11.あったかホーム
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あたしは舐めていた。
錬金術というものを。
錬金術は端的に言ってしまえば、道具で魔法を再現する技術。つまり、魔法が使えるあたしには大して見るものが無い技術だと思ってた。
事実、入学試験では簡単に点数が取れたから。
でも違った。
錬金術って奥深い。
「深く、もっと深く……」
手を入れれば、深く掘り進められる。
もっとたくさん、もっと――!
「あの、ウィルベルさん?」
「なに、アリータ。今忙しいんだけど」
「いや、それは見ればわかりますけれど、見てわからないことがあるのです」
アリータが手に持っていたものをあたしに見せる。
「このかぼちゃたちの山はなんなんですの!? なんでわたくしがこんなかぼちゃ彫りしなければいけないんですの!?」
差し出されたのは中身がくりぬかれ、顔の模様が彫られたオレンジ色のかぼちゃ。
周囲はそんなふうに顔の形にくりぬかれたかぼちゃで埋め尽くされていた。
あたしはアリータのかぼちゃを見て、鼻で笑う。
「甘いわね、アリータ。もっと深く広く掘らないと、食べる場所を残したら腐敗が早く進んじゃうの。かぼちゃ彫り師として半人前もいいとこね」
「いつの間にわたくしはかぼちゃ彫り師になったんですの?」
まだまだ甘い、低温で長時間火入れしたかぼちゃ並みに甘ちゃんだわ。
「いい? かぼちゃ彫り師になりたいのなら、このくらいはやってみせなさい」
ずずいとアリータにあたしが彫ったかぼちゃを見せる。
「いや、ですからわたくしは……ほう!」
あたしのかぼちゃを見た途端にアリータが目の色を変える。
「かぼちゃの中身が綺麗に掬われていて、身の部分が余すことなく綺麗に削がれているっ。側面の顔も、まるで今にも動き出しそうなほどに生き生きしてますわ!」
「でしょっ! あんた見る目あるね!」
ふふーん、かぼちゃの同士が増えたわね!
そうとなれば、もっとかぼちゃの友達を増やさなければ!
「ところでウィルベルさん、一体どれだけ彫ればいいんですの? 彫りすぎて手がかぼちゃ色に染まってきたのですけれど」
「まあ大変。手を洗ってちゃんとパンプ菌を落としてね」
「ぱんぷきん?」
渾身のジョークも通じない、なんてこったい。
まあ今日は日も落ちて来たし、このくらいにしておこうかな。
「それで、なんとなく手伝ってしまいましたけど、こんなに大量のかぼちゃはどうしたんですの? これだけの量となれば、結構なお値段しそうですわね」
「近くのお店で安売りしてたからまとめ買いしたの。それにしてもあんた貴族なんでしょ? これくらいなら軽く買えるんでしょ?」
アリータは少しだけ目を伏せる。
「まあ……庶民の生活も勉強しているんですの」
何かありそうだけど、深く聞いたらめんどくさそう。
「それで、どうしてこんなに大量のかぼちゃを?」
「それはもちろん、錬金術に使うの。まさか錬金術で再現できるとは思わなかったなぁ、うんうん、楽しみだねぇ~」
「?」
こんだけあれば、しばらくは大丈夫かな。
あとは持って帰るだけなんだけど、アリータが邪魔ね。
「アリータ、手伝ってくれてありがと。ここまででいいわ。じゃ、また明日ね」
「え?」
お礼とばかりにくりぬいたかぼちゃの中身をパックにしたものをアリータに渡して、手を振っておかえり願うも、彼女は目を丸くした。
「いえ、でも明日から講義が始まりますのに、この教室の惨状はまずいですわ。わたくしがお手伝いして差し上げますので、早く片付けて――」
「大丈夫! あたしが一人でやっちゃうから! ていうか一人の方がいい!」
「え、え? ウィルベルさん!?」
手伝ってこようとするアリータの背中を押して、教室の外に押し出した。
彼女が出た瞬間に、扉を閉めて鍵をかける。
二、三回ドアがガチャガチャなったと思ったら、次はどんどんと乱暴にドアがたたかれる。
「ちょ、ウィルベルさん!? 開けてくださいまし! あなたにはわたくしの力が必要でしてよ!」
「いらなーい!」
どんどんなる扉を背中で押さえながら声を上げる。
だけども彼女は全然あきらめない。
「このわたくしのお手伝いなんてめったに受けられないですわ! 今を逃せば、二度とこんな機会はやってきませんわよ!」
そんな上から言われてもありがたみを感じないわね。
