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17.訪問者

 

 ♦  ☉  ♦


 ああ、あたし今とっても気分がいいの。


「ゲバスチャン? お茶はまだかしら?」

「……ただいま」


 ソファにふんぞり返って優雅に紅茶を楽しむあたしの後ろで、白い仮面をつけて燕尾服に身を包んだゼニゲバ――もとい執事のゼニ・ゲバスチャンが慇懃に礼をして下がった。

 代わりにあたしの横にこれまた白い仮面をつけたメイド姿の天使がかぼちゃを持ってやってきた。


「ベルお嬢様……これ、いつものです」

「ありがとう、ルナ。あなたは傍にいていいわ」

「……え?」


 うっかり声を漏らしたメイドのルナはこほん、と可愛らしく咳をしてあたしの後ろに立った。

 その様子を見ていたのは、あたしの正面のソファに座って歓待を受けるアリータだった。


「随分個性的な従者ですのね。どうして仮面を?」

「彼女はとっても恥ずかしがり屋なの。可愛いから外さないともったいないっていつも言ってるんだけどねぇ」


 視線をやるとルナは照れたのか、僅かに俯く。

 一息給仕が落ち着いたところで、アリータがカップを置いて言った。


「それで、この家の説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 え、この家の説明?

 なにそれ? 見ての通り壁、床、テーブルしかないですけど?


「え、と……」


 アリータの言葉の意味がわからずにいると、タイミングよくゲバスチャンがお茶のおかわりを持ってきた。


「どうぞごゆるりと」

「ちょうどいいところに。ゲバス、この家のことを教えてあげてちょうだい」

「あぁ?」


 おっと、うちの執事はガラが悪い。

 足をひと蹴り。


「ァテッ……わかりました。お嬢様」

「よろしい」


 物分かりのいい執事で大変よろしい。

 ただ、あたしをひと睨みしたのはいただけないけどね。

 ゲバスチャンはこほんと咳払いをして、部屋の中を手のひらで指し示し――


「では説明を。壁、床、テーブル、以上でございます」

「え?」

「おっほっほ! 失礼アリータ。ちょっとごめんなさい!」


 あたしは急ぎゲバスの首を掴んで、アリータに背中を向けて小声で話す。


「ちょっとウィル、ちゃんと説明してよ! でないと怪しまれるでしょ!」

「ふざけんな、こっちはベルの上流階級になりたいっていう馬鹿みたいな見栄に付き合ってやってんだぞ!」

「仕方ないじゃない、相手は貴族なんだから舐められたらおしまいでしょ!」

「だとしてもこの家の説明ってなんだ! 見てわかるもんしか説明できねぇよ!」

「それこそあんたの腕の見せ所じゃない! 大丈夫よ、家紹介なんて、『なんということでしょう』っていっとけば何とかなんのよ!」

「どこのビフォーアフターだ! ビフォーがどこにもねぇんだよ!」


 やんややんや言った後、ゲバスことウィルはため息を吐き、しぶしぶアリータに向き直る。


「ではご案内しますので、こちらへどうぞ」

「ありがとうございますわ」


 完璧に切り替えたウィルを怪しむことなく、アリータは彼について行って家の中を案内された。

 そして少しの後――


「なんということでしょうっ!」


 アリータが驚きの声をあげた。

 まさか本当に言わせるとは。

 うむ、我が執事は態度以外は優秀でヨシ!


