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25.王太子


 ♥  ☽  ♥


ルイスとレヴィの戦いの後は、いたって何事もなく試合は進み、いよいよわたしの出番がやってきた。

髪を後ろで一つに結わって、訓練用の木剣の手入れもして、防具の確認をして……


『次の出場者は――これもまた絶世の転校生!! 軍術に舞い降りた聖女ルナマリナ・アーサー!!』


あっといけない、もう出なきゃ。

わたしが駆け足で、控室から舞台に出ると――


『ウヲアアアアアアッッ!!!!』


空気が爆発したのかと思うほどの強烈な声の嵐が起きた。


「……わたし、そんなに有名だったかな」


聖女とか、よくわかんないし。

戸惑いながら舞台の中心へと歩いていく途中で、観客席を見渡した。

当然ながらウィルは控室にいて見えないけど、ベルがどこかにいるはず。

……お昼にベルとルイスが言い争ってから、ベルとアリータがどこにいるかわからない。

結局、見渡してもよくわからなかった。

それはそうと対戦に集中しよう。

ウィルと会うためには、どうしてもこの一回戦には勝たなきゃいけない。

審判の開始の合図の前に、構えを取る。

剣の柄を顔の横に、刃の切っ先を倒して相手に向ける。

相手は灰髪を短く刈り込んだ青年で三年生らしい。

らしいけど……


「……?」


なぜかぼーっとこっちを見るだけで、構えようとしない。

ホントに三年生? ガタイはいいけど、構えないなんて。

これも戦略? 十分に気を付けよう。


「それでは……はじめ!」


審判の掛け声とともにわたしは地面を蹴った。

一気に距離を詰め、相手の攻撃に合わせて反撃を――

と思ったのに、


「ん?」

「……はぁ」


わたしが目の前に迫っても何もせず、ただわたしを見てくる相手。

攻撃してこないし構えもしないから、防御からの反撃をしようと思ったわたしの作戦が使えなかった。


「……戦わないの?」

「え? ……はっ!? そうだった!」


今気づいたとばかりに、彼は慌てて構え、剣を振るった。

集中力散漫、腰が入ってない。


「えい」

「ガハッ」


斜めに振り下ろされた剣を、腰を落として回避し、懐へ飛び込んで剣の柄でみぞおちを打った。

彼は肺にあった息を吐き出し、数歩下がる。

さすがというべきか、鍛えられた彼はみぞおちを打たれたくらいじゃ倒れず、すぐにまた剣を振ってくる。

さっきよりはマシな剣。

でも気のせいかな、顔が赤い。

力が入りすぎてるのかな?

