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幕間①:結婚するなら? マリナー!


 ◆  ␣  ◆



 それは穏やかな日差しが窓から差し込む心安らぐ朝に起きました。


「ウィリアムさんって、どちらと結婚するんですの?」

「は?」


 頭に寝癖を付けながらリビングにやってきたウィリアムさんは、目を丸くして気の抜けた声を出しました。

 わたくしを見て目をぱちぱち瞬かせた後、目をこすってわたくしを凝視します。


「……寝ぼけてんのかな」

「あら、それはいけませんわ。お顔でも洗ってきてはいかがでしょう」

「そうする」


 ウィリアムさんは首をひねりながら、洗面所の方へ向かわれました。

 しばらくして、少し湿った頭をタオルで吹きながらすっきりとした顔で再びウィリアムさんが戻ってきました。


「あ~、すっきりした~」

「おはようございます。朝食はいかがいたしますか? わたくしは先にいただいてしまいましたが」

「…………」


 ぴたりと、ウィリアムさんの動きが止まりました。


「あれ、顔洗ってすっきりしたと思ったのに、まだ寝ぼけてんのか?」

「どうかしましたか? ウィリアムさんはもうすっかり起きていると思われるのですけれど」

「そうなのか? ありえないことが今目の前に起きているからてっきり寝ぼけてんのかと思ったんだが」

「ありえないこととは?」


 ウィリアムさんはわたくしを指さしました。


「ここにボッチ女がいる」

「ボッチ女! そんな人がいるのですか! それは大変ですわ!」


 ボッチの女性がいるのなら、ぜひともわたくしがお友達になってあげますのに!


「お前だお前。ボッチのアリータ」

「え? わたくしですか。わたくしボッチじゃありませんことよ。お友達ならここに……」

「この家の人間を友達扱いしたら殴るからな」

「なぜ!?」


 ウィリアムさんは深いため息を吐くと、わたくしの正面に座りました。

 ちなみに今、ウィリアムさんは顔を洗った直後ということで、仮面をつけておられません。

 ウィリアムさんの御尊顔を初めて見ましたが、意外にも純朴で目元は彫が深く、女性受けのよさそうな眉目をしていられました。

 ただ、目つきが少々悪いのが玉に瑕ですわね。

 そうでなければ、きっと女性に言い寄られていることでしょう。

 もっとも、普段は仮面をつけていて目つきの悪い目元しか見えないので、彼に言い寄ろうとする女性はめったにおられないと思います。

 そう思うと、彼の顔を知れたわたくしはまた一歩、ウィリアムさんと仲良くなれたと言えるのではないでしょうか。


「あ、仮面忘れてた」


 ウィリアムさんはどこかから取り出した仮面をかぶってしまい、顔を隠してしまわれました。

 ああ、近づいた距離がまた遠くなっていきますわ……。


「つうか、この家隠したはずなんだけどな。どうやってここに来たんだ?」

「どうって、いつも通りウィルベルさんの後ろをついてきただけですわよ」

「はい?」


 またまたウィリアムさんは目を丸くして、しわの寄った目頭を揉みだしました。

 疲れているのでしょうか。いえ、それも当然でしょう、昨日は剣錬技大会であんなことがあったのですから。

 気を紛らわすために、ここはひとつ、わたくしがお話を振ります。


「それでウィリアムさんは、どんな方と結婚するのですか?」

「は?」


 またまたウィリアムさんが目を丸くして驚きました。


「なんだいきなり。俺が結婚するわけないだろ」

「いいから教えてくださいまし。仲良くなるには恋バナと決まっていますのよ」

「それ女同士の話だろ。それも仲良くなってからするやつ。男とする話じゃねぇぞ」


 呆れるウィリアムさんでしたが、わたくしはじっとウィリアムさんが話してくれるのを待ち続けました。

 恋バナは相手が話してくれるまで、根気良く待つのが大事なのです。だってとても恥ずかしくも大事なお話ですから!


「それで、結局どんな方ですの!?」

「マリナ」

「あ、そうでしたわね……」


 もはやお決まりみたいな感じの即答に少しだけ頭痛がした気がします。

 昨日のお話から、ウィルベルさんとウィリアムさんがマリナさんに対して並々ならぬ感情を抱いているのは知っています。

 ただルナマリナさんとの恋バナを聞いても、何も話が広がらない気がします。


「では、ルナマリナさんではない方でウィリアムさんはどんな女性となら結婚を考えようと思いますの?」

「しつこいな」


 若干イラついた感じを出すウィリアムさんでしたけど、わたくしは負けません。

 ウィルベルさんに倣って、わたくしもしつこく食い下がるのです。

 いまかいまかと待ち続けると、ウィリアムさんはため息を吐いて話してくれました。


「毎日必死に生きてる頭が良くて運動できて強くて品と教養があって、恋愛体質じゃない一人でも生きていけそうな毅然とした芯がある人。いいなりはつまらないが淡々としてても面白くないから、適度な跳ねっ返りが良いな」

