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12.じんましん

 ♠  ♁  ♠



 登校二日目。

 特進学部を表す紺と黒を使った制服を着て、一人学校へと続く道を歩く。

 昨日同じクラスの連中叩きのめしたから、今日は静かに穏やかに過ごせるはずだ。


 と思ったのに……


「あ、あの、お、おはようございます!」

「おはよう、編入生。今日からよろしく頼む」


 何でこうなった?


「なんでお前らわざわざ校門前で張ってんだよ。暇か?」


 校門脇にピンク髪の地味眼鏡少女と侯爵家であることだけが取り柄のレヴィ君がいた。

 二人は俺を見つけると、まるで仲の良い友人のように片手をあげて近づいて来た。


「何を言ってるんだ。今日から君が特進の顔になる。それを知らしめるためには、俺と一緒にいるのが必然というものだ」

「わ、私は、あなたのチューターですしっ!」


 い、いらねぇ……。

 なんでこいつら昨日あんなにボコされたうえに罵られたのに、平然と話しかけてくるんだ?

 こんな仮面付けたおかしな奴に近付こうなんて、変な奴しかいないな、この学校。


「うるせぇ、近づくなよ。俺は囲われるのが嫌いなんだ」

「知っているとも。近づく者は厳選している。この国を取るのだから、当然のことだ」

「はい?」

「わ、私もお手伝いします! へ、平民ですけど、だからこそ、できることがあると思います!」

「……何言ってんの?」


 この二人なに? いつの間にか仲良くなったの?

 昨日俺にコテンパンにされたから、敗者同士で仲良くなったのか?


「この国獲るって何の話?」

「何を言ってる、昨日王だと言っただろう。それはつまり、君は肩書など何もいらず、一人でもこの国を落とすということだろう?」

「え?」

「昨日、あの後、みんなで話したんです! 私たちは、学びに来たんです。だから、貴族も平民も互いにみんなで学び合おうって」

「ん?」


 ぜんぜん話がわかりません。

 なに? 昨日入ったばかりの編入生にうちわの話なんてわかんねぇぞ。

 もういいや。

 とっとと教室に行こう。そうすれば、昨日みたいに大勢は俺から離れていくし。


 ――と思ったのに。


「なんでここでも?」


 教室に入り、自分の席についても、周囲には人の渦。


「レヴィ様を上回ったって!? すごいな!」

「一体どうやったんだ!? どこで修練したんだ!?」

「錬金術の勉強は!? 教えてくれよ、今度学食奢るから!」


 俺の席に群がるように、特進科の同じクラスの連中が群がってきた。

 まるで砂糖に群がる蟻のよう。


 うぅ……、まずい。


「こら、お前たち、俺とウィリアムは戦友になったんだ。あまり口を利くな」

「い、いいじゃないですか? 肩書きはいらない、自分の力でのしあがれ、ってウィリアムさんは言ってたじゃないですか」


 なんでレヴィ君と地味眼鏡の二人はしれっと俺の後ろを陣取ってんだ?

 俺の背後に立つな、暗殺でもする気か。

 いや、そんなことを気にしている場合じゃない。

 さっきからずっと、鳥肌と悪寒が止まらない。

 いや、落ち着け。

 こういうときは人の頭をかぼちゃだと思えばいい。

 目の前にいる地味眼鏡少女もかぼちゃ、イケメンの白髪侯爵坊もかぼちゃ。

 あれもこれもかぼちゃかぼちゃかぼちゃ……


 あ、昨日かぼちゃ食い過ぎたせいで腹が―――


「れ、レヴィ……」

「なんだ? どうした」


 机に突っ伏しながら、レヴィの袖をつかむ。


「保健室どこ……ッ!?」

「え、保健室? それなら向こうに――」

「ヴォエッ!」


 教室から出て、一目散に駆けだした!


