幕間②:骨折ってどう治す? 反対に折ればいいんじゃない?
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ルナマリナさんと共に、わたくしは街に出たウィリアムさんとウィルベルさんに隠れてついていきました。
そこでわたくしは、二人の意外な一面を見ることができました。
例えばウィリアムさん。
子どもが店番をしている露店の前に腕を組んで仁王立ちして、何やら真剣な顔をして話し込んでおりました。
「おい、この店のもん全体的に高すぎるぞ。もっと安くしろ」
「そ、そんなこと言われてもぉ……」
仮面を外したウィリアムさんは、相手が子供でも容赦なく値引き交渉をしていました。
「例えばこの財布、原価と相場を考えればもっと安くできるはずだ。なのになぜこんなに高い? 利益率なんパーだおい?」
「そ、そう言われましても、もうこれ以上は値下げできませんよ」
「大丈夫だって、君ならいける。ほら、もう一声!」
相場や原価を把握し、理性的かつ根性論で攻めるウィリアムさん。
とても容赦ないです……。
「もう既に手頃な値段なのにまだ値切りますか。ウィリアムさんって、引くほどドケチですのね。子供から利益むしり取ってますわ。止めたほうが良くないですか?」
「あの子にとってはこれも一つの社会勉強……むしろちゃんと交渉の体を成している分、ウィルはまだ優しいほう」
ほら、とルナマリナさんはもう1人の方を指さしました。
「こっからここまで全部のかぼちゃちょうだい。あ、値段はこのお財布の中の金額に収まるくらいでよろしく」
「ん? 嬢ちゃんこれじゃ足りないぞ。かぼちゃだって野菜の中ではかなり高いんだからな」
「そこをなんとかよろしく! んじゃ持っていくね!」
「え? ちょっと、おい!」
店主が止めるもなんのその、ウィルベルさんはそそくさとかぼちゃをありったけ袋に詰め始めました。
「あれはさすがにダメじゃないですか? 交渉というかほぼ泥棒では?」
「目の前でやってるから泥棒じゃないよ……一応お金は払ってる」
「目の前でやるのは強盗では? 交渉ではないですよ?」
「大丈夫だよ……たぶん」
「たぶん!?」
ルナマリナさんですら若干の不安を抱えているご様子で、わたくしはますます心配になりました。
「さすがに金は貰わないと困る! 憲兵呼ぶぞ!」
店主の訴えにウィルベルさんはあごに手を当てて、一つの提案をしました。
「おっちゃん、ここは一つ、捨て値でかぼちゃを売るのも一つの手だよ?」
「なんだって?」
「あんな風になりたくないでしょ?」
ウィルベルさんは親指を立てて背後を指さしました。
その先は、子供に容赦なく脅迫しているウィリアムさんのお姿。
「ほら、いい加減諦めて値引きしろ。こっちは仕入れルートまで把握したうえで言ってんだぞ」
「あーもーわかりました! 言い値で売りますよ! 売ればいんでしょ!」
「おーよく言った。聞き分けが良い奴は大好きだ。また来るぜ」
「二度とくんなー!!」
ねちねちと自分の望むまで交渉し続け、見事捨て値で勝ち取ったウィリアムさん。
ちなみに一つの品物を買うまでに交渉を1時間続けておりました。
そんなウィリアムさんはほくほく顔で、次の獲物を探すかの如く視線を周囲に走らせ、そしてウィルベルさんのいるお店に目を付けました。
それを見て、ウィルベルさんの相手をしていた店主が小さく息をのみました。
「ほらほら、早く言う通りにしないとあんな風にねちねち言われちゃうよ?」
「わ、わかった、わかったから早く持っていってくれ!」
「やった、ありがと! また来るからね!」
「二度と来ないでくれぇ!」
見事、店を出禁になったウィルベルさんはそれでも笑顔で大量のかぼちゃが入った袋を抱えて、やってきたウィリアムさんと合流しました。
