
「あら、家の中にいても喧嘩売られちゃうみたいね。ここであたしがいかに安全か、あんたの体に教えてあげるわよ」
「杖を出すな! そういうところが危ないんだよ!」
失礼な、ウィルにだけは言われたくないわ。
あたし以上に全方位に喧嘩売ってる人がなにを言ってるのかしら。
「じゃあしばらくベルと一緒にいられるの?」
天使のマリナが言った言葉に、あたしの全身に雷が走った。
マリナと一緒だって?
「ウィリアム君の考えを聞こうじゃない!」
「急に元気になったなお前」
ジト目で見てくるウィルだったけど、そんなことはムシムシと視線で先を促す。
すると、ウィルは空間魔法でフードに収納していたいくつかの紙を取り出し読み上げた。
「今日、レヴィから面白い話を聞いた。【最悪の事件】。数年前に起きた数人の錬金術師による大事件だ。この事件について二人に調べて欲しいんだ」
【最悪の事件】って、確かアリータのお兄さんが関わってるって噂の事件よね。
どうしてそれを調べようなんて思うのかしら。
「前にこの国の人間を俺の国に連れていこうって話したの覚えてるか?」
「覚えてるけど……ってもしかして!」
にやりとウィルは笑った。
「もしこいつらが使えそうな人間なら、俺が貰おうと思ってな。手に余る犯罪者を持っていくくらいなら、この国のみみっちい王族たちも文句は言ってこないだろ」
「……なるほど、すごい!」
純粋無垢なマリナが目を輝かせて感心しているけど、あたしは溜息しか出てこなかった。
「あんた自分が何言ってるかわかってんの? その【最悪の事件】は王族だけじゃなくて普通の人にとっても最悪だったのよ? それを起こした人間がまともなわけないじゃない。第一連れて行けるわけないじゃない」
「それはまああれだ。相手の記憶をちょちょいといじって……」
「最悪の人間がここにいるわー!!」
自分のわがままのために相手の脳みそ改造するなんて、とんだマッドキングだわ!
かくなる上は、ここであたしが始末するしかない!
「魔法を悪用する悪魔には、このあたしが鉄槌を――……」
「わかったわかったしないから! すぐに杖出すのやめろ!」
杖を光らせると、途端に焦るウィル。
ふっ、この血も涙もお金も余裕もない悪魔も、強く気高く美しいあたしの前では子犬も同然ね。
「それはそうと、実際のところどうやってその人たちと接触するつもり? 居場所わかるの?」
「ああ、3人のうち一人はもうわかってる。残りも今レヴィに調べてもらってるところだ。そんで、とっても都合がいいことに、その一人は接触するのが簡単そうなんだ」
「というと?」
「ちょうど《美しき希望》にその一人、【最低の錬金術師】がいるらしい。ちょうどベルが招待状貰ってただろ? 見学ついでに会ってもらおうと思ったんだ」
それはまたずいぶんとタイミングがいいわね。
ん? もしかしてこの状況、あたしもうまく動けば、大金を稼げるかもしれない。
「あたしもいいこと思いついた」
「いいこと?」
「そう、うまくいけば一儲けできるの。ウィルが来てくれるだけでいいのよ」
「俺がいくだけ? 俺はいかないぞ?」
「えー、なんで?」
ウィルはマリナを見た。
「俺は別でやることがたくさんあるんだよ。収監者を普通に出そうと思ったら、やんなきゃいけないことだらけなんだから」
「えー。でもお金稼いでからでもいいんじゃない?」
「そんな稼げるのか?」
お金に汚いウィルは、目をぎらつかせてあたしに詰め寄った。
「どうやって? いくらほど? すぐにできるのか?」
「そ、そんなつめないでよ。ちゃんというからさ」
ウィルを落ち着かせ、咳ばらいをする。
そんなに聞きたいなら教えてあげよう、とっておきの稼ぎ方を!
