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31.頼み事

 

 ♠  ♁  ♠




 屋上から響いた青髪男によるマリナの神気の暴露。


 そうだ。

 マリナの体は普通じゃない。

 体の大部分が神聖な気配――神気で作られた【聖人】と言われる進化した人種。

 その性質上、【聖人】はその身から常に神気が溢れ出している。

 だからよほど愚鈍な奴じゃない限り、聖人かどうかは一目でわかる。

 また聖人は頑丈かつ膂力が強く、神気で作られた肉体は劣化しないため、寿命もまた大きく伸びる。

 あの指輪は、彼女の神性を抑えるためのもの。

 それをルイスは強引に外し、彼女が聖人であると見せびらかした。

 神性を持つマリナと同じく神性を持つ王家が一緒にいるべきであるというバカげた正当性を訴えるためだけに。


「思ったよりも派手に踊ったな」


 校庭から屋上を見上げ、一部始終は見えていた。

 ベルが駆け付け、指輪を回収してルイスを吹き飛ばしたこと。

 そしてルイスは手に持つ剣を校舎の壁に突き立てて落下の勢いを殺しながら、無事に地面に着地したこと。


 ルイスが地上に降りてきたところで、校庭にいた学生たちが奴の元へ殺到した。


「ルイス! あれは、どういうことなんだ!」

「ルナマリナさんには、いやルナマリナ様はどういった方なんだ!?」

「聖女なの?! 本当に!?」

「落ち着き給え、諸君。全てちゃんと説明しよう」


 本当ならあの男をぶちのめしたいが、あの人混みだ。

 突っ込んだ瞬間に蕁麻疹が出て保健室送りになるのがオチ、ここは素直に見逃すとしよう。


「ウィリアム、楽しそうだな」


 気付かないうちに笑っていたらしい。

 隣を歩くレヴィが言った。


「面白いくらいに思った通りに進んでくれるんだ」

「ならいいが……。それでこれからどうする? ルイスが動いたぞ」

「あいつはまだ先だ。それよりもレヴィ、聞きたいことがあるんだ」

「なんだ?」


 囲まれているルイスを横目に歩き出す。

 侯爵家のレヴィには、マリナから聞いたあることが聞きたい。


「【最悪の事件】について教えてくれ」

「……」


 聞くと、レヴィが口をつぐみ、目を伏せた。

 周囲には、ルイスに群がる連中ばかりで歩いていると俺たちのまわりには誰もいない。


「【最悪の事件】。それはおよそ三年前に起きた、ある三人の錬金術師を発端とする大量の死傷者が出た事件のことだ。錬金術師といっても、ただの錬金術師ではなく、三人ともこの大学の学生だった。一人は軍術、一人は錬金術、もう一人は特進術部だ。そのうちの錬金と特進の二人は過去に類を見ないほどの成績優秀者だったらしい」


 まるで今回の転校生三人のようだ、とレヴィは少しだけ微笑んだ。


「詳しいことは俺も知らない。それぞれ三人はそれぞれの理由で事件を起こした。一人は殺人を、一人は街を破壊した。そしてもう一人は友だったその二人を売った」

「三人同時に起こしただけか? それとも関わり合っていたのか?」

「ああ、動機自体は別だが、三人が影響し合ったことであの事件が起こったと言われている」


 ふむ……。

 最悪の事件、なんとなく気がかりで聞いては見たが、なるほど、思った以上に興味深い。

 アリータから兄とその友達のことを聞いた。そしてベルとマリナからアリータの兄が【最悪の事件】の関係者だとも聞いた。

 そして彼女の兄はとても優秀だったらしい。


「この学校にその三人の関係者がいるって噂を聞いたが……」

「ああ、確かにいる。もしかしたらウィリアムも知っているかもしれないな。その関係者の名はアリータだ。アリータ・ネーヴェニクス。剣錬技大会で不自然に歓声が無かったあの彼女だ」


 ネーヴェニクス家か。

 いつもアリータはこの事件の負い目があるからか、家名を名乗らない。貴族の地位を失くしたからかとも思っていたが、一応大会ではちゃんと家名まで呼ばれていたから、それもない。


「彼女の兄は何をしたんだ?」

「彼女の兄の罪名は不可解な部分が多い。他の二人と違って明確な罪というわけでもない」

「なんだと?」


 アリータの兄は明確な罪は犯してない。

 そしてさっきレヴィが言った三人のうち、明確な罪と呼べないものは一つだけ。


「【最悪の事件】を起こした三人のうちの一人。【最低】の錬金術師ライナー・ネーヴェニクス。それが彼女の兄の名だ。助命を請うために友を売り、二人を投獄するきっかけを作ったんだ」