「ちょっと、子供恫喝するなんて風采が悪すぎるわよ。もうちょっとマシな交渉できないの? というか男なら言い値で買いなさいよ」
「うるせぇ、人を脅迫材料にした奴が何言ってんだ。それにまたかぼちゃだけしか買ってないのかよ」
ウィリアムさんはウィルベルさんが抱えている荷物を受け取りながら、周囲を見回しました。
「にしてもここら辺はどこも物価が高いな。ベネラクスの首都に近いと言っても限度があるぞ」
「なんでもここの土地を治めている貴族が無能らしくて、物価が上がり続けてるんだって。この辺りの人たちみんな辟易してるらしいわ」
「この国にまともな貴族はいねぇのか」
ぶつくさぼやきながら、お二人は再び商店街を進んでいきました。
わたくしとルナマリナさんもお二人をばれないように追っていきます。
「そういえば、お二人はこの買い物をするためにどうしてわざわざこんな遠いところにやってきたんでしょうか。皆さんのお家から近い店は他にもあったでしょうに」
「こないだの件で二人の素顔はバレてるから、あまり近いところにはいけないの……だからウィルはわかりやすい仮面を外してる」
「仮面を外したほうがわからないとは、おかしな話ですわね」
健康的なにぎやかさに包まれた商店街をわたくしたちは進みます。
ですが、しばらくして町の一角から何やら物騒な騒ぎが聞こえだしました。
方々にいた住人の方々がおびえた様子で、大通りの隅に寄って小さく人目につかないように姿を潜めだしました。
「なんだろう?」
「どうしたんでしょうか、この辺りのことはわたくしもよくわかりませんの」
わたくしとルナマリナさんも訝しみますが、わたくしたちの先にいるウィリアムさんとウィルベルさんのお二人は何も気にせず大通りの真ん中を歩いていきます。
元から隠れるようにお二人を尾行していたわたくしたちはそのまま人目につかないようにしていました。
よって、今目立つ位置にいるのはあのお二人だけ。
そんな一気に寂しくなった商店街、その向こう側から4人の集団が新たに姿を現しました。
「相変わらずここはしけてますね、デンヴィック様」
「まったくだ、我が領にこんな寂れた商店があること自体が嘆かわしい。だが、おや?」
やってきたのは、これまた貴族らしい黒とごてごての金紐をつけた服を纏った男でした。
三人の取り巻きを連れた男は、露店の一つを開いている老婆の店の前で止まりました。
「ふむ、物価が高いな。ということは、この辺りの物は高級店ということか?」
「それだけ価値ある品があるに違いありません。この領の優れた技術です!」
「デンヴィック様の治世のおかげです。どうでしょう? 一つ買っていかれては?」
「そうですね! ここにはきっとデンヴィック様にも似合う品物がありますよ!」
取り巻きの言うことに満足げに頷くデンヴィックと呼ばれた貴族は、老婆の商品に目を落とすと、眉をひそめました。
「値段の割に安っぽい。これが高級品だと?」
デンヴィックは老婆を睨みます。
「値段に合わないようだが?」
「これが適正なんですじゃ。この辺りでは仕入れも一苦労でしてのう」
少しばかり怯えながらも真摯に対応する老婆でしたが、その返答が気に入らないのか、デンヴィックは露骨に怒りの顔を浮かべ、剣を抜きました。
「つまり、私の治世が気に入らないと?」
剣を突きつけられた老婆は短い悲鳴を上げ、即座に頭を下げました。
「め、滅相もございません! ワシの至らなさ故でございます」
「フンッ! そうだろうな!」
デンヴィックは鼻を鳴らし剣を納めました。
そして汚いものを見る目で老婆を見下ろしていましたが、片隅にあった現金箱に目を向けました。
「そういえば、ここで商売をするにはみかじめ料をもらわないとな?」
言葉と同時に、取り巻き達が老婆から現金箱を強引に取り上げました。老婆は慌てて抵抗しますが、三人もの取り巻きに襲われ、なすすべなく奪われてしまいました。