「そうだ! 手伝わせていただけたら、特別にわたくしがあなたのお友達になって差し上げてもよろしくってよ! 光栄に思うといいですわ! わたくし、こう見えてもたくさんお友達がいて顔が広いんですの! 貴族ですから、おいしいものだってたくさん――」
「ほかの友達がいるなら他をあたって下さーい」
しつこいなあ、どうやって追い払おうかしら。
と思っていると、途端に扉の向こう側が静かになった。
「アリータ?」
「ウィルベルさんは……わたくしのことが嫌いですか?」
「え゛」
なに急に、怖いんですけど。
扉を少しだけ開けて、恐る恐るアリータを見ると、彼女は唇をかんで俯いていた。
「アリータ?」
「ウィルベルさんはわたくしのことがお嫌いなんですの? しつこいからですか? それとも、わたくしの家が――」
「え、めんどくさい」
「え――」
おっと、つい本音が。
今度こそアリータは目を見開いた状態で固まってしまった。
そこからだんだんと、あご下に梅干しができて泣きそうになっていく。
あー、もう仕方ないなー。
「アリータ、別にあんたがどうこうじゃなくて、単に都合が悪いことがあるだけなの。あんたにもあるでしょ? 人に知られたくないことの一つや二つ。ましてやあたしたち、今日知り合ったばかりなんだから」
「でもわたくしは、あなたになら全部を見せてあげてもよろしくってよ!」
「え、重い……」
こ、この子、もしかして――
「アリータ……友だちいないの?」
「ギクッ!」
わー、こてこての反応。
まったくもう。
「はぁ、もういいから帰んなさい。別に嫌がらせでやってるわけでも何でもないんだから、もうちょっと信じてよ。明日になったら、またいつも通り話ができるんだから」
「信じる――」
その言葉をかみしめるように繰り返すアリータ。
その目に徐々に光が戻ってきた。
そして、
「わかりましたわ! わたくし、お友達を信じますわ! ウィルベルさんの知られたくないことが何なのか、話してくれるまで悶々と一人で考え続けます! それでは、ごきげんよう! また明日ですわー!」
さっきまでの落ち込みはどこへやら、彼女は颯爽と廊下を走って姿を消した。
「な、なに? 変な子ねぇ」
情緒不安定なのかしら、あれがチューターで成績優秀だなんて世も末だねぇ。
「さて、ほいじゃ、とっとと片して帰ろっかな」
懐からいつも被ってる帽子を取り出して、かぼちゃたちをしまっていく。
ふふん、帰ったら二人は驚くかなぁ。
♠ ♁ ♠
不良どもに絡まれたせいで、家に帰る時にはもうすっかり陽が落ちてしまった。
「よっ、ほっ」
暗い夜の空に紛れて、高級住宅街の屋根上を駆け抜けていく。
今通っている住宅街はベネラクス錬金大学校の近くであり、利用するのが貴族のボンボンたちが多いということもあって、どれもかなりの高級住宅だ。
しかも大学から近いから、ちょっと借りるだけでもべらぼーな値段設定だ。
金持ちクソくらえ。
という気持ちで、屋根を踏み抜きたい気分を我慢して静かに走る。
腹の立つ住宅街をしばらく進めば、大学から少し離れたということでランクが下がって平民でも十分に買える家々が並ぶ団地に出る。
普通に歩けば大学から1時間といったところか、その辺りに一件だけ天窓がある家があった。
「家に帰るって、なんだか変な感じだな」
屋根上から天窓をこじ開けて、堂々と入り込む。
「ただいまー……って、まだ誰もいないのか」
ここは俺たち三人が借りた家。
天窓は俺の部屋に直結していて、見た感じでは家に明かりはついていない。
もう遅い時間だってのに、とんだ不良む――
「……おかえりなさい」
「うえぇ!?」
暗闇の中、俺の部屋に二つの赤い光。
長い黒髪の隙間から、ぎらついた光がじっとこっちに向いていた。
こ、これは――
「なんだ、マリナか。びっくりさせるなよ」
「……遅かったね。ずっと待ってたのに」
「? 待ってた?」
何かあったか、と思い出していると、
「ねぇ……今日一緒にいた子……だれ?」
「え?」
「仲良くしてた……ウィルのこと好きだった……顎クイってやった……」
な、なんかわからんが怖いッ。
ゆらゆらと、マリナが近づいてくる。
「ど、どうした? マリナ? ルナマリナ? ルナマリナさ~ん?」
「特進って軍術より女の子少ないはずなのに……その女の子ともう仲良くなって……熱っぽい視線を向けられて」
一体、誰の事言ってんだ?