「ベル……ちょっと好き勝手しすぎじゃない?」


 ソファでくつろいでいると、メイドのルナことルナマリナが仮面を少し上げてあたしを見ていた。


「そうはいうけどさ、あたしたちが一緒に住んでるなんて知られるわけにはいかないし。学校で仲良くするにもさりげなくを装うには、今バレるわけにはいかないでしょ?」

「だけど、随分と楽しそう……ウィルこき使ってる」

「貴族のお嬢様なんてこんなもんよ。逆に配慮しすぎると怪しまれるんだから。ま、確かにあいつをこき使えるなんて、とてもいい気分だけど!」


 机の上にあったかぼちゃに手を突っ込み、中身を取り出す。

 出てきたのは、かぼちゃに入りきらない大きさのショートケーキ。


「今のうちに切っちゃいましょ。マリナも食べよ?」

「……仕方ないねっ」


 マリナはとても嬉しそうにあたしの隣に座って切り分けたケーキを頬張った。

 はむはむと幸せそうに食べるマリナはとてもかわいい。

 マリナと二人きりの時間を過ごしていると、アリータの案内を終えたゼニゲバが帰ってきた。


「以上です。いかがでしたか?」

「とても立派なお家ですことね。たくさんのお部屋と見たこともないものがたくさんですわ」


 意外にもこの家の説明は好評だったみたいで、アリータの顔は笑顔満点だった。

 ちなみにゲバスチャンの方に関してはいわずもがな。

 戻ってきたアリータはご機嫌にあたしの前の席に着くと、机の上に置いてあったケーキを見て目を丸くした。


「こ、これは! ケーキではありませんか!」

「そうよ、一口どうぞ?」

「……ッ! ほ、本当にいいんですの?」

「? ええ、もちろん」

「ありがとうございますわ!!」


 許可した途端、アリータは目の色を変えてケーキにがっついた。

 普段のお嬢様らしい感じではなく、まるで飢えた犬のようにむしゃむしゃと最低限のマナーだけを守って、一心不乱にかき込んだ。


「お、おいしいですわ!」


 本当にうれしそうに食べるアリータを見ると、あげてよかったなと思う。

 いきなり来たときはちょっと迷惑だったけど、これくらいならいいかな。


「ねぇ、ベル……」


 いつの間にか仮面をしていたマリナが、小声で耳打ちしてきた。


「この子、本当に貴族?」

「そうらしいよ? 貴族らしくケーキが本当に好きなのねぇ」


 マリナは立って、メイドの『ルナ』としてあたしの後ろに立って、ひっそりと――


「この子……泣いてるよ?」

「え?」


 ルナに言われて、あわててアリータを見る。

 ――確かに、彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「アリータ? 大丈夫?」

「大丈夫ですわ、ありがとうございます。ウィルベルさん」


 一通り食べ終わったアリータは、ナプキンで口を拭いた。

 さりげなく、目元も優しく拭いながら。

 ……ケーキで泣くなんて、久しぶりってこと?

 でも、貴族なのよね?

 ここには、何か大事なことがあってきたのかな?


「ところで、ここへはどのようなご用件でいらしたのですか? もう夜分遅い時間です。おかえりになられた方がよろしいかと」


 いいタイミングで、ゼニゲバ執事が聞いてくれた。

 すると、アリータはきょとんとした顔で、


「え? 今日は帰りませんわよ?」

「え?」

「ん?」

「は?」


 三人そろって固まった。


「……泊まるのはダメって言わなかったっけ?」

「いえ、お友達ですし、お泊りくらいは自然じゃありませんか? いやいやよも好きのうちと聞いたことがありますし!」

「あたしの場合、いやよいやよはほんとにいやよなんだけど」


 彼女をどうにかしたい。

 あたしがそう思っていると、アリータが急に頭を下げた。


「お願いします、ウィルベルさん! 今晩はもう家の者がいないんですの! あなただけが頼りなんです!」


 ……あたしだけが頼り?


「もうあなたしかいないんですの!」


 ……あたししかいない?


「今日泊めていただけたら、わたくしにできることはなんでもしますわ!」


 ……なんでもしてくれる?


「ゲバス、今日あんたは雑魚寝よ」

「ざけんなアホ」


 まるでわかっていたみたいな即答の罵倒。


「ちょっと? 執事にしてはあんまりな態度じゃない?」

「お嬢様、わがままを言われては困ります。大人しく黙って返して寝やがれです。もう日は沈みました」

「あら、主人の言うことを聞くのが執事の役目でしょ?」

「主人のために働くのが執事の役目です。日が沈んだ瞬間眠くなるお子様お嬢様に夜更かしなんて不可能でございます。とっとと歯磨いて寝やがれでございます」


 この男!!

 あたしは斜め後ろにいたゲバスにむかってつかみかかった。


「いいから! いうこと聞きなさい、このゼニゲバ執事!」

「ゼニゲバはお前だろ! このかぼちゃ貧乏神が! なんだゼニ・ゲバスチャンて! 馬鹿な名前にも程があるだろが!」

「なんですってぇ!? 名は体を表す! あたしの付けた名前のなにが気に入らないのよ!」

「逆になんで気に入ると思ったんだ!? 俺を表すならもっといいのがあるだろ!」

「じゃあ変態仮面」

「ぶちころすぞ!」


 互いに頭に血が上り、つかみ合いの喧嘩に発展する。

 仮面から唯一覗く目に向かって、指を突っ込もうとすると、ゼニゲバはあたしの頬をひっつかんで腕を伸ばし、届かないようにした。


「こんの!」

「てんめ!」


 あたしは仮面をひっぺがそうとウィルの顔に手を伸ばす。するとウィルも抵抗し烏用途あたしの頬に手を伸ばす。

 ――それが良くなかった。


「二人ともダメ!!」

「あ!」

「ちょっ!」


 喧嘩を止めようとしたルナが間に入ったことで、あたしの手とウィルの手がルナに当たってしまった。

 あまり強くないから痛くはなかったはず。

 ――でも、ルナマリナの仮面が取れた。


「え?」


 声が漏れたのは、あたしたちではなくその後ろ。

 仮面が取れたことであらわになった顔を見て、アリータが目を丸くしていた。


「あなたは……もう1人の転校生?」


 黒髪赤目、一度見たら忘れられない程の美少女。

 メイド姿のルナマリナを見て、アリータは驚愕していた。


「どうしてもう1人の転校生が一緒におられるのですか? もしかして……」


 アリータは今度、執事の方を見た。

 でも執事――ウィルは仮面をとらなかった。


「はぁ……もういいだろ」


 纏う雰囲気が一転して、鋭いものへと変化する。


「ごっこ遊びは終わりだ」


 ウィルがぼきっと指を鳴らした。

 


ウ「どこで『なんということでしょう』を覚えたんだよ」

べ「あんたこの家に見学に来たときしきりに笑って言ってたじゃない」

マ「なんか楽しそうだったよね……だから途中から3人で言ってたよね」

ウ「……これもうわかる人ほとんどいねぇんじゃねぇか?」

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