1.大地の勇者
とある女ハンター、ミスベル・フェインタラの人生は順風満帆だった。
生まれは貧しい南方の辺境の村だったが、それが功を成し、危険な魔物を狩ることができるハンターとなっていた。
小さな努力を積み重ねるのが好きだった彼女は、堅実に努力し、成功を重ね、実力派とみられるようになっていく。
名が知られるようになると、ゼロから自分の実力と地位を築き上げたという確かな実績と事実が、彼女の誇りとなり自信となった。
ただ、戦いと同じくらい女としての魅力も磨いたつもりだったのに、力が付けば付くほど、周囲は自分を女として見なくなり、自分もまた弱い男に興味を持てなくなっていくことだけは不満だった。
そこで彼女は考えた。
もし自分が失敗するようなことがあれば、周囲は自分を弱いと思って女として見てくれるかもしれない。
あるいは、自分が負けた相手に勝てる男がいれば、自分はその人を好きになれるかもしれない。
あわよくば、自分が強敵に襲われて命の危機にさらされているときに、強い男が駆け付けて助けてくれるのではないか、と。
そんな、甘すぎる夢を見た。
――だから、必然だったのかもしれない。
一際危険な【悪魔】に挑み、全滅しかけているのは。
「い、いや、いやあ……いああああ!!」
目の前に迫る醜悪なバケモノ。
粘土で作ったみたいな灰色の肉体に、頭から生えたねじくれた角、石ころを無理やり押し付けたかのような不自然な目玉。
そして、鎧すら切り裂く鋭利な爪や牙と人間には使えない強力な【魔法】。
たった一体の悪魔に、ミスベルと同行していた歴戦だったパーティは全滅しかけていた。
「フォール、ポスター、ショーン、ラルグ……起きてッ! 起きて!」
周囲に横たわる仲間たちの体。
その体はどこかしらの部分が欠損しており、絶えず赤い液体が漏れ出している。
泣き叫ぶ彼女の声にも反応は一切ない。
だってもう、死んでいるから。
そして、その仲間たちを殺した【悪魔】の魔の手が最後に生き残ったミスベルに迫る。
【グギッ、ゲギャッ!】
喉の形がおかしいのか、まともに声も発せない悪魔は、もともと醜い顔をさらに醜く歪めて笑う。
「やだ、やだっ、死にたくない! 死にたくないよッ!」
半ばから折れた剣を必死に振り回すが、悪魔はその剣をあっさりと爪で弾き、彼女の右手を切り裂いた。
「いやあああああッ!!!」
【ギャギャギャッ!!】
右手から派手に血を流しうずくまる彼女を笑いながら、悪魔は彼女の首に手を伸ばして掴み、持ち上げる。
「ァハッ……」
涙で滲み、徐々に暗くなっていく視界。
(こんなところで死にたくないッ! まだ好きな人もできてないのにっ)
涙を流しながら、自分の命の終わりを悟りながら、それでも彼女は願う。
(誰か……お願い……助けてっ)
願いもむなしく【悪魔】の腕に力が入る。
彼女の首が縮まっていく。
そして、次の瞬間――
「死ね」
【悪魔】の首があっさり飛んだ。
「……ぁ?」
途端に腕が緩み、ミスベルは膝から崩れ落ち、空気を求めて荒い息と咳を繰り返す。
涙で滲む視界で、彼女は見た。
力なく倒れる粘土のような【悪魔】の体。
そして、その背後にたたずむ、竜の仮面を斜めに被った黒髪の男。
「やっと一体。思った以上に面倒だな」
その男を見た瞬間、ミスベルの体に電撃が走った。
「あっ……」
冷えていた体が一気に熱くなる。
戦いは終わったのに、心臓がひどく高鳴っている。
「一定量の【悪魔の灰】が討伐の証か。最初聞いたときはどういうことかと思ったけど、こういうことか」
男はミスベルに目もくれず、首を刎ねられ灰になっていく悪魔の体を集めだす。
