18.アリータという少女
♥ ☽ ♥
「ごっこ遊びは終わりだ」
静かになった部屋に響く、ウィルの指を鳴らす音。
さっきまでの楽しかった雰囲気が霧散していく。
「な、何をする気ですの?」
ただならぬ気配に、アリータは腰を浮かした。
「決まってる。記憶を消す」
「っ!? 記憶を!?」
驚き、慌てて立ち上がったアリータだったけど、足をもつれさせて再びソファに座ってしまった。
その隙に、ウィルはアリータの頭に手を伸ばす。
「な、なんで記憶を消すんですの? そんなことができるはずが――」
「試せばわかる」
本気のウィルに、アリータは震え、涙を浮かべる。
「あなたたちは一体?」
「……」
「お友達なんですか?」
ウィルはもうなにも答えない。
ただ――
「わたくしはただ……お友達が欲しかったんですの」
ぴたりと、ウィルの手が止まる。
「どうせ記憶が無くなるなら言ってしまいますわ。……わたくしは貴族ではありません。元は貴族でしたけど、今はもう違います」
わたしとベルは顔を見合わせる。
やっぱりな、という感じだった。
この子は、純粋な貴族じゃない。成り上がりというわけでもない。
動きやマナーには確かに教育と教養を感じたし、品があった。
でも、ケーキを食べて涙を流すなんて、普通の貴族はしない。ましてや、大学に通えるほどの財力を持つのなら、なおさら。
「わたくしには、お兄様がいますの。とても優秀で優しくて強いお兄様です。優秀すぎて、両親が早くに他界した後も立派に子爵としての務めを果たしておりました。……ただ、お口が少々悪いので、お友達は少ないほうでしたわ」
「……無駄話がしたいのか?」
「わたくしの兄が言っておりました」
アリータは涙を流しながらも、ウィルの目をまっすぐに見て――
「くだらない話も相手の粗相も全部許せる、尊敬しあって本音を言い合えるのがお友達だって」
自慢するように彼女は言った。
「お兄様は数少ない友だちのために、全部を投げ捨てました。お金も家も地位も何もかも。わたくしに謝りながら、全部を失う覚悟を持って、お友達のためにすべてを捨てました」
「……それは、大変だったわね」
ベルが眉をひそめて同情した。
でもアリータは首を横に振る。
「確かに大変でしたけど、わたくしはお兄様の背中を押しました。友達のために頑張れって。だって、お友達ができてからのお兄様は、本当に輝いて見えたのですから」
「でも結果的にあなたは今までの生活を失ったんでしょ? ……なんでとか、どうしてとか、思わなかったの?」
「家で働いていたもののうち、何人かは思ったかもしれませんね」
困ったように力なく笑うアリータ。
「でもわたくしは一度たりともお兄様を恨んだことはありません。むしろうらやんでおりました。ああ、優秀なお兄様がここまでしようと思えるほどのお友達とは、いったいどんな方なんでしょうと」
わたくしは、それが知りたかったのです――
「皆様を見ていると、なんとなくわかった気がします。本当は違うのに、ウィルベルさんのためにいろいろして、でも嫌なことがあったりしたら遠慮なく言い合って。怒ったりもするし、手を出したりもする。でも、それでも最後にはみなさん楽しそうでした」
彼女は笑う。
精一杯強がって。
「わたくし程度では、みなさんの中には入れません。ウィルベルさんのお友達になる資格はありません。でも皆さんを見て、わたくしはお友達というものが何なのか、わかった気がします」
彼女の笑みは、とても辛そうだった。
ウィルの手が再び進み始める。
アリータはそれを見て、ぎゅっと目をつぶる。
溜まっていた涙がこぼれ、彼女の整った顎に伝って溜まる。
そして――
「見る目のない馬鹿め」
ウィルはアリータの額にデコピンをした。
「え?」
アリータは、きょとんとした顔をした。
ウィルは何を言うでもなく、アリータから離れて、どかりとソファに腰を下ろす。
「な、なんでですの? 記憶を消すんじゃ?」
「俺達を友達だなんて思ってる馬鹿な脳みそなら、記憶を消す必要なんてないからな」
フフッ。
いけない、つい笑ってしまった。
ベルもまた、笑いそうになっているのを必死にこらえて、面白い顔をしている。
わたしもベル、ウィルと一緒にソファに座り、アリータに向き直る。
