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10.王と番長

 ♠  ♁  ♠



 ベネラクス錬金大学校の教育課程には二本の柱がある。

 錬金術と軍術だ。

 わかりやすく言えば錬金術は工学部で、軍術は体育学部とでも思えばいい。

 この世界には人類の敵である悪魔がいて、それに対する防衛を第一に考えなければならず、その点においてこの二つは防衛に欠かせない要素だ。

 ちなみに俺がいる特進はこの二つにおいて優れた成績を修めなければ在籍することを許されない、いわば秀才クラスだ。

 といっても、特進に入る実力があっても軍術や錬金術部に進むやつもいるので、一概に最優秀とは言えないが。

 なにはともあれ、そんな秀才クラスとなれば集まるのは当然エリート、つまり貴族といったボンボンばかりというわけで――


「今朝の礼だ。謝るなら今の内だ」


 目の前には、大勢のお供を連れたご立腹なレヴィ・ユトレヒト侯爵様。

 登校初日の朝に絡まれたときは、幸いにもタイミングよく教師が入ってきたので流れたが、いつの間にか俺の机に、放課後に練武場で待つという内容の果たし状(ラブレター)が入れられていたので、心優しい俺はこうして応えてあげたというわけだ。


「それは俺の台詞だ。ひれ伏すなら今のうちだぞ」

「や、やめましょうよ……素直に、あ、謝りましょう?」


 大勢のチンピラと対峙する俺の後ろには、ピンク髪の地味眼鏡少女が隠れて服の裾を引っ張っていた。


「なんでいんの?」

「だ、だって……その、私は、あなたのチューターですし……面倒見ないと、成績に、響いちゃうので……」

「こんな場所にいたほうが成績に響きそうな気がするけどな」


 というか、あまり引っ付かないで欲しい。

 さっきからずっと鳥肌が立ちっぱなしだ。


「おい貴様ら、俺を無視するとはいい度胸だ。いい加減、その仮面を外したらどうだ。それとも何か、面と向き合うこともできない臆病者か?」


 おっと、寂しがりやのレヴィ君が剣を抜いてこっちに来たぞ?

 だがこっちに来る途中に彼の剣先は俺の後ろにいる地味眼鏡少女に向いた。


「ミラといったな。お前はその男につくのか?」

「えっ、ち、ちが――」

「まあいい、お前も前から気に入らなかったのだ。筆記だけとはいえ、平民の分際で俺よりも上にいるなど、腹立たしいことこの上ない。ここで編入生もろとも道理を教えてやろう」

「ひぃいいいい!?」


 あーあ、泣いちゃった。

 女の泣き顔を見るのは嫌いじゃないが、地味少女はレヴィ君から隠れるようになおさら俺の背中に引っ付くように隠れてしまった。

 これでは泣き顔も見れないし、制服は濡れるわ皺ができるわ鳥肌が立つわで嫌なことこの上ない。

 どうやらレヴィ君は彼女が泣いてもまだ口撃をやめないらしい。

 というか、俺に隠れたせいで泣いたことに気づいてない。


「大方自分と同じ平民出身の者が入ってきたから、親近感でも湧いたのだろうな。だが残念だったな。その男は俺と同じ、高貴な血を継ぐ者だ。お前と親しくなどなれない」

「え――」


 後ろで息をのむ声が聞こえた。

 突っ張っていた服が楽になる。

 後ろを向けば、少女が目を見開いて離れていた。


「あ、あなたも……貴族だったんですか?」

「俺は――」

「愚鈍だな。その男の堂々たる立ち振る舞い、平民のものとは一線を画している。仮面をつけているのも、どこぞの国の名門だとバレたくないからだろう」

「そ、そんな……」


 俺の言葉を遮ったレヴィの言葉に地味少女が驚き、また泣き出した。

 ……めんどくさ。

 まあいいや。こうなったら、さっさと終わらせるに限る。


「どうでもいいからかかって来いよ。群れなきゃ何もできない雑魚どもめ。世界は広いってことを教えてやるよ」


 練武場で貸し出している訓練用の木剣二つを向けるとレヴィ・ユトレヒトが剣を向けてきた。


「編入生、口の利き方を教えてやろう。貴様がどこの名門かは知らないが、このベネラクスにおいて、ユトレヒト侯爵家に勝る家など王家以外にはそう存在しない。この大学で俺に逆らうことがどういうことか、理解できないほど馬鹿でもあるまい」

