13.天才児
♥ ☽ ♥
ベネラクス錬金大学校に編入してから二日目。
その日から、もう軍術学部では本格的な訓練が行われた。
「走れ走れ! 戦場では動けなくなったものから死んでいく! 仲間の危機に間に合わないぞ! たったの一秒で救えぬ命があることを思い知れ!」
昨日見た大きなコロシアム型の練武場で、わたしたちのクラスは走っていた。
「はっ、はっ、はっ」
剣や鎧、盾に実戦で使う食料や物資を担ぎながら。
全部で人半分くらいかな?
「やあルナマリナ嬢。結構鍛えているのだね。僕に追いすがるとは、凄いじゃないか」
わたしの少し前を走っていた青髪のルイスがわざわざ下がってきて、隣にやってきた。
「……前、走らなくていいの?」
「なに、僕は君のチューター、騎士だからね。守るべきもののそばにいるのが当然さ」
「……?」
周囲を見ても、守るべきものなんて見当たらない。
「ルイスには……わたしに見えないものが見える?」
「え?」
まいっか。
彼の守るべきものはこの近くにあるらしいし、道を譲ってくれるなら、わたしが行こう。
「……じゃ」
「え、え!? ちょっと!」
ペースを上げると、ルイスもまたペースを上げてついて来た。
「け、結構なハイペースだねッ。これだけの重さ、女性ならかなりのハンデだと思っていたよ」
「確かに重い……でも、もっと重いものを担いだことあるから」
正確には、体格のいい成人男性一人分。
それにわたしの体は、普通の人とは違う。
「ん? ルナマリナ嬢、その指輪は?」
ルイスが脇を閉めて小さく振っている手を見て、左手にはめている指輪を見つけた。
見られたくなくて、左手を右手で覆う。
「これは……外せない」
「い、いや、外せと言っているわけじゃない。……もしかしてルナマリナ嬢には、その既に意中の相手がいるのか?」
「意中?」
意中……意中ってどんな意味だっけ。
ウィルやベルからはまだ教わってない。
「意中って?」
「つまり、その指輪をもらったのは、ルナマリナ嬢の恋人とかそういう人なのか?」
「ううん……この指輪は、家族からもらったもの」
「そうかっ! うん、いい家族だな!」
――いい家族だな。
「ありがとうっ!」
「があッ!」
ルイスは急に胸を抑えて足を止めた。
教官が笛を鳴らす。
「ルイス・ナサニエル! 足を止めるな!」
「は、はい!」
注意されたルイスはほぼ全力に近い速度で再びわたしの横に立つ。
「可憐で強くて家族想い! 君は素晴らしいな」
暑苦しい……。
ペースを乱しながら走ってる上に話続けてられるあたり、彼は凄いのかもしれない。
けども、今はちょっと邪魔だな……。
わたしの体は他とは違う、この指輪はそれを隠すためのもの。
同じものをウィルもしている。
ベルはしていないけど、彼女もまた普通の人とは違う肉体を持っている。
わたしがこうして走り続けられるのもそのおかげ、だけどルイスは普通の人と同じ肉体なのにかなりのペースで走り続けてまだ余裕がある。
「あなたも凄いね……わたしも頑張る」
「ッ! ははは! 君もそうだ! ルナマリナ嬢とは良い関係が気づけそうだ!」
ピピー。
笛が鳴る。
「そこ! ルイス・ナサニエル! 笑う余裕があるなら重り増やすぞ!」
「すいません!!」
……訂正。
やっぱりすごくないのかも。
その後も決められた時間内、訓練場を走り続けた。行軍訓練が終わった後は、基本的な剣の鍛錬。
素振りをして、型を覚える。
体に重りをつけて筋力トレーニング。
「ふっ……く……」
重い荷物を背負いながら、懸垂し続ける。
「その華奢な体の一体どこにそんな力があるのか、実に興味深いな」
わたしの隣でルイスが余裕そうに軽やかに懸垂し続ける。
わたしのことを華奢だというけど、ルイスも一見して怪力に見えないのにどこにそんな力があるんだろう。
「はぁ……はぁ……どうしてあなたは、わたしにばっかり構う?」
「決まってるじゃないか。僕は君のチューターだ。なにより君が魅力的だからさ。今まで僕の周りにはいなかったタイプの女性だよ」
「そう……あなたみたいなのも今まで周りにいなかった」
「ハハッ! それはそうだろうね! 僕は天才だ。他にいるわけがない」
笑い声をあげるルイス。
そしてまた案の定。
「ルイス・ナサニエル! 重りプラ十だ!」
「サーイエッサー!!」
罰として重りを増やされる。
もはや狙ってるんじゃないか。でも増やされてもなお余裕そうにトレーニングを続ける彼は、やはりただものじゃない。
そして筋力トレーニングも終わり、全身が疲労で動きが鈍くなったとき。
「ではここから、相手を選んで打ち合いをしてもらう。時として軍人は極限の疲労の中で戦わなければならない。これはその予行だと思いたまえ。少ない力で戦えるようになることは、万全の状態であっても実に有意義な技術となるからな」
教官がそう言った。
打ち合い、それは単純な一対一での剣の組手。