「え、と、わたくしはどうなるんでしょうか?」
「このツンデレはあんたを信用したのよ」
「誰がツンデレだ」
「え?」
アリータに素顔を見られないように、白い仮面からいつもの竜の仮面に変えるウィル。
「友達が大事、そんでベルを友達だと思ってんなら、別に秘密漏らしたりしないだろうからな。もし漏らしたら、お前は永久に友達を失うことになる。今のはそのための脅しだ」
「つまり、試した、ということですの?」
「さあ」
おどけるウィルに、こらえきれないとばかりにベルは笑った。
「あっはっは! 要は、アリータの涙にやられちゃったってことでしょ?」
「ちげぇよ、俺は泣いてる女を追い打つ方が好きだ。もしこいつに何の事情もなければ、中途半端に記憶を消して悩む姿を見て楽しんでたさ」
「お、思った以上に酷い答えが返ってきましたわ……」
ちょっと引いたアリータ。
まあ、ウィルがどこまで本気かは、本人にしかわからない。
と、そんなことよりも―――
「アリータ……友達が欲しいのはわかるけど、友達にも段階があるんだよ。いきなりお泊りなんて、いやじゃなくても困っちゃうから」
「そ、そうなんですのね……」
「まずは予定を確認して、相手の意見も聞かないと……親しき中にも礼儀あり、相手を想うことが一番の近道だよ」
「なるほど、そうなんですのね!」
わたしが言った言葉を、アリータはどこから取り出したのかメモを取る。
そんなに大事なことを言ったつもりはないけど、どうやら彼女のためになれたみたい。
でもどうやら、わたしの言葉に思うところがあったのはアリータだけじゃないみたいで――
「マリナが、マリナが……友達とは何かを知ってるっ! 人に教えてる! 難しい言葉を知っている!」
「こ、こんなにすごくてうれしいことが今までにあったかしら! ゲバスチャン! 赤飯を‼ ケーキを‼ 追加でお菓子とかぼちゃのセット!」
「イエス! お嬢様! 今日だけは従ってやりますぁ!! 赤飯なんてないけどなぁ!」
なんか騒ぎ出すウィルとベル。
嬉しいような恥ずかしいような困るような。
わたしたちを放り出してキッチンの方へ行ってしまった二人を見て、混乱するアリータ。
「え? え?」
わたしはくすりと笑い、ベルの代わりにアリータの相手をする。
「アリータ……友達の関係っていうのは、一つじゃないよ。さっきあなたが言ったみたいに、言いたいことを言い合うのも一つの形だし、言わなくても通じ合っている形もある。お互いの好き嫌いでつながる形、趣味でつながる形、競い合ってつながる形……本当にいろいろ」
「そうなのですね……」
「大事なのは、あなたがいかに友達を想うか、いかに自分を大切にするかだよ。……相手ばかりじゃ、疲れちゃう」
「あ、ありがとうございます!」
再び猛烈にメモに何かを書き込むアリータ。
わたし、そんなにすごいこと言ってないと思うんだけどな……。
大体、ウィルとベルに教わったことばかりだし……。
あとは、わたしの実体験が少し入っているくらい。
――わたしの人生は、みんなと比べて色が無い。
だから、周囲からもっと色が欲しい。たくさんのことを見てみたい。
そう思いながら生きていたら、自然と友達とかについてこう思うようになっただけ。
「よーし、ご飯できたよ!! 今日は奮発してかぼちゃパイとかぼちゃの煮つけ!」
「どこが奮発してんだ。いつも通りのかぼちゃじゃねぇか」
いつも通りの漫才をしながらやってくる二人。
「まあ! 素晴らしいかぼちゃ料理ですわね! この煮つけとても美味しそうですわ!」
「でしょ! 奮発したのよ! この煮つけ」
「……煮つけって祝い事に出すほど奮発するもんなのか?」
よく出てくる煮つけで盛り上がるベルとアリータ、そして煮つけを見つめて疑問を浮かべるウィル。
……アリータが二人を見てうらやましいと思う気持ちは、とてもよくわかる。
あの二人の関係は、満たされていたとしても欲しいと思ってしまうほどに魅力的だから。
べ「ツンデレってさ、男がやるとキツイわよね」
ウ「ツンデレじゃない。好き嫌いははっきりするほうだ」
マ「本当? 好きなものには好きっていうの?」
ウ「本当だ! 俺にとってマリナが一番だからな!」
べ「これはこれでキツイわ……」




