26.王と罪
♠ ♁ ♠
ああ、久しぶりだ。
こんなに腹が立ったのは。
「なんだ貴様」
「王よ、ここはお任せを」
闘技場の中心でマリナを囲み、俺からマリナと王太子を隠すように剣を構える青髪の男。
こいつはマリナの味方じゃなかったのか。こいつは騎士だなんだ言っておきながら、彼女をあんな下種に売ったのか。
……これだから人間は嫌いだ。
「どけよ。俺の試合の時間なんだよ」
「違うな。今はこの国の次期国王、センデリック・フィス・ベネラクス様の演説と婚礼の時間だ。一介の学生の出番ではない」
「黙れクソギンチャク」
「なんだと?」
人の隙間から覗くマリナを見れば、彼女は僅かに瞳に涙を浮かべてこっちを見ていた。
彼女の頬は赤かった。
あぁ、我ながら馬鹿なことをしたもんだ。
目立つ目立たないなんて、どうでもよかったんだ。
どうせ俺たちみんな目立つなら、最初から一緒にいて守ればよかった。
そうすれば、この青髪男のような害虫が付くことはなかったのだから。
「それ以上近づけば斬るぞ」
青髪男は訓練用の木剣ではなく、本物の真剣を抜いた。
観客席から幾人かの息をのむ短い悲鳴が聞こえる。
だが俺は挑発するように手招きをした。
「来いよクソども。格の違いを教えてやる」
「――かかれ!!」
ルイスを筆頭としたセンデリックの取り巻き達が一斉にとびかかってきた。
俺は目の前にいるルイスへ向かって跳躍し、空中で剣を大上段から振り下ろす。
「――っ!」
剣を横にして防ぐルイス。
そのまま俺は剣を振り下ろし、相手の剣とぶつかった反動を活かして一回転しながらさらに高く跳躍した。
そして俺は包囲を飛び越えて、豚太子とマリナの間に割って入る。
「ッ! き、貴様!」
「醜い面だな、木偶」
でっぷり太った王太子の腹に回し蹴りを入れる。
「ゲブッ!?」
「センデリック様!」
男はルイスたちの元へ吹き飛んだ。
取り巻き達が慌ててセンデリックを受け止め、傷を確認し始める。
その間に、俺はへたりこんでいるマリナの頬に手をやった。
「大丈夫か?」
「うん……このくらい、なんともない。もっとひどい傷受けたことあるし」
「それもそうか。でも痛いのは変わらないだろ?」
「ふふっ……ウィルがそれ言う?」
ああ、やっぱりマリナは笑顔が良く似合う。
彼女の笑顔を見れば、俺のすさんだ心が癒されていくようだ。
ふっ、この顔が間近で見れないとは、ベルは残念だったな。
「おい貴様!! 余の邪魔をするどころか、余の女に触れるとはどういう了見だ!?」
チッ、いい気分だったものを。
俺は立ちあがり、マリナの前に出ると、さらに腹を立てた王太子が唾を飛ばして怒鳴り散らした。
「貴様‼ その仮面はなんだ! 余の前で無礼であるぞ! さっさと取れ! そしてこの場で頭を地面にこすりつけて詫びろ!」
俺はこの男がなにを言っているのか、てんで理解できない。
この男は何をもってして自らを偉大だと思っているのだろうか。
見たところ、知性も力も感じない。ただの高慢と腹のでっぱりだけが取り柄に見える。
「何をしている! 余の言うことが聞けんのか! おいルイス・ナサニエル! 今すぐこの男を斬れ! 手足の一本や二本斬っても構わん! 絶対に余の前で這いつくばらせろ!」
「承知しました」
再び迫るルイス率いる取り巻き達。
「ルイスっつったか? お前、王家には神性、いわゆる【神気】があると言っていたな」
「そうだ。だからこそ、我がベネラクス民は王家に従うのだ。王家の神性の下で生かされているにも関わらず、その意に背くお前たちは、僕たちが裁く」
横目でナントカ太子を見るが、残念ながらこの男から【神気】は一切感じない。
にもかかわらず、ルイス・ナサニエルが王家に神性があると確信しているということは、王家が持つ神性とは、【聖人】とか【加護】のような直接人が発する単なる【神気】ではないのだろう。
まあ、大方その正体に予想はつくが。
なんにしろ――
