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30.大きな手のひら

 

 ♥  ☽  ♥



 剣錬技大会後の初の登校日。

 登校して、教室の扉を開けた瞬間――


「ルナマリナさん! 大丈夫でしたか!?」

「お顔にお怪我は!? 良ければお薬お塗りしましょうか!?」

「待てみんな! 一斉に話しかけたら混乱するだろう!」


 群がってくるクラスの人たち。

 扉をばたんと閉める。


「……クラス間違えたかな?」


 表札を見直しても、うーん、やっぱり二学年の軍術学部。

 気を取り直して、もう一度扉を開ける。


『ルナマリナ様! おかえりなさい!』

「え」


 一斉にクラスのみんなが整列して頭を下げてきた。


「なに……どうしたの?」

「我々、考えたのです! ルナマリナさんは我がクラスに咲く一輪の花! 夜空に瞬く一等星!」

「そんなルナマリナさんが王族と言えど襲われている状況を目の前に、我らは何もできなかったのです! 軍の男として末代までの恥! 腹を切ってお詫びしたい所存!」

「しかし! 腹を切ってはルナマリナ様を守り切れない! 次こそは王族の権力になど負けず、正しきことを、善きことをするためにこの命を捧げます!」 


 ……なにこれ。

 なにがあったの?


「みんなは……どうしてわたしを守ろうとするの? わたしは女以前に、軍術を学ぶためにここにいるのに」

「この国は変わるべき時なのです。それには、ルナマリナさんの存在が必要です」

「……どういうこと?」


 聞くと、彼らは互いを見つめ合い、頷いた。


「ルナマリナ様。少しよろしいですか?」

「……?」


 隊列の中からルイスよりも大柄で頭を短く刈り込んだ理知的な青年が進み出てそういった。

 わたしは彼らに連れられて、教室とは違う人がいない部屋へと入った。


「なに? こんなところにつれてきて」

「他のものには聞かれたくないのです」


 畏まって言う彼らは、改めて見ると数が少ない。

 最初は勢いのあまりクラス全員が言っているのかもと思ったけど、実際には十人足らずしかいない。


「軍術学部のほとんどは貴族出身、それも結社入りが確定している者ばかりです」

「……そうなんだ、すごいね」

「そうではないのです」

「……?」


 青年が首を横に振った。


「少し、昔の話を聞いていただけますか?」


 そうして彼は話し出した。

 まず前提として、この国の【軍部】と【王家】は折り合いが悪い。

【王家】と結びついているのが軍ではなく【結社】であることもその影響らしい。


 かつてこの国が盛んに錬金術の研究を推していく中で、ある結社が昔、人間を使った危険な実験を行なったことがある。

 軍部はそれを摘発した。

 しかし、その結社のしていることは国からの命令だったという。

 結社を検挙した軍部は、王家に真相を問い詰めた。

 すると、当時の王はこういったのだ。


【お前たちの武器も何もかも、人を犠牲にすることで出来ている。邪魔をすれば、お前たちは国のために戦う力を失うことになるぞ?】


 と。

 それを聞いた軍人たちは錬金術で作られた武具の一切を放棄し、前時代ともいえるなんの力も宿っていない武具を使いだしたらしい。


【人を護るための我々が人を犠牲にして作り出した武具など使えるものか】


 だが当然、そんな武具は今の錬金術が発達したこの国では無価値に等しい。

 結果として軍は貴族の私兵にすら劣るほどまで力を落としてしまったらしい。


「人を使っていたその結社は……まだあるの?」

「いえ、軍部によって存在を表に出されたその結社は、数か月と持たずに解体されました。さすがの王家も軍部の抵抗には耐え切れず、人を犠牲にする種類の研究の一切を禁止したのです」

「なら、もう軍部は錬金術で作った武具を使ってもいいんじゃない?」

「軍は信用していないのですよ、王家を」


 ひどく怒った顔で言った。


「【王家】は人を道具としか思っていません。我々のことも同様です。……ここにいるのは、【貴族】に仕えるためではなく、民のための【純軍部派】を掲げる者たちです。この会話を【王族派】の連中に聞かれるわけにはいきません」


 なるほど……だんだんとわかってきた。

 本当に、この国は王族が国民から軍部に至るまで嫌われているらしい。

 好かれているのは、互いに利点のある結社とその結社に依存した貴族のみ。

 そんな状況でもこの国の王家が転覆しないのは、それだけ錬金術というものの存在が大きいから。


「なぜこの話を……わたしにしたの?」

「最初ルナマリナ様はルイスと親密にしておりました。チューターにあの男が付いた以上、我々は諦めておりましたが、あの剣錬技大会での一件で、我々は感銘を受けたのです」


 彼はこぶしを握り、喜びをかみしめるように歯を食いしばった。

 きっと彼が強く実感した言葉は――


「……『王と犯罪者の本質は同じ』」

「……その通りです。事実、あの王太子はルナマリナ様に一方的に手を挙げました。親がる淑女を囲い、止めようとした男一人を多勢で囲み、当然のように殺そうとする。人を平然と犠牲にして、自分たちはその甘い汁を吸う。……これが犯罪ではなくてなんなのですか? これを王だと崇めるのが正しいことですか?」