「侯爵家だ名門だなんだ。肩書しか誇るモンないなら、帰って他のモン見つけろよ」


 連中は一斉に俺を囲むように広がり、武器を構える。


「言ったな。俺が肩書だけではないことをその身に教えてやる。他国からの編入生。ベネラクス錬金大学校のレベルの高さを教えてやる! ――かかれ!」


 一斉に、チンピラたちがやってきた。




 ♥  ☽  ♥



「ルナマリナ嬢! 次はどこに行きたい?」


 登校初日の今日は学期初めということで、午前中に講義が終わった。

 せっかく放課後が長いのだからということで、チューターのルイスって人に学校中を案内してもらっていた。

 といっても、彼以外にも大勢の同じクラスの人が後ろにくっついて来るんだけど。

 人混みは苦手、どうにかならないかな。

 悩みながらも一通り校舎を回ったところで、気になるものを見つけた。


「あれは……?」


 大きな校舎を出ると、たくさんの人が蓋をしてないお鍋みたいな建物の中に入ってくのが見えた。


「ん? ああ、あれは練武場だね。僕たち軍術学部なら嫌というほど使うことになる施設さ。行ってみるかい?」


 ルイスの提案に頷く。

 青髪の彼について行くと、わたしの後ろをたくさんのクラスメイトがついてきた。

 練武場に入ってすぐ、ルイスが掲示板のようなところを見て呟いた。


「おや、貸し切りだ。誰か使っているね」


 覗いてみれば、そこには練武場にいくつもある部屋ごとの時間帯スケジュール表があった。

 どの部屋も予定が埋まっているようで、使うことはできないみたい。


「ふむ、ルナマリナ嬢に軽く指導を付けてあげたかったのだが……」


 何故か、彼の中でわたしの予定が埋められていた。


「おや、ルイス様。何やら大間が騒がしいですよ?」

「なに、大間だと?」


 取り巻きの一人の言葉にルイスは眉をひそめ目をつぶり、耳を澄ませる。


「確かに誰かいるようだ。それも大勢。……どうかな、ルナマリナ嬢、少し覗いていくかね?」

「……覗けるの?」

「上に見学席がある。大間は一番広い部屋で、数か月後にはここで剣錬技大会というベネラクスでも有数の大会が開かれる。立派なものだぞ。ちなみに僕も出る。優勝候補たる僕の雄姿が見れる機会だ。もっともルナマリナ嬢のためならば、いつでもいくらでも見せてやれるとも」

「……ルイス様。もうルナマリナ嬢は行ってしまいました」

「なにっ!?」


 大間はこっちかな?