仲良くなった特進の女?
仲良くどころか今日一日喧嘩しかしてなかったのに?
「ウィルのここは……わたしの場所」
マリナはぎゅっと、俺の服の裾を掴んだ。
――あ、なるほど、あいつのことか。
「あれはただのチューターだよ。仲良くどころか泣かしてきたぞ? 好かれる要素なんかどこにもないぞ」
「……ほんと?」
「ああ」
納得してくれたのか、マリナが服から手を離した。
ホッと一息。
マリナが怒ると怖い。彼女に怒られるくらいなら、ベルに百回困らされる方がいい。
「マリナ一人か? ベルはまだ帰ってきてないのか?」
「まだ帰ってきてないよ。……今日はベルがご飯当番だから、そのお買い物かも」
部屋から出て、家の明かりをつけながら一階に降りる。
この家は三人で住んでいるから家事は分担している。
ちなみにベルが食事当番で、俺は風呂、マリナは家の掃除だ。洗濯は各自。
男女が住んでいるのだから、プライバシーは十二分に守っている。
といっても、マリナだけは勝手に部屋に入ってくるけど、俺もベルもそれは怒らない。
ただ俺やベルが互いの部屋に入ると十中八九掃除と補修が必要な事態になる。
「今日は合格祝いってことで盛大にやるって言ってたからな。その分買い出し手間取ってんのかな」
「かもしれないね……どうする? 迎えに行く?」
「んー」
入れ違いになると困るし、どうしようか――
「ただいまーー!!」
と思っていると、ベルが帰ってきた。
「遅くなってごめーん! でもその分沢山あるよー!!」
制服姿に魔女の尖がり帽子というよくわからん格好をしたウィルベル。
彼女は帽子から次々と食材を取り出していく。
まず出てきたのは、パック詰めにされた黄色いかぼちゃの身。
次に出てきたのは、パック詰めにされた黄色いかぼちゃの身。
……またしても出てきたのはかぼちゃの身。
かぼちゃかぼちゃかぼちゃかぼちゃかぼちゃ飴玉かぼちゃかぼちゃかぼちゃ飴玉かぼちゃ。
「おい! なんだこのかぼちゃの山は! まさか食材がかぼちゃだけじゃないだろうな!」
「え? かぼちゃだけだけど」
「はぁ!?」
それなりに広かったはずのリビングが半分以上かぼちゃで埋まる。
「え、え……今日はかぼちゃ祭り?」
「聞いてないぞ! なんでこんなかぼちゃだけなんだよ! 合格祝いっつって結構な金渡したのに、これじゃ何も祝えないだろうが!」
「何言ってんの! 今日はパンプキンフェス! 魔法使いの合格祝いはかぼちゃって相場は決まってるのよ!」
「なにがフェスだ! 脳みそレスが、渡した金返しやがれ!」
こんな量のかぼちゃどうやって処理しろってんだ。
つか、なんでかぼちゃだけ? 他にも買わないと料理にならないのに。
「いいから黙ってみてなさいって。――来なさい、あたしのかわいいお人形たち」
ベルが帽子をはたくと、かぼちゃから短い胴と手足が生えた服を着た動く人形たちが現れた。
人形たちはひとりでにかぼちゃの入ったパックを運び始め、次々と調理をし始める。
「うんうん、いい子ね、《かぼちゃ人形》たち。どっかの人嫌いさんとは全然違うねぇ」
「人の金で好き勝手するチキン頭に言われたくねぇ」
ため息がこぼれる。
買ってしまったなら仕方ない。かぼちゃしかないならかぼちゃを食べるしかない。
大丈夫、一晩くらいなら、かぼちゃ一色でもなんとか……
「これ……今晩だけで食べきれる?」
「うーん、単純計算でいけば、一週間くらい?」
「耐えきれるかぁ!! 体黄色くなっちまうわ!」
現時点で部屋の中はかぼちゃ一色。