「……」

「答えは否、です」


 昂った感情を冷やすように、彼は一度大きく息を吐いた。

 彼らもまた、わたしのようにこの国に何かされたのかもしれない。

 自分たちが不利だとわかっていても、ずっと諦めずに戦おうとしてる。


「我々はレヴィ・ユトレヒト侯爵家ならびに昨日あなたをお救いした仮面の転校生に従うと決めています。良ければ、ルナマリナ様も我々の仲間に加わってほしいのです」


 まっすぐに彼らはわたしを見つめてくる。

 彼らの想いはわかった。とっても強い想い。

 でも、わからないことがある。


「なんでわたしに? ……わたしはそんなに強くない。ルイスはもちろん、きっとあなたにも勝てないよ」

「ルイス・ナサニエルがあなたを欲するように、我々もあなたという象徴が欲しいのです。ひどい言い方をしますが、我々が欲しいのは、あなたの力ではなく、あなたの存在です」


 ……なるほど。

 彼らが欲しいのは都合のいい神輿だ。

【王家】が欲しているという事実さえあれば、わたしである必要はない。

 ルイスと同じように彼らもまた、自分たちのためにわたしを利用しようとしている。

 それならわたしの答えは――


「ここで何をしている」

「っ!?」


 突如乱入してきた声に、彼らは一様に反応し、声がしたほうを見た。

 そこには――


「ルイス・ナサニエル……」


 いつものような笑みではなく、相手を睨みつける険しい目で部屋の中の全員を一瞥した。


「……なるほど、お前らはルナマリナ嬢を自陣に取り込もうということか。だが残念だ。彼女は既に王族の一員だ」

「……何を言ってるの?」

「さあ行こう、僕の愛しのルナマリナ嬢。君が一緒にいるべき人間はこんな連中じゃない」

「……ちょっ!!」


 ルイスが強引にかき分けてきて、わたしの腕を掴んで引っ張りだした。

 抵抗しようにもルイスの力が強い。


「待てルイス・ナサニエル。これ以上の勝手は許さないぞ!」

「……なに?」


 さっきわたしと話をしていたルイスより大柄な青年が立ちふさがった。


「ルナマリナ様は嫌がっている。嫌がる淑女を無理やり連れて行くのがナサニエル家のやり方か?」

「フン、アレク・ローゼンタール、弱小貴族の次男か。これは無理やりではない、これは彼女のためにやっていることだ。彼女はまだ自分を知らないだけ、僕が彼女の本当の姿といるべき場所を教えて差し上げるんだ」