 掲示板の横にあった案内図を頼りに大間の見学席に登る。


「待ってくれ、ルナマリナ嬢!」

「待ってくださーい!」

「ボクも行きます!」

「一緒に見ましょうよォ!!」


 後ろからの声に足を止めようかと一瞬思うけど、どうやら走ってきているようだから、止まらずとも良さそう。

 気にせず、見学席に上がると――


「……なに、あれ」


 わたしたちとは少し違う黒と紺が混ざった制服を纏った人たちが大勢集まり、木剣を振り回していた。

 たった一人の人間に群がるように。


「っ! あれはレヴィ・ユトレヒト! 侯爵家の取り巻きたちがなにをしてるんだ!?」


 追いついたルイスたちが驚いていた。


「あれは……?」

「囲っている方は侯爵家、ベネラクスの中でも一二を争う大貴族ユトレヒトだ。当然実力もある。囲われているのは――」


 ルイスが目を細める。


「囲われているのは……誰だ? 見ない顔、いや、面だな。あんな仮面男いたか?」

「ルイス様、あれじゃないですか?」

「特進に入った編入生」

「確かに、平民女がいるならそうだな。なるほど、ユトレヒト流の野蛮な挨拶というわけか」


 ルイスとついてきた人たちが予測を付ける。

 彼らの予測は正しい。

 囲まれているのは特進学部に入ったウィル。

 確かにウィルの風体なら絡まれてもおかしくないし、彼自身それから逃げるなんてことせずに真っ向から叩き伏せるに違いない。

 でもわたしにとって大事なのはそこじゃない。


「なんだあの編入生! ユトレヒトの取り巻きは全員特進に在籍できるほどの実力者だぞ! その攻撃をああも防ぎきるとは!」


 隣でルイスたちが目を見開き、練武場で繰り広げられる攻防を血眼で見つめていた。

 その目の先は、ひたすらひたすら攻撃を防ぎ続けるウィルの姿。

 両手に一つずつ持った二振りの木剣で、振り下ろされる剣を軽く流し続ける。

 片手では両手で振り下ろされる敵の剣を防ぐのは難しいはずなのに、彼は難なく攻撃を防ぎ、避け、受け流し、防御によって敵の態勢を崩し続ける。


 そして――


「ひれ伏せ」


 ウィルは両手に持った剣を振り下ろす。

 途端に、練武場にいたレヴィ・ユトレヒト以外の全ての人間が頭から地に伏した。


「なッ!?」


 その光景を目の当たりにしたルイスが息をのむ。

 ウィルを囲っていた人たちは、まるで王を称えるかの如く彼に頭を向けて倒れていた。

 ウィルに刃を向けた人間の中で、唯一立っているレヴィは端正な顔を僅かに歪める。


「なるほど、口だけではないようだな、編入生。まさかこいつらを全員倒すとは思わなかった」

「俺は囲われるのが嫌いなんだ。叩き伏せられる分、善意じゃないだけマシだがな」


 仮面越しでもわかる愉快な笑顔。

 ずっと取り巻き達に襲わせていたレヴィはウィルと相対しても剣を構えることなく、空いた手を彼に差し出した。


「編入生、今ならば俺の右の座を用意してやる。君がいれば、我が侯爵家はこの国を取れる。俺と手を組む気はないか?」

「は? 何言ってんだ?」

「悪い話じゃないだろう? ユトレヒト侯爵家と手を組む利点は計り知れない。他国の名門である君と俺が手を組めば、内と外、確実にこの国を取れる。侯爵家がトップに立った暁には、君の家にも見返りを用意してやる」

「……」


 ウィルは黙り、仮面の奥の目を細めた。


「返答は?」

「わかんねぇのか?」


 レヴィが眉をしかめる。


「口でいってもわからないか。なら編入生、ここで俺が勝ったなら俺の下に就け。拒否権はない。今ならまだ――」

「いいよ」

「そうか、ならば力づくで……え?」


 断られると思ったのか、レヴィは変な声を漏らした。

 しかし、すぐに咳払いして剣を構える。


「そ、そうか、覚悟ができているならばいい。俺の下に就く気になったなら特別に――」

「ああ、勘違いするなよ」

「なに?」


 ウィルは笑いながら、左手の剣を逆手に持って前に、右手の剣を順手でもって後ろに構える。


「どう答えようが、俺がお前の下につくことはない。頷いたのは、その方が俺の要求を通しやすいからだ」

「お前の要求だと?」

「ああ」


 二人の間、いや、練武場全体の空気が張り詰める。

 周りにいたルイスたちも生唾を飲み込む。


「お前ら全員――」


 ウィルは腰を低くし、駆け出した。

 一瞬でレヴィとの距離を詰め、剣を振るう。

 レヴィはいきなりの開始に一瞬だけ遅れるも、さすがというべきか、すぐに対応し剣を振るう。

 ウィルが逆手に持っていた左手の剣がレヴィの首に迫るも、レヴィは首を傾けて避け、下からウィルの顎目掛けて剣を突きあげる。

 しかし、


「ひれ伏せ」


 次の瞬間、レヴィの木剣が叩き折れ、彼は地面に突っ伏した。

 ウィルが右手に持っていた木剣を目にもとまらぬ速さで振り下ろし、木剣ごとレヴィを打ち倒したのだ。


「よし、これで特進科は俺のモンだ!!」


 持っていた木剣を放り出し、ウィルは笑う。


「ば、馬鹿な……あのレヴィを瞬殺だと? 何者だ!? あの編入生!?」


 ようやく頭が追い付いたルイスが驚愕の声を漏らす。

 誰もが息を飲み、片時も目を離せなくなっていた。

 誰もが倒れている中、ウィルは用は終わったとばかりに立ち去ろうとする。

 ――けど、


「グッ……ま、まだだ!」


 レヴィ・ユトレヒトがふらつきながらも立ち上がっていた。


「まだ負けてない! 俺は立っている! 侯爵家の人間として、俺はこんなところで負けられないんだ!」


 赤い唾液を吐き、近くに転がっていた木剣を拾う。

 立ち去ろうとしていたウィルは止まり、肩越しに振り向いた。


「随分と肩書にこだわる。家がそんなに大事か」

「君にならわかるだろう! 貴族に生まれることの意味が! 国を背負い、十字架を背負う! 民のために、俺はこの歪んだ国を正さねばならないんだ! そのためには手段を選んでなどいられない! 侯爵家に生まれたものとして、責任を果たさなければならない!」