「それは大事なものなんです! 奪われては、ワシは――」
「うるさい! 誰のおかげで店を開けてると思っている!」
老婆から現金箱を奪った4人は我が物顔で再び商店街を闊歩し始めました。
「デンヴィック様に直接ご献金できてさぞかし嬉しいでしょうね」
「無能な商売人には身に余る光栄だな。だが、あの老婆だけではいささか不平等ではないか?」
取り巻き達はニヤリと笑いました。
「それはいい考えですね! お? 目の前にちょうどいい平民がおりますよ!」
取り巻きの一人が向かってくる二人――未だ平然と歩くウィリアムさんとウィルベルさんがおりました。
二人、特に見目麗しいウィルベルさんを見て、デンヴィックは下卑た笑みを浮かべました。
「あれは随分と上玉な平民がいたものだ。あれはあの女の男か?」
「邪魔ですね。一つやってしまいますか?」
「ここは人が多い。正当なやり方でやれよ?」
「へいっ!」
取り巻きの一人が肩を鳴らしながらウィリアムさんの方へと歩きだしました。
まるですれ違った者を吹き飛ばそうとするかのように、すれ違う方の右肩に力を入れて。
そして、すれ違う瞬間に、思いっきりウィリアムさんに肩をぶつけました。
「おっと、肩いったーーーッッ!!」
ちょっと当たっただけにもかかわらず、男は吹き飛び絶叫をあげて地面を転がりました。
一方でウィリアムさんはびくともせず、転がった男を胡乱な目で見つめるだけでした。
「なんだこいつ。自分からぶつかりに来たくせに大げさだな。こっちはびくともしてねえのに」
「当たり屋じゃない? あたしたちにやるなんて馬鹿だねぇ」
何が起きているのか理解していない二人の元に、デンヴィックたちがやってきました。
「おいおい、私の連れに随分と酷いことをしてくれたようだな?」
「いや、勝手にぶつかって勝手に怪我しただけなんだけど」
「だが貴様が怪我させたことには変わりあるまい」
デンヴィックは腰の剣を抜き、取り巻きの一人もまた囲うように剣を抜きました。
もう一人の取り巻きは倒れている仲間を介抱しだしました。
「いたいたいたいッ!」
「おい大丈夫か? ……ってホントに折れてるじゃないか!」
ありえない方向に腕が折れているのを見て、介抱した男は驚愕しました。
その様子にウィリアムさんは僅かに眉をしかめます。
「それは悪いことをしたな。どうしようか」
「反対に折れば治るんじゃない?」
「おお、名案だ」
ウィルベルさんの提案にウィリアムさんは手を打ちました。
倒れている男のそばに座って折れた腕をとって――
「こっちかな?」
ぼきっ。
「あああああああああああッ!!!」
「あれ、おっかしいな。全然治らない」
「まったくもう、全然だめじゃない。ちょっと貸して、あたしがやるわ。……あ、間違えた」
ビキッ。
「のあああああああああああッッ!!」
「おいどうすんだ。悪化していく一方だぞ」
「とりあえず元の状態に戻しましょ。元はどんな感じだった?」
「たぶんこんな感じだった」
ベキッ!
「いや、それは絶対違うでしょ。もっとこうよ」
ペキャッ!
「これでもダメか」
「じゃあ全方向に回しましょう」
べきぼきぺきゃっ!
「ぐわあああああああっ!」
「おっ、治ったんじゃないか?」
「さっすがあたし! やっぱできる女ね!」
好き放題した二人はやりきったとばかりに晴れやかな笑顔を浮かべていました。
一方で、完全に腕が粉砕骨折した男は完全に泡を吹いて白目をむいて気絶しました。
「む、むごすぎる……」
お二人の毒牙にかかった取り巻きの人は、残念無念というしかありません。
どうか、安らかに――
ウィル「昔骨折れた時、反対に折ったら治ったんだ」
マリナ「筋肉が強すぎて元の位置で止まったんじゃないかな」