「何を言っている?」


 アレクというらしい青年は、ルイスの言葉に眉根を寄せた。


「彼女の居場所は彼女が選ぶものだ。それは誰にも強制されるべきじゃない」

「そうだろうとも、そしてそれは君たちにだって言えることだ。男大勢でこんなところに彼女を連れてきて、見苦しいと思わないのか?」

「我々は強制してなど――」

「もういい、話すだけ時間の無駄だ」


 ルイスが進もうとすると、アレクが彼の肩を掴んだ。


「待て! 彼女を連れていくことは――」

「邪魔だ!」


 するとルイスはアレクの顔を思い切り殴りつけた。

 アレクは吹き飛び、壁にぶつかって力無く倒れた。

 ルイスは再びわたしの腕を掴んで歩き出す。


「痛い。離してっ」

「すまない、ルナマリナ嬢。少しの辛抱だ。このあと、すぐにこの学校の連中全員に思い知らせてあげよう」

「なにを――!」


 満足に聞くこともできずに、ルイスはわたしを担いで廊下を本気で走り出した。

 廊下を駆け抜け、階段を何段も飛ばし、上へ上へと昇っていく。

 曲がりなりにもわたしを気遣っているのか、激しい動きにもかかわらず揺れは少ない。

 でもだからって、うれしいわけがない。

 しばらく抵抗しながらもルイスはなんなく走り続けた。

 その揺れが止むと、代わりに感じたのは走ったときの風とは違う天然の風。


「ここで証明する。すべての者へ、君の価値を」


 ルイスがわたしの手を掴んだまま降ろした。

 ――連れてこられた場所は学校の屋上、誰からもよく見える場所だった。

 校舎の下、まばらにいる学生たち。

 ルイスは眼下にいる学生たち全員に向けて息を吸い、大声で――


「よく聞け!! お前たち! ここにいるルナマリナ嬢は王家に所縁のある由緒正しき神聖なお方だ!! 故に! 王家に嫁ぐにふさわしいことをここに証明してみせよう!!」

「――何を!」


 訳の分からないことをっ。

 とっさに逃げようとするけど、もはや痣が残りそうなほどに強く腕を握られ、強引に引き寄せられた。


「ルイスっ、なにを!」

「大人しくするんだ。君だってこのままではいけないんだ」


 ルイスはわたしの左手を取った。


「王家の者は忘れている。君のことを。だから僕が思い出させる。君こそがこの国の未来だって、この国中に知らしめてやるんだ」


 ルイスは左手にはめられていた指輪を掴み、指から抜き去った。

 途端に溢れ出してくるわたしの【神気】


「―――ハハッ! 想像以上の【神気】! 神性! 完璧な【聖人】だ!! まさしく【聖女】だ!」


 わたしの体を形作る神気が屋上から広がった。

 無色透明で人には見えないけど、人の心に直接訴えかける精神の波濤。

 屋上にいたわたしたちを、下にいた人たちは見上げ、たちまち驚き騒ぎ出す。

 まばらだった校庭はあっという間に人が増え、学生どころか教師までもがわたしを見上げていた。


「ルイス! 指輪を返してっ!」

「それはできない。君を縛るこんな指輪はここで捨ててしまうべきだ」


 彼は奪った指輪を屋上の外側へと投げ捨てた。


「あ――!!」

「よせ、落ちたくはないだろう?」


 慌てて拾おうとするも、再びルイスに腕を掴まれた。


「離して!!」

「っ!」


 強引に腕を解き、落ちかけた指輪を取ろうとした。

 だけど指輪は無情にも屋上のはるか向こう側、手の届かない位置へ落ちていく。

 わたしの手が届くことはなく――


「ねぇ、何してんのかしら?」


 ぴたりと指輪が静止した。

 落ちることなく、ふんわりと持ち上がり、手を伸ばしていたわたしの手の中に納まった。

 ……こんなことができるのは――


「君か、邪魔をしないで欲しいな」

「あんたこそ、ストーカーの次は嫉妬にくるって指輪の強奪? 器の小ささは水たまりみたいね」


 銀髪につばの広いとんがり帽子をかぶったベルが、ルイスに杖を向けていた。


「僕に杖を向けるなんて、もしかして魔女の真似ごとかな? そうだね、【美しき希望(カルミア)】に招待されるほどだ。【錬金公爵】にあやかって【錬金の魔女】とでも呼ぼうか?」

「呼び方なんてどうでもいいわ。むしろここであんたを突き落としていいなら、【殺人鬼】って呼ばれてもいいくらいだし」


 いつにない殺気を向けるベル。

 一方でルイスもまた、彼女から受ける殺気で剣に手をかけた。


「君が僕に何かをする前に僕の剣が君に届く。錬金術師は道具が無ければ戦えない」

「どうかしら? あたしが錬金術師の弱点をそのままにしておくと思う? あんたが近寄る前に、あたしはあんたを吹き飛ばせる」

「面白い、試してみようか?」

「ええ、いいわ。でも――」


 ベルはニヤリと笑い、視線をルイスの背後へ向けた。


「あんたにその仮面の男の相手はきついんじゃなくて?」

「――!?」


 ルイスはとっさに背後を振り返る。

 でもそこにはただの空が広がるだけ、どこにも仮面をつけた男はいない。


「ハッタリ――!?」

「ざんねん、さよなら」


 生み出した一瞬のスキを突いて、ベルがルイスを吹き飛ばした。

 地面から足が離れ、なすすべもなくルイスは屋上から投げ出される。


「はぁ、まったく。あの教授に声をかけられなかったらこうなる前に止められたのに」


 ベルはため息を吐いて、わたしに手を差し出してくれた。


「大丈夫? ケガしてない?」

「うん、大丈夫……ちょっと手首に痣が残っただけ」

「なんだってー! すぐに病院行きましょ! あたしが薬作ってあげる! すぐになーんの痛みも感じなくさせてあげるから!」

「それ……ちょっと怖いよ、ベル」


 立ち上がり、指輪をはめ直してベルと一緒に屋上から降りて行った。

 わたしの神気がバレてしまった。

 これからはまともに学校に通えない。


「全部、予想通りだね」


 わたしとベルはひっそり笑った。




ベル 「マリナに何かあったらまずいから、あたしが護衛するわ!」

マリナ「でもベル、変な人についていくでしょ」

ベル 「そ、そんなことないわよ!?」

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