「おい、いい加減にしろよ。俺はこのあとのことを楽しみにしてたんだ。それを最悪の形で叶えてくれやがってよ。とっとと失せろ。これ以上、俺の時間を無駄にさせるな」
「たわけたことを!! おい貴様ら! 早くその男をひっ捕らえろ!」
また一斉に斬りかかってくる取り巻き達。
――俺は木剣を振り下ろす。
「ひれ伏せ」
いつかレヴィと戦ったときを彷彿とさせる、襲って来た連中がまるで王に頭を垂れるように頭から地に伏せた。
――唯一、ルイス・ナサニエルだけを除いて。
「……へぇ?」
奴は俺が剣を振り下ろす寸前に足を止め、咄嗟に後方へ飛び退いたのだ。
「飛び込んでくると思ったが」
「お前の戦いは以前に一度見ている。対策は考えていた。そして今ので確信した」
ルイスは調子を確認するように剣を軽々と振り回し、顔の前で剣を横にして止めた。
「お前が得意とするのは上からの振り下ろし。クラスの連中を制圧したときもレヴィ・ユトレヒトの剣を叩き折ったときも今も、すべて上からの振り下ろしだ」
「……」
よく見ているな、この男は。
「来る方向が分かっているのなら、いくらでもやりようはある。攻め方を変えたところで、僕に半端な攻めは通じないぞ」
「…………」
相手は真剣、俺は木剣。
まともに打ち合えば、剣が折れるのは俺の方だろう。
「――ハッ!」
ルイスは地面がへこむほどのすさまじい踏み込みで、一瞬で距離を詰めてくる。
瞬きをした瞬間に迫ってくるから、安物のフィルムをコマ送りしたように、ルイスが一気に動いているようだった。
ルイスは姿勢を低くし、剣を俺に向けてまっすぐに引き――
「その仮面、叩き割ってやる!」
俺の顔目掛けて一気に突き出した。
鈍く光る銀の剣は、何もしなければ仮面ごと俺の額を貫くだろう。
いや、何かしたとしても木剣では叩き折られるかもしれない。
まあ――
「剣研ぎにはいい突きだ」
「――はぁ!?」
俺は顔を逸らしながら、木剣をルイスの剣とほぼ平行に当てた。
するとルイスの剣で、俺の木剣の刃の部分がかんなのように薄く剥けた。
「何の真似だ!?」
「振り下ろししか芸がないと言われたのは心外だ。だからこうして見せている」
「ふざけるな!」
「なぜ?」
激昂するルイスは剣を横なぎにふるった。
俺は後ろに下がって避けながら、また木剣をルイスの剣すれすれの位置に平行に振るう。
また透き通るほど薄く木剣がスライスされた。
「いい感じになってきたな」
「お前‼ それほどの剣の腕を持ちながら、なぜこんなことをする!」
「その程度の剣しかないから、そんなことしか思えないんだろうな」
木剣の裏表を薄く研げた。
一回こっきりだが十分に人は斬れるだろう。
「はあああ!!」
ドンッとルイスが地面を震わすほど力強く踏み込んで、大上段から剣を勢いよく振り下ろした。
空気を切り裂き迫る鋭い音。
その剣は見事なまでに――
「才が無い」
綺麗に空を切った。
「え?」
ルイスが剣を落とす甲高い金属音が会場中に響きわたり、地面に赤い血が滴った。
「は? なんでだ? 一体どうやって!?」
驚いたルイスの手はだらんと下がり、肘から先がまるで壊れたかのように動かなくなっていた。
「お前の振り下ろしはゴミ以下だ」
「こ――」
驚き固まったルイスの顔を思い切り蹴り飛ばす。
地面を何度も転がり、ついにルイスは動かなくなった。
これで残るは、腰を抜かした自称王太子だけ。
「ナサニエル!! 貴様、重宝してやったというのになんだそのザマは! 立て! 立って戦え!」
「自分が戦えよ」
醜い男に向き直れば、奴は落ちていた剣を拾って俺に向けた。
「き、貴様ァ! 余が王族と知ってのことかああ!!」
「知ったうえでやってんだ。クソゴミ野郎」
軽く男の顔を蹴り飛ばせば、豚みたいな音を出して地面に倒れた。
「言うこと聞かない人間は殴っていいんだろ? 王様のやることは絶対だもんなぁ?」
「ふ、ふざけるな! 余と貴様が同列だと思うな! 次期国王である余こそが法である! 貴様が余に暴力を振るうことなど許されん!」
許されん? 一体こいつは何を言ってるんだ?