足を狙って横なぎに振るわれた剣を、斜めに剣を当てて受け流す。

綺麗に決まった受け流しで、相手はつんのめるように体勢を崩した。

その隙は逃さない――


「一閃――」

「っ!?」


下から胴を斜めに一閃した。


「ガハッ」


彼はまともに食らい、地面から足が離れて後ろへ飛んでいった。

ドンという重い音、そして木剣が落ちるカランとした音が鳴る。

一瞬の沈黙。

そして割れんばかりの大歓声。


『ォォォォオオオオオオ!!!』

『勝者! 軍術第二学年、舞い降りた聖女ルナマリナ・アーサー!!』


なんか全然消化不良だけど、一回戦の勝利で目的は果たせそうだった。

このすぐ後の試合でウィルが勝てば――


『おぉっと、これ、この方はあああ!!』


突如審判が予定にないことを叫び出した。

不思議に思うも、とりあえず自分の試合が終わったから、控室に戻ろうとした。


「貴様こそ余にふさわしい女だ」


踵を返そうとしたとき、声をかけられた。

さっきの対戦相手の声じゃない。

振り向けば、そこには――


「気に入った。余の後宮に入れ」


でっぷりと太った金髪の男がいた。




 ♦  ☉  ♦




「なに、あのブ男」


マリナの勝利を心から喜んでいたのに、急に水を差された気分だった。

マリナが勝利した後、急に大勢の人間を率いた太った男が、我が物顔で闘技場を闊歩し始めた。

そんで男は中央にいたマリナの元まで行くと、彼女に向かって不快極まりない言葉を言ったのだ。


「アリータ、あの男は?」

「あの人はこの国の王位継承者であるセンデリック・フィス・ベネラクス殿下です。……きっと、ルナマリナさんを気に入って連れて行きたいのでしょう」

「なにそれ、きもちわる」


これ以上ないほど全身に鳥肌が立ち、昼間にもかかわらず寒気がした。

確かにマリナは見た目がとってもいい。

あたしといい勝負するくらい見た目がいい。

決してあんな太っちょとは釣り合わない。

あの男が出てきた瞬間に、あんなに盛り上がっていた会場全部が沈黙した。


「転校生だったな。根無し草なら余の元へ来い。存分にかわいがってやるぞ?」


きもちわるぅぅぅううう。

にちゃっとした笑いに濁った声で、まるまる太った手をマリナに差し出すその男は、断られると微塵も思っていないのか、がっつくように急ぎ足でマリナに近付いた。


「お前の剣、見たこともないものだ。そしてなによりその美貌、たたずまい。教養を感じるお前は王家に十分ふさわしい」

「……こういうのは、終わった後じゃないの?」

「最後まで見るまでもなく、余はお前が欲しいのだ。どうせ入ることが決まっているのなら、早く決断し、存分に仲を醸成しようではないか」


下卑た笑みを浮かべる男。

さすがのマリナも受け付けないのか、一歩後ずさる。


「わたしは……この後の試合に集中したい」

「そんなもの、なんになる? 余との時間以上にこの後の試合に価値などないぞ?」


マリナの眠たげな瞳が歪む。

かまわず男はマリナの目の前に立った。

マリナは下がるのをやめて、男の目をまっすぐに見て断った。


「わたしはいかな――ッ!?」


パンっと高い音がした。


「え……?」


男はマリナの頬を殴った。

一瞬、何が起きたのかわからなかった。

でも段々、脳がなにが起きたのか理解した。

理解した途端、脳が沸騰した。


「あの男ッッッ!!!!」

「ウィルベルさん!?」


観客席から飛びだそうとしたら、アリータがしがみついて止めてきた。


「抑えてくださいウィルベルさん! あの人はこの国の王太子です! 逆らえばどうなることか!」

「そんなことどうでもいいわ! マリナをぶった! あんな男がマリナに触れた!!」


ぎりぎりと歯を食いしばる。

もう、アリータが邪魔っ!

あたしがアリータを振りほどこうとしている間にも、男はマリナに言い寄っている。


「余との時間以上に価値あることなどこの世界に存在しない。それにお前のことは聞いている。この男にな」

「……?」


赤くなった頬を抑えたマリナは疑問気な顔を浮かべる。

気色悪い笑みを浮かべた男は、舞台袖に目をやった。

そこから現れたのは――


「ルイス……」


青髪で鍛えられた体躯を持つマリナのチューター、ルイス・ナサニエル。

眠たげだったマリナの瞳が揺れた。


「ルイス・ナサニエルからお前のことは聞いている。武術にも勉学にも錬金術にも熱心だとな。余とくれば、後宮で大学以上のことが学べるぞ? 今よりもいい暮らしをし、思う存分好きなことができる。何より、余の妻としていられるのだぞ?」

「……」

「答えよ、ルナマリナ・アーサー」


マリナは一度深呼吸をして、顔を上げる。


「わたしはあなたの元へは行かな――」

「なんだ?」


またパンと音が鳴った。

マリナの顔が叩かれ、彼女は地面に伏してしまった。


「―――――ッッッ!!!!!」

「抑えてください! ウィルベルさん!!!」


あーもう! アリータ邪魔!

大声で止めても無駄だろうし、下手な刺激をしたら強引に連れていかれるかもしれない。

殴られて顔を地面に付けてしまったマリナはゆっくりと顔を上げて立ち上がる。

それをブ男は、気色悪いニヤニヤした顔を浮かべ見ているだけだった。

マリナが手を出せないことをいいことに、いたぶってるんだ。

男はマリナから衆人環視へと手を広げ、高らかに叫ぶ。


「お前たちもそう思うだろう! この国の発展のために、この女は余の元へ来るべきだと! このような美貌と強さ、教養を持つ女が王家に加われば、この国はさらに発展することだろう! 余の妻となる以上の名誉は存在しない! そうだろう、皆の衆!!」


奴はひたすら馬鹿な演説をした。


「この国に余以上の男はいない。最上の幸せだ。そうだろう? なあ、ルイス・ナサニエル」


ブ男は傍に控える青髪に目をやった。

ルイスは即座に膝をつき頭を垂れた。


「おっしゃる通りかと。神聖な王家に嫁ぐ名誉をたわまれる、これ以上の誉れはありません。そして彼女もまたその身に神性を宿す者。十分に資格を持つ、殿下にふさわしい者です」

「そうだろうそうだろう。わかったか女。いや、ルナマリナ・アーサーといったか。余のもとに来い。至上の愉悦を味わわせてやるぞ?」


しつこい男たち。

マリナは怖いのか、徐々に下がって距離を取ろうとした。


「い、いや……いやだ。わたしは……」

「聞こえないぞ? ん?」


男は距離を取ったマリナの手を捕まえ、殴るためにもう一方の手を高く掲げる。

――もう我慢できない。

魔法を見られたとしても、あの男を――

そう思った瞬間――


「―――ッ!」

「―――ッ!? なんですの!?」


――会場全体の空気が震えた。

会場全体が凍り付いたように静まり、さっきまで気色の悪い笑みを浮かべた王太子も、傍に控えるルイスもまた固まっていた。

――会場を満たすこの空気、覚えがある。

全てが止まった場所の中で、一人の足音が響いていた。



「人を殴るなら、殴られる覚悟はできてんだろうな」



足音の主は竜面をつけた黒髪の男。



「死んで(あがな)え。クソ豚野郎」



ウィリアム・アーサー。

極裂な怒りを秘めた男がゆっくりと現れた。



マ「わたしもウィルみたいに仮面をつけようかな?」

べ「絶対ダメ! 仮面ってお肌によくないしマリナの顔が見れないのは嫌!」

マ「でもウィルは付けてるよ?」

べ「身も心も汚いウィルの肌が汚れようが元から見たくないからいいの!」

ウ「お前マジひどすぎるだろ!!」

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