こういうのは大抵、実力が均衡している相手とやるものだけど、残念ながらわたしの実力がどの程度の物か、同じクラスの人の実力がどうなっているのかも知らない。
どうしようかな。
「ようやくか。やっとルナマリナ嬢に指南ができる」
いつの間にか、ルイスがわたしの前にいて、剣を渡してきた。
「? なに?」
「ルナマリナ嬢には僕が指導をしてあげよう。遠慮はいらない。存分に打ち込んでくるといい」
「……頼んでない」
剣を受け取りながら、周囲を見る。
もうすでに、ほとんどの人は相手を組んでいるようだった。
仕方ない、ルイスとやろう。
それにルイスは強い。
彼となら、何か学べるかもしれない。
互いに剣を構える。
ルイスは半身になり、力を抜いてゆったりと剣先をわたしに向ける。
わたしも半身になり、剣を水平にして顔の横に構える。
ウィルに教わった霞の構え。
「おや、知らない構えだね? どこの流派なんだい?」
「流派の名前は知らない……ただ防ぐことに特化した剣」
「防ぐことにか、軍人としては少々珍しい」
だってこれは、軍人ではなく騎士としての戦い方だから。
「では、僕から行かせてもらおうか」
ルイスが笑って距離を詰めてくる。
だんっ、と力強い踏み込み。
目にもとまらぬほどの鋭い一撃がわたしの剣先に向かって振り下ろされる。
武器を撃ち落とそうとするルイスの狙い。
ならば――
「近づく」
一歩踏み出し、ルイスの剣がわたしに直撃する位置に進み出る。
「――ッ!?」
ルイスが驚き、剣先が僅かにぶれるも既に振り下ろそうとした剣の勢いは止まらない。
だけど、必要ない。
ぬるっと、ルイスの剣に斜めにわたしの剣を当て、勢いを殺さずに――
「――お、もっ!」
逸らそうとしたとき、ルイスの予想以上の重い一撃に思わず苦しい声が漏れる。
だけどそれでも、わたしの体から僅かに剣を逸らした。
甲高い剣がぶつかる音もしない、静かな防御。
勢いそのままに剣を振り下ろさせられたルイスは、ほんのわずかにつんのめる。
「今――」
隙は逃さない。
すぐに手首を返し、さらに一歩踏み出して突きを――
「いやまったく驚いた」
わたしの剣がピタリと止まる。
わたしの喉元には、既にルイスの剣が付きつけられていた。
防いだと思ったのに、わたしの剣より先に二の剣を振るわれた。
「速いね……」
「ルナマリナ嬢こそ、見事なカウンターだ。それにすぐに剣を止められるとは」
強いとは思ってたけど、ここまで強いとは思わなかった。
「ルナマリナ嬢は経験が足りないように感じる。剣を握り始めてどれくらいだい?」
「大体……一年くらい?」
「ほぉ! たった一年であんな見事な受け流し技を身につけたのか。見事な努力だね」
褒められて、すこしだけ嬉しくなった。
「でもルイスもすごいね。……どこで剣を習ったの?」
「僕は天才だからね。幼いころからナサニエル伯爵家歴代当主のなかでも最強なんだ」
至極当然といった感じで言うルイス。
あまりに自然に言うから、もはや嫌味にも感じない。それどころか、本当にそうなんだろうとすら思える。
ただ、わたし以外の人にはそうは見られなかったらしい。
「ケッ、ちょっと腕が立つくらいで何が歴代最強だ」
「幼いころから? ふかすのもいい加減にしてほしいよな」
「どうせ甘やかされておだてられただけだぜ?」
こそこそというクラスメイト達。
「なにかいいたいことがあるの?」
「――っ、いや、なんでもないです!」
なにかと聞けば、彼らは顔を赤くして距離を取る。
「気を使ってくれたのかい? 気にしなくていいよ。いつものことさ」
剣を納めながら、ルイスが近づいて来た。
「でも気持ちは嬉しい。ありがとうルナマリナ嬢。君は僕の心の友だ」
ルイスが手を伸ばしてきた。
なんだろう?
よくわからなかったので、とりあえずつまんでみる。
「る、ルナマリナ嬢? 握手は知ってるかい?」
「悪臭?」
つまんだ手を嗅いでみる。
剣の柄の何とも言えない悪臭がした。
「くさい」
「なんだって!? 僕の手は臭かったかい!? これは失礼した!」
慌ててルイスは剣を落として、ハンカチで手を拭う。
もちろん、こんなことをしていると――
「そこ!! ルイス・ナサニエル! 剣士が剣を落とすとは何事か!?」
教官から叱咤が飛んでくる。
「女に現を抜かすとは、剣豪で知られるナサニエル伯爵家の名がなくぞ!」
「今の僕には剣より大事なものがある!! いや、今の僕にとって彼女こそが剣なんだ!!」
「なにいってんだお前は!!」
おかしなことをいうルイスに、叱咤ごと教官が飛んできて暴れるルイスと掴み合う。
組み手をする相手がいない……。
「はぁ……学校って難しい」
ル「さあルナマリナ嬢! 僕を存分に頼ってくれたまえ! 君のためならなんだってしてみせよう!」
マ「次の授業は……あっちだね」
ル「僕は君の騎士として、剣となり盾となり、あるいはさらにその先の――……」
A「ルイスさん、もうルナマリナ様行っちゃいましたよ」
ル「なんだって!?」