馬鹿な自称法を鼻で笑った。
「今目の前にいるのは、大会に乱入して邪魔したあげく、自分に魅力が無いから嫌がる女を何度も殴って無理やり攫おうとして、そんでもって止めようとした男を大勢で囲って殺そうとしたミジンコみたいな小物だぞ? あれ? おかしいな? こんな馬鹿みたいな法があるのか? むしろ犯罪者以外に何があるんだろう?」
「ふ、ふざけるな! 余を犯罪者扱いするなど無礼にも程があるぞ! だ、だれかこの男を処刑しろ! 早くしろ! 学生でも教師でもだれでもいい! 早くしろ! 上手くいったなら余が特別に取り立ててやってもよいぞ!」
センデリックは慌てふためきながら周囲に助けを求めるが、会場は時が止まったかのように静まっていた。
「人望ねぇなぁおい。こないだ会った盗賊のほうが見どころがあったぜ」
「余が盗賊にも劣ると!? この神の血を引く余を下賤の者と一緒にするな!」
――神の血を引く?
こんなのが神の子だって?
「アッハハハ! バカばかしい! 自分が神になったつもりか? 王なんて犯罪者と同じだろうがよ!」
腹を抱えて笑うと、センデリックは一瞬呆けた。
少し遅れて言葉の意味を理解したセンデリックは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「貴様は王家を、余を侮辱する気か! 余が犯罪者だと!? たわごとも大概に――」
男の顔を蹴り飛ばす。
「ぎゃあっ!」
「黙って聞けよ。話してる」
呻き以外に何も聞こえなくなったので、話を再開する。
「王も犯罪者もやってることは同じだ。王は法で民の自由を奪い、望み通りに働かせ、納税と称し金を奪う。犯罪者の首領も力で人の自由を奪い、脅して働かせ、略奪と称し金を奪う」
どちらも仕組みは同じだ。
自分に従うものを統制し、集団を大きくするために活動している。
「この二つに違いなんてない。やり方がちがうだけだ。戦争をする国とかは王が犯罪者の最たる例だろう」
「そんなバカな話があるか! 犯罪者と同じだと!? 犯罪者どもは利己的に他者を害している! 卑しい生まれで人殺しも強盗もする犯罪者と生まれながらに民の上に立つ王! 一緒にするなどばかばかしいにもほどがある!」
「黙れ低能。お前が今していたことのどこに民の為がある?」
マリナの顔は未だに赤い。
彼女の頬を見るたびにはらわたが煮えくり返る。
「他者の意見を無視し、自分の思い通りにならなければ暴力を振るう。それのなにが違う? 民の上に立つ? ただ立ってるだけで立場を貪るお前は犯罪者と何も変わらない」
国だろうが数人の集団だろうが、人が集団で生きるということに違いなんて存在しない。
善悪ではなく、生きられるかどうかで率いる者の良し悪しは決まる。長く生き延び、大きくなった集団が国を名乗るだけなのだ。
だから民から金を奪う王もやっていることは犯罪者と大きな違いはない。
「ああ、勘違いするなよ? 俺は別にお前の生き方を否定する気はないぞ? 人から奪う生き方は俺も大好きだ」
「な、なんだと?」
ちょっと肯定してやれば、光を見たとばかりにセンデリックは安堵の表情を浮かべた。
俺はニヤリと笑う。