「え……」


 そ、想像以上のハードルの高さに、わたくしは面食らってしまいました。


「要求高くて具体的すぎません? ウィリアムさんの求めるようなレベルの人がいるとは思えないのですが……」

「別に結婚したくねぇからな。こんぐらいじゃないと一緒にいる気なんか起きねぇよ」


 それだけ言ってウィリアムさんは二階に上がってしまわれました。

 うぅん、ウィリアムさんと恋バナしてみましたが、これはなんか違う気がします。


「次にリベンジですわね」


 誰もいなくなったリビングでしばらくくつろいでいると、次のお友達がやってまいりました。


「おっはよー、ご飯はできてるもん適当に食べて……」


 やってきたのはわたくしの一番のお友達のウィルベルさんでした。

 彼女はあくびをしながらリビングにやってきましたが、先にくつろいでいるわたくしを見ると動きを止めました。


「あ、あれ? あたしまだ寝ぼけてんのかな? 幻術があたしにも聞いてるのかな?」

「いえ、寝ぼけてなんていませんことよ。ウィルベルさんの一番のお友達であるわたくしが遊びに来たのです!」

「いや、今日予定があるんだけど……」


 ウィルベルさんは額に手を当てため息を吐きました。

 朝から嫌なことでもあったのでしょうか。それともやはり昨日の疲れが残っているとか。

 それはいけません、せっかくの休日に疲れがたまっているだなんて、ここはもう一度寝るのも手ですわね。そのときはわたくしも一緒に寝てとなりで恋バナをいたしましょう!


「それでウィルベルさんには好きな人はいるんですか?」

「なにがそれで(・・・)よ。急に何よ、変な話して。マリナに決まってるじゃない」

「あ、いや、そうじゃないんですのよ……」


 本日二度目の答えに明確に頭痛がしてきました。

 ウィルベルさんはキッチンの方で朝のジュースを入れると、わたくしの前に座りました。


「それで、なんでそんな話してきたのよ。あ、もしかしてアリータ好きな人できたの?」


 ウィルベルさんが少しだけ驚いた顔をして聞いてきましたが、残念ながらわたくしには殿方と交流する機会は数少ないのでそれはありません。

 わたくしは首を横に振って、恋バナの効果について語ります。


「仲を深めるには恋バナです! 先ほどウィリアムさんとも恋バナをしたところなんですよ!」

「え? 恋バナ? ウィルが? うそでしょ?」

「本当です!」


 戸惑った顔を浮かべるウィルベルさんもとても可愛らしいですわね。

 ウィルベルさんは同じ女性のわたくしから見てもとても見た目のいい女の子です。

 陶器のような白く透明感のある肌に爛漫に輝く大きな瞳、細かいことは気にしない明るい性格に、なによりころころと変わる表情はとても魅力的で一緒にいてとても楽しいのです。

 そんなウィルベルさんと付き合う人は、きっと世界で一番幸せ者ですわ。


「ウィルベルさんくらいなら、きっとお相手はすごい人なんでしょうね。わたくし、今から楽しみですわ!」

「まだ何も言ってないんだけど……まあでも、確かにあたしと釣り合う男がいるとしたら、たぶん世界で一番いい男に決まってるわね!」


 ウィルベルさんは胸を張って鼻高々に言いました。

 いつも自信満々なウィルベルさんの恋愛事情がわたくしとても気になりました。


「ウィルベルさんはお付き合いされた方はいるんですの?」

「そんなのいないわよ。あたしと付き合える人間がそんなにいるわけないじゃない」

「では、どんな方なら釣り合うのでしょう?」

「そうだねぇ」


 ウィルベルさんは手のひらを広げて、指を畳んで数えながら教えてくださいました。


「あたしと釣り合うとしたら~お金持ちで~、強くて賢くて顔が良くて人気であたしのやることにちゃんと付き合ってくれる人でしょ? でもいいなりはつまらないから、適度にちゃんと自分を持ってて、そのうえでそれを曲げてあたしと一緒にいてくれる人かな?」