「ええ!? ウィリアムさん!?」

「どうしたんだ! 特進の王!」


 背後からかかる二人の声なんかどうでもいい。


 ……今日はもう帰る。



 ―――その後の教室で。


「出欠取りまーす。……ウィリアム君は?」

「囲まれたストレスで蕁麻疹が出たのでお休みです」

「ええ?」


 なんて会話があったらしい。

 そのときには俺はもう、保健室で惰眠を貪っておりましたとさ。




 ♠  ♁  ♠ 




 ウィリアムが保健室に寄って寝ていたとき、チューターの少女――ミラが保健室にやってきた。


「あれ、ウィリアムさんがいない……」


 彼女は保健室に入るも、そこには先生含めどこにもいない。

 机の上の書置きから、保険の先生は会議があるようだった。

 ここにはウィリアムがいるはず、そう考えたミラはそっと静かにカーテンで仕切られたベッドを見回る。

 すると――


「あっ……!」

「ん?」


 ベッドルームの一つに、レヴィが立っていた。

 彼に苦手意識のあるミラは、彼の姿を見た途端に身を縮こまらせる。


「す、すいませんっ」

「いや、謝らないでくれ。君はウィリアムのチューターで、彼を気にして来たんだろう?」

「は、はいっ……」


 レヴィに言われ、ミラは静かになり、保健室は沈黙に包まれる。

 ただ、仮面を外して普段とは正反対の穏やかな顔で眠るウィリアムの呼吸音が、規則的に聞こえるだけ。


「……ミラ」

「……なんですか」


 沈黙を破ったのはレヴィだった。


「今まで本当に悪かった」

「……え?」


 レヴィの謝罪にミラは驚き顔を上げる。


「今まで俺はミラを平民だとけなしていた。貴族として、いや、人として恥ずかしいことをしていた。本当に申し訳ない」


 レヴィは静かに頭を下げた。

 ミラは驚き、数秒の間固まるも首を横に振った。


「いいですよ、気にしてません」

「……いいのか?」


 あっさりと許されたことに、レヴィは驚き眉をしかめる。

 だがミラは笑った。


「いいんですよ。確かに昨日はちょっと怖かったですけど、そもそもレヴィさんに直接何かされてきたわけじゃないですし。むしろ、2年になってレヴィさんと同じ特進になってからは、とても平和になりましたし」

「平和って……君は怯えていたじゃないか。平民である君が貴族しかいないこの大学で生活するには、俺が手を引くべきだったのに」

「あ、あはは、意外にレヴィさん、優しいんですね。確かに、今でも貴族様は怖いです。1年のとき、散々見下されたので」


 1年のとき、ミラが初の平民の学生ということで、周囲の彼女への当たりは熾烈を極めた。

 モノは壊され、相手にはされず、暴力を振るわれる。

 やがて彼女はひたすら目立たないように、教室の隅っこで誰にも気づかれないようにひっそりと過ごしていた。

 教室に人がいる時は図書室の棚に隠れて本を読み、図書室に人がいるときは倉庫で講義の復習をする。

 いつだって人目を気にして生きる辛かった日々でも、彼女は誰にも助けを求めなかった。

 ――その理由は彼女が聡明だったから。


「貴族様の誰かがいてくれれば、怯えずに済んだかもしれません。でも、ただ貴族様に守られてるだけじゃ、きっと陰湿になるだけだと思うんです。レヴィさんくらいの大貴族に庇護されたなら、なおさらです」


 ミラは眠っているウィリアムを見る。


「それに、私もレヴィさんのことを強く言えません。最初、私はウィリアムさんが貴族の人たちを平気で敵に回すのを見て、平民だと思って安心していました。だけどレヴィさんがウィリアムさんを貴族だと言って、ショックを受けました。……それで気づいちゃったんです。私も人を肩書でしか見てないんだなって」


 自嘲気味に、だけど憑き物が落ちたように清々しい顔をした。


「それでもウィリアムさんは私に胸を張れ、顔をあげろ、前を見ろって言ってくれました。平民なんか関係なく、この大学ではお前は偉いんだって。こんな風に言われたのは初めてで、少しだけ、救われた気がしました」

「……そうか」


 レヴィは沈痛な面持ちでウィリアムを見るレヴィを見て、ミラは不思議そうな目を向けた。


「むしろ私は昨日レヴィさんがウィリアムさんに絡んだのが意外でした。取巻きの人も含めて、レヴィさんは手荒なことはしないストイックな人だと思ってました。実際、私には一度も絡んだことなかったじゃないですか。」