彼の腰には、明らかに業物とわかる艶のある金青色の重厚な剣が下げられていた。
「ぁ、ぁ……あの――……」
命の恩人である彼に、ミスベルは声をかけようとした。
だが、その前に――
「いちいち探し回るのは面倒だな。……使うか」
ミスベルに気づいていない男は、剣を抜いて空へ掲げる。
「【雷槌】」
呪文を唱えた途端に、空から雷鳴が鳴り響き、周囲に落雷が降り注ぐ。
「きゃーーー!!!!」
ミスベルは痛みも忘れてうずくまり、耳を抑えて叫ぶ。
しばらく鳴り続ける雷に耐えていると、やがて雷音は止み、ミスベルは目を開ける。
すると周囲は焼け野原となっており、木々の灰、そして悪魔の灰が舞う変わり果てた景色が広がっていた。
しかし、それだけではない。
【ギィ】
【ギャグォッ!!】
生き残った悪魔が大勢、二人を囲んでいた。
一体でも厄介だった悪魔がこんなにもいることにミスベルは絶望する。
しかも――
【ニ、ンゲン……ナニ、ナニ、ナニモノ】
そのうちの一体は、通常の上を行く大物だった。
声を発せない周囲の悪魔とは一線を画す、知恵のある【悪魔】。
「【中位】の悪魔か。こいつはいいな」
ミスベルが震えあがるほどの【悪魔】でも、目の前の男は一切ひるまず、むしろ挑発的に笑った。
「【殺人鬼の刃】」
男の周囲から突然無数の黒い短剣が現れ、ひとりでに踊りだす。
まるで小魚の群れのように、黒剣たちは【悪魔】たちに襲い掛かり、次々と灰へと変えていく。
ほぼ一瞬で、周囲にいるのは【中位の悪魔】だけとなった。
「う、うそ……」
信じられないといった目で男を見るミスベル。
【中位の悪魔】もまた、男を最大限に警戒する。じりじりと睨み合う両者。
警戒し過ぎる【悪魔】に対し、男はなおも余裕を持って振舞う。
「来いよ」
男は剣を降ろして手招きした。
その仕草を隙アリと見た【悪魔】は、長すぎる口の牙から唾を撒き散らし、剣のように鋭い爪を振りかざして男に襲い掛かった。
瞬きの間に【悪魔】は男と距離を詰め、凶刃を振るう。
――ほんの一瞬で、【悪魔】は男を通り過ぎた。
静寂が周囲を支配する。
そして、僅か半秒ほどの時間差で、【悪魔】の四肢と首が切り飛ばされ、あっけなく灰へと帰っていった。
(一瞬でッ!?)
剣の実力には、ミスベルも自信があった。
実際、ハンター仲間で彼女よりも剣の腕が立つ人はいない。
なのに、目の前の男の剣は彼女とは次元が全く違う。
「南方の【外縁部】でも悪魔は平気で出るんだな」
悪魔を一掃した男は、たいしたことでもないといわんばかりに、すぐに悪魔たちの灰を回収する。
ここで、ミスベルはようやく男に声をかけるタイミングができた。
「あ、あのッ!」
「……ん?」
竜の仮面を斜めに被った男の目がミスベルに向いた途端、ミスベルの胸は早鐘を打ち、息が詰まる想いになった。
彼と目が合った瞬間に、頭が真っ白になって声が出なくなる。
目もまともに見れなくなって、何を言えばいいのかわからない。
こんなことは初めてだった。
しかし、声を失っていたのは、ミスベルだけではなかった。
「……あ、あの?」
「……」
男もまた、彼女を見て固まっていた。
♠ ♁ ♠
旅をするにも先立つものが必要だ。
そう思った俺――ウィリアムは金を稼ぐために危険な魔物と戦うハンターとして、依頼をこなすことにした。
期限は一日。たった一日でできるだけ多く稼がなければならない。
なぜなら、旅の同行者たちと今日一日でどれだけ多くの旅費を稼げるか勝負しているから。
そこで、運よくあった歩合制でかつ高額報酬のこの【悪魔】狩りに赴き、予定通り【悪魔】を殲滅し、討伐報酬である【悪魔の灰】を回収した。