「だから、俺はお前がとても大事にしている尊厳を奪おうと思う」
出っ張った豚男の下腹部を踏みつけ、ゆっくりと体重をかけていく。
「がはっ!」
「ここは自分の腕を証明する剣錬技大会だ。こんなところに乱入してきたんだから、目立ちたいよな? 王太子として名を広めたいよな? 俺が手伝ってやるよ」
徐々に踏む力を強くすると、センデリックは目を徐々に充血させて必死に抵抗する。
だがセンデリックがいくら抵抗しようとも俺の足はびくともせず、センデリックの腹を潰していく。
「余、余が、貴様から、な、何を奪ったと!?」
足に力を入れ、必死に耐えるセンデリック。
俺は傍にいるマリナに目をやるけど、一応彼女と俺は知らない体だ。こんなことをした俺とマリナが近しい間柄だとばれれば、彼女にも被害が及ぶ。
だから別の理由にしよう。
「お前は俺から時間を奪った」
「な、なにっ」
「今の時間は俺の試合のはずだったのに、お前のせいで俺の時間は奪われた。王と名乗るなら、この意味はわかるよな?」
これでも俺も一国の王だ。だが俺は清廉潔白ではない。
むしろこの手は真っ赤に汚れていて、食べ物も金も時間も命さえも、俺は奪って生きている。
だがそれでも俺が民に殺されることはない。
それはなぜか。
「犯罪者ではなく王と名乗ったのなら、奪った以上のものを与えてみせろ。できなければ王に存在価値はない」
人の時間を奪うなら、それに見合った対価をもたらさなければ人は誰もついて来ない。
統治者とは、人がついて来るから王と呼ばれ、誰もついて来ないから犯罪者なのだ。
そう言う意味で、間違いなく目の前の男は犯罪者だろう。
「貴様ごとき虫けら風情が余に講釈を垂れるな! 身の程を知れ! 神の子であり王である余と貴様らが平等だとでも言うつもりか!」
「確かに人は平等じゃないな」
俺がむかついているのは、この王だけじゃない。
彼女が殴られているのに、止めようとしないこの場にいる全員に腹が立っている。
俺は剣を持っていないほうの手を広げ、何をされても黙ったままでいる馬鹿な観衆全員に言った。
「お前らは奪われるだけでいいのか? 家畜みたいに黙って飼い殺しにされたいか? 他人事じゃないぞ。彼女のように王族の気分一つで人生は大きく狂わされるかもしれないんだ。それを黙って受け入れるのが幸せだと、お前らは本気で信じているのか? 気に入らなければ立ち上がれ、生きる気があるなら妥協をするな。諦めなんて死ぬ時だけで十分だ」
気に入らないなら、クーデターでも反乱でも起こせばいい。
民にはそれをする権利があり、王はいつでも民に地位をひっくり返される立場なのだ。
俺は歪んだ笑みを浮かべて、王太子を踏む足に力を込めた。
「精々、王族としての役割を果たせ。それでようやく俺の足元だ」
思い切り踏むと、センデリックは泡を吹いて失禁した。
センデリックが気を失ったことで、会場は静寂に包まれた。
べ「ねぇ、あたしから奪った以上の物を与えてよ」
ウ「え? ベルから奪ったものってあったっけ?」
べ「お金。昨日1000コール渡したから今日中に10000コール返してね」
ウ「そういうこっちゃねぇんだよ!」