見ろ、マリナですら目の前にあるかぼちゃの山を前に震えているぞ。
マリナは元孤児で食事に文句なんてまず言わないのに、その彼女が慄くなんて超やべぇ。
「マリナはともかく、ウィルは魔法使いなんだから、今のうちに体にかぼちゃを慣らしておかないとだめよ」
「かぼちゃを慣らすってなんだよ。劇薬か?」
「毒にも薬にも爆弾にもなる優れものよ」
「体の中に爆弾入れんの? 殺す気か?」
もうなにがなんだかわけわかめ。
もはやあきらめの境地で手頃な位置に浮いていたかぼちゃの人形を手に取った。
「へぇ」
何気なく手に取ったかぼちゃの人形だが、なかなかに手が込んでいた。
手に取られたことがわかるのか、人形はかぼちゃでできた小首をかしげているし、顔はくりぬかれているから変化するはずないのに、どことなく表情が変わっているように見えるから不思議だ。
「興味あるの?」
「うぉ」
人形をじっくり見ていると、いつの間にかベルが手元を覗き込んできた。
「随分と手が込んでると思ってさ。これお前の魔法《魔女の悪戯》だろ?」
「ふっふ~ん、そう思うでしょ? ところがねぇ」
ベルがしたり顔のにやけ顔を浮かべて、手に持っていたかぼちゃ人形を取り上げた。
「このかぼちゃはなんと! 錬金術で作ったのでした!」
「え?」
笑顔で言う彼女の言葉に驚いた。
魔法と錬金術は違う。
魔法は使えるというだけで強力無比だが、使い手がこの世界にはほぼいない。
一方で錬金術は道具を作れば誰にでも使える。
つまりベルは、ベルにしか使えない強力な魔法を誰にでも使えるようにしたということだ。
「すごいな、まだ講義始まってもいないのに錬金術使えるのか」
「そりゃあ、あたしは元からそれなりに錬金術について学んでたからね。あんたたちに教えたのがあたしってこと忘れてない? 機材さえ使えればいろいろできるのよ」
人形たちが作れるとは思わなかったけどねぇ、とベルはほくほく顔でかぼちゃ人形を撫でまわす。
なるほど、確かにこれなら、かぼちゃを買い占めて作りまくろうと思うのは不思議じゃない。
彼女の使うかぼちゃ人形たちはとても便利なもので、簡単な事なら指示を出さずともやってくれる。
この家の維持管理も魔法使いの俺かベルがいれば、魔力を保持するだけで彼らがやってくれるのだが、錬金術で再現することができたなら、魔法を使えないマリナでも動かせる。
「……欲しいな」
「お? ついにウィルもかぼちゃの魅力に気づいたのね? しょうがないなぁ、あたしが教えてあげてもいいよ?」
「……」
どや顔で言ってくるベルが腹立つ。
かぼちゃの人形はたしかにすごいが、今がかぼちゃ地獄に陥っているのもまた事実。
「……一番大きいかぼちゃを寄こせ。それ使う」
「ああ! だめよ! 一番大きいかぼちゃはこの後のために取って置いてるんだから!」
「わたしも欲しい……人形作りたい!」
「あーもう、仕方ないわね! 人形作り教えたげるから、今は早くご飯にするよ! 《かぼちゃ人形》! 人形でも作れるごはんも作れないウィルに格の違いを教えて上げなさい!」
「いちいちいらんこと言うな! 気にしてんだよ!」
ウ「人にはそれぞれ欠点がある。俺は完璧すぎるから料理ができないくらいがちょうどよくてだな……」
べ「欠点だらけの人間が何か言ってるわ。完璧っていうのはね、あたしみたいな人のことを言うのよ」
ウ「なにが完璧だこのゼニゲバがッ!」
べ「うっさい! このけちんぼめっ!」
マ「……まず二人は完璧って何かを考えよう?」