【悪魔】は倒すと灰へと帰る。これは、【悪魔】の本体は異界にあって、人形のようなものこの世界に送り出しているからだ。
まあ、この話は置いておいてだ。
【悪魔】狩りは大成功だが一つ、困ったことがある。
「あ、あのっ!」
【悪魔】狩りに参加していたハンターに生き残りがいたことだ。
生き残りがいるのはいい。問題は俺の【魔法】を見られたこと。
「あ、あなたのお名前は何というのですか?」
顔を赤くした女ハンターが興奮気味に聞いて来た。
周りには仲間であろうハンターの遺体がある。恐怖やら何やらでハイになってるんだろう。
「あ、まず私の方から名乗るべきでしたね! 私はミスベルって言います! 近くの名も無い村出身で、年齢は24歳、趣味は裁縫と鍛錬です! まだ独身で彼氏もいません!」
「え、お、おう……」
「こう見えてそれなりに腕には自信があるので、経済力は十分だと思います! まあ、あなたは私よりも強いので、あまりに自慢にはならないですけど、私と結婚して苦労することはないと思います!」
「……何の話?」
恐怖でおかしくなったのか、言ってることがわからない。
放っておくとずっと喋っていそうだったので、俺は斜めに被っていた仮面をかぶる。
「将来、私は子供が10人は欲しくて――……」
「そんなことよりも、さっき何か見た?」
「え? あなたの超絶かっこいいお姿なら現在進行形で――」
「ああ、わかった。見たんだな」
【魔法】は人間には使えない。この世界の通説ではそうなっている。
そんな【魔法】を使うことができると知られれば、俺は異端扱いされ、最悪【悪魔】扱いされて追われてしまうだろう。
何とかせねばならない。というわけで――
「ちょっと頭を失礼」
座り込んでいるミスベルと名乗ったハンターの頭に手を乗せると、彼女は恍惚とした表情を浮かべた。
「ああ、私を慰めてくれるなんて優しい! 強さだけでなく優しさまで金揃えているなんて――」
「【記憶略奪】」
「ゔっ」
記憶を直接【魔法】で消すと、彼女は白目をむいて気絶した。
よし、これで見られたことはなかったことにできる。あとはどう運ぶかだが……まあ、どうせ記憶にないのだし、雑でいいか。
♠ ␣ ♠
ミスベルは気付けばハンターギルドにいた。
そのとき、ギルドは既にお祭り騒ぎだった。
「【悪魔】が全滅だって! 一体だれがやったんだ!」
「仮面をつけたハンターがやったんだ! 【中位】個体まで一緒くただ!」
「一人でって一体いくらになるんだ!」
【悪魔】はこの南方では脅威そのものだ。幾人もの被害が出ている【悪魔】をたった一人、一日で討伐しきったというのは、まさしく英雄の所業。
その話を聞いたとき、なぜかミスベルの体は震えた。
(なに、この感覚? すごく体が熱い。何も覚えてないのに、すごく……すごくいい夢を見ていた気がする)
思い出せないけど、興奮が冷めない。
「ああ、力強い腕の感触が体に残ってるのね……覚えてないのは、あまりの感動にかしら?」
ミスベルはこうしてはいられないと、ギルドを飛び出した。
「待っていて、私の旦那様!」
♠ ♁ ♠
「ひぃっ」
ぞわりと、体に悪寒が走った。
なんだろう、どっかの誰かから気持ち悪い好意を寄せられた気がする。
一日でかなりの額を稼げたが、引き換えに悪いものを引き寄せてしまったのかもしれない。
「仕方ない、さっさとあいつらと合流して次の町に行こう」
暖かくなった懐を思うと、自然と口が綻んだ。
仮面を外して、俺は一路宿への道を駆け抜けた。
ウィ「なんで顔を隠してるのかって? 信用できない人に顔は見せられないだろ?」