 ウィルはかかとを返し、レヴィに近寄る。


「だから国盗りを?」

「腐敗し道を違えた王家を正さねばならない! そのための侯爵家だ!」


 ともすれば反逆罪に問われかねないことを、文字通り血反吐を吐きながらレヴィは叫ぶ。

 しかし、


「くだらない」


 ウィルは一笑に付した。

 一瞬だけ、レヴィはぽかんとする。

 でもすぐにその顔を真っ赤に染め上げた。


「貴様は――!!」

「いいかガキ」


 レヴィの言葉を遮り、ウィルはレヴィの頭を地面に押さえつけた。


「がはっ」

「肩書なんかに縋るんじゃねぇ」


 地に伏しながらも、なおもレヴィはウィルを睨みつける。

 睨まれた仮面の奥の目は、むしろ愉快そうに歪んでいた。


「聞くが、もしお前が侯爵家じゃなかったら、この国がいくら間違ったことをしていても放置するのか?」

「そんなわけがない! たとえ侯爵家が滅んだとしても、俺は――」

「お前は強い。それは事実だ」

「――ッ」


 突如出てきた賞賛の言葉にレヴィは言葉に詰まる。


「この国を正そうとするお前が、この国が勝手に作った貴族なんて肩書に縋りつく。まったくもって滑稽な道化だな」


 レヴィが目を見開いた。

 自分が矛盾していることに歯噛みする。


「お前はなんでこの国を変えようとする? 金か? 権力か?」

「違う! 俺はッ! 俺はこの国を豊かにして! そしてっ、そして……」


 歯を食いしばり、硬いこぶしを握るレヴィ。

 ウィルは戦う理由を吐き出そうとするレヴィを見て小さく息を吐く。


「強くなる理由があるなら内容なんてどうでもいいが、忘れるな。見るべきは大儀じゃなく人だ。平民でも凄い奴はいる。だから家柄じゃなくて人を見ろ。この国を変えたいなら、この国が変えられないものをよく見ろよ」

「ッ!」

「お前の前にいる俺は何に見える? 平民か? 貴族か? あいにくだが俺はそのどれでもない。人を家柄なんかで区別するな。俺が強いのは、俺のために生きた人(・・・・・・・・・)がいるからだ」

「俺のために生きた人、だと……?」


 少し喋りすぎたと、ウィルは少し眉をしかめた。

 だけど、まっすぐにレヴィを見る。


「貴族の義務以外に、お前がこの国を変えようとする理由はないのか?」

「……」


 黙ってしまったレヴィ

 ウィルは次に、大間の端で泣きながら震えている眼鏡をかけた少女に近付く。


「お前もだ、鈍間」

「ひ、ひぃ! ご、ごめんなさいごめんなさい!!」


 ウィルが怖いのか、彼女は額を地面につける。

 ウィルはしゃがみ、彼女を冷めた目で見つめる。


「謝んなっつったろ、殺すぞ」

「ヒッ……」


 離れた見学席まで届く短い悲鳴。

 ウィルは頭を下げる彼女の顎を強引につかみ、顔を引き寄せる。


「お前、平民なんだってな」

「うぅ、ひょ、ひょめんなはい」

「……今のは聞き間違いってことにしてやる。いいか」


 泣きそうな彼女を食べるかのように、ウィルの仮面の口が開く。


「お前のことは知らねぇが、ここにいる中で一番偉い奴は誰か知ってるか?」

「あ、あなた、です」

「そうだけどそうじゃねぇよ。学んでるやつだ」

「え?」


 泣き顔がきょとんとした顔になる。


「ここは大学なんだろ? 学ぶ場所だろ? なら学んでるやつが一番偉いんだよ」

「で、でも、レヴィ様とか――」

「侯爵家はあいつを俺から少しでも守ったか? 立場なんて意味がねぇ、頼れんのは自分だけ。学び続けて、いつでも頼れる力を磨いた奴が一番偉いんだよ」

「――!」


 段々と、彼女の目が開かれていく。


「平民だろうが関係ない。特進でずっと学んでるお前は強い。胸を張れ、顔をあげろ、前を見ろ。卑屈な奴なんぞいじめる気にもならねぇぞ」


 それだけ言って、ウィルは立ち上がり、かかとを返して歩き出す。

 解放されてもなお、眼鏡の少女の目はずっとウィルにくぎ付けになっていた。


「あ、あの!」


 立ち去る直前の背中に声をかける。


「あなたは、誰なんですか!?」


 この日一番の少女の声。

 ウィリアムは止まらずに、


「王だ。ひれ伏すには十分すぎる理由だろ」


 そういった。

 今度こそウィルは立ち去り、ついにしゃべる人がいなくなった練武場は静まり返る。

 ……だからかな。


「か……かっこいい……」


 一言呟く少女の声が、やけに耳に残った。




「だれ……あの女」



 ぎしりと、握っていた手すりが歪む。



ル「ルナマリナ嬢! 僕がいれば何も心配することはないからね!」

マ「……ウィルが楽しそうにしてる」

ル「君の不安になるものは全て僕が取り除いてあげるからね!」

マ「……全て取り除く? じゃああの――」

ル「おっと次のところを見に行こう! まだまだ見るところが

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