 片手では収まらない条件の多さと高さに、わたくしは頭がこんがらがりました。


「えっと、だんだんわからなくなってまいりましたわ。そんな人いらっしゃるんですの?」

「いなきゃ一人でいるまでよ。今の生活も気に入ってるし」


 ウィルベルさんはキッチンに行ってあるものを適当に口に入れると、再び二階の自分の部屋へと戻っていきました。

 わたくしも一瞬追いかけようと思いましたが、もう一人気になる方がいるので、そのまま待ちます。

 すると、先ほどのお二人とは違う、ゆっくりとした足音が二階から降りてきました。


「おはよう……あれ、アリータ?」


 いつ見ても目の保養なルナマリナさんがいつも通りの眠たげな眼をこすりながら降りてきました。

 ルナマリナさんは唯一わたくしがこの家にいても特に追い出そうとすることもない穏やかな人なので、わたくしも不思議とルナマリナさんの前では落ち着けました。


「ルナマリナさん、おはようございます。ところで、ルナマリナさんには好きな人はおられますか?」

「ウィルとベル」

「あ、そ、そうでしたわね……」


 まさか、何の疑問もなく即答するとは思いませんでしたわ。

 しかし、ルナマリナさんの好きは恐らく、わたくしが聞きたい好きではありませんわね。


「ルナマリナさん、わたくしが聞きたい好きは、その、男女の中といいますか、一生を添い遂げたいと思うほどの恋愛的な意味で聞いてるのですけれど」

「知ってるよ?」

「そう、知っているのですか。よかったです。ではもう一度聞きますが、ルナマリナさんのお好きな人は――……」

「ウィルとベル」

「……あれ?」


 なんかおかしいような。

 ウィリアムさんは殿方なのでわかります。ですが、ウィルベルさんはルナマリナさんの恋愛対象に入っているのでしょうか?


「わたしはあの二人が幸せになってくれればそれでいいの……わたしがあの二人を幸せにしたい。この愛に性別なんて関係ない」

「――っ!!」


 今、わたくしはとんでもない真理を学んでしまったのかもしれません。

 愛に性別なんて関係ない。確かにそうです。

 わたくしはウィルベルさんが大好きですし、一生一緒にいてもいいくらいです。

 これが恋愛とどう違うかなんて、理屈では説明できませんわ!


「これは、とても大切なことを教わった気がします! わたくし、ちょっとウィルベルさんとお話ししたくなってきましたわ!」

「それはダメ」


 わたくしが椅子から立ち上がろうとすると、ルナマリナさんが見た目にそぐわない強い力でわたくしの手を掴みました。


「ど、どうして止めるんですの?」

「あの二人の間に入るのはダメ……アリータは二人にも同じ質問したんでしょ?」

「ええ、まあ」


 ルナマリナさんが薄く微笑み、少し上を見上げました。

 すると、二階からウィルベルさんとウィリアムさんの声が聞こえてきました。


「ちょっとウィルー! 暇なら買い物に付き合ってくれない? 荷物持ち!」

「はぁ? 嫌だよ。昨日消化不良だから一日鍛錬するって決めてんだよ」

「荷物持ちも立派な鍛錬でしょ。ほら、いいからとっとと来る!」

「うげっ! 杖構えてこっちくんな! わかったよ行きゃいいんだろ!」


 どたどたと大きな物音が少し続いた後、二人の足音がわたくしたちのいる一回に降りてきました。

 降りてきたウィルベルさんは、わたくしたちのいるリビングにひょっこりと顔を出しました。


「ちょっと出かけてくるけど、マリナはどうする? 疲れてるなら休んでてもいいわよ?」

「うん、そうする……アリータの相手してるから、二人はゆっくりしてきてね」

「もー、マリナいい子ねー! ちゃんとお菓子買って帰ってくるから、楽しみにしててね! ほらっ、あんたはさっさと来る!」

「んあー、俺もマリナとゆっくりしてぇよ~」


 王太子をボコボコにしたウィリアムさんを顎で使うウィルベルさん。

 この家の中の力関係がいまいちよく理解できないのですが、とりあえずこの国よりもこの家の方が強いということが分かった気がしました。

 出ていくお二人を見送ったわたくしたちですが、ふと思いました。


「マリナさんはわたくしに付き合ってくれるということでしたけど、本当にいいんですの? とても嬉しいですが、ルナマリナさんはお二人のことが……」

「ふふっ」


 ルナマリナさんは突然見とれてしまいそうな笑顔を浮かべました。

 そして、まるで悪戯を思いついたウィルベルさんのような、少しだけ意地の悪い顔をします。


「あの二人がどういう関係か……見てみない?」


 その提案はまさしく小悪魔という言葉がぴったりで、わたくしは抗うことはできませんでした。


「ぜひ見に行きたいですわ!」


 こうして、休日のお二人の過ごし方をストーキングすることになりました。


マリナ「愛に性別は関係ないって、この間遊んだボードゲームの結婚マスに書いてあった」

ウィル「遊びで結婚したのか! それはやっちゃいけないことだぞ!」

ベル 「絶対に許しません! ウィルもろともそのゲーム焼き尽くしてやるわ!」

ウィル「なんで俺燃やすんだよ!」

ベル 「監督不行き届きよ!」

マリナ「だめだ……二人の前で恋愛の話はもうやめよう」

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