「昨日は単にウィリアムが怪しすぎたんだ。一目で危険だと思ったから、彼らはウィリアムを警戒したんだ」

「注意できなかったんですか?」

「俺が来たときには既に彼らはやられていたからな。彼らは俺を慕ってくれている。そんな彼らがやられて黙ってなんていられなかったんだ」


 ミラはベッドの上で豪快に寝ているウィリアムを見て、小さく笑う。


「確かにウィリアムさんものすごく怪しいですよね。実際危ないですし」

「ああ、だが彼が言っていることは正しい。貴族も平民もこの国に生きる当事者だ。この国を変えるのに平民の力なんて必要ないなんて思っていたのが馬鹿だった。……こんな簡単なこと、ずっと昔に知っていたはずだったのに」


 レヴィは俯き、悔しそうに拳を固く握りしめていた。

 ミラはそんなレヴィを見かねて、近くにあった椅子を二つ持ってきて、レヴィに進めた。

 それを、レヴィはありがとうとお礼を言って座る。

 ベッドの横で並んで座る二人に、再び沈黙が落ちた。


「……どうしてレヴィさんは、この国をそんなに変えようとするんですか? 貴族様からしたら、この国の形は都合がいいんじゃないですか?」

「一体どこが都合がいいんだ。最悪の国だ」


 力強い否定にミラは一瞬びくついた。

 体を震わした彼女に気づいたレヴィは一言済まないと言って一度大きく息を吐く。


「貴族と平民の間に違いなんかないんだよ。ただ生まれた家が違う。だから環境が違う。だから役割が違う。でもたかがそれだけだ。もしミラが侯爵家に生まれていたとしたら、きっと俺以上の成果を出せているに違いない」

「そ、そんなことは……」

「あるんだよ。平民なのに貴族と同じ大学に通うなんてとんでもないことだ。学費だって平民の一生に稼げる金額に比肩するほどだ。きっと多くの人に支えられてここに来たんだろう」

「……」


 ミラは小さくうなずいた。


「私の家は大家族で、ただでさえ生活費を稼ぐのも大変なのに、私のためにほとんどの家財を売り払ってお金を作ってくれたんです。それだけじゃなくて、たくさんの人にお金を借りてくれました。私がいいよっていっても全然聞く耳持たなかったんです。……とっても嬉しそうな顔で、笑って送ってくれたんです」


 静かな部屋で鼻をすする音がした。

 レヴィはポケットからハンカチを取り出して、ミラの涙を拭いた。


「こ、こんな高いもの――」

「何を言ってるんだ。君にはそれだけの価値があるんだろう? 君の家族はとても素晴らしい方々だ。貴族も平民も関係ない素晴らしい環境だったんだろう」

「そうですね……すごく幸せだったと思います」

「身分に関係なく、みんなこの国で生きる当事者だ。どんなに身分制度を作って平民を虐げたところで、君たちの幸せは奪えないだろう。俺はそういうこの国が変えられないものに目を向けるべきだった」


 それを教えてくれた寝ている男に、二人は目を向けた。

 どちらからでもなく、クスリと笑う。


「じんましん、収まったみたいですね。それにしてもウィリアムさんってこんな顔してたんですね。もっと悪い顔してると思ってました」

「ははっ、そうだな。貴族にも見えないし、かといって平民にも見えない。王になんて全く見えないな」

「……んあ~」


 笑う声がうるさかったのか、ウィリアムは唸り声をあげて寝返りをうった。


「……っく」

「……っしぃ~」


 笑いを抑える二人はしばらく肩を震わす。

 やがて落ち着くと、真剣な顔でウィリアムを見た。


「じんましんが出るほど人が嫌いですか。……一体、どんな人生を送ってきたんでしょう」

「さあな……きっと、この国以上に醜い人の側面を見てきたんだと思う」


 二人は同時に椅子から立ち上がり、ウィリアムのベッドから立ち去る。


「この国は今ひどい状況だ。願わくば、彼の力を借りたい」

「ウィリアムさんはこの国を知ったらどうするんでしょうか」


 深刻な顔を浮かべる二人は、のんきに寝ているウィリアムを置いて、教室に戻っていった。


ウ「くかぁぁ~~」

レ「いいか、ミラ。そっとだぞ、そっと……」

ミ「はい……仮面の下ならいくら落書きしてもばれませんもんね。……あっしまった」

ウ「ふがっ……何してんだテメェら」

レ・ミ「……逃げろォ!」

ウ「待てゴラァ!!」

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