 大きな矛盾。

 アリータは兄が友達のためにすべてを捨てたと言っていた。

 だがレヴィは彼女の兄が友達を売ったという。

 ……調べてみる必要があるな。



「レヴィ、その三人の居場所はわかるか?」




 ♠  ♁  ♠



 数日後。


「アリータ嬢、少しいいか」

「……なんですか? わたくしごとき犯罪者の家系にナサニエル家が話しかけるなんて。悪評が経っても知りませんわよ?」


 廊下に響く聞き覚えのある二人の声。


「些細な悪評も許容しよう。今はそれどころじゃないんだ」

「フン……いいでしょう、お話、聞いて差し上げますわ」


 アリータはルイスに向き直り、腕を組んだ。

 ルイスはそんなアリータの態度に眉をピクリと動かすも、冷静に尋ねた。


「ルナマリナ嬢がここ数日姿を現さない。聞いた話によると君のところの彼女も来ていないそうじゃないか」

「ええ、ウィルベルさんは優秀ですから、ここで学ぶことはもうないそうです。特にお友達に酷いことをした誰かさんのことが嫌いらしいので」

「そんな奴がいるのか、確かにそんなことがあれば通わなくなるのも当然だな。だがそれはチューターである君の責任だろう?」

「いけしゃあしゃあと……」


 あからさまにむかついたアリータだったけど、ルイスは彼女は眼中にないらしくマリナのことばかり気に掛けた。


「ルナマリナ嬢には王城に来てもらわなければいけない。この国のためにも彼女のためにもな」

「……本気で言っていますの? 王族入りすることが本当に彼女の幸せだと?」

「当たり前だ。この国で王家の一員になること以上に名誉なことなど存在しない。レオエイダンがそうであるように、この国でも聖人は崇拝の対象だ。王家にいることでその真価は発されるんだ」


 気持ち悪い価値観だ。

 なんにしろ、マリナは随分と学校には来ていない。ウィルベルもだ。

 未だに律儀に学校に来ているのは俺だけ。

 ああ、なんて優等生なんだろう、誰か俺を褒めてくれ。

 誰かっていうか、マリナが褒めてくれ。

 残念ながら彼女はいないので、誰も俺を褒めてはくれない。


「とにかく、ことは一国を懸けたものだ。彼女の消息を掴めたら真っ先に教えてくれ」

「……ええ、いいでしょう。ルナマリナさんを見つけたら教えて差し上げますわ」


 アリータ、ルイスともに鼻を鳴らして去っていく。


「ふぅ、我ながらこんなこそこそしないといけないなんて、有名人も大変だ」


 二人が去った後で、俺はすぐ横の教室からこっそりと這い出た。


「でもこれはこれで楽しいですよね! 昔のかくれんぼを思い出します!」


 たまたま一緒にいて隠れたミラも一緒に。


「懐かしいな。ミラも昔はかくれんぼなんてやったのか?」

「わたしの家は大家族で小さい子がいるんですよ。今でも実家に帰るとたまに相手してあげてます」

「いい家族だな」


 平民で大家族ということもあり、ミラの家は貧乏だ。そんな彼女と貴族ばかりのこの学校は合わないと思っていたが、最近は彼女も楽しそうだ。


「いい意味で注目の転校生二人がいなくなって、学校側も王族側も慌ててるな」

「悪い意味で注目のウィリアムさんには、学校側も王族側もうんざりですかね!」

「……」


 ちょっとミラは今の状況楽しみすぎだろ。

 なんか彼女だけ能天気に楽しんでるのは気に入らな……もとい、彼女だけ何もしていないのは心細いと思うので頼みごとをしよう。


「ミラ、ちょっと頼みがあるんだ」

「え、な、なんでしょう? ウィリアムさんみたいな凄い人の頼みを聞ける気がしません」

「お前、さっき俺のことうんざりっつったよな?」


 誰もいなくなった廊下を、ミラと二人で歩いていく。


「そういえばレヴィさんはどうしたんです?」

「あいつは反対派をまとめるのに忙しいらしい。これから俺も忙しくなりそうだ」

「え!? わたしは置いてけぼりですか!? わたしも連れて行ってくださいウィリアムさん!」

「お前、さっき俺のことうんざりっつったよな?」


 仲良くなると意外と口が達者なミラ。

 そんな彼女に頼みごとをする。


「ミラはレヴィと一緒にパーティだ。平民が喜ぶものを頼むぞ?」

「ぱーてぃ?」


 目を丸くしたミラ。


「なんでそんなことするんですか? あ、わかりました! 嫌われてるウィリアムさんも誰かと一緒に遊びたいから――」

「そんなわけないだろ! 結束深めるためだよ!」

「結束って、結局みんなと仲良くなりたいから――」

「違うよ!」

「またまた。貴族に嫌われちゃったからせめて平民と仲良くなろうとか――」

「違うって! そんなこというなら俺はもうでない!」

「手がかかる子供みたいです……」




ウィル「レヴィ、ミラと一緒にパーティ開いてほしいんだ」

レヴィ「え? 難しいな……どうすればいいんだ」

ウィル「侯爵家ならパーティたくさんやってるだろ?」

レヴィ「だってウィリアムがいたら人呼べないじゃないか」

ウィル「……」

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