「あんたを結社に連れていって突き出せば、たんまり報酬もらえるんじゃないかしら!」
「最低の人間がここにいるぞーー!!」
ウィルが叫んで傍にいたマリナを抱きしめた。
「気を付けろマリナ! この魔女は平気で仲間を売る薄情者だ!」
「ベルがそんな人だっただなんて……悲しい!」
「ちょっと! 人聞き悪いこと言わないでよ! あんただったら拷問されようが投獄されようが拘束されようが平然と脱出できるでしょうが! だったらあたしがお金をもらってその後にあんたが抜け出せばただで大金手に入るじゃない!」
「ふざけんな! 詐欺と変わんねぇし俺拷問されてるじゃねぇか! 痛みに強いからって痛くないわけじゃないんだぞ!」
「懐が痛むよりマシでしょうよ! 物理的な痛みを数時間我慢するだけで月給並みの報酬! 時給換算で役員並みのお給料よ!」
「懐が治っても俺の体が傷んでるよ! ……あ、でもマリナに治してもらえるなら悪くないかも?」
「さすがにやめてほしいかも……お金欲しさで傷ついたウィルを治すわたしの身にもなってほしい」
♥ ☽ ♥
わたしの【神気】が暴かれたあの日から数日後。
わたしたちはがたんがたんと馬車に揺られながら、窓から見える流れる景色を見つめていた。
「【錬金公爵】ねぇ。土地も技術も随一の公爵家なだけあって、到着までは時間がかかるわねぇ」
ベルは頬杖をついて面白くない感じだった。。
「学校を数日空けることになるね……ウィルが準備するって言ってるけど、どうなるかな」
「事前に話は聞いて置いたけど、またいろいろ考えてるみたいね。滅茶苦茶なことしそうで、この国の人たちがかわいそう」
「そんなひどいこと考えてるの?」
ベルはウィルが考えていることのおおよそは、昨晩粗方聞いてみたらしい。
ベルは呆れたようにため息を吐いた。
「あいつ、旅で行く先々の国を滅茶苦茶にする気なのかしらね。この国はたぶん根っこからひっくり返るんじゃないかしら」
「そんなことまでウィルはしようとしているの? ……すごいね」
「そこは凄いじゃなくて、止めて欲しいんだけどなぁ」
ベルは小さく笑った。
「さてさて、あいつの考えることがどこまで思い通りに行くか。あたしたちが楽するためにも精々頑張るとしますかね」
「そのためにもうまく土台づくりしないとね」
土台作りとは、ウィルの目的の一つ。
【最悪の事件】について調べること。
その一人が、公爵領にいるとの情報を掴んだのだ。
「【最悪の事件】を起こした三人の錬金術師かぁ。事前情報は貰ってるからいいけど、本当にヤバい奴だったら、こんないたいけな少女二人を行かせるなんてひどい話よね」
「でも今の大学の状況じゃわたしもベルもいられないから仕方ないよ……ウィルはウィルで動いてるみたいだし」
「まあ、あいつといると退屈しないからいいけどさ。その分お金出してもらってるわけだし」
頬杖を突きながら馬車の窓を覗き込むベル。
彼女の横顔は幾分か不機嫌に見えた。
「でもやっぱり、マリナをあの変態を動かす餌にしたのはちょっとね」
ベルが言っているのは、ルイスのことだ。
剣錬技大会のとき、ウィルはあえてルイスの記憶だけ消さなかった。
他の人は忘れている、自分だけが覚えているという事実がルイスの忠誠心を強く煽った。
ウィルの存在がひどく不気味に映ったルイスは、反王族の流れが強くなった学校で、わたしが王家にふさわしいということを早急に誰にでもわかるように示す必要があった。
ウィルはそれを狙った。
だからわたしは何気なく学校に通い、ひっそりとベルはわたしを守るように動いてくれた。
確かにウィルらしくない、わたしを危ない目に遭わせる可能性があるからベルが気に入らないのもわかる。
でも、わたしはむしろ嬉しいくらいだった。
「あの頼みをしてきたときのウィル、凄い顔してたから、許してあげて?」
「絶対許さない。しばらくあいつはかぼちゃ抜きよ」
「……それは逆に喜ぶんじゃないかな?」
外を見ると、王都とは少し趣の異なる街並みが徐々に見えてきた。
「もうすぐ公爵領ね。マリナ、準備はいい?」
「うん、ばっちりだよ……ベルにもらった道具の調子もすごくいい」
「ふっふっふ、マリナのためならばいくらでも作って差し上げよう!」
傍らに置いてある背負い袋の中に手を入れて、中に入っている道具の感触を確かめる。
「【美しき希望】の【最低】の錬金術師……一体どんな人なんだろう」
マリナ「二人のためなら、わたしはたとえ火の中水の中……」
ウィル「火と水のなか? お風呂にでも入るのか? 沸かすか?」
ベル 「マリナがお風呂に入るなら、あたしも一緒にお風呂入る!」
マリナ「いやそういうことじゃなくてね……」




